レッド・ツイスター
それから宿屋で十分休養を取りながら何をする訳でもなく、J・A村に滞在して三日が過ぎようとしていた。
三日目も終わりに近づいた時、俺達の寝泊りしている宿屋に治安維持協会員が訪ねて来て、今すぐJ・A支部長のフランスキーに会いに来て欲しいと告げた。
支部長室の木の扉は新しいものに取り替えられていたが、俺が銃で開けた壁の穴やカリューが砕いた床板はそのままとなっている。
「治安維持協会本部から指令があった。まさか、あんたらがレッド・ツイスターだったとはな……」
フランスキーが疑わしい眼で俺達を睨みつけてきた。
「今までの功績に免じて、今回の事は不問にすると指令にはあった。しかし次に同じような事があった場合は……分かっているな?」
「本当にご迷惑をお掛けしました」
部屋の隅のカリューに変わって秋留が答えた。
俺達は数ある冒険者パーティーの中では有名な方だった。ただ単にレベルが高いだけではなく、それなりの戦果も上げているからだ。
レッド・ツイスターとは、ジェットが俺達のパーティに加わる前につけられたパーティーの異名だ。
今から二年程前に、ゴールドウィッシュ大陸のアラーム国に攻め込んできたモンスターの大群を、カリュー、秋留、俺の三人で追い返した時の戦闘があまりにも凄まじかったため、そう呼ばれるようになった。
まるで紅い旋風のようだと、アラーム国の国王が言った事が始まりだ。
俺達を罰せられなかった事が相当悔しかったのか、鬼のような形相で俺達を睨みつけているフランスキーを後にして、俺達は治安維持協会J・A支部の玄関を出て町の噴水の傍にある軽食処の喫茶・アルマジロにやってきた。
この村の飲食店は全て、村の中心にある噴水の周辺に密集しているようだ。
喫茶・アルマジロの店内には一日を読書して過ごす若者と、孫を連れてチョコレートパフェを食べに来た老人がいるだけだ。
俺達は店の奥の方の個室に案内してもらい、今後の作戦を練ることにした。
「ジーニスの話を聞いただろ? 当初の予定通り、アステカ大陸のガイア教会本部を目指そう。そこに行けば、ナントカっていう神聖魔法を唱える事が出来る司祭がいるはずだ」
カリューは交渉の余地は無い、といった感じで言い放った。
「待って、カリュー。ジーニスさんの話には不明な点があるよ。なぜ武亮は町から消えてしまったの? 呪いが解けたなら、逃げる必要なんてなかったはずだよ?」
「人を殺してしまったという罪の意識に耐えられなくなって、逃げだしたに決まっている!」
「それだけじゃないよ。セイント・インディグネーションを唱えられて、なぜ剣はなくなったの? そして、どうして鍛冶屋のサイバーが持っていたの? 結局、その剣がどんな効果があるのかなんて何も分ってないんだよ?」
話し合いで秋留に勝てるはずもなく、カリューは暫く黙ってしまったが、再び口を開いた。
「じゃあ、どうすればいいんだよ?」
最早、落ち着きを無くしたカリューをなだめながら、秋留が言った。
「一番、確実な方法は、武亮を探し出して話を聞くことね」
俺は嫌な予感がして、秋留に聞いた。
「まさか、惑わしの森に武亮を探しに行く……とか言わないよな?」
「惑わしの森に入ったのなら、例の魔族が武亮の行方を知っているはず。だから、直接魔族に話を聞きに行きましょう。この前の借りもあるしね……」
秋留はいつまでも根に持つタイプだが、俺は金にならない事と無駄な事はしない性格だ。
魔族の魔術師に話を聞くだけでは一銭の金にもならないし、万が一、その魔族が武亮の居所を知らないと言った場合は、遠路はるばる森の中までモンスターを倒しつつ進んだ事が無駄になってしまう。
「なぁ、秋留? 魔族が武亮の事なんて知らない、と言ったらどうするんだよ?」
俺は秋留を納得させようと、慎重に言葉を選んでから質問した。
「何事もなく森を通過したという事になると思うから、今までのルートを戻って途中の町で情報収集をするしかないかな」
俺は黙っていた。それが俺の答えだ。
