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【改訂版】 盗賊ブレイブ@勇者パーティー御一行様  作者: 我道&九尾
呪われた勇者とジェーン・アンダーソン村
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司祭のジーニス

 俺達は治安維持協会のJ・A村支部へ連れて行かれた。


 治安維持協会は本来、治安維持を目的として罪人などが連れて行かれる施設なのだが、カリューの呪われた剣のせいで、俺達は今、治安維持協会のJ・A村支部の椅子に座っている。


「困るんですよ、そういう物騒な物を町の中に持ち込まれては」


 俺達がパイプ椅子に座らされているのに対して、治安維持協会J・A村支部長のフランスキーは、本革の豪華な椅子にその巨体を乗っけていた。


 馬である銀星がパイプ椅子に座る訳もなく、建物の外でロープに繋いで留守番をしてもらっているが、俺達のリーダーのカリューもなぜか椅子に座らずに、部屋の片隅に立たされている。


 J・A村支部長のフランスキーは52歳という事で、死ぬ前のジェットと良い勝負なのだが、カリューの剣を目の前にした時に、広場の老人同様にその場に蹲ってしまったのだ。

 そのため、カリューは膨れっ面で部屋の隅に立っていた。


「まぁ、呪われていて剣を外す事が出来ないからと言って、村の外で野宿しろ、とは言いません。今、この村にいる司祭のジーニスを呼んでいますので、少々お待ちになって下さい」


 俺はジーニスという女性が現れるのを待っている間に、部屋の中を観察した。


 初めて来た町や村などは、隅から隅までくまなく調べないと落ち着かないのが、俺の性格だからだ。


 まず、目についたのは、フランスキーの後ろの壁に飾ってある趣味の悪い大きな写真だ。

 いかにも装飾用といった感じの鎧を身にまとい、右手には槍を構えているフランスキーの間抜けな姿が写っていた。

 部屋の中には写真以外にも、フランスキーに関するような物で溢れていた。まるで『フランスキー記念博物館』といった感じだ。


 俺が一通り部屋を見回し終わると同時に、部屋のドアがノックされ、白いローブに身を包んだ女性が現れた。


 髪は秋留と同じストレートで、地面に届きそうな程長く、綺麗な金色をしている。

 年は俺達よりも下のように見えたが、司祭という職業柄か、少し落ち着いて見える。


「どうも、フランスキーさん。それと皆様方、遠い所、よくジェーン・アンダーソン村へ来て下さいました。私、司祭のジーニス・アンダーソンと言います」


「アンダーソン? この村の名前と一緒ですな。何か関係があるのですか?」


 無口な方のジェットが柄にもなく積極的に聞いた。


「はい。この村を作ったのは、私の曽祖母になるんです……。まぁ、アナタですね? 確かに全身から死臭が漂っているようです。早速、私の魔法で呪いが解けるかどうかやってみましょう」


