カリューと武亮
「ど、どうなったんだ?」
俺がデールの様子を見ようとして近づいた時、館の二階の窓が突然割れ、倒れて動かないデールの前にモンスターが舞い降りてきた。その跳躍力は先程デールが吹き飛ばされた距離をゆうに越えるほどだ。
目の前に現れたモンスターは全身真っ黒な毛で覆われ、身体の作りや大きさは狼のようだったが、唯一違う点は、首と頭が二つある事だ。
その二つ首のモンスターは、地面への着地と同時に、デールに近づいていた俺へ攻撃を仕掛けてきた。
俺は奴の前足の攻撃を上体を反らして寸前でかわし、後方へ飛んだ。
しかし、俺の上着がモンスターの鋭い爪で切り裂かれた。
「こ、この不気味なモンスターは何だ?」
カリューが剣を構えながら言った。ジーニスが攻撃された事については、とりあえず落ち着いたようだ。
「良い子だ、武亮……」
二つ首を持ったモンスターの影に隠れていたデールが立ち上がって言った。
やはりまだ生きていたようだが、口からは紫色の血を流している。
「ねぇ? あいつ、あのモンスターの事を武亮って呼ばなかった?」
木に寄りかかっているジーニスの回復をしながら、秋留が言った。
「ほう? 武亮を知っているのか?」
俺達の知っている武亮は人間だったはずだが、目の前にいる武亮は明らかに人間ではなくモンスターだ。
「ど、どういう事だ?」
俺は言った。
「暗黒剣士ケルベロスは、主である魔剣ケルベラーに捨てられた時、暗黒の力が作用してその姿がモンスター、つまり魔獣ケルベロスとなるのだ」
つまり、武亮は魔獣に変化してしまったという事だ。
恐らく、ジェーン・アンダーソン村を武亮が離れた原因は、自分の身体が魔獣になり始めたためだろう。
「そこの青い髪の剣士も、いずれこうなる運命だな、はっはっは!」
デールの言葉を聞いたカリューは、俺の隣を通り過ぎ飛び出していった。
「うおおおおお」
剣を振り上げデールに向かって行ったカリューだったが、俺の時と同様に、モンスターとなってしまった武亮が立ちはだかった。
武亮は並のモンスターでは比べ物にならない程の速さで、カリューに飛びかかった。
その速さに対応しきれなかったカリューは、武亮の前足の鋭い爪で左腕に傷を負った。
「ちくしょう! カリュー! 落ち着けぇ!」
俺は武亮の眼を目掛けて、右手のネマーのトリガーを引いた。
しかし、またしても空から降ってきたフライ・アイが盾になり、命中はしなかった。
「そんなに暇なら、俺の手足となるモンスターで再び遊んでやろう!」
デールの言葉をきっかけに今まで沈黙していたモンスターが一斉に動き出した。
モンスターが再び動き出したと同時に、ジェットは気を失っているジーニスの元へ駆けつけ、迫り来るモンスターを捌き始めた。
その動きは、二度とジーニスを危険な目には合わせないという意思が感じられる。
一方、俺の前方では、武亮とカリューが対峙している。
武亮は二つある頭でカリューを噛み砕こうとしたが、それをカリューは寸前で避けた。そのままカリューは武亮の脇を抜け、デールの前に出た。
しかし横から飛び出してきたワイルド・ウルフが飛びつき、カリューは押し倒された。
「ブレイブ! ぼけっとしてるんじゃないよ!」
秋留に怒鳴られて、俺は我に返った。
目の前に迫ってきていたモンスターにネカーとネマーの弾丸を打ち込んで、吹っ飛ばす。
少し離れた所では秋留がコロナバーニングを唱え、迫り来るモンスターをドロドロに溶かしていた。秋留は既に肩で息をしているようだ。連続で巨大な魔法を唱えているためだろう。
素早い手の動きで、ネカーとネマーに硬貨を補充して、俺は飛び掛ってくるモンスターを次々に倒していく。勿論、秋留の元へ襲い掛かろうとする敵を一緒に撃退する。
このまま戦い続けても状況は悪化するばかりだ。
俺の銭袋も残りが少なくなってきている。
この戦闘に終わりを告げるには、デールをなんとかしなくてはならない。
俺はモンスターを一匹ずつ確実に仕留めながら、少しずつデールとの間合いを詰めていった。
