レベル測定大会 2日目
俺は風が唸る音で眼を覚ます。薄暗い部屋の時計の針を確認すると早朝を指していた。
まだ起きるのには少し早いが、俺は今日の実践試験のためにも早めに起きる事にした。
一人装備を整えて宿屋の外に出てみると、予想通りの曇り空。雲は風のように速く流れている。
「ブレイブ、早いじゃん」
気づくと、髪の毛を横で結った秋留が隣にいた。
突風でめくれない様にスカートを抑えている。
その手は邪魔だろう〜と思っていると、秋留の背中のマントが鋭い爪の形になって俺に近づいた。
「ブラドー、変態ブレイブの事なんてほっときな〜」
俺の邪まな考えに気づいたのか、秋留が背中で飼っているモンスターのブラッドマントが俺に威嚇してくる。
ブラッドマントはダンジョンの宝箱の中に潜み、モンスターだと知らずに装備してしまった冒険者の首を絞めて生き血を吸うという厄介なモンスターだ。
秋留はそのブラッドマントを手なずけ、ブラドーという名前までつけて可愛がっている。
「生憎の天気だね」
「盗賊にとっては晴天よりもある程度曇っていたり、雨が降っていたりする方がやりやすいのさ」
自慢げに腕を組みながら言う。
「ふふ、その調子で実践試験も頑張ってね」
秋留はそれだけ言うと宿屋の中に戻っていった。
俺を元気づけるためだけに、わざわざ起きてくれたのだろうか?
「まさかね」
俺は一人呟くと宿屋をブラブラと一周してから部屋に戻った。
『えー、始まりました! レベル測定大会最終日! あー、本日はいくつかの職業の実践試験を残すのみとなりました!』
昨日と同じ元気の良いオッサンが司会を務めているようだ。
『えー、本日、天気もあまりよくないようなので、早速始めさせて頂きます!』
うむうむ、良い事だ。オッサンの長い話を聞かされても何も楽しくない。
『あー、まずは盗賊・海賊混合によるトラップハウスへの挑戦を実施してもらいます!』
アナウンスと共に競技場にライトが浴びせられ、一軒の建物が姿を現した。
『えー、このトラップハウスの中に設置されているお宝を無事に取ってくるのが、実践試験の内容となります!』
『えー、進捗状況は一緒に同伴するインスペクターにより中央の巨大モニターに映し出されます!』
アナウンスの説明を聞いて、海賊一番バッターのラムズが早速ビビッている。
こうして盗賊・海賊の実践試験が始まった。
いつも通り隣にはノニオーイがいる。
「昨日は良く寝れましたかな?」
「ああ、ぐっすりだ」
早朝に目が覚めてしまった事は勿論言わない。
中央の巨大スクリーンにはラムズの珍道中が映し出されている。頭に金ダライがぶつかったラムズが映し出され、会場からは笑い声が聞こえた。
「これは恥ずかしい。失敗は許されませんね」
ノニオーイが生唾を飲む。確かにこれはかなりのプレッシャーだ。
何人かがプレッシャーに負けて醜態をさらすなか、とうとう俺の名前が呼ばれた。
俺はステージにある商品の山を見て再び闘志を燃やした。
「せいぜい、頑張って下さいね」
ノニオーイの嫌味な台詞が後ろから聞こえてくる。
トラップの設置場所や内容は毎回変えられるため、先に試験をした人のは参考にはならない。
俺は扉を慎重に調べてからトラップハウスへと進んだ。後ろからはインスペクターがついて来る。
中は薄暗くなっていた。
俺程の盗賊の腕であれば、これくらいの闇は何の問題もない。
足元の突起を慎重にかわす。頭上には金ダライがぶら下がっているのが見える。
「危険だ……」
俺は呟きながら更に廊下を進んだ。
目の前に扉があるのが見える。周りを十分に確認すると、廊下の壁に無数の穴があるのが確認出来た。
「失敗すると穴からケチャップ弾が出てくるんだな……」
先駆者達の中に、全身真っ赤になってこのハウスから出てきた者がいたのを思い出す。
集中しながら扉を調べた。鍵穴の中と扉の隙間に仕掛けがあるのが見える。
一方、ドアノブには仕掛けはないようだ。
「なるほど」
俺は勢い良くドアノブを捻った。
何も無かったかのように扉が開く。