 ジーニスと名乗ったその娘は、死人であるジェットに対して、魔法を唱え始めた。


「小鳥の囀り、川のせせらぎ、大地の恵み……。この自然に溢れるガイアの力よ、この者の呪いを解きたまえ……」


 ジーニスは詠唱と共に手を上に掲げ、力を溜めているようだった。


「浄化の光? ちょ、ちょっと、司祭さん? 何してるんですか!」


 勝手に暴走している司祭のジーニスに暫し呆れていた秋留だったが、魔法を唱え始めた瞬間、パイプ椅子から立ち上がり、ジェットとジーニスの間に割って入った。


「まぁ、あなたは同じパーティーの方ですね? この方の呪いを解きたくないのですか?」


 ジーニスは信じられない、といった顔をして秋留を見つめた。


「ジェットは死人なんです! 死臭がして当たり前なの!」


 秋留の後ろでは、ジェットが半分浄化され、身体から青白い煙を放出している。

 ジェットが死人であると聞いたジーニスは顔を真っ赤にして、秋留とジェットに対して謝っていた。

 ジェットは、「大丈夫です」と言っていたが、眼は涙目だった。やばかったんだろうな。

 それを離れて見ていたフランスキーは言った。


「ジーニスさん、もう少し落ち着いて下さい。曽祖母のジェーン・アンダーソンさんは、どんな時も冷静な司祭であったと聞いていますよ」


「は、はい、すみませんでした!」


「全く、アンダーソン家は代々司祭の家系で、あなたの母親は、かの有名な勇者ボウストのパーティにも参加していた事もあるというのに……」


 フランスキーはジーニスの慌てぶりを見ながら悲しそうに言った。


 勇者ボウストとは、義手の勇者とも呼ばれ、一度は再起不能と噂されたが、最近になって再び活躍が噂されるようになった冒険者だ。

 俺達のパーティーのリーダーとは違い、ボウストは金色の眼を持った本物の勇者らしい。


「ご、ごめんなさい……」


 ジーニスは言った。

 最早、司祭として登場したジーニスに威厳はなかった。


「ジーニスさん。それでは早速、部屋の隅にいる剣士さんの呪いを解いてみてもらえますかな?」


 フランスキーは気を取り直して、ジーニスに言った。


「ええっ? 隅に人がいるんですか?」


 ジーニスは部屋を見回し、隅にカリューがいるのを発見した。どうやら、今まで気付かなかったようだ。フランスキーは再び自分の世界に入り込み、ブツブツと文句を言い始めている。

