阿鼻叫喚
これが、俺達パーティーが森の中を全力疾走した理由だった。
残念な事に途中でアルフレッドを失う結果にもなってしまった。冒険経験も少なく死馬でもないアルフレッドにはきつかったのだろう。
「あ、やっと起きたんだね」
秋留が銀星の背中で眼を覚ました俺を見ながら言った。
俺の隣では銀星の背中でカリューが涎を垂らしながら寝ている。
森の中で遭遇したポイズンベアのぞっとするような涎を思い出して身震いがでる。
男と添い寝する趣味のない俺は銀星から飛び降り、秋留の隣まで歩いて近づいた。
横目でチラッと銀星の顔色を窺ったが、やはり野郎二人を乗せていたせいか、かなりの膨れっ面で歩いている。
「秋留〜! よくも騙したなぁ〜! もう死ぬかと思ったぞ」
「あはは、死ななかったんだから良いでしょう?」
秋留の悪戯っぽい眼を見ると、何も言い返せなくなってしまう。
「お? ブレイブ殿、丁度いい時に気がつかれましたな。後少しで村に着きますぞ」
ジェットが近づいてきて言った。
ジェットと言えば、森の中の戦闘で太腿に剣が刺さっていたりと傷だらけであったが、今はその傷もすっかりなくなっていた。
腹の部分の鎧は相変わらず硬貨大に砕けていたが、鎧の砕けた穴から見えるジェットの肉体自体は元通りになっている。
死人であるジェットと死馬である銀星は、傷を負っても暫くすると、傷口からミミズのようなモノがウネウネ出てきて、あっという間に元通りとなってしまうのだ。
その傷が治っていく様は大変気持ち悪いのだが、今回は眠ってたため見なくて済んだ。
眠りから覚めたばかりで、まだ意識もはっきりしない状態だったが、歩きながら前方を見ると、ジェットの言った通り、小さい村が見えた。
ワイルド・ウルフの旨そうな後ろ足を食い逃した俺は、腹がペコペコだったし、銀星の背中で休んだくらいでは体力が全快するはずもなく、まだまだ疲れが溜まっていた。
俺は最後の気力を振り絞り、遥か前方に見え始めた村を目指して歩き始めた。
十分程歩くと、村の全体が見えてきた。村と言うくらいだから、あまり大きくはないようだ。
村全体は頑丈そうな木の柵で囲まれ、村の入り口には鉄で出来た簡単な門があり、その左右には馬に乗った騎士が見張りをしていた。
柵の周りを定期的に巡回している別の騎士や冒険者の姿も見える。
どこの村や街でも住人を守るためにこうして警備の者がいる。警備の数が多い程、ある程度は安全な住処である事になるのだが、その分、住民税が高い場合が多い。
常に冒険を続けて決まった住居を持たない俺たち冒険者には関係の無い話だが……。
俺達が近づくと、門の右側で鉄の槍を構えていた騎士が話し掛けてきた。
「身分証を見せてもらえるかな?」
少し大きめの村や町になると、警備も厳しくなってくる。
大陸全土に渡って指名手配されている罪人や、人間に化けた魔族などを入れないための措置だが、力ずくで侵入されてしまう場合もある。
俺達は完璧に寝ているカリューの身分証も合わせて騎士に見せた。
「貴方がブレイブさんですね……。で、そちらが秋留さん、馬の上に寝ているのがカリューさん……」
騎士はそこまで言うと、ジェットの顔を見つめつつ言った。
「そちらの御老人がジェットさん?」
「いかにもワシがジェットじゃ」
槍を持った騎士は門の左側で同じく門番をしている30歳前後の騎士の所に馬を歩かせ、ジェットの身分証を見せているようだ。
二人の騎士の顔がみるみるうちに険しくなっている。
その時、様子を見守っていた秋留がロッドを二人の騎士の目の前にかざしながら、近づいていった。そのロッドには堕天使のお守りが情けなくぶら下がっている。
「何も問題はないはずです……」
秋留は優しい声で二人の騎士に向かって言った。
「ここを通してもらえますか?」
思わず通してしまいたくなるような優しい声だった。秋留が俺の横を通り過ぎた時に、甘い香りが漂った。
ドル村のダイツから話を聞く時に使った方法をまたしても行っているようだ。一体どんな術なのか俺は知らない。
目の前では、二人の騎士が黙って鉄の門を開けている最中だった。
