表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/75

四人パーティーの出発

 エアリードの町に滞在し始めてから一週間が経過した。


 俺達パーティの一員になったばかりのジェットもしっかりと仕事をこなしている。

 今は町にある雑貨屋に、秋留と一緒に非常食などの食料を調達しに行っていた。


 パーティのリーダーであるカリューも、武器屋や防具屋を巡って必要な装備を揃えている最中だろう。


 俺は一人、滞在中に世話になっている宿屋のベッドの上で横になっていた。


 本来、冒険に出発しようとしている時の俺の役割は、魔族討伐組合に冒険の登録をしに行く事なのだが、今回は必要なかった。

 昨日魔族討伐組合から直接依頼を受けたからだ。


 大炎山に住む魔族お抱えの鍛冶屋サイバーを倒し、魔族の戦力を削ぐ事が今回の冒険の目的だ。


 チェンバー大陸の西の方に位置する大炎山は上質な鉱物が採れる鉱山で、数多くの鍛冶屋が存在する。サイバーも豊富な鉱物を利用している一人なのだろう。


 ペチンッ!


 俺は突然、何者かに額を叩かれて眼を開けた。


 目の前に秋留の手がある。


「皆がそれぞれ冒険の準備をしている時に一人のん気に昼寝?」


 目の前では秋留が口を膨らませて怒っている。

 どうやら目を瞑って考え事をしている姿が、寝ているように見えたらしい。


「今回の冒険について色々作戦を練ってたんだよぉ」


「へ〜、どんな作戦か聞かせて欲しいよね? ジェット?」


 俺は黙ってしまった。


 秋留の後ろでジェットが哀れみの眼で俺を見ていた。まるで「口では勝てないですぞ、ブレイブ殿」と言っているようだ。


 それにしても、盗賊の俺に気付かれる事なく近づく秋留は何者なのだろう。実は魔法を使って近づいてきてるんじゃないだろうか。


「ちゃんと仕事はしたぞ。魔族討伐組合へ行ってインスペクターを借りてきた」


 俺はそう言うと、キャビネットの上に乗っているカメラに羽が生えたような妖精のインスペクターを指差した。


 インスペクターは、魔族討伐組合で冒険を登録すると必ず受け取る事になる妖精で、元は静かな森で生活していた妖精を人間が捕獲し、都合の良いように変種させたものだ。


 そのカメラのような眼を通して、別のカメラへ映像を出力する事が出来る。

 魔族討伐組合で手渡しているインスペクターの映像の出力先は、全て魔族討伐組合本部のモニターへと繋がっており、常にミッション内容を監視している。


 万が一、冒険に失敗して全滅してしまった場合でも、インスペクターを通して敵の親玉などの映像を入手する事が出来る優れものである。


 インスペクターを連れた冒険で一番気をつけなければならないのは、モンスターの攻撃などでインスペクターが死んでしまうことだ。

 その時は、仮に親玉を倒した場合でも証拠になる映像が本部へ届かなくなってしまうため、報奨金を貰う事は出来ない。


 今回のようにミッションの目的が魔族の討伐なら、仮にサイバーとの戦闘中にインスペクターが殺されてしまった場合、「インスペクターが死んだから、一回村に帰らせて」という訳にはいかない。


 金にならないし戦闘自体が無駄になってしまう。


 ちなみにサイバーを倒した時の報奨金は八百万カリム。魔族とは言えただの鍛冶屋にこの報奨金額は高いほうだろう。


 秋留はキャビネットの上からインスペクターを持ち上げると、「よろしくね」という風にカメラのようなインスペクターの頭へキスをしていた。俺は思わず生唾を飲み込んだ。


 魔族討伐組合から借りたインスペクターは、いつも秋留が持つ事になっていた。


 秋留は自分の右肩にインスペクターを置くと、後ろに向かって言った。


「ブラドー、いざという時はインスペクターを守ってね」


 その声を聞いて、秋留の装備している真紅のマントが風のない部屋の中で大きく揺れた。


 秋留はジェットの他にもう一匹、不気味なモンスターを手懐けていた。


 ダンジョンにある宝箱の中で、普通のマントを装って冒険者が装備した瞬間に首を絞め殺してしまうモンスター、ブラッドマントだ。


 ブラドーと名づけられたブラッドマントは、秋留の事を絶対の神のようにあがめ、敵の攻撃から秋留の身を守り、敵が秋留に近づいてくるとそのマントとしての形状を変え鋭い牙となり敵を襲う。


