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水責め

 長く続く洞窟に皆、疲れが溜まって来ていた。

 定期的に襲ってくる、この洞窟特有のモンスターの存在も手強いものとなってきた。


「いい加減、きりがないな!」


 目の前の大根の様な頭を持つ人型モンスターを切り捨ててカリューが言った。

 何匹ものモンスターを捌いているのに、疲れを全く見せないあたりがカリューらしい。

 少し前まで元気だったクロノとシャインも今では、戦闘にも飽きたらしくグッタリとしている。


「この洞窟を出たら、皆で豪華な宿に泊まって豪華な食事をしようね」


 秋留が全員を元気づける様に言った。俺に対しては200パーセントの効果を発揮する秋留の励ましも、他の奴らには大して効果がないようだ。


 意気消沈のまま進むこと一時間。


 俺達は人工的に作られた大きめの部屋の前までやって来た。

 大分前に通過した矢の通路と同様に魔法の松明が部屋の中を照らしている。

 床には罠が作動するような突起物が所狭しと並べられていた。


 俺は一人、両膝をついて床の突起物を調べ始めた。少し調べて全ての突起物は罠が作動しないようにガードが掛かっている事が分かった。

 この罠を作成した主がうっかりスイッチを入れ忘れたのだろうか?


「とりあえず、床の突起物は大丈夫そうだ。だけど何が起こるかわからないから、踏まないでくれよ」


 俺が言うとパーティーのメンバーが無言で頷く。


 俺の予想通り、床の罠は作動しない様だ。しかし油断しない様に気を張り詰め、辺りを観察しながら部屋の中を進む。


 その時、この部屋の近くに人の気配を感じた。と同時に足元の罠が一斉に作動する。

 頭上から何かが開く音がして大量の水が流れ始めた。


「! い、急いで部屋から出るんだ!」


 俺は叫んだが時既に遅く、部屋の出口が分厚い鉄の扉で塞がった。後方を確認すると、そこも既に鉄の扉で塞がれていた。


「ちっ! とりあえず全員、動かないでくれ!」


 頭上から流れてくる水の音に負けないように声を張り上げる。


 どういう事だ。

 誰も罠は踏んではいない。確かに床の罠は作動していなかった。何が原因で罠は起動したんだ?


「また罠踏んだのニャン! クロノ!」


 俺の後方でシャインがクロノを攻めている声が聞こえる。


「今度こそ踏んでないニャ!」


「ちょっと静かにしてくれ!」


 いらつきながら俺は叫ぶ。この罠を見抜けなかった自分が悔しい。大して広くない部屋にはあっという間に水が溜まり、今では膝下まで水に浸かっている。


 天井を見上げ罠が停止しそうな仕掛けがないか確認する。


 だが怪しそうな突起が多すぎてどれを狙えば良いのか分からない。同じく怪しげな突起が壁にも沢山並んでいた。


「これなんか怪しいニャン」


「勝手に動いたりどこかに触ったりするんじゃねぇ!」


 壁に手を伸ばそうとしたシャインに怒鳴る。水の音が邪魔をして頭の中が集中出来ない。


「ブレイブ、怖いニャン……」


 水が膝上まで溜まってきた。いくら夏場の水だからといって、ひんやりした洞窟の中の水は俺達の体力を確実に奪ってくる。


「な、何か変な虫が飛んでるニャ」


 クロノは頭上を飛んでいる金色の虫を煩そうに払いのけた。


「ば、ばかっ!」


 俺は叫んだが、クロノはバランスを崩して倒れそうになった。

 駄目だ! 変なスイッチを踏むのは危険過ぎる!


「クロノ、気合で耐えるニャン!」


 シャインが無茶な事を言うが、もちろんそんなもので耐えられるはずもなく、クロノの体勢は一層危なくなる。

 だが秋留の背中から伸びたマント、ブラドーがクロノの身体を包み込んだ。


「気をつけてね、クロノ。死にたくないでしょ?」


 秋留の台詞と共にクロノの顔の目の前までブラドーの爪が伸びる。


「い、以降、気をつけるニャ……」


 ブラドーに体勢を立て直してもらったクロノが申し訳なさそうに言った。秋留は怒らせると怖いんだな……。


「ブレイブも落ち着いてよ。ブレイブならこんな罠、ちょちょいのチョイでしょ?」


 秋留が笑顔で俺に話し掛ける。まるで天使の微笑だ。その微笑には回復効果もあるのだろうか。


「おい! ブレイブ! いつまでもボケ〜っとしてないで、いい加減何とかしろ!」


 悪魔の様な面をしたカリューが怒鳴る。


 いつもの仲間達との会話のお陰で少し落ち着いてきた。


 今では腰辺りまで水が浸かって来ている。ジェットはあまりの寒さのためか、あまり動かなくなっている。正に年寄りの冷や水……。でもゾンビだよな?