そして、尚も武亮と戦っているカリューの隣までやってきた。
「ブレイブ、俺の援護はいいから、デールの野郎をぶっ殺してくれ! あいつを倒さないと何も変わらないぞ!」
カリューは武亮と対峙したまま言った。どうやらカリューは冷静さを取り戻したようだ。
俺は言われるまでもなくデールを始末するつもりだったが、カリューの隣まで危険な思いをして来たのは、アドバイスを聞くためではない。
「……(ヒュヒュヒュン)」
俺はカリューの懐から銭袋を拝借した。今回は、すぐに返すつもりはない。
デールを仕留めるために協力してくれ、と俺は心の中でカリューに言った。
俺はネカー&ネマーに硬貨をセットして、襲いくる敵を次々と倒しながら、更にデールに近づいた。
デールは俺が接近して来たのに気付いたようだ。
「あはははは。お前一人で何が出来る? 俺の魔法の餌食にしてく……」
俺は奴の言葉を最後まで聞かずに、止めを刺すため更にデールに近づいた。
突然、俺の足元に、六亡星が現れた。
「ちっ、またマジック・トラップか!」
俺は後方に転がり、六亡星から現れた鬼獣の攻撃を避けた。
鬼獣は頭に二本の角を持った人型のモンスターだ。右手には刀を装備している。
俺は落ち着いて鬼獣の心臓に硬貨をぶっ放した。
それで油断してしまった俺は、鬼獣からの予期しない攻撃をまともにくらってしまった。
硬貨をくらい、前傾姿勢になった鬼獣がそのまま頭突きを食らわしてきたのだ。
二本の角が俺の脇腹に食い込み、俺はその衝撃で後方に吹き飛ばされた。
なんとか体勢は維持し地面に倒れ込まずに済んだが、右脇腹から血が流れてきている。
鬼獣は心臓に致命傷の傷を負いながらも、俺に向かって突進してきた。
「はっはっは、エビルスピリットで強化したモンスターの威力はどうだい?」
どうやら、デールが魔術でモンスターを強化していたらしい。
エビルスピリットがどういう魔術かは知らないが、目の前の鬼獣の変わり様を見れば、効果は嫌でも分かる。
俺は右手で脇腹の傷を押さえながら、左手に持ったネカーで鬼獣の眉間を打ち抜いた。それでも怯まない鬼獣の両足も硬貨で吹き飛ばす。
鬼獣は地面に倒れ込み、暫くしてから動かなくなった。
「どうした? 鬼獣の攻撃で動けなくなったのか?」
俺は肩膝をついたまま、その場を動かなかった。その姿を確認して安心したのか、デールが俺の方へ歩いてきた。
「お前、職業は何だ? その防御力の低さだと、盗賊か何かか?」
デールはそう言いながら近づいてきている。確かに戦士系の職業ではない俺や秋留の防御力は極端に低い。
「盗賊は盗賊らしく、泥棒でもしていれば良い」
俺はデールが油断した瞬間、右手の手袋に仕込んだ煙玉をデールの足元目掛けて投げつけた。
「ぬぉっ」
突然の出来事にデールは声を上げた。
俺が煙玉を投げつけた動作は速すぎてデールには見えていないからだ。
俺は立ち上がると、右手のネマーのトリガを引いて、デールを攻撃した。
しかし、硬貨はデールの身体に到達する前に弾かれてしまった。
「はっはっは、やはりそんな事だろうと思ったぞ。あらかじめ対物理攻撃のシールドを張っていて正解だったな」
デールは得意気に言っているが、マジック・トラップや、モンスターを操れる程の技量を持った奴が、何の対策もせずに俺に近づいてくる訳はないと予想していた。
俺は煙の中で高笑いしているデールの頭上目掛けて、ダークスーツの内ポケットに隠し持っていた、液体の入ったビンを投げつけた。
そして丁度デールの真上にビンが来た時に、俺はネマーのトリガを引いて、ビンを割る。
デールの身体にビンの中の液体が降り注いだ。
「うわっ、なんだこの液体は!」
煙の中でデールは悪態をついているが、もう遅い。俺の仕事は終わった。
俺を侮辱した事を後悔させてやる。
暫くして、煙が晴れ、怒りに顔を強張らせているデールが現れた。
「卑怯な手を使いおって! 俺の魔法で灰にしてやるぞ!」