「無駄になるかもしれんが、他に方法はないと思いますぞ? 神聖魔法のセイント・インディグネーションを唱えた後、カリュー殿がどうなってしまうのか分らない以上、安全策を取るしかないですな」
見かねてジェットが口を挟んだが、俺はモンスターだらけの惑わしの森に再び入る気にはなれなかった。
「2000万カリム」
秋留が言った突然の高額な台詞に、俺は思いっきり反応してしまった。
「2000万カリムがどうかしたのか?」
俺は平静を装って秋留に聞いた。
「惑わしの森の魔族を倒した時の報奨金だよ」
秋留はいつもこうだ。話し合いの時には必ず切り札を用意してくる。
きっと、治安維持協会本部からの指示を待っている間に、魔族討伐組合に問い合わせたに違いない。
一日中寝ていたと思っていたが、いつの間にそんな情報を手に入れていたんだろう。
「ブレイブ! てめぇ、また命よりも金を選びやがったなぁ? しかも俺の命と金を比べやがってぇ!」
カリューがいつもの様に隣で怒鳴っているが、俺は無視した。
「話し合いは決定じゃな。一人頭500万カリム。久しぶりに良い仕事が出来そうですぞ」
ジェットが話し合いを締めくくった。
テーブルの向こうでは、秋留が満面の笑みを浮かべて勝利の余韻に浸っているようだった。
俺は顔に不満の色を浮かべるようにしていたが、頭の中は久しぶりの高額な仕事に心をときめかせていた。
俺達は翌日、旅立ちの準備のため、別行動を取っていた。
俺達パーティーが冒険に出発する時は、それぞれメンバーの分担が決まっている。
カリューは、薬草や予備の剣などの戦闘に関係するアイテムの購入。
秋留とジェットは、食料品の買出し。
そして、俺は最寄の魔族討伐組合に行き、冒険のための手続きを取る事になっている。
ジェーン・アンダーソン村にも魔族討伐組合はあった。小さな町や村には無い場合もあり、その時は隣の町まで登録しに行かないといけない。
魔族討伐組合J・A村出張所は、他の建物と同じ赤いレンガで出来ていたが、周りに冒険者らしき男や不思議な格好をした魔法使いらしき女性がいるため、どこか別の町に来てしまったような気がしてしまう。
「あ、あの、レッド・ツイスターの盗賊ブレイブさんですよね?」
突然、10代と思われる若い女性が走ってきて聞いてきた。
町や村にある魔族討伐組合の入り口付近には、こうした冒険者マニアが待ち構えている事が多々ある。
「そうだよ。君は?」
「あ、あの、リリーと言います。握手して下さい!」
俺は笑顔で握手に応じ、女性が持っていた『冒険者クラブ八月号』の俺のページにサインをした。
この冒険者クラブという雑誌のページには、親切にも、冒険者がサインする場所が設けてある。
その出版会社の心遣いが、全てのサインを手に入れたいというマニア心を余計にくすぐっているに違いない。
サインは面倒臭いが、こういう雑誌の取材が時々入ったりして、俺は小銭を稼く事が出来た。
若い女性が走り去った後も、俺と女性のやりとりを聞いていた他の冒険者が俺の方をチラチラと盗み見ていた。
注目されるのは悪い気分ではないが、俺は誰よりも秋留に注目されたい。
俺は周りの冒険者の眼をシカトして魔族討伐組合の扉を開けた。
中は冒険の登録をしようとしている冒険者達で賑わっていた。この場所では、見知らぬ者同士で初めてのパーティーを組もうとする人もいる。
ただ、俺達パーティーはそんな簡単に説明出来るような出会いではなかったが……。
俺はカウンターの向こう側に座っている、眼鏡をかけた30歳後半の男に声をかけた。
「冒険の登録をしたいんだけど」
カウンターの向こうの男は何か書き物をしていたが、その手を休め顔を上げた。
胸につけている名札には、ホップと書いてある。
「あ! 貴方はブレイブさんですね? どうです? 最近も竜巻っぷりを発揮するような冒険をしてますか?」
ホップは一目でレッド・ツイスターのブレイブだと分かったようだ。即座に俺に合った話題を出してきた。
最近だと突風並の速さで森を駆け抜けた事があったが、それは言わないでおく事にした。
