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マウスラフレシア

 俺達はトロッコ終着駅にあった隠し扉を開けて、更に洞窟の奥へと足を踏み入れた。


 一体どれ程の距離を進んだのだろうか。

 一体どれ程の時間が経過したのだろうか。


 そこは、洞窟にいるとは思えない幻想的な空間。

 岩でゴツゴツしていた今までの通路とはうって変わり、地面には草や花が咲き乱れていて草原のようだ。

 至る所には青々とした葉を山の様につけている巨大な樹木がある。


 俺達がこの部屋に入ってきてから少しして、別ルートを通っていたジェット達が追いついた。


「わぁ、何か落ち着く所だニャン」


 シャインが地面の草花の匂いを嗅ぎながら言った。こいつらまだまだ子供なんだなぁ。

 クロノは少し離れた所で金色の虫を追い掛けている。まるでおもちゃにじゃれている子猫のようだ。


「茶が美味いですなぁ」


 どこから取り出したのか、ピクニックシートを草原に広げてジェットがお茶を飲んでいる。隣には秋留も座って一緒にお茶とお菓子を食べていた。


「ここが目的地かな?」


 秋留が辺りを見渡しながら呟いた。確かに少し離れた所に小さな滝と川が見える。その川の水はここいらの草木に力を与えているようだ。


 遠くから額に怒りマークを掲げたカリューが、全身ずぶ濡れになって歩いてきているのが見える。獣人の姿のままのところを見ると、滝から流れる水は何の効果も発していないようだ。


「あの魔法医! だましやがったな!」


 カリューは身体をブルブルと震わせ、身体中の毛が吸い取ってしまった水を払っている。いよいよ獣人街道まっしぐらといった具合だ。


「ゆっくりしている場合じゃないよな。これからどうする?」


 俺はビスケットを口に頬張っている秋留に問い掛けた。


「この部屋では絶対、何か起きると思うんだけど。ブレイブはどう思う?」


「そうだな……」


 俺はそう言うと秋留の隣に腰掛け、小さい声で続けた。


「絶対に追跡者はいるはずなんだ。何か仕掛けてくるに違いない」


 風に揺れて辺りの木々が揺れた。


「ブレイブ!」


 秋留が杖を構えて立ち上がった。

 俺も気づいてネカーとネマーを構えて立ち上がる。

 その俺達の動作を見て気づいたのか、ジェットと三匹の獣人も戦闘体勢を取った。


「洞窟の中に木々の葉が揺れる程の風は吹かないぞ」


 俺は全員に注意を促す。

 その時、俺達の近くにあった木が大きく揺れて木の根っこが地面に飛び出した。


「な、何事ニャ?」


 動き出した木に一番近かったクロノが後ずさる。

 目の前の木の太い幹に一本横に切り込みが入っていく。


「こ、こいつはまさか……」


 ジェットは身体をブルブルと震わせながらマジックレイピアを構えて言った。

 今や、一本の切り込みは一つの大きな口へと変化していた。


「マウスラフレシア!」


 秋留が叫ぶ。

 ジェットと銀星を亡き者へと変えた邪悪なモンスター。

 まさか、この部屋中にある木々全てが、そのマウスラフレシアという事か!


