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92.《回想 11》子どもたちの行く先

 ルウがアドラス・ダユンを知ったのは、彼がエデルたちと一緒に暮らし始めた年の真冬の頃だった。


 その日は吹雪いていて、カルヴァやゾラたち少年少女組の〝狩り〟は取りやめた。彼らはいつもどおり出かけるつもりだったが、それをルウが止めたのだ。この天気ではどうせ行ったって店も開いていない、自身を危険にさらすだけだ、と言って。

 寒い中出かけるのはみんな嫌だったので、カルヴァたちはルウの提案に嬉々として乗った。

 だが、問題は今日の食料だ。

 どんな荒天だろうと〝狩り〟に行かなければ子どもたちは今日の食事にありつけず、極寒の夜を越せないかもしれない。休むわけにはいかないと主張するガルスルに、ルウは代わりに自分が森への狩りに出ると主張したのだ。


「ウサギくらいは捕れるだろう。雪が降る前にもあの森にはかなりの獣がいた」


 ウサギを捕るにしても罠の作り方は知っているのかとガルスルが尋ねる前に、ルウはひとり森へと出発した。

 その雪深い森の中で、ルウはアドラス・ダユンと出会ったのである。


 アドラスはガルスルたちが〝狩り〟をする街、ベルディスに拠点を構える傭兵団の団長だ。その日、吹雪の中近隣の森の中に入っていった子どもがいると一報を受けて、保護するためにやってきた。結果的には、遭難するどころか平気な顔で狩りを続けるルウを見つけ、それがきっかけでルウはアドラスと知り合いになったのだった。


 アドラスのほうも、年齢のわりに高度な魔力操作をするルウに興味を持った。アドラスがルウに出自を聞いても答えなかったが、この緑層(りょくそう)の辺境で孤児をやっているとは思えない緻密な魔力操作をする子どもである。相当な事情を抱えていることは容易に想像できたし、だから敢えて深くは尋ねなかった。

 その深入りしないアドラスの態度に、ルウは奇妙な安心感を覚えていた。これまで、子どものルウが魔力の扱いに長けていると知るや否や、それを利用しようと近づいてくる大人ばかりだったのだ。


 ルウは最初こそアドラスを邪険に扱ったが、毎日会いに来るようになった彼がルウになにかを求めるわけでもなく、ただ世間話のように街の情報を漏らすようになると、少しずつ態度を軟化させた。

 アドラスはルウが欲しい情報をなんでもくれた。その真偽が疑わしければ、自分の目で調べてこいと送り出すこともしたのである。そうしているうちに、ルウはアドラスの率いる傭兵団と知り合いになり、彼に付き従って街のさまざまな事情を知った。


 特に問題だったのは、やはりというべきか、ガルスル率いる子どもたちの集団だ。

 ガルスルたちは何年も街のはずれに住み着き、盗みを働き、あるいは街の人に無心して暮らしていた。

 ベルディスの街はさほど大きくない。たった十人程度の浮浪児とはいえ、彼らが徒党を組んで組織的に街に不利益をもたらす影響は無視できなかった。


 近々、街全体で浮浪児を追い払う動きがあると教えてくれたのもアドラスだったのだ。

 その依頼を傭兵団であるアドラスたちが受け、浮浪児の子どもたちの実態を調査している最中にルウと出会ったのだという。


 アドラスは浮浪児の排除を引き受けはしたが、街の依頼をそのままそっくり実行するつもりはなかった。

 彼らは浮浪児たちを追い払い、二度と街に入れなくしてほしいと依頼するだけで、浮浪児たちがなぜ浮浪児になり、どうして今も誰の保護をも受けられていないのかを考えて改善する意思はなかったのである。

 それではガルスルたちを追い払ったところで、何の解決にもならない。ガルスルたちは別の街で同じことを繰り返して問題を起こし、ベルディスの街でもまたいずれ、第二、第三の浮浪児集団が出来上がるだけだ。


 それでは根本の解決にはならないと、アドラスは浮浪児を根絶するために調査を始めた。そうして浮かび上がってきたのが、街の近くにあるゴミの山の姿だ。


「子を養えなくなった親があのゴミ山に子どもを捨てに来るんだ。それこそ歩いて何日もあるような距離からも捨てに来る。それだけあのゴミ山は有名なんだな。あそこで働いている者は無法者ばかりだ。働いているとも言えないが。ただゴミ山から使えそうなものを集めて売ってるだけに過ぎん。それが金になるってんで、いつの間にか金に困った連中の溜まり場になって、何となく組織的になったが、所詮は無法地帯だ。やつらは子どもでもそこにいれば労働力として使う。だから捨てられた子どもがいても目立たないし、子を捨てたい親があのゴミ山に捨てたところで誰も不思議に思わない。そういう悪循環ができてるんだ」


 そのゴミ山での労働から運良くこぼれた子どもがさまよって、さらに運に恵まれればガルスルのもとへたどり着く。

 おそらくそのガルスルも、もとはゴミ山に捨てられた子どもだったのだろう。それが他の子どもと協力しながら成長し、街で盗みを働きながら生き延びる方法を覚えてしまった。そうしていつの間にか、その術を他の同じ境遇の子どもへと受け継ぐようになっていったのだ。