 俺は仲間達の顔を眺めながら五感を研ぎ澄ませた。


「クロノ、シャイン、後少しだからもう少し辛抱してくれな」


 俺は今度は落ち着いて部屋全体を眺めた。今まで落ち込んでいたクロノとシャインにも笑顔が戻ったようだ。


 まずはこの罠……。なぜ発動したかを考えよう。


 誰も罠は踏んでいないはず。そして、罠が発動した時に感じた何者かの気配……。


 罠には大きく二種類ある。一つは侵入者がスイッチ等踏んで発動する自動罠。もう一つは何者かが罠を発動させる手動式の罠。


 今回は後者の手動式が怪しい。誰かが俺達の事を監視しているのだろうか。そうなると、通路に死体がない事の説明がつく。そいつがこの洞窟を管理しているのだ。


「ブレイブ殿〜、まだですかなぁ〜」


 震えながら紫色の唇でジェットが言った。


 とりあえず洞窟の管理者の事は後回しにしよう。

 俺は再び天井や壁を見渡す。

 あまり高くない天井。俺が秋留を肩車すれば何とか秋留の手が届きそうな天井だ。

 この部屋が一杯の水で満たされたとき、俺達は死を迎えるのだろう。


 ん?

 でも壁の高い場所でうっすらだが、水垢の様な線が見える……。それとは別に壁最上部にも水垢の線が見える。こっちの方の水垢の方が断然濃い……。


 つまり、この部屋の水は一杯にならない条件があるという事か。それを見つける必要がありそうだ。


「さ、寒いニャ」


「冷たいニャン」


 背の低いクロノとシャインは既に水に浮いている。早く罠を停止させる方法を見つけないとやばいかもしれない。壁の最上部に水垢の線が見えるという事は、この罠は侵入者を殺す事も出来るという事なのだ。