 今まで慌てふためいていたジーニスだったが、カリューの持つ魔剣ケルベラーを見た途端、一瞬で顔が険しくなった。


「魔剣……ケルベラー……ですね。その剣、どのように手にしたのですか?」


「お嬢さん、この剣の事、知ってるんですか?」


 カリューは言いながら、ジーニスに歩みよったが、それと同時にフランスキーが苦しみだした。

 仕方なく、フランスキーを除いた全員が、部屋の隅に移動して話し合う事になった。

 狭いスペースに集まると、死人のジェットの香りが漂ってくるが我慢する事にする。


「曾祖母を殺したのが、暗黒騎士ケルベロスだったんです」


 それを聞いて、俺達は言葉を失った。俺はよりにもよって、何て剣を選んでしまったのだろう。


 俺達は魔剣ケルベラーを手に入れた経緯を話した。

 俺に向けるジーニスの視線が痛い気がする。


「とりあえず、私のレベルで、呪いが解けるかどうかやってみましょう」


 ジーニスは先ほどと同様に手を掲げて、呪文を唱え始めた。


「小鳥の囀り、川のせせらぎ、大地の恵み……。この自然に溢れるガイアの力よ、この者の呪いを解きたまえ……。浄化の光!」


 ジーニスの言葉と共に、カリューの身体を柔らかい光が包みだした。

 魔剣ケルベラーから異様な殺気が薄くなり始めたと思った時、カリューが険しい顔を始めた。


「ぐおおおおお。お、俺から離れろ……。俺の右手ごと、剣が勝手に動きそうだ……」


 カリューは左手で右手首を必死に押さえている。まるで右手が別の生き物にでもなってしまったかのようだ。

 その時、魔剣ケルベラーに呪われた時と同様に、カリューの身体を闇が包んだ。


「危ない!」


 ジェットは叫びながら、カリューの目の前で呆然と立っていたジーニスを押し倒した。

 一瞬でもジェットの判断が遅かったら、ジーニスの首は飛んでいたかもしれない。

 ジーニスが居た空間に、カリューの持つ剣が振られたのだ。


 的を外れた剣は、そのまま部屋の木で出来た床を砕いた。


 俺はカリューの姿を見て愕然とした。カリューの身体からは異様な殺気が放たれ、肌は薄黒くなっている。


「カ、カリュー……」


 俺は、名前を呼ぶので精一杯だった。


 カリューは呼びかけに気付いたのか、俺の方を振り向いた。

 俺を見つめるカリューの眼は燃えたぎる炎の様に赤かった。

 青い短髪の髪の毛は、その殺気を象徴するように真っ黒に染まり、口元には牙のようなものが生えているのが見える。


「これは、呪いなんていう生易しいものじゃないよね」


 秋留が俺の隣でロッドを構えつつ言った。


 カリューの後方では、ジェットがジーニスを守るようにレイピアを構えている。


 俺は目の前のカリューに注意を払いつつ、辺りを窺った。


 支部長席の机の端から、フランスキーの汚くてデカイ尻が出ている。頭かくして尻隠さずとは、正にこの事だ。

 俺がフランスキーの今の状態をもっとよく表現出来る比喩を考えていると、突然カリューが床を蹴り、俺と秋留の方へ攻撃してきた。


 戦闘中でも何でも、すぐに思考が反れてしまう事が俺の欠点だが、身体はカリューの攻撃に対して条件反射的に避ける動作へと移っていく。

 俺と秋留は成す術もなく、左右に飛んでカリューの攻撃を避けた。

 カリューはそのまま剣を振り、レンガの壁を叩いた。高い音と共に火花が散る。


「ぐるるるる……」


 カリューは俺達に背中を見せながら不気味な声を発している。

 その隙を見逃さなかったジェットはカリュー目掛けて突進し、カリューの身体を壁に押しつけた。

 カリューの身につけている聖なる鎧が壁に叩きつけられ、鈍い音が響く。


「ワシが押さえつけている間になんとかしてくれい!」


 ジェットが必死になって叫んでいる。いくらレベル52のジェットでも58歳という年に勝てる訳もなく、今にもカリューの力に振り払われそうだ。


「な、なんとか、って言っても……」


 俺は助けを求めるような眼で秋留を見た。


「分かってると思うけど、原因はあの剣だよ。だから、あの剣に対して攻撃してみよう」


 秋留は冷静に答えた。

 なぜここまで冷静になれるのだろうと思いつつ、俺はネカー&ネマーを構える。

 秋留も隣で魔法を唱え始めた。


「炎の精霊イフリートよ。炎の弾丸で敵を撃ち抜け……」


 秋留が攻撃のタイミングを視線で送ってきた。


「おう! 任せろ!」


「ファイヤーバレット!」


 秋留が魔法を唱えた瞬間、ロッドの先から炎の弾が発射された。

 俺はカリューの持つ魔剣ケルベラーに照準を合わせ、魔法が発射されたのと同時にネカーとネマーのトリガーを引いた。

 秋留が放ったファイヤー・バレットの炎の弾丸と、俺がネカーとネマーから発射した硬貨が回転しながらカリューの剣を目掛けて飛んでいく。


 しかし、カリューは俺達が攻撃を行った時には、ジェットの押さえ込みを振り払っていた。


「うがぁぁぁぁぁ」


 カリューは不気味な叫び声を上げ、壁に向いていた身体を回転させると、そのまま魔剣ケルベラーを振るった。

