ようやく晴れました
翌日は久しぶりの雲一つない青空だった。
消耗していたアレキサンドラも久しぶりの天気に少し元気が戻ったようで、速度が早まった馬車の御者席で秋留も喜んでいる。
地図によると、もう少し進めば街道沿いに小さな休憩所があるはずだ。アレキサンドラと同様に、俺達も蒸し暑さによりだいぶ体力を失っている。早く休憩したいな……。
「おい! ブレイブ、着いたぞ!」
カリューに肩を揺すられて俺は眼を覚ました。どうやら俺は馬車の心地よい揺れで眠ってしまったようだ。寝起きにカリューの暑苦しい顔は辛い。秋留に起こして欲しかった。
「ブレイブはすぐ寝るよね〜。うらやましいよ」
秋留が馬車の外から言った。街道沿いの休憩所に着いたようで、ジェットも馬車の外に立っている。
俺は自分の鞄を右肩に背負うと、馬車から飛び降りた。
「いい天気に続いてくれると良いですな。熱すぎるのも困り者じゃが……」
ジェットが眩しそうに空を見上げて言った。夏の暑さは相変わらず変わっていない。まだ湿気が残っているせいか、蒸し暑く感じる。
左を向くと、大きめの宿屋位の三階建ての建物が目に入った。これが地図にあった休憩所だろう。
両開きの扉の上には『ミズル亭へようこそ!』と書かれた大きな看板が取りつけてある。今俺達がいる地名がミズルだからだろう。
俺達は銀星とアレキサンドラを馬屋へ預けるとミズル亭の扉へ向かった。
ミズル亭の前では、まだ駆け出しと思われる三人組みの冒険者パーティーが、何やらコソコソと話していた。
俺は耳に集中して会話を盗み聞いた。10メートル程離れて小さな声で話している程度では、まるで隣にいる様に鮮明に会話を聞く事が出来る。それが盗賊としての俺の能力だ。
「おい、あいつら……」
魔法使い風の短髪男が言った。
「ああ、そうだ……。レッド・ツイスターに違いないな……」
長い髪の毛を頭の両方で団子型にした格闘家風の女が答える。大きめの兜を被った戦士風の男が驚きの眼を俺達の方に向けた。
実は俺達は一部の冒険者や冒険者マニアの間では有名だったりする。毎月創刊の冒険者クラブという雑誌にも載った事がある。
レッド・ツイスターとは、とある国でモンスターの大群と戦った時に、俺達パーティーの戦い方がまるで紅い旋風の様だった、という事からつけられた呼び名だ。
当時、聖騎士のジェットはパーティーにはいなかったが、もしジェットも加わっていたら紅い旋風では済まない様な激しい戦いになっていたかもしれない。
俺達は少し遠巻きに見ている新米パーティーの傍を悠然と通り過ぎると、休憩所の扉を開けて中に入った。
「いらっしゃいませ〜」
この店の制服と思われる真っ赤な帽子にエプロンをつけた女性が、元気良く俺達を出迎えた。
建物の中をぐるりと見渡すと、この建物自体が色々な店の複合施設なのに気づいた。無難に食事出来る場所もあれば、魔族討伐組合の窓口もある。その隣には散髪屋まであるようだ。
「お、ちょっと俺は地下に行って来る」
カリューは食堂の横にある下り階段を指差して嬉しそうに言い、歩いて行った。
下り階段の上の壁に『Bar南』と書かれた看板が掲げられている。
最近知った事なのだが、カリューは典型的な熱血真面目人間なのだが根っからの酒好きなのだ。俺がカリューの事を許せる唯一の趣味かもしれない。
「おお、ワシも行くですぞ!」
カリューの後を追って、ジェットも地下への階段目指して歩き出した。ジェットもカリュー程ではないにしろ酒好きなようだ。
ちなみに俺は最近滅法弱くなってしまったので、酒は飲まないようにしている。隣に居る秋留は酒に強いのだろうか? 今度誘ってみよう……。
と、秋留が俺に近づいて来た。
まさか、一緒にお酒を飲まない? と誘われてしまうのだろうか。やばい、心臓が口から飛び出そうだ。
「装備売り場は二階かぁ」
秋留が俺の後ろの壁に取りつけてある案内板を見ながら言った。何だ、俺に近づいて来たわけじゃないのか?
