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94.事後処理

 ――ルーシャスは、ルウだ。


 エデルが記憶の彼方に放ってしまった過去が蘇る。幼い時分に見た光景と重ねるようにルーシャスは空から降ってきて、馬車の荷台の中心に大剣を突き刺したのである。

 またいつかのように吹き飛ばされる――かと思いきや、魔力はエデルとシーファをつなぐ拘束だけを器用に吹き飛ばしたのだった。


 轟音が鳴り響き、目の前が見えなくなるほどの真っ白な稲妻が放たれる。強い魔力の奔流に目を開けるのもやっとのさなか、突如として乱入してきたその人が顔を上げた。

 金の双眸がぎらりと光る。その眼光だけで射抜いた相手を刺し殺せそうな光を帯びていた。


「――よう。俺のエディをどこへ連れてくつもりだ?」

「おまえ……!!」


 身構える隙があらばこそ、ロッズが構えようとするよりも早くルーシャスの剣が翻る。ロッズの魔法剣が魔粒子(まりゅうし)となって霧散した。次の一閃でルーシャスに攻撃しようと襲いかかった男たちが跳ね飛ばされていく。

  エデルの視界の端に、燃えるような赤い髪が斬り伏せられ、落馬するカリガが映った。


「く、そ……!」


 たった一撃だ。たった一撃で五人の傭兵が気を失い、ロッズは得物を失った。ルーシャスにまっすぐに剣を喉元へと突きつけられ、身動きもままならない。


「もう二度とエディを巻き込むわけにはいかなかったからな。魔法が使えない分もう少し手間取るかと思ったが、こんなものか」

「貴様ァ……!!」

「動くなよ。依頼主がおまえの持っている情報待ちなんでな。できれば殺したくない」

「ナメやがって……! おい、シーファ!! なにぼーっとしてやがんだ! てめぇ魔道士だろうがよ!!」


 ロッズが歯を剥いてシーファを怒鳴りつける。今の今まで自らの手で拘束しておいてずいぶんな言い草だ。

 ルーシャスはそれを知ってか知らずか喉奥で低く笑ったのだった。


「どういう訳だか知らんが、エディと一緒に虜囚扱いにしながら言うことか? 頼ったって動けんだろうよ。拘束を切ったときに魔粒子を浴びせている。麻痺して口も利けないんじゃないか?」


 ルーシャスが向けていた切っ先が短くなり、その先から溶け出した白い魔粒子が縄状になってロッズを拘束する。他の面々も同じだった。


「俺にも拘束魔法くらいの簡単なものは扱えるが、師が魔法技術を攻撃に全振りしているような人でな、補助魔法の類はそこのシーファよりずっと苦手なんだ。無理に拘束を解こうとするとうっかり胴体と四肢がお別れしかねないから、なるべく大人しくしていることを推奨する。お仲間が起きたら伝えてやってくれ」


