ヤード地下洞窟
「銀星元気だった? アレキサンドラ、今日も綺麗よ」
ヤードの入り口近くにある共用の馬屋で、秋留が二頭の馬の頭を撫でながら言った。
俺達がこの場所に来てからも銀星は守る様にアレキサンドラの前に立っていた。こいつは惚れたな?
「ブレイブ、ぼさっとしてないで荷台に荷物を詰め込め! 早速出発するぞ」
俺はここに来る途中で宿屋に寄って取って来た荷物を新しい荷台に乗せた。
ちなみに荷馬車は近くのディスカウントショップで買ってきた中古品だ。
「それでは出発するですじゃ、銀星、アレキサンドラを頼むぞ」
ジェットが馬の手綱を持って掛け声を掛ける。銀星が勢い良く歩き始めたがアレキサンドラが進まない。
「どうしたんじゃ? アレキサンドラ……」
ジェットが御者席から身を乗り出して確認した。俺も荷馬車の幌の間から外を確認する。
そこには、金髪ロンゲでキリリとした騎士風の冒険者が、赤い毛並みの立派な馬に乗って歩いていた。
「ヒヒィ〜ン」
アレキサンドラが甘えている様な鳴き声を上げる。
それに気づいた赤い毛並みの馬が近づいて来た。
「こら! ホールド! 勝手に歩くな!」
ホールドと呼ばれた赤い毛並みの馬に乗っている騎士が、手綱を引っ張りながら叫んでいる。
しかしアレキサンドラ同様に言う事を聞かない様だ。
地下洞窟へ向かう街道。
俺達の乗る馬車は銀星と茶色い毛並みをした雄の馬が二頭で引っ張っている。銀星の後ろ姿はどこか寂しげだ。
あれから、言う事を聞かなくなったアレキサンドラとホールドと呼ばれていた赤い毛並みをした馬を、近くの牧場に預けてきた。
向こうの冒険者もその事に納得したし、アレキサンドラをこれ以上、危険な旅に連れて行くわけにはいかないという俺達の意見も一致した。傷心の銀星を労わって、当たり障りの無いように雄の馬を買ってきた。
しかし銀星は納得していないだろう。
「元気を出せ、銀星。もっと綺麗で可愛い馬がそのうち現れるはずですじゃ」
ジェットが銀星を励ましているようだが、効果は全く無さそうだ。
俺は今まで恋人という存在を作って来なかったのでフラれるという経験をした事がない。一体どれ程辛いのだろう?
隣に座っていた秋留が御者席に歩いていって言った。
「銀星、元気出して。銀星には私がいるじゃない」
銀星には勿体無い台詞を秋留が言う。俺にも言ってくれないだろうか。
秋留の台詞を聞いた銀星は秋留の方を振り向いて大きく鳴いた。元気を取り戻したようで、馬車が凄い勢いで進んで行く。しかし危険だから銀星には前を向いて走ってもらいたいものだ。隣を走る雄馬も走り難そうだ。
「その馬車、ちょっと待つニャ!」
俺の耳に一瞬聞き覚えのある声が聞こえてきたが、超特急銀星丸と化した馬車に声の主は跳ね飛ばされたようだ。
「ひどいニャ〜〜……」
罵る言葉が遥か彼方に遠ざかっていく。
「全てを薙ぎ払って進んでるみたいだね。あっという間に洞窟に着きそうだよ」
まるで全てを分かっていたかのように秋留が俺の隣に戻ってきて言う。俺の頭の中に小悪魔という言葉が浮かんだ。
「そろそろの様ですぞ」
ジェットが御者席から言う。
俺も幌の間から外を眺めると丁度通り過ぎる看板が眼に入った。『ヤード地下洞窟 海岸沿い100メートル先』と書いてある。
ちなみに俺の盗賊の眼があればこそ、一瞬で通り過ぎる看板の文字が読めるのだという事をお忘れなく。
銀星の引く馬車が砂浜近くの街道の途中で止まった。
目の前には断崖絶壁にぽっかりと口を開けた不気味な地下へと続く洞窟の入り口が見える。
「不気味ですな」
ジェットが荷台から荷物を取り出しながら言った。
確かに不気味であるが今のカリューには逆らわない方が身のためというものだ。大人しく進むしか道はない。
「結構暗いみたいだな。全員松明を持って進もう」
カリューが洞窟の中を覗いて言う。獣になって夜目が利く様になったんじゃないか、というツッコミはしない事にした。
「じゃあ大人しく待っててね」
秋留が銀星と雄馬の背中を撫でて諭すように言った。
さて、準備も整ったし、ヤード地下洞窟へ出発だ。
俺達はダンジョンを進む時などにお決まりな陣形を取って洞窟の中へと踏み出した。
俺が先頭で辺りを窺いながら進む。次に秋留とジェットが続く。殿を務めるのはカリューだ。
「足場が悪いから気をつけてな」
松明で辺りを照らしつつ、秋留の事を心配しながら言う。
暫くはモンスターや罠も無く無事に進んだ。
と言うより罠は無いと思った方が良いだろう。俺達は魔族の屋敷に侵入している訳でも、未知なる財宝が眠っている洞窟に侵入している訳でもない。こんなヘンピな洞窟に侵入者を阻むような罠を仕掛ける必要がない。