 敵に刺さった牙は、その名前の由来通り血を吸うのだ。


 秋留がブラドーを装備してから間もない頃は、俺やカリューが近づいただけで鋭い牙になって威嚇して来たが、最近ではやっと俺とカリューを認めてくれたようだ。


 ちなみに最近パーティーに加わった血のないジェットに対しては、ブラドーも相手にするだけ無駄だと思ったのか、威嚇すらしなかった。


「じゃ〜ん!」


 突然、秋留が俺の目の前に手の平サイズの奇妙な人形を差し出した。


「この町に来ていた露天商から買ったんだよ、いいでしょ?」


 秋留が手にぶら下げているのは、全身真っ黒の人形だった。人形の背中には白い翼が生えている。


「なんだ? これ?」


「堕天使のお守りだって。露天商が言うには実際に地上で暮らす堕天使が、一つずつ手作りでこれを作っているらしいよ?」


 随分と地域密着型の堕天使がいたもんだ。


 どこかの教会では、堕天使は悪魔とされていると聞いた事があるが……。そもそも堕天使など存在するのだろうか。


 目の前では、秋留が嬉しそうに自分のロッドに堕天使のお守りをくくりつけていた。


 暫くするとカリューが部屋に戻ってきた。


「大した物はなかったが、予備の剣や短剣を買ったぞ。外の銀星の背中にくくりつけてある」


 カリューは部屋の中に俺達全員の姿を確認すると続けて言った。


「ジェットは俺達のパーティに加わってから初の冒険だな」


 カリューの言う通り、チェンバー大陸の英雄ジェットが、俺達のパーティに加わって冒険するのはこれが初めてだった。

 ジェットは俺達が今いるエアリードで仲間になったのだ。

 この地で縛られていたジェットの魂を解放したのが俺達だった。


「ワシの命に代えてでも皆さんの命はお守りしますぞ」


 不死身のジェットの命、と言われてもあまり信用出来ないが、チェンバー大陸の英雄としての腕には期待が持てる。


「期待してるぞ、ジェット。よろしく頼む」


 その日、俺達は翌日の出発に備えて、早めに眠りについた。




 翌日、エアリードは濃い霧に包まれていた。

 この地で生涯を終えたジェットが出て行くのを、拒んでいるかのようだ。

 俺達はここから馬車で四日程の距離にある、大炎山に向かって進む。


 ちなみに俺たち冒険者の移動手段は基本的に馬車だ。どの大陸も、とてもではないが歩いて横断等出来るような広さではないからだ。


 そりゃ、駆け出しの新米冒険者は馬車を借りる金も無いから徒歩が主流になる。

 俺も冒険者になったばかりの頃は沢山歩いた。

 冒険者は依頼をこなす為に街と街を移動する事が多くなる。新米冒険者は最初の移動でそれなりに足腰を鍛えられ体力も付くという訳だ。


「よろしくね、銀星」


 秋留が銀星の頭を撫でた。


 銀星の身体には馬車が取り付けてある。俺たちは銀星が引っ張る馬車に揺られながら大炎山を目指すという訳だ。勿論、銀星だけで俺たち四人が乗る馬車を引っ張る事など出来ないため、銀星の隣には栗色の毛並みをした雄馬も繋がれている。


「アルフレッドもよろしくね」


 このエアリードの町で借りた馬に秋留が名前を付けたのだ。アルフレッドは嬉しそうに口をブルブルと鳴らした。


「忘れ物は無いか?」


 カリューが自分の荷物を馬車に詰め込んで聞いてきた。カリューの荷物は武器や防具が多い。まるで武器防具マニアのようだ。


「ああ、全部詰め込んだぞ」


 再びエアリードに戻ってくるかは分からないため宿屋に預けておいた俺たちパーティーの荷物は全て馬車に積んでいる所だ。


「ん? ジェットはどうした?」


 そういえばジェットがいない。

 キョロキョロしていると町の裏から小走りに近づいてくるジェットの姿が見えた。


「すまんですじゃ」


「どうしたんだ?」


 俺は荷物の最終点検をしながら話しかけた。


「婆さんの墓参りをしていたんですじゃ。当分、戻れそうもないからのぉ……」


 そっか。

 ジェットの奥さんもこの地で眠っていたのか。ジェットの姿が少し寂しそうに見える。


「ワシと婆さんは同じ墓に入っているはずなんじゃがな。自分の墓参りをするとは予想にもしていなかったですじゃ」


 ジェットは白い髭を触り苦笑いをしている。


「ジェット、良かったの?」


 秋留が近づいてきて優しくジェットに声をかけた。


「ふぉっふぉっふぉ。こうして生き返ったからには世界の平和のためにこの力、震わせてもらいますぞ」


 厳密に言うと生き返ってはいないのだが、死人生活が始まったばかりのジェットにそれを言うのは酷だろう。


「婆さんが生きていれば『死ぬ気で世界を平和にしてきな!』と檄を飛ばされていたはずですじゃ」


 パワフルな奥さんだったんだなぁ。しかし死人のジェットに対して死ぬ気で、とは一体。


「それでは出発しますぞ」


 ジェットが御者席に腰を下ろして手綱を握った。


『おー!』


 俺たちは同時に声を上げると深い霧の中、新しい仲間を加え、真新しい馬車に乗って走り始めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