それよりもこの組合員のでかい声によって、建物にいた他の冒険者にも俺がブレイブだとバレてしまったようだ。
魔族討伐組合員のホップは話を続けた。
「冒険の登録ですか? この辺だと、この村から南にある黄昏の洞窟に居座っているモンスターの掃討、などの依頼がありますが。黄昏の洞窟は美味い茸が採れるので、村人は困っているんですよ。ただ、モンスターの質と量が高くて他の冒険者では荷が少し重いみたいです」
量が多いのは好きではないが、金が第一の俺は重要な事を聞いた。
「報奨金は?」
「300万カリムです。」
惑わしの森の魔族討伐に比べると大分下がるが、小遣い稼ぎにはなりそうだ。
俺は黄昏の洞窟に関する情報を一通り聞いて、本題に入る事にした。
「今日来たのは、惑わしの森の冒険に出発するからなんだ」
「惑わしの森ですか? この村の北にある森ですよね?」
組合員も驚いているようだが、この建物にいる他の冒険者にまで聞こえたらしく、辺りでザワザワと話声が聞こえ始めた。
「さすがだ……」や「調子に乗るなよ……」などの様々な声が聞こえてくる。
「ああ、そうだ」
俺は組合員に対して怒りの気持ちを込めて言ったつもりだったが、全く伝わらなかったようだ。
「さすが、レッド・ツイスターと呼ばれるだけはありますね。あのモンスターの巣窟に殴り込む訳ですね」
出来ればモンスターを相手にせずに、魔族のみを倒したいものだが。
「惑わしの森に関する情報を教えてくれ」
ホップは資料の束をめくりながら、細かく説明してくれた。
まず、既に知っていた事だが、惑わしの森にはモンスターがウヨウヨ徘徊しており、そのモンスターの全ては魔術師に操られているという。
魔術師の名前はデール。噂通り魔族だ。
惑わしの森の中にある屋敷に住んでいて、その屋敷自体はレベルの高いモンスターに守らせている。
俺はデールの顔写真を受け取った。
髪は緑色で腰位までの長さ、眼は白目の部分が赤で黒めの部分は人間と同じ黒だ。
年は俺と同じ位に見えるが、俺よりも何倍もの時を生きているに違いない。
「それでは、インスペクターを渡します。ミッションの成功を祈ります」
ホップは魔族討伐組合お決まりの台詞を言うと、更にお決まりのインスペクターを渡してきた。
ちなみに俺が受け取ったデールの顔写真は、以前デールに挑んだ冒険者が持っていたインスペクターを通して、映像を写真に収めたものだろう。インスペクターにはそういう機能もある。
その冒険者がどうなってしまったかは、あまり考えないようにしているが、俺は後任のための映像を残してやるつもりはない。
俺は自分の担当の仕事を終え、リフレッシュ・ハウスに戻ってきた。他のメンバーはまだ買い物をしているようだ。
暫くすると、秋留と、荷物を抱えた召使いの爺やのようなジェットが部屋に入ってきた。
「あれ? カリューはまだ帰ってきてないんだね」
「あいつはいつも要領が悪いからな」
俺がカリューの悪口を言っていると、目の前を風が吹き抜け、俺の真横にある部屋の柱に短剣が突き刺さった。
「誰が要領が悪いって?」
部屋の入り口にはカリューが立っていた。
「お前の新しい短剣だ。黒の短剣探すの大変だったんだぞ!」
カリューは買ってきた荷物を床に置き、ベッドに腰を下ろしながら言った。
俺は柱に刺さった短剣を抜いて鞘に収め、腰の後ろのベルトに装備した。
黒い剣、という事でカリューとお揃いな感じがして余り嬉しくないが、短剣の代金はカリュー持ちだったため、深く考えないようにした。
パーティーのメンバーはとことん金に執着心がないらしく、他のメンバーの分の買出し分も自分で払っている。
俺が魔族討伐組合の登録の役を選んでいるのは、金を使わなくていいからだったが、ジェットと食料の買出しに行っている秋留も、ジェットに金を払わせているようだ。
「さて、準備も整ったし、今日は飯食って早めに寝て、明日朝早くに出発するぞ」
カリューに促され、俺達は宿屋の食堂で夕食を取った後、風呂に入ってから早めにベッドに潜り込んだ。