「ブレイブ、あんまり周りを確認してないみたいだけど、大丈夫?」
秋留が後ろから心配そうに言った。
「多分、罠なんて無いだろう。こんな洞窟に罠を仕掛ける理由がないよ」
俺はかったるくなった右手から、左手に松明を持ち替えてから答えた。
俺達の話し声に紛れて前方から何かが近づいてくる足音が聞こえる。俺は素早く全員に戦闘態勢を取るように合図をすると、足を止めて辺りを観察し始めた。
俺達は全員松明を持っているため、向こうからこっちの動きは丸見えだろうが、向こうの姿は確認出来ない。
「ちょっと明るくしようか?」
秋留が右手に杖を構えて言う。
「眼くらましも含めて派手なやつを頼むよ」
俺は秋留の魔法の邪魔にならない様に、少し脇にそれた。
「光の精霊レムよ、我が前にその姿を現し、全ての影を滅せよ」
秋留の呪文の詠唱と共に、構えている杖の先が暗闇の中で輝き出す。
「ブライトネス!」
杖を前方に振ると小さな光の玉がフヨフヨと漂い始め、ある一点に到達した時に太陽の輝きの様な光を発した。
「ピギャアアア」
光に照らされた真っ白い蛸の様なモンスターが奇声を発する。特定の洞窟にのみ生息するモンスターだろうか。何年か冒険者を続けているが、今まで見た事がない。
その蛸の様なモンスターが10匹程眩い光にうろたえて、辺りをウロチョロしているのが見える。
カリューが俺の脇から勢い良く飛び出す。そして一瞬のうちに二匹を同時に切り倒した。
怒り狂った一匹の蛸が秋留に飛び掛ったが、ジェットの素早いレイピア捌きで三枚に下ろされる。
俺の足元にフラフラと近づいてきた蛸はネカーを一発撃って破裂させた。ネカーから放たれた硬貨が地面に転がったが、白蛸モンスターの粘液まみれになっているため、再び拾って使う気にはなれない。
「白い蛸って気持ち悪いね」
秋留がジェットの陰から言う。確かに赤い蛸は食べても美味いが、この白い蛸は不味そうだ。
そういう事を考えながら、硬貨を無駄にしない様に近づいてきたモンスターだけをネカーでぶっ放す。
大した時間も掛からず、全てのモンスターを倒した。
「んじゃあ、また進み始めるか」
俺は再びパーティーの先頭に立ち、洞窟の奥へと進んだ。秋留の放った魔法の効果は切れ、今は松明の灯りだけが頼りとなっている。俺の眼でもこの洞窟の先がどうなっているのか確認は出来ない。
暫く進むと少し開けた空間に出た。洞窟の地面と天井からは、つららのように鍾乳石が飛び出ている。
「幻想的な雰囲気だね」
秋留が松明で辺りの岩を照らしながら言う。
その時、秋留の近くの鍾乳石の陰から酒場のネオン看板の様なモンスターが姿を現した。キラキラしていて綺麗だが、俺は素早くネカーをぶっ放して、蜥蜴の様なモンスターを吹っ飛ばす。
「ここは見た事もないモンスターばかりだな」
俺は他にモンスターがいないことを確認してからネカーをホルスターに戻した。
「そうだね。罠は無いかもしれないけど未知のモンスターには気をつけないと、どんな特殊能力を持っているか分からないからね」
秋留がモンスターの出現した鍾乳石から離れて言う。
幻想的な空間を進むと、人一人がやっと通れる程の通路に差し掛かった。
俺達は身をかがめながら奥へと進む。松明の灯りがゆらゆらと通路の先を照らしている。
その先は明らかに人工的に作られたと思われる通路になっていた。
通路の壁には、所々に魔力で灯っていると思われる松明が掲げられている。
「あまり余計な場所に触らないようにな」
俺はパーティーのメンバーに注意を促すと、辺りに注意しながら通路を進んだ。
この通路には何か仕掛けがありそうだ。
ふと石畳の一部に不自然な石がはまっているのに気づいた。周りの石は人が歩いたり自然に風化したりしてボロボロなのに対して、その石だけはやたらと綺麗なのだ。
俺は辺りの壁や天井を注意深く観察した。
俺達の進んで来た通路の入り口の天井に細い切れ目が見える。どうやらこの石を踏んでしまうと、通路入り口に隠された壁が落ちてきて、戻れなくなってしまう作りらしい。
「ここの綺麗な石は絶対に踏まないようにな」
俺は再びメンバーに注意を促すと、人口の通路を更に奥へと進んだ。
通路の終わりに差し掛かったときだろうか。
突然、後方からまたしても聞き覚えのある声が聞こえて来た。
「こんな人気も無い洞窟に何しに来たんニャン?」
後ろを見ると、毎回撃退されているのに全く懲りていない獣人団が姿を現した。心なしか人数が大分減ったように見える。
