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雨男は誰だ

「誰だよ、雨男は……」


 俺はカリューの顔を見ながら呟いた。一方、カリューは余りの蒸し暑さのためか、反論する気力も無い様だ。


「さすがに少し蒸し暑いですな」


 ジェットはシルバークロスの装備を少し緩めにして蒸し暑さを耐えている。

 そもそも死人に体温があるのだろうか。ジェットや銀星の事を見ていると、ゾンビという存在がますます分からなくなる。

 その銀星は、ジェーン・アンダーソン村で買ったメス馬と、俺達の乗っている馬車を仲良く引っ張っている。危ないから前を見て馬車を引いてくれ……。


 俺達がメスの馬と一緒に購入した馬車には簡易的な幌がついているが、今みたいな土砂降りの雨にはほとんど役に立たない。

 俺やカリュー、ジェットは、フードつきのマントを被って雨粒を防いでいた。

 秋留はと言うと、同じくマントを羽織っているが、マントが傘の様に形を変えて雨粒からご主人様を守っている。


「今日はあんまり無理しないうちに野宿した方が良さそうだね。アレキサンドラにも無理をさせたくないし」


 アレキサンドラとは、銀星の隣で馬車を引っ張っているメスの馬の事だ。買ったその場で秋留が名前を決め、アレキサンドラ自身もその名前が気に入ったらしい。


 俺は馬車から辺りを見渡した。仲良し馬カップルも雨宿り出来るような、少し大きめの洞穴でもあれば良いのだが。


 暫く進むと林を抜けて、小高い丘が見えてきた。その丘の頂上に大きめの木が生えているのが見える。あの木の根元なら雨をしのぎながら野宿が出来るだろう。


 カリューが手綱を操り木の下まで馬車を移動させると、早速野宿の準備を始めた。完璧に暗くなってからでは準備がし難くなってしまうので、のんびりはしていられない。


 俺達は効率よく二つのテントを設置すると、木の根元に火を起こした。この火は暖を取るためではなく、暗闇から襲って来るモンスターを防ぐためだ。


 俺はジェーンアンダーソン村で買ったソーセージを木の棒に刺し、焦げないように火の回りで焼いた。辺りに良い匂いが立ち込めてくる。


 近くを探索していたカリューは小型の猪を捕まえて帰ってきた。銀星はソーセージの焼ける匂いにつられて帰ってきたようだ。カリューが素早く猪を解体して、料理担当の秋留に渡す。


「簡単に塩コショウでステーキにしようね」


 秋留が鼻歌交じりで鉄製のフライパンを火で暖め始めた。可愛い。結婚したらこんな幸せなシーンを毎日見れるんだろうなぁ。


「今日は雨のせいで、あんまり進めなかったね」


 ぼけ〜っとしている俺に秋留が突然話しかけてきた。


「そ、そうだな」


 俺は危険な妄想を遮られて大した返事も出来なかった。


 俺達は火を囲むようにして近くの大き目の石に腰を下ろしている。火の中の肉から良い匂いが漂ってくる。


「明日は晴れると良いんだけどな」


 秋留の問い掛けに俺は慌てて補足した。


 秋留の料理姿を眺めているうちに肉が焼きあがったようだ。俺達は秋留から手渡されたデカいステーキの乗った皿を渡された。


「それじゃあ食べよっか」


『いただきます』


「ですじゃ」


 俺達は声を合わせて肉を食べ始めた。新鮮な肉に秋留の旨い味付け。最高だ。


 そして右手に持った前菜のソーセージもほおばる。ハーブの入ったソーセージの香りとジューシーな肉汁が口一杯に広がった。これも旨い。


「港町ヤードはまだまだだからなぁ。街道沿いに休憩出来る場所とかがあると良いんだけどな」


 そう言ってカリューは広げた地図の街道沿いを指でなぞっている。


 カリューの独り言は放っておいて俺は口の中のソーセージを味わった。


 俺達は雨の中での慣れない馬車の移動に疲れたのか、その日は終えてからすぐに眠りについた。




「まさか二連チャンとはな……」


 カリューがうんざりした声で言った。夜の見張りの最後であるジェットに起こされた俺達は、悲しい現実を目の当たりにした。空は暗く、昨日よりは弱くなったが相変わらず雨がポツポツと降っている。