「来るぞ!」


 カリューの叫びと共に部屋中のマウスラフレシアが一斉に雄叫びを上げた。


『フオオオオオオ!』


 野生的な咆哮にクロノ、シャイン、それにカリューまでもが怖気づいた。

 目の前のマウスラフレシアの太い枝がクロノに向かって振り下ろされる。

 俺はネカーをぶっ放し、その枝を粉砕した。


「ビビッてんな! 次々襲ってくるぞ!」


 震えている三人の獣人に向かって怒鳴りつける。


 俺の隣にいたジェットが、鬼の様な形相でマウスラフレシアにマジックレイピアを突き立てた。小さな爆音と共に一体のマウスラフレシアが木っ端微塵に吹き飛ぶ。

 ジェットの持つマジックレイピアは魔力を込める事により、威力がアップするという珍しい武器だ。


「な、なんじゃと!」


 ジェットが叫んだ。

 今、爆破したばかりのマウスラフレシアの根っこから小さな芽が出て、あっという間に周りの木と同じ大きさの樹木に成長した。

 その成長したばかりの樹木の枝がジェットの身体を吹き飛ばす。


「火炎の王を守りしサラマンダーよ……」


 続いて秋留が呪文を唱え始めた。その秋留に向かって別のマウスラフレシアが根っこを器用に動かし歩を進める。


「ウニャー!」


 クロノがマウスラフレシアの大きな口の上方に向かってドロップキックをお見舞いした。

 それに合わせて、シャインがマウスラフレシアの貧弱な根っこの足を払う。

 ドオン、という大きな音を立ててマウスラフレシアが倒れた。


「炎の槍となり我が意に従え……フレイムスピア!」


 秋留が残りの呪文を詠唱し終わり、手近のマウスラフレシアに向かって炎の槍を突き立てる。


「フオオ……」


 目の前でマウスラフレシアが燃え尽きた。


「やったかな?」


 秋留がメラメラと燃え尽き様としているマウスラフレシアから少し距離をとった。

 しかし、燃え尽きた根っこから再びマウスラフレシアが急成長して秋留を襲った。


「ウオオン!」


 秋留を襲おうとしたマウスラフレシアの枝をカリューが鋭い爪で弾き飛ばす。


 こ、ここいら一帯のマウスラフレシアは何なんだ?

 そもそもマウスラフレシアにこんなに急激な再生能力があるとは聞いていない。実際、俺達が以前倒した事のあるマウスラフレシアには、こんな再生能力は無かった。


「品種改良でもしたのかな?」


 四方八方から襲ってくるマウスラフレシアの攻撃を、何とか避けたりブラドーが防御しながら秋留はかわしていく。


「とりあえず、33体ってところかな?」


 俺はワラワラと動き出しているマウスラフレシアの数を数えた。まず何よりも先に、こいつらの弱点を見つけなくてはならない。


「け、剣ないのか?」


 カリューが慣れない爪で必死にマウスラフレシア達の攻撃を捌きながら叫ぶ。


「これしかないぞ!」


 俺は腰に装備していた黒い短剣を抜き出し、カリューに放り投げた。


「おう! ないよりマシだ!」


 カリューは俺から受け取った黒い短剣を右手に握り締めると、近くのマウスラフレシアを刻んでいった。

 剣を持っているとあんなに動きが変わるんだなぁ。


「うおっ!」


 俺の目の前をマウスラフレシアの枝がかすめる。よそ見をしている場合じゃなかった。

 俺はネカーとネマーでマウスラフレシアの枝を打ち砕いたが、すぐ後から同じような枝が再生している。


「この洞窟と一緒でこいつらキリがないニャン!」


 シャインがクロノとの素晴らしい連携攻撃の合間に叫んだ。確かに何とかしないと、いつかはこちらの体力が尽きて負けてしまう。約一名、底なしの体力の奴がいるが。


「ウィンドボム!」


 後方では秋留がマウスラフレシアに向かって呪文を唱えている。


「きゃああ!」


 どうやら、またしても魔法は効果が無かったようだ。先程から秋留は色々な呪文をマウスラフレシアに向かって唱えているが、どれも効果は得られないようだ。


「ちょっと観察〜」


 俺はネカーとネマーで進路を切り開いて、マウスラフレシアのいない空き地まで走り抜けた。

 その途中にいたクロノの腰にぶら下がっていた金袋をついでに拝借する。


「ん〜」


 俺は振り返り、仲間達の戦いを観察する。相変わらずジェットは怒りに任せてマジックレイピアに魔力を込めての攻撃を繰り返している。あんな戦い方じゃあ、いつか魔法力が尽きてしまうに違いない。


「ん!」


 俺は一つ、思い出した。

 俺達のパーティーには攻撃魔法が得意な秋留の他に、聖なる魔法である神聖魔法を唱えられる仲間がいる!


