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巨大タコ戦

 すっかり海も穏やかになったが空にはまだ暗雲が広がっている。それでも以前よりはだいぶ明るい。

 隣では青い顔をしたカリューが久しぶりの外の新鮮な空気を吸っている。


「船は嫌いだ」


 カリューは最低限の言葉で今の気持ちを伝えた。あの海の荒れ方ではカリューじゃなくても船を嫌いになりそうだ。


 少し離れた所にカモメの群れが飛んでいる。確かカモメの群れがいる所には魚がいると聞いたことがあるぞ。

 水しぶきを上げてカモメの群れの下から巨大な影が飛び出た。モンスターか?


「いやぁ、大漁! 大漁!」


 片手にモリを持った魚人……いや、ラムズが海の中から現れた。モリには魚が四匹突き刺さっている。安全とは言えない海であいつは何をやっているんだか……。


 そのラムズが船の縄梯子を上って来た。後ろからは亀のモンスターがついて来ている。


「お! カリューさんでしたっけ? 体調はもう大丈夫ですか?」


 船員から手渡されたタオルで頭や身体を拭きながらカリューに話し掛けた。

 漁師の格好をしていたためあまり気づかなかったが、ラムズは肉付きの良い身体をしている。

 やはりあがり症でなければ手強い奴に違いない。


「元気そうだな……」


 ラムズの質問にカリューが答える。その眼は何か羨ましそうだ。


「俺は海賊の職業に就いてはいるけど、普段は漁をして生活しているからなぁ。海は慣れてるし、あれくらいの時化じゃあビクともしないよ」


 拭き終わったタオルを近くの籠に放り込む。


「元気の出る魚料理を作ってやるよ」


 そう言うとラムズは船室に下りていった。


「羨ましいですな」


 ジェットがポツリと言う。俺達は無言で頷いた。



 暫くは何事もなく航海が進んだ。天気も次第に良くなって来ていた。


 時折、魚型のモンスターや鳥型のモンスターが襲ってきたが、難なく撃退していった。

 ガロンは手に持っていた銃でモンスターを何匹か撃ち落す。

 どうやらあの銃はショットガンのようだ。一度に何発もの弾を発射する事が出来るタイプの銃だが、細かな標的は狙えないし飛距離もない。近距離向きだな。


 一方、ノニオーイは器用にナイフでモンスターを倒している。

 その腕は正に百発百中だ。身体中に何本のナイフを装備しているのか疑問にもなるが……。


「あいつらも結構やるよね」


 近づいてきていたモンスターを魔法で丸焦げにしてから秋留が言った。

 「も」と言うところが秋留らしい。


 少し離れた所では少しフラつきながらもカリューが業火の剣で敵を切り倒していく。

 俺も適当に硬貨を節約しつつ、近づいてきたモンスターだけを倒す。


「それにしても……」


 ジェットが空飛ぶ魚を三枚におろして言う。海のモンスターには詳しくないため名前は全然分からない。


「モンスターが少し増えてきましたなぁ」


 次々と襲い掛かってくる魚だか鳥だか分からないモンスターを切り刻む。

 確かにモンスターが増えてきている。


「時化の後は餌を求めて獣が凶暴になるだよ〜」


 後方のマストの影に隠れてサーベルを振り回している船員その一が言った。

 お前は誰だ。会話に混ざってくるな。

 俺は変な喋り方の船員は放っておく事にした。



 そうして時折襲ってくるモンスターを倒しているうちに、何日かが経過した。

 港を出てから一週間くらいは経ったのだろうか?

 今はすっかり日が落ち、甲板の上では松明が光っている。


 俺達は食堂に降りて夕食を取っていた。働いている船員もいるので夕食を取る時間はバラバラだが、俺達は船での仕事はないため一緒に食事を取っている。


「今日は港を出て何日目だ?」


 ほとんどの時間、ベッドで死んでいるカリューがスープを飲み干して聞く。


「五日目だよ」


 秋留が答える。そうか、まだ五日しか経ってないのか……。先はまだまだ長そうだ。


「魚介類を食べ続けてどれくらい経ったんだろうなぁ……」


 カリューが遠い眼をする。


 港町ヤードで足止めを食っていたのを含めて一ヶ月は経過している。しかしカリューの問いには答えない。手負いの狼と会話するのは危険だ。


「後どれくらいでアステカ大陸に着くのかなぁ……」


 以前、船長の聞いた時は二週間くらいで着くと言っていた。後一週間以上はあるだろう。まぁ、途中で補給のために島に立ち寄るみたいな事を言っていたが……。


「はぁ〜あ」


 カリューが深いため息をつく。


 辛いのはお前だけじゃないぞ、と声を大にして言いたいが、さすがにカリューの不幸さを考えると文句は言いづらい。


 俺達は食事を終えると船室に戻った。今日も疲れた……。


 暫くベッドに横になってウトウトしていると突然大きな揺れが船全体を襲った。


「何じゃ?」


 ジェットが飛び起きる。続いて秋留も眼を擦りながら杖を握った。カリューは起きない。


 俺達三人は甲板に駆け上がった。


 いつもは夜は襲われなかったのに、今日に限って何が起きたのだろう?


