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獣人盗賊団

「あ〜」


 隣を歩くカリューがだらしない声を上げる。太陽が真上に来ていて正に灼熱地獄。しかもここ最近多かった雨のせいでたっぷりと水分を吸収した地面からは熱気がとめどなく湧いてきている。


「だらしない声出すなよ! カリュー!」


 暑さで気が立っている俺はカリューに向かって言った。

 カリューは生気のない眼で俺を睨みつけている。


「あ〜あ〜、すみませんねぇ! 俺のせいで炎天下を歩く事になっちまって!」


「ブレイブ殿にカリュー殿、喧嘩はそれくらいにしといて下され」


 銀星に乗りながらジェットが言った。隣では優雅にアレキサンドラに乗った秋留が、俺達の方を見ながら微笑んでいる。秋留の背中に住んでいるブラドーは日傘のようになり、太陽の日差しから秋留を守っていた。


「予定では今日中には、港町ヤードに着くかと思ってたけどなぁ」


 隣でカリューがデカイ独り言を言っている。あまり知らなかったが、こいつは結構根に持つタイプだな。


「まぁ、このペースでも明日にはヤードに着くんじゃない?」


 俺と同じで方向感覚があまりない秋留が言っている。こんな事を言うと「ブレイブと一緒にしないで」と言われるのだが。


 空を見上げると、少し雲が出てきたのが分かった。明日はまた雨になるのだろうか。港町に着くのが更に遅れそうな気がする。


 太陽が少し傾いてきた。パーティーの誰も腕時計なんていう高価な物は持っていないので正確な時間は分からないが、今は午後の二時くらいだろうか。どうやら暑さのピークは超えたようだ。


 俺達は木陰で少し休むと再び歩き始めた。


 暑さで無駄な話も出来なくなった頃、俺は後方100メートル位に何者かの気配を感じ始めた。昨日襲って来た奴だろうか。


 俺はパーティーのメンバーに声には出さずに、指を後ろに向けてサインを出した。


 秋留が静かに腰に装備している折り畳み式の杖を構える。杖の先端の所に、以前泊まっていたジェーンアンダーソン村で買った、堕天使のお守りという黒い人形が情けなくぶら下がっている。


「人数は……20人くらいかな。どいつも身軽そうだ」


 俺は耳に神経を集中させ足音の数を数えてから言った。


「どんな奴らだか見えるか?」


 カリューも腰の剣に手を掛けながら俺に聞く。


「いや……。水分を含んだ地面が水蒸気を上げているせいで、ほとんど確認出来ない」


「前方からも来たようですぞ」


 銀星に乗ったジェットが少し高い位置から言った。確かに前方からも10人程の集団が近づいてきているようだ。

 さて、どうするか?