「ジェット! 少し落ち着いて、神聖魔法を適当に試してみてくれ!」


 俺の叫び声が何とか耳に入ったのか、ジェットはマジックレイピアを鞘に収めて魔法を詠唱し始めた。


「小鳥の囀り、川のせせらぎ……」


 ジェットが渋い落ち着いた声で呪文を唱え始める。その隙を突いて後方からマウスラフレシアが攻撃を仕掛ける。それを俺は硬貨を詰めなおしたネカーとネマーで打ち砕いた。


「大地の恵み、この自然に溢れるガイアの力よ……」


 更にジェットは呪文の詠唱を続ける。それを援護する俺。


 神聖魔法は秋留が使っている攻撃系を主体としたラーズ魔法とは違い、詠唱中にあまり避けたり攻撃したりする動作は出来ない。


「この者の呪いを解きたまえ……」


 ジェットの両手が淡く輝き始める。と同時にジェットの身体から白い湯気が立ち上った。


 死人であるジェットは、その身体で神聖魔法を唱えようとすると自分自身にも影響を受けてしまう。だから滅多に神聖魔法は唱えない。今回は特別だ。


「浄化の光!」


 ジェットが詠唱を終え魔法を発動させる。浄化の光は呪いを解く呪文だ。ジェットも呪われていると間違われて危うく死人としての人生を終えそうになった事がある。


 魔法の淡い光が対象のマウスラフレシアを包み込んだ。

 しかし何の効果も無かったらしく、光の中から飛び出した長い枝がジェットの身体を弾き飛ばした。


「ぐふぅ」


 ジェットが肩膝を地面につける。追い討ちを掛ける様にマウスラフレシアの身体から伸びた数本の枝とツルがジェットを襲う。俺はマウスラフレシアの全てのツルと枝を打ち落とした。


「大丈夫か?」


「大丈夫ですじゃ。神聖魔法が少し身体に痛かっただけですじゃ」


 ジェットが大きく息を吸って立ち上がり、周りの敵をレイピアで軽く薙ぎ払ってから再び別の神聖魔法を詠唱し始めた。


「ガイアに存在する事を許されぬ者達に……」


 死人の存在はガイアに許されるのか疑問に持ちながら、俺はジェットの援護を続ける。


「大いなるガイアの光によりその存在を打ち消したまえ……破邪の風!」


 ジェットの目の前のマウスラフレシアが強くて赤い風塵に包まれた。と同時にその場から吹っ飛ぶジェット。


「ぬああああ」


 空中を舞うジェットの叫び声が聞こえる。その身体からは白い湯気と共に灰が舞っていた。


「ああ! ジェット! 死人の癖して、そんな魔法使っちゃ駄目だよ」


 宙を舞うジェットの方に駆け寄りながら秋留が言う。

 地面に落ちてきたジェットにすかさず秋留がブツブツと呪文を詠唱し始める。

 秋留が何の魔法を唱えようとしているのか聞き取れないが、辺りの空気が少し禍々しくなった事を考えるとネクロマンシーだろうか。俺はネクロマンシーの様な魔法は怖くて嫌いだ。


「もう大丈夫ですじゃ、助かりました」


 ジェットがレイピアを杖代わりにして立ち上がる。杖をついているジェットの姿はどことなく様になっている。


「ブレイブもあんまりジェットに無理させないでよね!」


 怒った秋留はそのまま軽い身のこなしとブラドーの攻撃の合間に色々と魔法を唱え始めた。

 隣にジェットが歩いてくる。

 俺は相変わらず少し離れた所から仲間達、主に秋留の援護を続けていた。


「何か分かりましたかな?」


「駄目だな〜。色々見ているんだけどイマイチ分からない」


 ジェットは俺の意見を聞くと、こちらに向かって進んでくるマウスラフレシア目掛けて再び神聖魔法を唱え始めた。


「我が神、ガイアよ、この者に癒しの力を……」


 冒険者なら誰でも知っている様なポピュラーな魔法を唱え始める。神聖魔法でも初級の初級、体力を回復させる魔法だ。


「癒合の雫!」


 ジェットの突き出した両手からシャワーの様な光がマウスラフレシアを包み込む。

 やはり何事も無かったかの様に目の前のマウスラフレシアがジェットに攻撃を仕掛けてくる。


 しかしその時、丁度俺がいる場所とは正反対の壁際の所でワラワラと動いているマウスラフレシアのうちの一匹が光った。今の光は癒合の雫の効果?


「ぬおう!」


 俺が余所見をしているところに襲ってきたマウスラフレシアの枝を、ジェットが気合と共に切り落としていた。

 俺はジェットに礼を言うと、ネカーとネマーを構えて再び戦禍へと飛び込んだ。

 目指すは癒合の雫の後に光ったマウスラフレシア。


 しかし、目指すマウスラフレシアに近づこうとすると、一層敵からの攻撃が厳しくなる。俺は諦めて再び戦禍の中心から逃れた。


 周りを見渡すと相変わらずカリュー、クロノとシャインのペアが全速力で戦っているが、どちらもかなりの傷を負ってきている様だ。ジェットはともかく、秋留まで小さな傷を負いはじめている。


 長引かせる訳にはいかない。

 俺は再びジェットの隣に舞い戻り、小さく耳打ちする。


「また観察するから、暫く援護してくれ」


「了解ですじゃ」


 俺はジェットに援護は任せて辺りに集中し始めた。

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