 俺達は甲板に飛び出した。至る所で船員達が倒れている。


「遅えなぁ!」


 ノニオーイが甲板の少し高い位置から叫ぶ。


 その隣にガロンとラムズが武器を構えて暗闇を睨んでいる。


「もっと灯りいる?」


 秋留の叫びにノニオーイが頷いた。


「光の精霊レムよ、我が前にその姿を現し、全ての影を滅せよ……ブライトネス!」


 秋留の杖から小さな光の玉が飛び出したかと思うと、上空で大きく輝く。


 目の前には……真っ赤で巨大なタコが姿を現した。タコール……とうとうそんな姿に……。


「ブレイブ! 変な事考えてないで戦闘だよ!」


 気づくと俺以外のメンバーは姿があらわになったタコ目掛けて攻撃を開始しようとしていた。


 俺もネカーとネマーを構えて目の前のタコ目掛けて走り出す。


 その時、海の中から川にかかる橋のように太いタコの足が飛び出してきた。その足が走り出した俺達を薙ぎ払おうとする。

 それなりにレベルの高い俺達はその攻撃を難なくかわす。


 しかし、俺達への攻撃を外れたタコ足が船の甲板を「バキッ」という音と共に破壊した。


「避けるな! 足を一本ずつ減らすんだ!」


 遠くで舵を握り始めたノニオーイが無茶な事を言う。

 その隣では船長が銃を片手にタコ足に応戦している。


 巨大なタコに船自体を捕まえられているが、ノニオーイは何とか体勢を立て直そうとしているようだ。


「南から強めの風が吹いてるぞ! 帆を全開に張れ!」


 ノニオーイがまだ意識のある船員達に叫ぶ。


「お前らは足だ! まずは足を狙え!」


 ノニオーイの命令というところが気に食わないが、俺達は船にガッシリと吸盤で張り付いているタコ足に攻撃を開始した。


 走りながら俺はネカーとネマーを構えた。ジェットと秋留はそれぞれ別のタコ足へ向かっている。あくまでタコだから、足は八本だろうか。


 目の前に海から飛び出したタコ足が見える。

 俺は連続でトリガを引く。


「おわっ!」


 ネカーとネマーから発射された硬貨が弾力のあるタコ足に弾かれて俺の方へ襲ってきた。

 俺は間一髪で自爆を避けた。さすがに自爆は情けない。


「ファイヤーバレット!」


 後方で秋留の叫び声が聞こえてきた。

 この豊かな弾力でも秋留の炎の魔法の前には無力だろう。秋留の攻撃により香ばしい良い匂いがしてきた。


「ぐ〜〜〜」


 思わず腹が鳴ってしまった。魚介類は食い飽きるほど食べたはずなのに……。


「へっ」


 俺の耳にはノニオーイの憎たらしい笑い声が聞こえてきた。

 あいつも海賊なら俺の腹の音が聞こえていてもおかしくはない。いつか見返してやるぞ……。


「うっ!」


 周りに気を取られているうちに、いつの間にかタコ足の一撃を食らってしまった。一瞬息が止まる。


 俺は背負っている鞄に手を突っ込んだ。

 鞄の中身は戦いやすいように綺麗に詰め込まれている。


 俺は手探りで必要なアイテムを取り出すとネカーの銃身に取り出したアイテムを擦りつけた。

 俺が取り出したアイテムは小さな爆弾だ。俺はタコ足に向かって爆弾を投げつける。


 一瞬の間の後、巨大な爆発が発生した。

 その衝撃でタコも驚いて船から少し遠ざかる。


「てめぇ! 少しは使用する道具を考えやがれ!」


 爆発の衝撃で大きく揺れる船を器用に持ち直してノニオーイが叫ぶ。


 確かに予想以上の威力だ。

 忘れていたが、この爆弾は以前どこぞのオヤジから購入した、見た目はショボイが威力は絶大の爆弾だった。


 少し離れたタコに対してすかさず船から大砲が発射される。

 ノニオーイの操船によって照準がつけやすくなっているようだ。出来るなら初めからやれよ、と心の中で思う。


 大砲の爆発によってタコの頭からは真っ黒な墨のような血のようなものが飛び出す。

 タコは赤い顔を更に赤くして反撃しようとしている。

 その時、いつの間に上ったのかタコの頭の上に人影が見えた。


「染次郎!」


 今までどこにいたのか染次郎がタコの頭の上に姿を現した。


 染次郎は持っていた刀をタコの頭に突き立てる。あのヌルヌルして弾力のある皮膚の上に立ち刀を突き立てるとは、やはり染次郎は実力は並じゃない。


 しかし深く刺さってはいるが、染次郎の刀はタコの分厚い皮膚を少し傷つけただけのようだ。


