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疾走の果てに

「おい、秋留! お前の魔法であいつら何とかならないっ……のかっ?」


 カリューは空から攻撃してくるモンスターの攻撃をかわしつつ、剣で反撃しながら叫んだ。


 羽のあるモンスターは常に空を飛んで襲ってくるため、あっという間に追いつかれてしまう。

 俺達の走っている上空には、飛行可能なモンスターの群れが、まるで黒い雨雲のように追いかけてきており、次々と攻撃を仕掛けてきていた。


「私には、ブレイブみたく走りながら自分の仕事をするのは無理だよ。魔法の詠唱には時間がかかるし、集中力も必要なの」


 秋留の言っている「自分の仕事」とは何の事だろう。やはり秋留には、俺がカリューの銭袋を拝借したのがバレているのだろうか。


 俺達はモンスターの攻撃をかわしつつ、ひたすら全力で走り続けた。秋留の奴隷と化している銀星は、いつの間にか相棒のジェットと秋留の二人を乗せて前方を走っていた。


 赤から自分の髪の色のように青くなってきた顔のカリューと俺は、依然として己の足で大地を踏みしめながら走っている。


 俺達は自分で言うのも照れるが、それなりにレベルの高い熟練したパーティーだ。


 リーダーのカリューは勇者でレベルが42、幻想士である秋留は36、生前はチェンバー大陸の英雄と噂されていた聖騎士のジェットは52もある。

 ちなみに、俺の職業は盗賊でレベルはパーティーの中でも一番低い34だ。

 盗賊という職業はレベルが上がり難いのだが、俺の実力もあってか、一般的には盗賊にしては高い方に位置している。


 その熟練したパーティーの中の若い男二人だが、さすがに半日程走り続けていれば、体力も底をついてしまう。


 どれ位、走り続けただろうか。

 体力が限界に近づいた頃、周りの空気が一瞬で重くなり始めた。


 前方を見ると、幻想士の秋留が銀星に後ろ向きで座りながら、ロッドを構えて口を動かしていた。

 不安定な体勢の秋留の腰の部分をジェットが後ろから支えている。


 俺は嫉妬した。出来るなら俺がジェットと役を交代したいが、銀星はその主人と秋留以外を乗せようとはしない。あのエロ馬が……。


 思考が反れた俺は必死に現実に頭を切り替え、隣を走るカリューへ注意を促した。


「お、おい、カリュー! 秋留が魔法を使うぞ! ここを走っていたら危ない!」


「ぜぇ、ぜぇ……」


 カリューは何も答えずに首を縦に二回振った。そろそろ、カリューも限界だろう。


 俺とカリューは銀星の隣まで最後の力を振り絞って走り、秋留の放つ魔法の射程範囲に入らないようにした。


 その瞬間、秋留は眼を見開きロッドを後方のモンスターの群れにかざして叫んだ。


「業火の身体を持ち煉獄の心を抱く者よ。灼熱の息吹を知らぬ哀れな者達を、汝の舞で焼き崩せ。コロナバーニング!」


 その言葉と共に、秋留がかざしたロッドの前方の空間が歪んだ。


 ロッド前方の景色が、透明な池を覗いたようにユラユラと揺れたかと思うと、突然、眼を覆いたくなるような大量の熱風が噴出してきた。

 あまりの高温のためか赤く見えるその熱風は、轟音と共に後方から追いかけて来ていたモンスターの群れを容赦なく襲う。


 銀星の隣を走り、魔法の効果範囲からは外れているはずだが、秋留の放った魔法の威力は伝わってくる。


 後方からは熱風を浴びた大量のモンスターの叫び声が聞こえて来たが、俺はその断末魔を上げているモンスターの姿を確認する事なく走り続けた。


 コロナバーニングは、オーブンから出てくる熱気とは比べものにならない位の熱風を、広範囲の対象目掛けて放つ強力な魔法だ。

 レベルの低いモンスターなら一発で全身をドロドロのスープのように溶かしてしまう。

 強いモンスターなら熱風にもある程度耐えられるかもしれないが、その熱さで身体中焼け焦げてしまい、暫く動く事は出来なくなるだろう。


 そのモンスターが焼け崩れる姿や、その時の臭いときたら強烈で、暫くは飯が喉を通らなくなってしまう。俺がモンスターが崩れ落ちる姿を確認しなかったのは、そのためだ。


 秋留が細身なのは、焼け崩れる光景を見て食欲が湧かないためかもしれない。


 秋留は数々の魔法を使う事が出来るし、バリエーションは職業をも超えてしまう。


 そもそも幻想士は魔法を唱える事は出来ないのだが、秋留は過去に様々な職業に転職して様々な魔法を習得したため、これらの魔法を使う事が出来る。たまたま今の職業が幻想士なだけなのだ。


 俺は魔法についてはあまり詳しくないが、コロナバーニングは魔法使いが使う事が出来る魔法と聞いている。


「お二方、後少しで森を抜けますぞ!」


 ジェットが銀星に乗りながら叫んだ。


 森を抜けた所で何の解決にもならない事は分かっていたが、何かが変わる事を期待していた。


 秋留の魔法でも全てのモンスターを追っ払う事は出来ず、俺達は未だに獣の群れに追われていた。

 中には顔の半分が焼けただれ、シューシューと煙を立たせながら追っかけて来ている根性のあるモンスターも混じっており、迫力的には以前を上回っている。


 暫く走った後、ジェットが言った通りに突然、森を抜けた。


 空は変わらず雲一つ無い晴天だった。


「あ、あいつら、まだ追ってきてる! しつこいなぁ!」


 秋留が後方を見ながら悪態を吐いた。


 いよいよ体力の限界だ。カリューは最早、ジェットの死人としての肌の白さと並ぶ程の蒼白な顔をしていた。


 それから十分位走っただろうか。突然、秋留が笑い出した。


「あはははは! あんたたち、ばっかみたい!」


 俺とカリューは全速力で走りながら、必死に秋留の放つ言葉の意味を捉えようとした。


「カリュー殿、ブレイブ殿、後ろを見てみなさい」


 ジェットに言われ、尚も全速力で走りながら後方を振り返った。


 そこには、土煙を巻き上げながら追いかけて来ているモンスターの群れはなく、一面に美しい草原が広がっていた。


 どうやらモンスターの群れは森の外までは追いかけて来なかったようだ。


 そうすると、森を出てすぐに秋留が言ったあの台詞は……。


 (はめられた……)


 俺は既に声を出して悪態を吐く程の体力も残ってなく、その場に倒れた。


 薄れ行く意識の中で、カリューの魂が天に上っていくのが見えた気がした……。



 意識を失ってから、どれ位が経っただろうか。

 俺は揺れる銀星の背中で眼を覚ました。

 全速力で走り続け、酸欠状態になったためだと思うが、頭が朦朧としている。


 俺は記憶をさかのぼり、数え切れない程のモンスターに好かれ、森の中を全速力で走り抜ける事となった発端を思い出そうとした。


 あれは、今から一ヶ月程前の春の暖かな日に起きた事件だった……。

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