 押さえ込みを振り払われて体勢を崩していたジェットは、魔剣ケルベラーの攻撃を避ける事が出来ずに、脇腹を切り裂かれた。

 ジェットの身体からは血が吹き飛ぶ事はなかったが、代わりに白い蛆虫のような物が飛び散った。


「ぐああああ」


 ジェットもカリューに負けない叫び声を発した。いくら死人の身体といっても、ダメージを受けた時の痛みは伝わるのだ。

 それを考えると、森の中でジェットの腹に俺の銃から発射された硬貨が命中した時は、かなり痛かったに違いない。


 ジェットを振りほどいたカリューは、襲いくる炎の弾と硬貨の弾を寸前でかわし、俺と秋留に再度狙いを定めた。

 カリューを外れた炎の弾丸は近くの書棚に命中し表面を軽く焦がし、俺の放った硬貨の弾丸はレンガの壁を打ち砕いた。


 燃えるような赤色になってしまったカリューの無気味な眼が、俺と秋留を見つめている。


「浄化の光!」


 カリューが再び床を蹴って攻撃を繰り出そうとした時、カリューの後方にいたジーニスが解呪の魔法を唱えた。

 その眩い光を浴びて、カリューの動きが一瞬止まった。


 俺はその一瞬を逃さずに、カリューが元に戻る事を祈りながら、ネカーとネマーのトリガーを引いた。

 俺の放ったネカーとネマーの硬貨が魔剣ケルベラーの刀身に当たり、鈍い音を放つ。


 普通、武器への攻撃を行った場合は、相手の手から武器だけを飛ばす事が出来る。しかしカリューは呪いの影響で、どんな衝撃が発生しても手から武器が離れる事はないようだ。


 カリューの身体は、威力のある俺の愛銃の攻撃で魔剣ケルベラーごと吹っ飛び、J・A支部長室の木製のドアをブチ破り、廊下のレンガの壁に思いっきり打ちつけられた。カリューは思っていたよりも派手に吹き飛んだが、大丈夫だろうか。


 誰も口を開けようとはしなかった。

 廊下には壊れたドアの破片が散らばり、惨劇の後を物語っている。


 今まで脇腹を斬られうずくまっていたジェットは、傷口を抑えつつ立ち上がった。その傷は今、正に治っている最中であり、白いミミズのような物が傷口を治しているのを俺はまともに見てしまった。


 廊下に倒れているカリューの右手には相変わらず禍禍しい剣が握られていたが、その身体からは異様な殺気を放ってはいなかった。肌の色も元に戻り髪の毛もいつものような青い色をしている。


「とりあえずは落ち着いたみたいね」


 秋留はカリューに近づき様子を見ながら言った。

 隣では司祭のジーニスも心配そうにカリューを見守っていた。


「すみません、私の未熟さでこのような事になってしまって」


 ジーニスは尚も謝まろうとしたが、秋留がそれを制した。


「気にしないで? 腕は関係ないと思うよ。ただの呪いじゃあ無さそうだし」


 騒ぎが落ち着いたのを確認し、机の下に隠れていたJ・A支部長のフランスキーが出てきた。

 よっぽど恐怖に怯えていたのだろうか。顔には汗をたっぷりとかき、白いYシャツの脇の部分は色が変わっている。


「なんという事だ。こんな危険な奴を放っておく事など出来ないぞ! 今すぐ治安維持本部へ連絡を取って、対応を行ってもらう事とする!」


 フランスキーが広い額に血管を浮かび上がらせながら怒鳴った。奴の唾がここまで飛んできそうだ。

 フランスキーの言葉に対して、俺達は何も言い返せなかった。

 反論の余地はない。『ひ弱で傲慢な』一般の市民を危険に晒した事には変わりはないのだから。俺達冒険者は常に一般住人の安全を考えながら行動する事が決まりとなっている。

 それを破った者は罪人として、罰を受ける事になっているのだ。


 真っ赤になっているフランスキーを後にして、俺とジェットは二人掛かりで気を失っているカリューを担ぎ、外へ出ようとした。


「ま、待ちなさい、君達! またその剣を持って外に出たら、どういう事になると思ってるんだ!」


 俺はイチイチしつこい支部長を睨んだ。しかし、童顔な俺ではイマイチ迫力がなかったようで、フランスキーは何事も無かったかのように尚も喋り続けている。


「ジーニスさん、何とかならんのかね?」


 フランスキーは、救いを求めるようにジーニスに尋ねた。


「ああ、すいません! すっかり忘れていました。事情を聞いた時に、万が一呪いを解く事が出来なかった時のために、聖なる羽衣を持ってきていたのでした。この布を剣を巻いておけば、剣の殺気は消せると思います」


 そう言うとジーニスは、魔剣ケルベラーに布を巻きつけた。今まで剣から出ていた殺気が多少、弱まったようだ。


「良かった。少し邪気が弱まりました。この程度なら外に出ても大丈夫だと思います。それでは、私はこの方達を宿屋に連れて行きますので、失礼します」


 ジーニスは相手に話す暇も与えず、ただ一方的に喋り続け、唖然とするフランスキーの返事を待たずに、そのままドアの破れた支部長室を後にした。どうやら彼女もフランスキーの態度には腹を立てたようだった。


 もしドアが健在だったら、おもいっきり閉めていただろう。

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