「俺も……」
「ブレイブは魔族討伐組合に行って、この辺で何か変わった事とかないか聞いてみて」
俺に厳しく言い放つと秋留は二階への階段を上って行ってしまった。俺はその姿を眺めながら呆然とすること小一時間……。
「邪魔だよ、兄ちゃん!」
商人らしい恰幅の良いオッサンに後ろから声を掛けられ、俺は振り返って睨む。しかし童顔な俺の視線では大して威力もなかったようだ。
俺は気を取り直して魔族討伐組合の窓口に歩いた。
「ようこそいらっしゃいました。ブレイブ様」
さすが魔族討伐組合の社員と言ったところか。俺の顔を確認しただけで誰だか分かったようだ。
ちなみに魔族討伐組合とは、魔族やモンスターに関する情報を教えてくれる施設であり、冒険者達はこの魔族討伐組合に自分の情報を登録している。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
目の前の分厚い度の入った眼鏡を掛けた男が言う。
「何かこの辺りの情報とか入っているか?」
俺が答えると、男は手元の綺麗にファイリングされた紙束をめくり始めた。
男が言うには、ここ最近街道で旅人や冒険者を乗せた馬車が襲われているという事だった。俺達を襲ったのもそいつらだろうか。
「さて、どうしようかな」
俺は小さく呟くと大して考えずに二階への階段を上り始めた。俺の姫が二階で待っている!
「あれ? どうしたの? ブレイブ」
俺が階段を上りきる手前で、上から声を掛けられた。見上げると右手に小さな紙袋を抱えた秋留が階段から下りてきていた。どうやら買い物は終わってしまったようだ。
秋留の買い物が終わるほど、俺は放心していたのだろうか。再び放心しそうな気持ちを押さえて俺は言った。
「カリューとジェットに声を掛けて、一緒に飯でも食わないか?」
二人きりで、なんて言ってしまったら断られてしまうのがオチだ。とりあえずムサ苦しい男二人はほっとけば問題は無い。
「うん、久しぶりにまともな食事が取れそうだしね」
俺と秋留は、地下で仲良く陽気になっているカリューとジェットに声を掛けて、一緒に一階の食堂へ向かった。
このミズル地方の名産は黒羊らしく、食堂のメニューも黒羊を使った料理ばかりだ。俺達はそれぞれ遅めのランチを注文すると満腹になるまで食べ続けた。冒険者にとっては、まともに食事を取れる時に取るのが鉄則だ。
「さっき飲み屋で聞いたんだが、三階は休憩所になっているらしいぞ。泊まる事も出来るそうだ」
カリューが赤い顔で言った。少し酔っているせいか、いつもより声が大きい。
「それ程急ぐ旅でもないし今日はここで泊まって行こうと思うけど、どうだ?」
ようするに酒が身体に回ってあまり動きたくない、といったところか。
俺も二階で装備を整えたかったので、カリューの問いに軽く頷くと秋留の方を見た。
「私も長い馬車の移動で少し疲れたかな。ブレイブと違って、どこでも寝れる訳じゃないしね」
秋留は欠伸をしながら席を立つと、休憩所目指して歩き始めた。持っていたグラスの中身を一気に飲み干して、俺は秋留の後を追った。
食事の会計は金に無頓着なカリューかジェットに任せるに限る! もしかしたら、秋留も同じ考えなのかもしれない。
その日は疲れが溜まっているのもあって俺は早めに眠りに付いたが、ジェットとカリューは遅くまで飲み合ってたようだ。
翌日は昼過ぎにミズル亭を出発することになった。カリューが二日酔いで昼近くまでダウンしていたためだ。ちなみにジェットが何事も無かったかのようにケロッとしているのは、酒に強いためか死人のためかは分からない。
日頃の行いのせいか、今日も良い天気に恵まれた。俺の隣にはミズル亭で買い込んだアイテムやら食糧が多めに詰め込まれている。
「しゅ、出発するか」
カリューはあまり元気が無さそうだ。ゲッソリしている。飲みすぎだ、アホアホカリューめ。馬車で吐くなよな!