「ということは、変えるべきはあのゴミ山だ。そちらも近々大々的に街の手が入る。そしておまえやガルスルたちも街にはいられなくなる」


 アドラスはルウにそう教えてくれた。


 冗談ではない。ルウもガルスルも、そしてエデルたちも、追い払われたらこれからどうやって生きていけば良いのか。

 ルウがいきり立つと、アドラスは「わかってる」と重くうなずき、ひとつの提案をしたのだった。




 *




「――それが、今いる全員の引き取り先を、アドラスが責任を持って手配する、ということだ」


 ルウが紹介したアドラスとその仲間たちと引き合わされ、突然〝いつもの生活〟が終わることを知った子どもたちの反応はまちまちだった。

 やってきたばかりの三人の少年たちは大いに喜び、ライクも概ね乗り気だった。今日からはもう、今日の食料のことを考えなくて良いのだと言われたら、それは何よりも安堵するだろう。


 カルヴァとオッカ、それから誘拐されたばかりの少女たちは懐疑的だった。

 この先アドラスが話をつけた孤児院に引き取られるのだと説明はされたが、そこは果たして自分たちを受け入れてくれるのだろうか、と不安に思ったからだ。


 中には、もともとは孤児院にいた子どももいる。そこで冷遇され、ときには保護者であるはずの大人から虐待を受け、命からがら逃げ出して今があるのだ。

 孤児院とは辛い場所と認識している子どもにとって、またあの生き地獄に送り返されるのかと嫌がるのも当然だった。


 アドラスはそうして拒絶する子どもにも寄り添い、彼らが引き取られた場所できちんと安心して過ごせるようになるまでは毎日様子を見に行く、と約束した。


 それでも反発したのは、やはりというべきかガルスルだった。

 彼は言わば、子どもたちの親の役割をしていたのである。そうしなければ生きていけなかったのだ。ガルスルを見捨てたのは大人たちのくせに、その大人が突然やってきて、今日からおまえは大人の言うことを聞いて生きていけ、と言う。

 とても受け入れられなかった。


 ガルスルは反発し続けた。子どもたちが順番に引き取り先へ出発している間、ガルスルは何度もひとりで街を出ていこうとしたのである。しかしそのたびにどこからともなくアドラスが現れて、にこにこと穏やかに、しかし有無を言わさず連れ戻した。ガルスルは何度でもあの手この手でアドラスから逃げようとしたが、ついに敵わなかったのだった。


「……んでいっつも俺の行く場所行く場所におまえがいるんだよ!」


 堪らず吠えたガルスルに、アドラスは好々爺然とした笑みでしれっと肩をすくめたものだった。


「そりゃあおまえさんに〝大人の知恵〟ってやつが足りんからだろうなあ」

「うぜえな! 俺の好きにさせろよ!」

「おお、好きにして良いとも。おまえがどんな悪知恵の働く大人にも騙されず、誰かに迷惑をかけることなく真っ当に生きていく力を得て、成人したらな」

「俺はひとりでも生きていける! っつーか成人したらってあと何年かかるんだよ!」

「魔力操作のひとつもできねえどころか文字の読み書きもできねえクソガキがなーにを言ってんだ。ガルスル、わかってんのか? おまえは成人まであと数年もないんだぞ。その数年で、本当に(・・・)ひとりで生きていけるだけの能力を詰め込まにゃならん。最初に送り出した少年たちはもうだいたい文字の読み書きができるようになったそうだが、その間おまえはなにをしていた? ただ毎日俺の目を盗んで脱走しようとして失敗するだけだ。それでなにを学んだ?」


 ガルスルはぐっと詰まった。しかしじっとりとアドラスを睨んでから、傭兵団の一員としてコマネズミのように働かされているルウに視線を移したのである。


「……じゃあ、せめて俺もこの傭兵団に入れてくれよ。孤児院なんかで毎日椅子に座って勉強だなんだって強制されるよりそっちのほうがずっとマシだ」


 子どもたちの中で、唯一ルウだけは孤児院に引き取られることなく、アドラスが直接傭兵団に引き入れることにしていた。ガルスルはそれが気に入らなかったようである。

 アドラスは息をつくと、先ほどから外と部屋を行ったり来たりしながら荷を運び続けているルウの背中に声をかけた。


「ルウ、五階層を上から順に言ってみろ」

白々層(はくはくそう)白層(はくそう)青層(せいそう)緑層(りょくそう)黒層(こくそう)

「そのうちここはどこだ」

「緑層」

「街の名前と国名」

「ベルディス。フィルセン王国南部の街だな。西方の一部にギレニア山脈を含む、魔鉱石(まこうせき)採掘を始めとした石が有名な国だ」

「ああ、出ていく前にこいつに明かりをつけてくれるか」


 言って、アドラスはテーブルに置かれた魔導具を指す。ルウは荷を置いて顔を上げ、手にした杖を軽く振ると、こちらを一瞥することもなくさっさと部屋を出ていった。大方、まだ体調が万全でないエデルのもとへ行ったのだろう。

 ぼうっと明かりの灯された魔導具をつつきながら、アドラスは唖然と目を白黒させているガルスルを見やる。


「うちに入りたいのなら、せめてこの程度の質問に即答できて、これくらいの魔法はできないとな。それができるようになってまだうちに入りたけりゃ来い。そのときは考えてやる」


 ガルスルは唸るように歯噛みしたが、この翌日、ついに折れてアドラスの紹介した孤児院へ引き取られて行ったのだった。

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