デールは右手に持った髑髏の杖を天にかざしながら呪文を唱えた。
「ダーク・ピラー!」
デールは先程の黒い柱の魔法を唱えたが何も起きなかった。俺の作戦は成功したようだ。
「ま、魔法が出ない? どういう事だ?」
「ジ・エンドだな」
俺は決め台詞を言うと、ネカーとネマーをデールに向けて構えた。
しかし止めを刺そうとした瞬間、俺の後方でカリューの叫び声が聞こえ、カリューの大柄な身体が吹っ飛んだ。
カリューを払いのけた武亮はデールを守るように再び立ちはだかった。
顔に似合わず、本当に主人想いの良い奴だが、いい加減しつこい。
だが、その主人想いの武亮は突然、後ろで胸を撫で下ろしているデールの方へ振り返ると、モンスター独特の雄叫びを上げ、左の頭でデールの脇腹に、右の頭でデールの左肩に喰らいついた。
「ぐああああ! な、何をする!」
武亮の喰らいついている脇腹と左肩には牙が深く突き刺さり、紫色の血が吹き出ている。
周りを見渡すと、今まで一つの巨大なモンスターのように俺達を包囲して攻撃して来ていたモンスターの群れが、呪縛から解き放たれたかのように、静かにデールの最期を見守っていた。
疲労によりその場に座り込んでいる秋留と、モンスターの返り血を浴びてボロボロとなったジェットが俺の隣まで来た。先程、武亮に吹き飛ばされたカリューも木に手をついて、俺達の方を見ている。
気を失ったジーニスは尚も木に寄りかかり休んでいた。そのすぐ近くには銀星が立っている。戦闘中はジェットと共にジーニスを守っていたようだ。
改めて周りを見渡すと、館の周辺一帯の地面がモンスターの血で赤く染まっていた。地面には今までデールに操られていた数多くのモンスターの屍も転がっている。
「どうやら、ブレイブが使った禁呪の雫の効果は、デールのモンスターを操る事の出来る魔力まで封印してしまったみたいだね」
秋留が言った。
俺がデールに投げつけた瓶に入れていた水は禁呪の雫と言って、その水を浴びた者は暫く魔法を唱える事が出来なくなると言う代物だ。
ただ、禁呪の雫は一つ10万カリムもする高級品のため、デールを倒した時の報奨金がなければ、まず使う事は考えなかった。
そのデールは右手に持った髑髏の杖を思いっきり武亮の背中に突き立てた。
武亮は獣の呻き声を上げ、デールから離れた。
デールは武亮に左腕を食いちぎられていた。その傷口からは、おびただしいほどの血が流れ出ている。
「な、なぜだ……、何が起きた?」
デールは今にも気を失いそうな声を発している。
「手足に使っていたモンスターが多すぎたようだな。手と足は二本ずつあれば十分だぜ?」
俺はデールに言った。
「ふ、ふざけるなぁ!」
デールは口から血を吐きながら怒鳴ったが、それと同時に空中で旋回していたピッガーの群れがデール目掛けて急降下してきた。
俺達の目の前で、デールはピッガー達の鋭いくちばしで串刺しにされた。
最早、デールは声を発する事も出来なくなったようだ。その不気味な眼だけが、俺を恨むように睨んでいる。
やがて、デールの身体からサラサラと灰が舞い始めた。
魔族はその命が尽きると、灰となって消え去ってしまうのだ。半分食われてしまったデールも例外ではない。
デールの身体が灰となって完全に消え去ると、今まで周りにいたモンスターがポツポツと姿を消し始めた。
デールの魔の手から解放してくれた俺達に攻撃してくる気配はなかった。自由を手にしたモンスター達は、どこへ向かうのだろうか。
モンスターを見逃すのは良い事ではないが、今は放っておく事にする。下手に手を出して一斉に襲い掛かってきたら、今度こそ全滅してしまうかもしれない。
今までデールの手足となって来たモンスター達へ、暫しの自由を与えたのだ。願わくば、人里離れた森などで静かに暮らして欲しいものだ。
ただし、次に俺達冒険者と会った時は、死を覚悟しなければならない。
特に、あそこで自由を手にしてこの場を去ろうとしている美味い後ろ足を持つワイルド・ウルフ。お前はいつか俺が狩ってやる……。