 ロッズはまだなにかを喚いているようだが、口も拘束されたのか開けないようだった。

 ルーシャスはそこまで見届けて、ようやくロッズからエデルへと視線を移す。

 呆けたように座り込むエデルの前に膝をつき、呆然と見上げる白い頬に触れたのだった。


「遅くなってすまなかった。怪我はないか?」

「……ない、けど」

「うん。でも冷えてるな」


 ルーシャスが眉を下げる。

 金の眼がようやくエデルを映し、穏やかに包み込む春の日差しのような色へと溶けたのを見て、エデルの喉がぎゅうと鳴った。


 ――やっぱり、ルウと同じ目をしている。


 そのことに、どうして今まで気づかなかったのか。

 ルーシャスの形の良い唇が近づいてくる。エデルが目を閉じる間もなく額に押し当てられ、離れていった。

 瞬間、ふわりと一枚温かい空気をまとったような感覚がある。


「俺がやるんじゃ気休め程度にしかできないが」


 すまんな、とやわらかく謝罪され、エデルは無言で首を振ることしかできなかった。

 ルーシャスの手が伸びてきて、エデルを抱き上げる。その温かさに、そのにおいに、エデルはぎゅっと眼前の太い首に抱きついたのだった。


「どうした? 怖かったか?」

「……うん」


 ルウが――ルーシャスが相手なら、素直な気持ちが口をついて出る。

 ずっと怖かった。この先どうなってしまうのか、ルーシャスは追いかけてくれているのか――ルーシャスを信じた自分は正しかったのか、ずっと自問していたのだ。


「来てくれてありがとう、ルース」


 それがルーシャスの温かさに触れて、すべて溶けてなくなっていくような、そんな心地だった。




 *




 あのあと、すぐに大勢の人がやってきて、ロッズが率いる傭兵団は捕らえられた。

 後処理は彼らに任せ、エデルはルーシャスに連れられて緑層(りょくそう)黒層(こくそう)の境界にある街に滞在している。ここでナイジャーと落ち合うのだ、とルーシャスは教えてくれた。

 ルーシャスは数日は采配であちこちに出かけていたようだが、その間、エデルはずっと眠ったり起きたりを繰り返すだけだった。誘拐されていた間ずっと緊張状態にあったことで、思っていた以上に疲弊していたのだ。


 そうしてゆっくり休養を取り、暇を持て余し始めた頃にナイジャーがやってきた。

 彼はエデルを見つけるなり、感激して竜の目をきゅっと細め、大きな身体でエデルをぎゅうぎゅうに抱きしめたのだった。


「エディー! この、この! 心配したんだぞ!!」

「えへへ……ごめんなさい」

「エディのせいじゃねえけどさ……それでも気が気じゃなかったよ。とにかく大きな怪我もなくて良かった。もうじきルースも戻って来るからな」

「うん」

「そういや、俺たちの仲間も来てるんだけど会えた?」

「ああ、何人か挨拶した気がするんだけど、まだ全然顔と名前がわかんなくて」


 ロッズたちを連行したり、彼らがエデルを引き渡そうとした組織――村長とその彼がつながっていた商工会ギルドをあぶり出して一網打尽にしたのは、エデルの知らない人たちだった。ほとんどがルーシャスたちと同年代の男性の傭兵、つまるところがルーシャスが率いる傭兵団の仲間だったのだ。


「傭兵とは聞いてたけど、ずっとふたりで一緒にいるからふたりで一組の傭兵団なんだと思ってたよ」


 いきなりドヤドヤと人がたくさんやってきて紹介されたものだから、エデルは目を白黒させたものである。ルーシャスの仲間を覚えるより衝撃が勝って、未だに誰が誰だか覚えきれていないのだ。


 そう言えば、ナイジャーは太い眉を下げて笑ったのだった。


「ああ、そういやあ言ってなかったよなあ。ごめんな。俺たち、もともと青層(せいそう)の人から獣魔(じゅうま)の違法売買の調査依頼を受けたって言ったろ? その依頼と()のメンテを兼ねてこの緑層に来てたんだよな。そんで仲間とは別行動して、俺とルースだけで依頼をこなしてたところにエディに出くわしたんだ」

「そうだったんだ。……なんだかルースがたくさんの人に指示して団長とか呼ばれてるから、何事なのかと思っちゃって」

「ふふふ。びっくりしたよな。ルースが団長なんだよ、あれでも」


 ルーシャスは師と仰ぐ老傭兵の養子で、子供時代は養父の傭兵団に所属していた。それが成人と同時に独立し、現在では一団を率いる長なのだという。

 その師というのはアドラスのことだな、とエデルは内心ひっそりと納得する。


「じゃあ、ナイジャーもルースの部下、ってことになるの?」

「一応はな。だけどうちに上下はないよ。きっちり金銭で契約して雇用関係として組む傭兵団もあるけど、うちは基本的にルースに気に入られたか、ルースを気に入ったやつらの集まりだからな。みんな気の良いやつらだよ。落ち着いたらちゃんと紹介するからさ、エディも気軽に声かけてやってよ」