「大丈夫だよ、ブレイブ。落ち着いて……」


 寒そうに秋留が言う。

 その力ない言葉に俺は五感を一気に研ぎ澄ました。これ以上、秋留に辛い思いはさせない。


 俺は眼を閉じ、耳に神経を集中させた。


 そういえば、さっきよりは五感を研ぎ澄ますのが容易になっている。秋留の言葉のお陰だろうか……。


 いや、違う。

 それだけではない。

 さっきよりは、天井から流れる水の音が小さくなっている。

 まさか……。


「みんな……泳げるか?」


 俺は首元まで溜まった水から首を伸ばして言った。

 全員頷く中で、秋留が自信無さそうに頷く。


「秋留、大丈夫か?」


 心配そうに俺が聞くと、秋留は笑顔で答えた。


「暫くの間なら何とかなるよ……」


「やばくなったら俺にしがみつけよ。水に浮いちゃえば、どんなに動いても罠にはひっかからないから」


 頼れる男を精一杯アピールしとく。


 暫くして全員の身体が水に浮いた。


 ジェットは器用に立ち泳ぎをし、シャインとクロノは水の上で寝ているようにプカプカと浮いている。

 カリューは獣人の影響なのか、犬かきだ。

 心配そうにしていた秋留は始めは平泳ぎをしていたが、今は苦しそうに犬かきの様な溺れている様な危うさでバランスを取っていた。

 俺は泳いで秋留に近づくと、肩を掴んだ。


「あんまり無理すんなよ。俺に掴まってていいから」


「あ、ありがとう」


 息を切らしていた秋留は、ほっとしたような顔を見せた。

 水位を見ると丁度水垢の線が見える所だった。俺の予想通り、天井からの水が急に途絶える。


「お? 水が止まりましたな」


 ジェットが死人のような色の悪い顔で言う。

 一同、次に何が起こるのかを待ちわびる……。


「ねぇ、ブレイブ。この後、何が起こるの?」


 俺の背中のカバンに捕まりながら秋留が言った。

 さぁ、俺も知らない……と心の中で呟く。


 と、仕掛けが動く豪快な音と共に目の前の壁が開いた。

 水と一緒に部屋から流れ出る俺達。狭い通路を水に舞う木の葉の様に流れ落ちる。


「あははは〜〜」


 秋留が楽しそうに笑っている。こういう絶叫系な仕掛けは好きなのかもしれない。でも俺の耳元で叫ぶのは止めてくれ。


 どこかに水がぶち当たる轟音。


『いってぇぇ〜!』


 俺達は一斉に叫んだ。水の流れが行き着く先はまた別の部屋。俺達は仲良く部屋の床に全身を打ちつけた。

 そこには見渡す限り、真っ白なモンスターの山……。


「全員、戦闘態勢〜〜〜〜!」


 叫びと共にカリューが勢い良くモンスターの群れに突撃する。

 それを追ってクロノとシャインも飛び出す。

 俺と秋留とジェットは腰をさすりながら、寒さでブルブルと震えている。


「まぁ、あいつらに任せておけば何とかなるっしょ」


 俺が言うと秋留は頷いて、魔法で目の前に小さな炎を出現させた。

 その炎で温まりながら、元気な三人組みの戦いっぷりを観戦する。

 危なさそうな時はネカーとネマーでフォローをする事も忘れてはいない。


「そういえば、さっきの水攻めの罠……どうやって解除したの?」


 秋留がジェット愛用のお茶セットで沸かしたお茶で温まりつつ聞く。


「何もしない、が罠を解除する方法さ。何もしていない状態でどんどん水の入ってくる量が減っていってたみたいだからな」


『ほぉ〜』


 ジェットと秋留が仲良くお茶を飲みながら感心した。



「いやぁ、身体を動かすと温まるよなぁ」


 カリューが隣を歩くクロノとシャインに話し掛ける。

 元気な三人組の後ろには、モンスターの死体の山。


「お前らもちょっとは運動しろよなぁ!」


 カリューが右手に持っていた剣を鞘に収めながら言った。


『とりあえず腹が減ったニャ、ニャン!』


 育ち盛りのクロノとシャインが声を合わせて言った。




「結構、長い洞窟だよなぁ」


 カリューが先の見えない暗闇の通路を確認して言う。


 俺も少し湿った干し肉を食べながら通路の奥を確認した。何かが蠢く不気味な音。近くで焚き火をしているせいか、こちらに近づこうとはしない。


 どこかでこの洞窟の管理人も俺達の姿を見ているに違いない。陰険な奴め。今に見ていろ……。


「こんなに深い洞窟なんて思ってなかったから、食料が無くなりそうだよ」


 秋留が食料用のカバンの中を見ながら言う。


「ただ飯食らいが二人いるしなぁ」


 俺はクロノとシャインを睨みつけて言った。二人は無心に干し肉を頬張っていて聞こえていないようだ。


「ちょっと寝ませんかな? きっと今は夜ですぞ」


 やたらと人間臭いゾンビのジェットが言う。


「しょうがないな。少し仮眠するか。俺が見張りをしててやるよ」


 ジェットよりもむしろカリューの方が疲れを知らないゾンビの様だ。




「そろそろ起きろ〜!」


 寝た気があまりしない内に秋留に起こされた。途中で秋留が見張りを代わったようだ。二人の話だと五時間位は寝てたみたいだが本当だろうか。空が見えないせいで時間の流れが全然分からない。


 俺達は再び洞窟を奥へと歩を進めた。時折襲ってくるモンスターは相変わらずカリューが手早く仕留めている。


「な〜んか、キリがないよな」


 ボソッと呟く。この台詞を聞くのも何度目だろうか。


「無いニャ」


 クロノの眼には明らかに疲れの色が見える。まだ若いために体力がないのだろう。


「そういえば、クロノとシャインは何歳なんだ?」


 俺は気晴らしに世間話をしてみる事にした。今は一時的にパーティーを組んでいるが、俺達はクロノとシャインの事を全然知らない。


「あたしもクロノも14歳くらいだニャン」


 お喋りが好きそうなシャインが隣に来て答える。「くらい」か……。色々苦労してるんだろうな。盗賊をやっているのにも理由があるんだろう。


「くらい? 誕生日分からないのか?」


 無神経なカリューが聞く。


「僕達、捨て子なんニャ」


 クロノが寂しそうに答えた。それを聞いて気まずい顔をするかと思いきや、カリューは豪快に笑って答える。


「そうか! じゃあ、お前らの強さは生きるための力だったんだな!」


 どこまでもプラス思考な奴め。

 カリューの台詞を聞いてまだまだ子供なクロノとシャインが苦笑いをする。まぁ、反応し難いわな……。

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