「はっ!」


 染次郎は気合を発し、手に持っていた鉄球を天高く投げつけた。その鉄球は鎖で先程の刀とつながっている。


 空を覆う黒い雲から鉄球に向かって轟音と共に一筋の雷が落ちた。雷から発生した電撃が鎖を伝わりタコの身体を襲う。


「ぎょわあああんっ」


 タコが不気味な呻き声をあげた。

 まだ残っている三本のタコ足で頭上の染次郎を払い落とそうとする。

 しかし染次郎は既に頭の上にはいない。モンスターごときの素早さでは染次郎の動きを捉えることは不可能だろう。


「染次郎もいることだし、私はちょっとイザベラさんの様子を見てくるよ」


 秋留は俺とジェットを残し船室へと消えていった。

 俺も秋留と一緒に行こうとしたところをジェットに呼び止められる。


「頑張りますぞ! ブレイブ殿」


 ジェットはレイピアを構える。


 ジェットの装備しているレイピアは魔力を込める事が出来る特別製で秋留から貰ったものだ。

 先程もジェットはマジックレイピアに魔力を込めてタコ足の一本を吹っ飛ばしていた。


 色々ダメージを受けたタコが激しく暴れ始める。


 ノニオーイが巧みな操船技術でタコの攻撃をかわすが、何度か攻撃を受けて船が大きく揺れた。


 ガロンがショットガンを構えてタコ足の前に躍り出る。

 ショットガンが火を噴きタコ足が吹っ飛ぶ。残り二本。いっちょ前に生命の危機を感じたのかタコが船から離れ一度海中に潜る。


 しばしの静寂。


「ドンッ」


 船が突然縦に揺れた。どうやらタコ頭で船底を叩いているようだ。脳みそがない訳ではないらしい。


「何とかならないのか?」


 俺は揺れる船から振り落とされないように手すりにしがみつく。

 ノニオーイが鉄の筒に向かって叫ぶ。


「ラムズ! 船底砲の準備は良いか?」


「準備完了。照準もバッチリだ!」


 筒の中からくぐもったラムズの声が聞こえた。船底砲?


「発射!」


 ノニオーイの号令の後、船全体が大きく揺れた。海が一瞬荒れる。


「大型の船になると、海中の敵用に船底に特別な大砲を持ってるのもあるんだよ」


 無知な俺に対してノニオーイが勝ち誇ったように言う。


「それより、そろそろタコ野郎が飛び出してくるぞ!」


「火力は任せろ!」


 俺は鞄から再び小型の爆弾を取り出すと、海面を睨みつつ構えた。隣ではジェットもマジックレイピアに魔力を込めつつ構える。


 水しぶきが大量に巻き上がり、勢い良くタコが飛び出した。


 視界が一瞬塞がる。


 俺は水しぶきの隙間から注意深くタコを観察した。

 頭には血管が浮かび、更に赤みを帯びている。まだ爆弾を投げる事は出来ない!


「ぶしゃああああ」


 巨大タコの突き出た口から真っ黒な墨が飛び散った。これが有名なタコ墨か!


 俺は慎重にタコ墨の飛沫を避ける。


 ちなみに墨の量も身体に合わせて大量なため、飛沫といっても人一人分位の大きさはある。


「のわあ!」


 素早さのあまりないジェットがモロに飛沫を浴び、その身体が真っ黒になった。


 俺はタコの正面に向かい走り出した。タコの口目掛けて爆弾を投げつけるためだ。

 左方からはガロンがショットガンを構えて飛び出す。負けてたまるか!


 タコの左目が突然燃え上がる。その傍には染次郎の姿が一瞬見えた。何か技を繰り出したに違いないが、あまりしっかりは見えなかった。


 続いて右目に向かってガロンが至近距離でショットガンをぶっ放す。

 タコは両目を失い、再び墨を吐こうとしているのか息を大きく吸い込む。


 俺はその動作に合わせて爆弾を投げつけた。

 爆弾を飲み込んだタコの動きが一瞬止まる。


 「ポンッ」とまるで遠くで爆発音がした様な小さな音。

 しかし、その音と共にタコの身体が一瞬二倍位に膨らんだ。


 沈黙。


 そのまま巨大なタコモンスターは倒れ海の漂流物と化した。

 こいつの死体がどこかの大陸に流れ着いたりしたら、さぞかし大事になることだろう。


「ブレイブ殿〜、どこですかな〜」


 ジェットの助けを求める声と、何かが海に落ちる音が聞こえたのはほぼ同時だった。

 真っ黒な身体を綺麗にしたかったんだろう……。

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