「この扉には何もしないのが正解だな」
俺はそのまま次の部屋に脚を踏み入れる。
その時、俺は脚の下に不気味な感触を受けた。咄嗟に後方に転がり、廊下に舞い戻る。
前方の壁に液体の弾がぶつかった音がした。
「アブねえ、アブねえ……」
俺は特性ソース弾を避けながら再び前進する。
暫く進むと壁に梯子が設置されているのが見えた。いかにも怪しいがどうするか……。
この実践試験では、係員に渡された盗賊道具しか使用してはいけない。
俺は手渡された道具袋の中から簡易松明を取り出すと、手早く火を付けた。
梯子の上の方を照らすと、巨大な籠がぶら下がっているのが見える。
「トラップを発動させると、あの籠から不気味な物体が降って来そうだな」
俺は道具袋から短剣を取り出すと、梯子と梯子の間の壁に向かって四本あった探検を全て壁に投げつけた。
俺はその短剣を足場にして梯子代わりに二階に上っていく。
勿論使った短剣は取り外しながら進む事を忘れない。
頭上の籠が落ちることなく、無事に二階に辿り着いた。
二階の床には不気味な突起がたくさんついているのが確認出来る。
「さてと……」
慎重に周りを見渡すと部屋の隅にタンスがあるのに気づいた。
俺は本能の赴くままにタンスを調べ始める。
中には一本のロープと短剣。短剣の先端は釣り針のように鉤爪状になっている。
「な〜るほど」
発見した短剣にほどけないようにロープを結ぶ。
ちなみに盗賊は取れないようなロープの結び方も出来ないといけない。
作成したロープ付き短剣を部屋中央の天井目掛けて勢い良く突き刺す。引っ張っても取れない。
俺はロープ上の方にしがみつき、部屋の反対側へと舞い降りた。
着地と同時に「ガチンッ」という金属音が聞こえた。
俺は着地の勢いを殺さないようにそのまま前転をする。着地した場所に巨大な招き猫の置物が落下して砕け散った。
「おいおい、それは当たったら痛いんじゃない?」
誰かが聞いているはずと思い、大きめに独り言を言う。
「ヒュンッ」
風を切り裂く音を聞いて咄嗟に身体を壁際に寄せる。
俺の目の前を無数の小石が飛んだ。
「次から次へと……」
極小さな振動を感じて、もたれていた壁際から離れる。
壁が大きく開いた。どうやら一階へと滑り落ちる罠のようだ。
その間も無数の小石が縦横無尽に飛びかう。
俺は今まで持っていた松明を前方に投げつけた。一瞬、小石を発射している無数の穴が見えた。
その場所を頭に記憶し、持っていた短剣を投げつける。
とりあえず、右端を歩けば小石に当たらなくて済む様にはなった。左端に小石が勢い良く飛ぶ廊下を突き進む。
「むうう……」
目の前に四桁の数字を入力させるパネル付きの扉が現れた。周りを見渡したがヒントとなるようなメモはない。
「暗号か〜……俺、苦手なんだよな〜」
頭を抱えながら独り言を言う。
後方にはインスペクターが無言でついてきている。まぁ、喋られてもうざいけどな。
俺はモニターの向こうで見守っているであろう秋留を意識して、インスペクターのカメラを見つめた。
「ん?」
俺はインスペクターの腹の部分に何か書かれているのに気づいた。近づこうとすると一定の距離を保とうとしてインスペクターが離れる。
俺は視力に全神経を集中させた。
『扉は魔を封じた』
インスペクターの腹にはそう書かれている。
魔を封じた扉? 恐らく目の前の扉の事を言っているのだろう。
う〜ん……。
……。
……………。
………………………。
魔というのは、魔族の事だろうか。
魔族を封じる?
何か聞いた事あるな。
確かジェットが活躍したのが第三次封魔大戦だったな。あれは、2999年だったよなぁ。
第一次とか二次の事は全然知らないし。
俺は試しに数字のパネルに2999と入力してみた。
「カチャッ」という音と共に目の前の扉が開く。
「ゴイ〜ンッ」
脳天に金ダライが直撃した。目の前に星が舞う。
扉は開いたけど、罠が作動した……半分正解だったという事か?
俺はクラクラする頭を抱えながら部屋の奥に進む。
外の会場ではさぞかし笑われている事だろう。ちくしょう!