「がっかりしていてもしょうがないな。蒸し暑いのは我慢して早速出発しよう」


 俺達はカリューに促されて、眠い目を擦りながら野宿の片づけを済ませた。アレキサンドラと銀星が馬車を引き始める。


 馬車に揺られること約一時間……。俺の耳は雨の音に混じって何者かの息遣いを感じた。馬車の周囲を見渡し、ネカーとネマーを構える。


 俺の警戒に気づいたのか、秋留とその他も武器を構えて辺りを見渡し始めた。


「どこだ? ブレイブ!」


 カリューが右手に剣を、左手に盾を構えながら聞いた。雨の音と馬車が揺れる音で、正体不明の息遣いがどこから近づいてくるのか分からない。


 突然、カリューの脇をかすめて馬車の荷台に矢が突き刺さった。上を見上げると馬車の幌に穴が開いている。その穴から一瞬だけ何かが横切ったのが見えた。


 俺は荷台から身を乗り出して頭上を確認した。俺達の馬車のすぐ上に馬位の大きさの翼を持つモンスターが舞っているのが見える。


 ネカーとネマーから咄嗟に放った硬貨がモンスターの脇をかすめた。馬車の揺れと視界の悪い雨のせいで若干照準が狂ったか!


「ピギャア」


 奇声を上げてモンスターが上空に逃れる。


「!」


 俺は再び飛んできた矢を避けた。危うく足を貫かれる所だった。


「ブレイブ、秋留、しっかりしてくれよ!」


 カリューは側面の幌を手で広げ、辺りを警戒している。近距離攻撃しか出来ないカリューの癖に偉そうだ。


「う〜ん、ブレイブ、頑張って。私じゃあ、この視界の中を飛び回るモンスターに魔法を当てるのは至難の業だよ」


 秋留の声援に一気に力が溢れ出てきた……気がする。


 俺は再び近づこうとしているモンスターに照準を合わせようとした。


 奴は俺の攻撃の範囲に入らないように器用に飛び回っている。知能の無いただのモンスターには無理な動きに思える。


「舐めるなよ、モンスターの分際で……」


 俺は幌の天井に手をかけた。そして勢いをつけて馬車の屋根に飛び乗り、片手で天井の金具を掴む。これで布で出来た幌の上でもバランスを保つことが出来る。


「もう逃げられないぞ!」


 視界が広くなったため、モンスターの動きを眼で追う事が出来るようになった。


 モンスターは意を決したかのように俺に突撃してくる。


 俺は落ち着いてネカーとネマーのトリガを引く。俺の横を腹に大穴を空けた真っ赤な翼を持つ蛇の様なモンスター、バァグが落ちていった。


「やったか?」


 カリューが荷台から身を乗り出して空を確認した。


「安心しないで! 矢を射った奴がまだいるはずだよ!」


 秋留が叫ぶ。確かに手足のないバァグでは弓矢を構えるのは不可能なはず。


 次の瞬間、俺の後方に何かが落ちてきた。俺は咄嗟に後方を振り向こうとしたが、後方に何かが落ちてきた衝撃で幌が大きく揺れていて身動きが出来ない。


「はっ!」


 御者席から離れたジェットがレイピアを天井に突きつけたようだ。俺がバランスを取り戻して後方を振り返った時には誰も居なかった。


「どこだ?」


 俺は馬車の屋根から辺りを見渡した。ほとんど音も無く空中から幌に着地する事や、ジェットの攻撃を避けるあたりは、かなりの手練れに違いない。


 馬車から少し離れた地面の草が小さく揺れる。道の悪い街道を疾走する馬車から見えた黒い影は、眼だけが不気味に光っていた。



「何だったのかな?」


 何者かに襲われた後、暫く警戒しながら街道を進むこと一時間……。昼近くなり雨も更に小降りになって来た頃、秋留は言った。


「魔族か?」


 カリューが険しい顔で言った。魔族とはモンスターを操る存在。出生等は不明だが、人間を食料とし地上を支配しようとする種族だ。その力は並のモンスターなどの比ではない。