門を抜けて暫く歩くと、『ジェーン・アンダーソン村へようこそ』と書かれたアーチが頭上に見えてきた。
村の中央には小川が流れ、道端には花々が咲き乱れていて、この村ののどかさを前面に押し出していた。
家は全てレンガで造られていて、冒険者目的の宿屋や武器・雑貨屋も多く目立つ。
門を少し離れた所で秋留が言った。
「ジェットの身分証は役に立たないね。誕生日が2943年だもん」
今が3059年だから、ざっと計算すると、ジェットの年齢は……116歳という事になってしまう。
そんな高齢の老人が村の外からやってきたら、誰でも疑問を持ってしまうだろう。
「そのうち、なんとかしないと駄目だなぁ」
それを聞いて、ジェットは面目無さそうに秋留の後をついて歩いて行った。
村の雰囲気に癒され長閑な町並みを眺めながら歩いていると、村の広場へ出た。
雲ひとつ無い青空の下、噴水の周りでは町の子供達が元気よく遊んでいる。
噴水の石で出来た囲いには、子供達の親と思われる30歳前後の女性数人が腰を掛けて談笑していた。広場の反対側では、散歩をしている老人の姿も見える。
「なんか、これでもかってくらいののどかさだな。さっきまでモンスターに追いかけられていたのが夢みたいだ」
俺は、町の暖かさにほっとしながら言った。
その時、噴水の周りを走り回っていた子供が突然、俺達を見て立ち止まった。
「おっす! 坊主。今日は天気が良くて気持ち良いなぁ」
俺は子供の目線まで腰を落とし話掛けた。
しかし、その子供の大きな瞳は、銀星の上で未だにヘバっているカリューを見つめていた。
「?」
俺は子供の視線につられてカリューを観察した。
「カリュー殿の剣が……邪悪な気を発していますですじゃ」
ジェットが思わず腰に下げたレイピアに手をかけた。
「な、何! 何で急に!」
いつも冷静な秋留が頭に手を当てて右往左往している。
「うきゃあぁぁぁぁぁぁ〜〜〜!」
眠気も一発で覚めるような子供達の金切り声だった。まるでマンドラゴラを地面から引き抜いてしまったかのようだ。
子供の目線まで顔を落としていた俺は、その声を間近で聞いてしまい、暫く頭がクラクラした。
その子供の泣き叫ぶ声をきっかけに、広場にいた子供達の全員がカリューの持つ剣を見ながら、泣き叫び、散歩をしていた御老人は心臓を抑えその場に倒れこんだ。
子供達の母親もカリューの持つ剣の余りの禍禍しさに気付いたのか、子供達を連れ、広場から立ち去っていく。
広場でパン屑を摘んでいた鳩達も危険を察知して一斉に飛び去る。少し離れた場所の家に繋がれている馬も凄い勢いで暴れ始めている。
『……』
俺達は仲良く固まってしまった。銀星の上でそ知らぬ顔で寝ているカリューが羨ましい。
「!」
いち早く秋留が現実逃避から戻ってきたように頭を降り始めた。そして広場の向こう側を凝視している。秋留の視線を追うと、自分では身動きの出来なくなった老人が、胸を押さえながら天に向かって右手を伸ばしているのが確認出来た。
先立たれてしまった御婆さんの姿でも見えているのだろうか。
「助けに行った方が良さそうだね。ブレイブ、手伝って?」
俺が失礼な想像をしていると、秋留が言った。
秋留は老人の所まで走り寄って回復魔法をかけ始めた。
「もう大丈夫そうだね。ブレイブ、老人をオンブしてくれる?」
俺の背中は秋留のためだけに用意してあると言いたかったが、秋留を怒らせる訳にはいかないので、渋々老人を背負った。
老人は意識が朦朧としている中で、はっきりと自宅の場所を説明している。
ただ、俺の背中に背負われている老人の声が、俺の丁度耳元で聞こえてくるため、その吐息が耳に当たり全身に鳥肌が立った。やはり男なんて背負うもんじゃない。
老人を自宅のベッドに寝かせると、俺と秋留は噴水のある広場に戻ってきた。
今まで沢山の人で賑わっていた平和な風景が一転して、殺風景な噴水へと変わっている。繋がれていた馬まで自力で綱を切ってどこかへ走り去ってしまったようだ。
「てめぇ! カリュー! いつまで寝てやがるんだ!」
俺は未だに熟睡しているカリューの頭を殴った。