目の前にある机の上に立派な短剣が三本並んでいる。
『一番、価値のあると思われる短剣を選んで、出口へと進め』
盗賊に必要なものに鑑定眼というものがある。俺はそれが苦手だ。物の良し悪しが細かくは分からない。
俺は順番に短剣を手に持って見比べる。
一番、装飾が豪華な短剣を右手に持つと『出口』と書かれた扉に手をかけた。
「!!」
俺は空気の動きを察知して後方にジャンプする。目の前に金ダライが落ちた。
「最期まで危険なトラップハウスだったな」
俺は金ダライを跨いで、トラップハウスの外へと出た。
会場からは拍手の嵐。
「金ダライ当たった時の顔が面白かったぞ〜!」という野次も聞こえてくる。
俺は遠く離れた観客席でそう叫んでいたオッサンの顔を覚えた。盗賊の視力を舐めるなよ。
俺は最期に持ってきた短剣とトラップハウスに入るときに受け取った道具袋を返す。
「この短剣は見た目だけ立派なんですが、価値はそんなにないんですよ〜。残念でしたね」
係員は残念そうに言う。俺はもっと残念だ。
「いやぁ、惜しかったですね。金ダライに当たらなければ結構高得点を狙えそうでしたのに」
近づいてきたノニオーイがまたしても嫌味を言う。
暫くして、トラップの作り変えが終了し、ノニオーイがトラップハウスに侵入していった。
その映像が中央のモニターに表示される。
さすがにレベルが高いだけあって動きに無駄がない。俺がトラップを作動させて何とか避けたりしているのに対してノニオーイはトラップの発動自体させていなかった。
悔しいがコイツは中々手強い。
と目の前でノニオーイが地面に落ちていたバナナの皮でツルリと滑った。会場から様々な笑いが上がる。俺も思わず笑顔になってしまった。
恥ずかしそうに頭を支えながら映像の中のノニオーイが立ち上がる。
その後は海賊特有の船の操縦などのテスト項目もあったが、手際のいい操縦で見てる者を驚かせていた。
殆ど何の失敗もなく最期の短剣は一番価値のある短剣を選んだようだ。
バナナの皮で滑ったせいか、ノニオーイは俺の方には来ずに離れた所に腰を下ろした。いい気味だ。
その後何人かの海賊や盗賊がトラップハウスに挑み、現在トップの盗賊ロシファがトラップハウスに挑んだ。
盗賊の間では流水ロシファと呼ばれている凄腕だ。
俺も何度かロシファによって盗られた後の宝箱に泣かされた事がある。
映像に写されたロシファは正に流れる水のようだった。罠には全くかからず動きにも無駄がない。
時折インスペクターに目線を投げかけて観客へのアピールも忘れない。
『えー、では、盗賊・海賊の全ての方の実践試験が終わりました!』
昼前になった頃、ようやく盗賊・海賊の実践試験が終わった。
俺は秋留を探して隣に座る。反対側にはカリューも座っているが相手にはしない。
「お疲れ様、ブレイブ。惜しかったね〜」
「まぁ、しょうがないさ。流水ロシファの試験を見せられると何も言えないや」
「修行が足りないな!」
落ち込んでいる俺に対して容赦なくカリューが言う。いつか恥じかかせてやるからな、コイツ!
こうして俺達のレベル測定大会は終わった。
カリューは戦士レベル57で戦士の中ではトップ、秋留は幻想士レベル38、俺は盗賊レベル36だった。
全員レベルはアップしていたが、カリューの上がり方が尋常ではない。
カリューは見事、レベル測定大会の戦士の部で優勝した。
賞金100万カリムを受け取り、風神の守りという首にぶら下げているだけで魔法攻撃を弱めるというアイテムを副賞として貰っていた。
今はカリューが賞金で俺達に飯を奢ってくれている。
ここは焼肉屋・上々苑の一室。
俺は遠慮する事なく特上ロースを食べていた。
「お前ら遠慮しないよな〜」
カリューが俺達の食いっぷりを見て呟く。
俺も秋留もジェットも、ここぞとばかりに高級な肉を食べまくっている。
安物とは違い口に入れた途端に肉はとろけ、旨みが口いっぱいに広がった。
「臨時収入なんだから気にしない〜」
秋留も珍しく沢山食べているようだ。実は幻想士の中で優勝出来なかった事が悔しかったのかもしれない。
「まぁ、いいけどよ。この獣人化しているお陰で優勝出来たところもあるだろうし。これは俺の本来の力じゃねぇや」
カリューもガツガツと白飯と肉を食べている。
どうやら獣人化のせいでパワーアップしている事は気づいているらしい。
「レベル57は凄いですな。ワシは52だったんですぞ、魔族の軍団長を倒した時は……」
ジェットが酒を飲みながら昔話を始める。
俺達はその後も楽しく気兼ねなく食事をして宿屋に帰った。