「うん」


 そんな話をしていた矢先に、ちょうどルーシャスが戻ってきた。

 エデルを見つけると、彼は金の目をやわらかくする。ここ最近、ずっとこんな調子だった。こんな調子、というより、ルウ(・・)がいつもそうだったとエデルが思い出したから、ルーシャスがエデルを見る目もこれまでとは違って見えるのだろう。


 彼はいつも、エデルを見るときやさしい目をする人だった。今も変わらずそうなのだ。


 ルーシャスがナイジャーを呼びつけたので、ナイジャーはエデルの額に軽くキスを落として席を外す。

 もう黒層(こくそう)から緑層へと戻ってきたのだが、この挨拶も定番になってしまった。エデルも慣れてしまったし、そこに込められた意味を知った今となっては、この挨拶をしてくれる彼らにとても大切にされている気がして、心地よいものだった。




 *




 エデルの寝室をあとにしたナイジャーは、ルーシャスと軽く情報共有をしたあとにちょっと首をかしげて言ったものだった。


「なあ。なんかエディ、落ちこんでる?」

「……そう思うか?」


 言葉を選んで質問に質問で返した形になったところを見ると、どうやらルーシャスにも覚えがあったらしい。


「いきなり仲間全員と会わせたのはまずかったんじゃねえの? ただでさえ結構警戒心強いだろ、エディって。俺たちだって最初はかなり警戒されてたわけだし、成り行きでずっと一緒に過ごして、それでようやくこの距離感だぜ。突然〝実は仲間もいっぱいいるからみんなと仲良くしてね〟みたいな格好になって戸惑ってんじゃねえかな」


 エデルは気の毒なくらい人に気を遣う。気を遣うというより、相手の顔色を窺うのだ。相手が自分より大人であるときには特にその傾向が顕著だった。

 これまで本人やルーシャスから聞いてきた話を総合すると、おそらく、彼女の生育環境がそうさせているのだろう。養父に引き取られたあとにはそんな必要もなくなっただろうに、結局、その特異な魔力体質のせいで、エデルは常に周囲の機嫌を窺わなければならなかった。よくよく見極めないとひどい目に遭うからだ。


 エデルは救出されたばかりなのである。ただでさえ疲弊していたところに気を遣わなければならないし、頼りになるはずのルーシャスもエデルにとって警戒すべき相手と懇意にしていて、どう接して良いのか悩んではいないだろうか。

 ナイジャーは〝深淵の館〟に連れて行った直後のエデルの様子を思い出し、自戒も込めてルーシャスの肩を叩いた。


「あらかた事後処理は終わったろ。あとは俺が引き受けるし、なるべくエディのそばにいてやんなよ。仲間はいっぱいいるけどいつでもエディの一番の味方は自分なんだって、時間をかけて教えてやるしかないだろ。言葉より態度で示されたほうが納得するタイプなんだからさ、エディは」

「……そうだな。そうする。――ほかの連中にも言ったが、今日はもうエディのそばにいるよ。少し話したいこともあったしな」


 ルーシャスが静かにうなずくので、ナイジャーは肩をすくめた。


「今日と言わず今日からずっとおまえはエディのそばを離れるな。――レテ村とゲルニッシャー商工会の件も任せてくれたって良いんだぜ」


 ナイジャーがいたずらっぽく笑うと、ルーシャスはしかし、金の目を暗く輝かせたのだった。


「いいや。それだけは俺の手で引導を渡してやる」

「そうかい。じゃあそれまではよくよくエディの話を聞いてやんなよ」

「ああ」


 あとを頼む、と言って、ルーシャスはエデルの休む寝室へと消えていく。

 その背を見送りながら、ナイジャーはぐっと伸びをした。

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