「港町ヤードまで後一週間といった所ですかな」
「ジェット……今はそういう話は止めてくれ。気が重くなる」
カリューが顔をしかめている。今のカリューがそんなに馬車に揺られたら死ぬだろうな。
その日は途中でカリューのために頻繁に休憩したがモンスターに襲われることは無かった。
冒険は順調に進んだ。
馬車が通る少し舗装された安全な街道を走っているため、モンスターも襲ってこない。
モンスターは基本的に人通りの多い場所には警戒して出現しない。稀に集団となって街道を襲うこともあるのだが、今の所大丈夫そうだ。
ちなみに魔族はどんなに人が沢山いようが、おかまいなしの場合も多いが……。
そしてミズル亭を出発して六日目の朝。
俺達はいつも通り早めに出発するとヤード目指して進み始めた。予定通りに行けば今日中に港町ヤードに着くはずだ。
「ダチョウみたいなモンスターが追っ掛けてきてますぞ」
出発して暫く経った頃に、後方を眺めていたジェットが言った。ダチョウを二倍程に大きくしたモンスター、グーガーが、凄い勢いで近づいてくるのが見える。その数六。
「明日には港町だったのになぁ」
馬車酔いに悩まされているカリューが溜息をつく。
「身体がなまっちゃうから、たまには魔法でも唱えようかな」
秋留が座りながら、呪文を唱え始めた。
「火炎の住人よ、全てを貫く炎の矢となれ……」
秋留のかざした右手前方が赤く燃え始めている。
「ヒートアロー!」
勢い良く右手から矢の形をした炎が、一番左をヒタヒタと走っていたグーガーを貫いた。
「はい、運動完了〜。ブレイブ、後はお願いね」
騎士は君主のために命をかけて使命を全うするらしい。その点だと俺も秋留の騎士と言えるかもしれない。
ただし騎士と違うのは、俺にはヘボい『騎士道』なんていうものに基づいて戦うような精神は、サラサラないというところだ。
俺はミズル亭のアイテムショップで買った小型の爆弾を懐から取り出した。店の親父の話だと「小さいわりに威力はデカイ」という事だが……。
「おい、ブレイブ! 爆弾眺めてないで、早く何とかしろ! もう目の前まで迫ってきているぞ」
俺はいつの間にか、10個で6500カリムで買った爆弾を勿体無い気持ちで見ていたようだ。
この、店屋の親父が明らかに手作りした風の爆弾、一度使ってみないとその威力も分からない。
カリューの一言で意を決したた俺は、左手につけている手甲で爆弾に火をつけると、馬車の後方に向かって放り投げた。
見事にグーガーの口の中に爆弾が入った。暫くするとグーガーの身体が破裂……。
大爆発と共に馬車が大きく揺れた。
「ぬおおおおお!」
ジェットが宙に浮いた馬車の中で叫ぶ。
「くらぁ! ブレイブウウウゥゥ……ゥ……」
馬車から飛び出たカリューが遠くに吹っ飛ばされながら叫ぶ。
「きゃあああ〜」
秋留が馬車から振り落とされない様に、近くの柱にしがみついている。どうせなら俺にしがみついてくれれば良いのに。
どっちが空でどっちが地面かは分からないが、馬車が宙を舞っているのが分かる。
そして。
豪快に地面に激突した馬車は派手な音を立てて分解された。恐るべしアイテムショップの親父……。
俺は右肩を押さえながら起き上がった。近くではお尻をさすりながら秋留が立ち上がる。
「もうちょっと考えてよね〜、ブレイブ〜」
ほっぺを膨らませて怒る秋留に思わず抱きつきたくなってしまう。……最近、考えが変態じみて来たようだ。
「老体には、ちと厳しい乗り物じゃったな」
ジェットが180度回転した首を両手で回転させながら言った。いくらゾンビだからと言って豪快過ぎる気がするのは俺だけだろうか。
「まぁ、モンスターは撃退出来たんだから、結果オーライじゃないのかな?」
俺は威力抜群の爆弾を、鞄の奥の方に入れながら言った。間違えて使った日にはパーティー自爆なんていう結果にもなりかねないからな。
そして、遠くから猛烈な勢いと形相で近づいてくるカリューが眼に入る。小言言われるんだろうなぁ〜。