それにしてもあの獣人団。つけられている事に全く気づかなかった。もしかしたら、盗賊の腕はそれなりに良いのかもしれない。
その獣人団の先頭に、腰に手を当てたシャインが仁王立ちしている。
「こんなヘンピな場所を自分達の墓場に選んで良かったニャ?」
シャインの後ろから大きく一歩前進してクロノが言った。
「さっきはよくも吹き飛ばしてくれたニャ!」
やはり絶好調だった銀星に吹っ飛ばされたのはコイツだったか。
「今回は我が獣人団の精鋭を集めさせてもらったニャン」
シャインが負けじとクロノの前に出た。
「あ……」
俺は思わず間抜けな声を上げた。同時に重そうな鉄の壁が天井から落ちてくる。丁度、後方の獣人団と二人の盗賊頭を分ける様に通路の入り口が閉まった。
シャインがクロノの前に出た時に、俺が気付いて回避していた罠の石を踏みやがったのだ。
「な、何事ニャ?」
クロノが後方の鉄の壁を触りながら叫んだ。
シャインは踏み込んだ右足をそっと上げて、その下の石を確かめる。
「クロノが床にあった石の罠を踏んだニャン!」
うわ……。
「え? そうだったのニャ?」
クロノがすまなそうにシャインに近づく。
その後暫くシャインはクロノに文句を言っていた。何とも豪快な性格だと思いつつ俺達はただ呆然と事の成り行きを見守っていた。
小言が終わると、クロノとシャインは鉄の壁の向こうにいると思われる獣人団に向かって大声で叫んだ。
だが完璧な防音効果がされているらしく、相手からの反応がない。
それにしても、あの罠……。
侵入者を阻むためではなく、侵入者を帰さない様な作りになっていた。一体どういう事だろう。
「あの壁は魔力を弾き返す様な特別な金属で出来ているみたいだよ」
秋留が壁を観察しながら言う。さっきからもぞもぞと壁に向かって呪文を唱えていたのは、それを調べていたということか。
だが秋留の言うことが正しいとすると、ここから脱出する手段は、先に進んでどこか別の出口を見つけるしかないという事か。
「勝負するのか?」
二人の獣人の行動に痺れを切らした様にカリューがシャインとクロノに近づいた。
その眼は「早く獣人から元の人間に戻りたいんだ」という焦りが見て取れる。
「お、お前は昨日飲み屋から飛び出してきた獣人ニャ!」
クロノが驚いたように言う。隣のシャインも昨日余程痛い目を見たらしく若干、後方に下がりつつある。
「昨日も言ったニャン。なぜ、同じ獣人なのに手を取り合って助け合おうとしないニャン?」
カリューが唸り声を上げ、背中の剣を両手に構える。
「俺は人間だ! 勇者カリューだ!」
カリューは吼えたが、今の台詞は二つ共間違っている。カリューは人間でも無いし勇者でもない。
「カ、カリュー? レッド・ツイスターのカリュー?」
シャインが驚いたように聞きなおす。さすがに一昨日まで人間だったのが突然獣人になっていたら誰でも驚くだろう。
「はは〜ん……」
クロノが何かに感づいたように言った。
「つまりは俺達獣人の強さに関心して獣人に転職した訳ニャ……」
クロノが喋り終わる寸前に、カリューの横薙ぎの攻撃がクロノの鼻先をかすめた。カリューの全身の毛が逆立っている。こいつ、ほ……本気だ……。
「そういう事なら照れる事ないニャン、同じ獣人同士、仲良くするニャン」
シャインがカリューの隣に来て肩に手を置きながら、火に油を注ぐような事を言った。
カリューは何も言わずに一歩後方に飛んで剣を上段に構える。
「ねぇ、カリュー」
その時、割って入るように秋留がカリューに声を掛けた。カリューの動きが金縛りにあったようにピタッと止まる。
「とりあえず、鉄の壁から向こう側には戻れなさそうだし、今は決着つけなくても良いんじゃない?」
優しい問い掛けだが、どこか断れないような凄みのある声だ。
「シャインとクロノも、この洞窟から脱出するためにも暫くお互いに協力し合わない?」
またしても優しいが威圧感のある声を秋留は発した。
こうして、一時的だが奇妙なパーティーが出来上がった。
六人パーティーのメンバーのうち半分は獣人。一人はゾンビ。まともな人間は俺と秋留だけという事になる。
「どういう事だ?」
俺は地下洞窟を更に先に進みつつ秋留に尋ねた。勿論聞きたいのは、シャインとクロノを一時的にでもパーティーに加える気になった理由だ。
「ここで争ってお互い傷づくよりも、協力し合って先に進んだほうが良いと判断したからだよ」
秋留が後方でワイワイと騒いでいる人外パーティーに聞こえないように答える。
我らが頭脳である秋留が言うんだから、おそらく間違いは無いだろう。
確かにこの洞窟には何かがある。俺達を帰したくない何かが……。