「このままだと挟み撃ちにあっちゃうね。人数の少ない前方に走って、先に数を減らした方が良さそうだよ」


 我がパーティーの頭脳的存在である秋留が冷静に判断して言った。秋留の作戦はいつも的確で無駄がない。


 俺達は一斉に走り始めた。同時に後ろから追跡して来ている集団も一斉に走り始める。

 どうやら相手も馬鹿ではないらしい。


「まずは前方の敵から殲滅するよ!」


 秋留は叫び終わると、呪文の詠唱を始めた。俺も両手にネカーとネマーを構える……と、待てよ。


「秋留、奴らをこれ以上近づかせないようにしてくれ」


 俺は背中の荷物を降ろして、底の方をガサゴソし始めた。


「大地の詩に合わせて、踊れ、地の精霊、ノームダンス!」


 秋留は呪文を発する言葉と共に右手を大地にかざした。

 数10メートル前方まで近づいてきた集団の目の前で、無数に大地が破裂する。

 盗賊風の出で立ちをした10人程の足が止まった。リーダー風の男が「落ち着けニャ!」と檄を発している。


「ナイス、秋留! んじゃあ、こいつを喰らえ!」


 俺は左手の手甲との摩擦で火をつけた小型の爆弾を、敵集団目掛けて放り投げた。


「慌てるニャ! 小型の爆弾だニャ!」


 またしても、変な喋り方のリーダー風の男が叫ぶ。


 残念でした。確かに見た目は小型だけど……。俺達は前方の集団から眼を反らして耳を塞いだ。

 先ほどとは違い予期しているとはいえ、凄い振動が辺り一帯を駆け抜けた。爆風が爆煙を伴い視界を奪う。


 俺は空気の振動が止んだ事を確認して、耳から手を離した。


「奴らも少し怖気づいた様だな」


 後方から近づいて来ていた集団の足も止まっている。いや、少しずつ後退をしているようだ。


 俺の隣に先程吹き飛ばされた盗賊風の男が空から降ってきた。全身真っ黒になっている。ご愁傷様……。


「ひ、卑怯ニャ……」


 俺のズボンの裾を掴みながら、盗賊リーダーが俺を褒め称える。


「そうだぞ、ブレイブ! 正義に反した行為は許さない!」


 俺達パーティーのリーダー風の男が俺を睨んで叫ぶ。シカト、シカト。

 俺がカリューに攻められている間に、足元の真っ黒い奴はもごもごと喋っているようだ。


「回復魔法だよ! 気をつけて!」


 秋留が手に持っていた杖を真っ黒人間に振り下ろす。しかし真っ黒人間は素早い動きで杖の攻撃をかわした。

 真っ黒人間の身体が光で包まれた。光の中からまたしても真っ黒人間が……って。


「回復してないじゃん! はったりか!」


 ツッコミながら、光から出てきた真っ黒人間をネカーで狙う。しかし目の前にいた筈の奴の姿がない。


「あそこですぞ!」


 ジェットが近くに生えている木の枝を指差した。

 そこには真っ黒人間がたたずんでいた。かなり素早い。


「強力な爆弾で問答無用に蹴散らすなんて、人間の風上にも置けないニャ!」


 罵りの声を上げながら、枝にいた真っ黒人間が上空に飛ぶ。

 そして、後方から近づいてきていた集団の隣に音もなく着地した。いつの間にか後方の20人程の盗賊団が目前まで迫ってきていた。


「だらしないニャン、クロノ!」


 後方の集団のリーダー格らしき真っ黒人間が、爆弾でふっ飛ばしたもう一人の真っ黒人間に言った。

 言葉をかわす二人とも全身真っ黒な出で立ちで、緑地に黒い瞳が浮き出ている。


「獣人の様ですな」


 ジェットが秋留から貰ったマジックレイピアを構えて言った。


 そうか。


 奴らは、焦げて黒くなったわけじゃなくて、真っ黒な毛並みをした獣人だったのか。俺が馬車の中から見た暗闇に浮かぶ眼は、獣人の眼だったらしい。

 リーダー格らしき二人の他の盗賊団員も、似たような変わった鋭い眼をしている。


 俺達の会話が聞こえたのか、真っ黒毛並みの二人の獣人が前に歩み出た。


「あたしの名前はシャイン。誇り高き黒猫ニャン」


 自己紹介と同時に両手から鋭い爪が飛び出す。シャインと名乗った時の声から察するにメスの獣人のようだ。


「僕の名前はクロノ。同じく獣人盗賊団ビースデンのダブル頭の一人だニャ」


 先程俺が吹っ飛ばしたクロノと名乗った獣人が俺を睨みつけて言う。


「そちらが自己紹介するならば、こちらも自己紹介するのが礼儀だろうな」


 正義感たっぷりで、茶番が大好きな我らがリーダー、カリューも一歩前へ出て言う。


「知ってるニャ。レッドツイスターのカリュー、ニャ」


 クロノの発言で自己紹介を中断されたカリューの機嫌が少し悪くなった。


「そっちの女性が幻想士の秋留、その後ろで秋留を守るように立っているのが、チェンバー大陸の英雄ジェット。しかも厄介な事にゾンビと来ているニャン」


 次はシャインと名乗ったメスの獣人が喋る。さっきから交互に話している様だ。


「で、残った黒い奴が、極悪非道の……」


 俺の番でクロノの喋りが止まる。クロノは他の獣人と何やらヒソヒソと話始めた。

 隣では、秋留が俺に気づかれないように、クスクスと笑っている。


「そうか! あいつか!」


 クロノが手をポンッと打ちながら言った。


「そうに違いないワン!」


 分かりやすい喋り方の犬の獣人が言う。


「盗賊パッシ!」


 犬の獣人の言葉と同時に両手のネカーとネマーをぶっ放し、両耳下に反り込みを作ってやった。


「盗賊ブレイブだ! そんな底辺なタコパーティーのメンバーと一緒にするな!」


 犬の獣人は、尻尾を巻いて逃げ去った。


「あんた達の行動は観察させて貰ったニャン」


 シャインが俺達に「ビシッ」と指を差して言う。その姿にどこかお嬢様的な雰囲気を感じる。


 そして華麗に指を鳴らすと、盗賊頭の後ろから眼がねを掛けた年寄り犬の獣人が分厚い本を抱えて現れた。


「え〜、大炎山でサイバーを打ち倒して800万カリム……。次に惑わしの森で魔族のデールを倒して2000万カリム……。名前がそれなりに売れている事を考えると、元々の所持金を合わせると3000万カリムは固いと思います。以上」


 言いたい事だけ言って、年寄り犬の獣人はまた後ろに下がった。

 俺達は獣人盗賊団ビースデンに大分前から眼をつけられていた様だ。


「そういう事で、身包み置いてここから立ち去るニャン!」


 シャインは全力で俺達を脅しているようだが、どうにも語尾についた「ニャン」が迫力を無くしている。それはパーティーの他のメンバーも同じらしく、ただ平然と事の成り行きを見守っていた。


「下賎な輩共め! 俺が更生してやる!」


 カリューがジェーンアンダーソン村で買った新しい剣を構えて言った。カリューが装備しているのは、どこにでもある普通の鋼の剣だ。あまり高くはないがジェーン・アンダーソンのような小さな村では限界の品だろう。