「いや、雨の中に浮かんだ眼は、魔族の眼ではなかったぞ……」


 魔族の眼は赤地に黒という独特な目だ。俺が雨の中で見た目は赤地ではなかった。しかし、人間の様な白地に黒目でもなかったように見えたが……。


 俺達は馬車を街道沿いに止め、遅めの昼食をとった。先ほど雨は止んだが予定より遅れている。


「雨が止むと余計に蒸しますなぁ」


 ジェットの臭いも強烈になるなぁ、と心の中で思った。


 街道は一応簡単に整備されてはいるが、雨の後はぬかるみが多いため、馬車の速度もそれ程上がらない。


「アレキサンドラが疲れてきてるみたいですぞ」


 暫く進んでジェットが言った。やはり普通の馬にはこの悪路は走りにくいようだ。


「仕方ない。今日はだいぶ早いが野宿出来そうな場所を探し始めるか」




 翌日は曇り、その次は再び雨、次の日は少し青空が見えたと思ったら土砂降り……。


 天気に完璧に見放された俺達は大分疲労が溜まってきていた。銀星がアレキサンドラの分も頑張っているようだが確実に馬車のペースも落ちてきている。


「十分に休息が取れそうな場所を探さないと駄目だな」


「でも休憩所はもう少し先なんだよね」


 リーダーのカリューと頭脳役の秋留が話し合っている。

 俺は軽い嫉妬を抱きながら辺りを見渡した。馬が喜びそうな草原っぽい所があれば良いんだけどなぁ。

 俺はキョロキョロしながら大きく欠伸をした。


「あ!」


 欠伸をしながら空を眺めた時、空を飛ぶモンスターの姿が眼に入った。いや、正確にはモンスターの群れか!

 目をつけられないことを祈りながら空を舞うモンスター達の姿を眼で追う。


 しかし、俺の期待とは裏腹にモンスターの群れは俺達の馬車を真っ直ぐ目指してきている。

 どうやら目的は俺達らしい。


「空から飛行型のモンスターの群れが近づいてきている!」


 俺は全員に聞こえるように叫んだ。

 秋留もカリューも武器を構えて馬車の後方から俺の視線の先を眺める。


 俺は攻撃し易いように馬車の屋根に飛び乗った。さすがに二回目にもなると馬車の屋根も慣れたかな。


 飛行軍団が俺達の馬車に急接近する前にモンスターを三匹打ち落とす。

 それでもまだモンスターは五匹残っている。


「ヒートアロー!」


 秋留が御者席から魔法を放った。その魔法が俺の攻撃により一旦遠ざかろうとしていたモンスターの一体を焼き尽くす。後は四匹か。


 体制を整えた飛行モンスターたちが再度、俺達に向かって突撃してきた。

 どうやら、鋭いクチバシで串刺しにする攻撃方法しか持ち合わせていないらしい。


 その残ったモンスターの群れに対して、俺と同じように屋根に上って来たカリューが上空にジャンプし、残った三匹を切り裂く。…そしてカリューは馬車の後方に落ちていった。


「走る馬車からジャンプなんかしちゃ駄目だよ」


 秋留が呆れている。

 カリューは戦闘のため、正義のため、を思うと冷静な判断が出来なくなるところが問題だ。


 カリューの犠牲と引き換えに俺達は突然襲ってきたモンスターの群れを全滅させることができた。

 幸い、馬車から落ちたカリューがどうなったかは分からないが、大きな被害は出ていない。

 俺達もパーティーとしてはレベルの高い方だから、戦い難さの筆頭である飛行型モンスターとの戦闘であっても苦戦する事は少ない。


 他のモンスターからの追撃が発生しない事を確認すると、俺達は街道傍に馬車を止める。

 遠くからは、馬車から落下した無鉄砲カリューも歩いてきた。不思議と無傷なようだ。どんな身体しているんだ……。

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