「お前らはそこで見てろ。俺が正義の戦い方を見せてやる!」


 カリューが主に俺を睨みながら言った。


「さすが、正義の味方カリューだニャン」


 馬鹿にしたようにシャインが言う。カリューは誉められたと思って喜んでいるようだが。


「君らも見てるニャ」


 クロノがシャインの隣に並んで部下達に言う。

 『カリュー』対『黒猫獣人コンビ』の戦いが始まった。


「シルフよ、我らを助ける追い風となれ!」


 まずはクロノが呪文を唱え始めた。


 それを阻止しようとカリューが飛び出したが、クロノの前に立ちはだかったシャインが鋭い右手の突きを繰り出す。攻撃を難なくかわしたカリューは、シャインの脇をすり抜けてクロノに攻撃を仕掛けた。


 しかし、その場所にクロノの姿はない。

 上空に逃げていたクロノはシャインの後ろに舞い降りると、詠唱が完了した呪文を唱える。


「スピードプラス・アスター!」


 クロノの叫びと同時に、二人の周りの空気の流れが変わった。


「カリュー。二人の動きが速くなるよ! 気をつけて!」


 秋留が言い終わる前に、既に二人の獣人はカリューの目前に迫っていた。

 秋留の言う通り、二人の動きが先程とは明らかに違う。クロノが唱えた呪文は、素早さを上げるような魔法だったに違いない。


 カリューはシャインの攻撃を後方に軽くジャンプしてかわしたが、回避の動きに合わせて攻撃して来たクロノの右手の爪が、カリューの右腕に四本の赤い筋を走らせた。


「痛うぅっ!」


 カリューは痛みを堪えて、剣を両手で持って水平に走らせた。

 その攻撃をクロノはしゃがんで、シャインはジャンプして避ける。


 元々、速さのある獣人の動きが魔法の力により更に速くなっているため、そう簡単に相手を捕らえる事が出来なくなっているようだ。


 カリューは宙に逃れたシャインを狙おうと剣を構えたが、クロノのハイキックから続く左手の突きの攻撃により迎撃出来ない。


「雪原の住人よ、全てを貫く氷の矢となれ!」


 宙に浮いたままのシャインが魔法を唱え始める。あいつら、補助魔法だけではなくて、攻撃魔法も唱えられるのか!


「コールドアロー!」


 シャインの両手から氷の矢が放たれ、カリューの装備している鎧の右肩のガードを吹き飛ばし、肩にダメージを与えた。カリューの肩から鮮血が舞う。


 カリューに息つく暇も与えない程に、クロノの攻撃も続いている。鎧で守られていない部分のカリューの身体に傷が増えていった。


 クロノとシャインの攻撃は威力はそれ程でもないが、確実にカリューにダメージを与えていた。

 しかも二人はまるで一つの身体を持っているかの様な、無駄のない連携された攻撃を続けている。


「正義も楽じゃないよねぇ」


 秋留がカリューの戦いっぷりを眺めながら気楽に言う。


「回復するのはこっちなんだけどな」


 続けて秋留は文句を言った。


「カリューの人並み外れた生命力なら、ほっとけば傷なんかすぐ治るんじゃないのか?」


「そんなに凄い回復力があるなら、無敵ですな」


 どこから取り出したのか、お茶を飲みながらジェットが答える。

 ちなみに死人であるジェットは、どんな傷でも瞬時に回復してしまう。正に無敵なのだが本人はあまり分かっていない様な気がする。


 俺達がお喋りしている間に、リーダー同士の戦いにも終わりが見えてきていた。

 圧倒的な体力を誇るカリューが、二人の獣人を押し始めているのだ。

 不思議にも、カリューは普段の移動に使う体力は有限だが、、戦闘中の体力は無限に思える時がある。


「ぜ〜、ぜ〜……。こ、こいつの体力は底なしニャ?」


 荒い息をしながら、クロノが言った。

 正解。カリューの体力は底なしだ。


「何だか、馬鹿らしくなってきたニャン」


 疲れているのか余裕なのかを顔に出さないシャインも言う。

 だが、シャインの呼吸が驚く程早いのを俺の耳は聞いている。プライドが高いんだろうな。


 カリューの振るった剣の一撃を二人仲良く蹴りで弾いて、距離を取って着地する。


「あ、姉御……。大丈夫ですかい?」


 眼帯をした猫の獣人がシャインの後ろから話し掛けた。同時に眼帯の獣人の顔に、シャインの裏拳が強烈に決まった。や……八つ当たりか。


「今日はこれくらいにしてあげるニャン」


 台詞には出さないが、肩で大きく息をしているシャインが言う。


「ぜ〜、お、覚えてろよ!」


 分かりやすく疲れているクロノが盗賊にありがちな台詞を言うと、盗賊団ビースデンは俺達の前から逃げるようにして消えていった。


「これで奴らも少しは更生して、まっすぐに生きていくだろうか」


 最後のシャインとクロノの台詞が全く聞こえていないかのように、カリューがふざけた事をぬかした。

 時々、わざと言っているんじゃないかと思う時があるが、カリューに限って冗談は言わないだろう。


「視界が広い場所を探して今日は休憩しようか? カリューの傷も回復させないといけないし」


 うんざりした顔で秋留が言った。

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