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09.売られた理由②

 仰け反ったナイジャーに、その向かいでルーシャスも目を瞠ってから顎に手を当てて考え込んでしまっている。


「そんなだったか……? もっとこう……」

「そりゃ、たとえ家が隣でも住まわせるか……。エディの村がどうかは知らないけど、十七っつったら緑層(りょくそう)でもギリギリ未成年だもんな」


 成人年齢は国によって違うが、緑層のほとんどの国では十五歳から十八歳の間が多い。青層(せいそう)白層(はくそう)に行くと二十歳前後が多いとも言われているので、反応を鑑みるに彼らの価値観は青層寄りであると窺えた。


「年齢より老けてるってのはよく言われるよ。魔力がないからどうしてもね」


 エデルは年齢相応には見られない。もっと大人びていると思われることが多い。骨格の問題というよりも、生い立ちや環境がそうさせていた。

 社会における自分の立場が身に染みているから諦観したような態度が多く、歳の割に落ち着いている。稼ぎも少ないから身繕いに回す資金に余裕がなく、今だって養父のお下がりの男物の衣類を身に着けていた。


 そしてそれ以上に、魔力がないことは見た目に出る。

 魔力を体内でうまく循環させると、それだけで肉体の老化速度は緩やかになるのだ。

 だから平均して魔力量が多いと言われる白層の人間ほど寿命が長く、逆に魔力量の少ない黒層(こくそう)の人間は寿命も短い。

 エデルも魔力をうまく循環できない。他人が思う十七歳より大人びて見えるのはそのためだった。


「ふたりは?」


 ルーシャスもナイジャーも、職業柄一般的な人よりも魔力の扱いに長けているはずだ。だとしたら、エデルが思っている以上に年上である可能性があった。


「勝手に二十代くらいなのかと思ってたんだけど、もしかしてだいぶ違う?」


 気になって尋ねると、ふたりは目を見交わした。


「いいや、合ってるぞ。俺は二十四、ナイは二十……いくつだ?」

「ルースより三、四歳上だと思うよ。だけど正確なところわかんないんだよな。自分の誕生日も知らねえし、そもそも数数えられるようになったり日付の概念を覚えたの、だいぶ大きくなってからだしなあ」


 あっけらかんとナイジャーが笑うので、エデルもつられてうなずいた。


「わたしも一緒。だから十七か八なのか、もしかしたら全然違うのかわかんないんだよね。たぶんそのくらいっておとうさんが言ってただけで」


 肉体年齢が魔力量の個人差で左右されると、こういうところで弊害が出る。

 生まれた年月や年齢がわからない場合、自身の正確な年齢がわからなくなるのだ。見た目は同じような年頃の人間でも、実際には二十歳以上差があるなんてことは往々にしてある。


 ひとしきり笑ってから、エデルは「話が逸れちゃった」とつぶやいた。


「だからこの一年は村長の家で働いてたんだ。手紙は困ったときに使えば良いって言われてたし、最後の手段として取っておこうかなって。――そしたら」


 本当に、青天の霹靂だった。

 エデルは唇を噛む。

 あんなに良くしてくれた村長その人が、こんな裏切り方をするとは夢にも思わなかったのだ。


 不意に黙ったエデルに察しがついたのか、ルーシャスが眉をひそめる。


「……まさかその村長に何かされたのか?」

「売られたんだ。……たぶん」

「…………」


 エデルはへらりと笑う。


「村長の家に出入りしてる行商人がときどき来るんだけど、十日くらい前だったかな。いつもみたいに村に行商の人が来てね。彼らが帰るときについて行って用事を済ませてほしいって村長に頼まれたの。お遣いみたいなものだって。だから商隊と一緒に村を出たんだけど、それで」


 最初は、売られたという自覚さえなかった。

 村に定期的に来る行商人は、この一年でエデルも何度か顔を見たことがあった。あのときも同じように村長の家を訪れて商談をしていた。

 行商人が帰るとき、彼について行って済ませてほしい用があると村長に呼び出された。内容を尋ねても荷を受け取るだけだと言われるばかりで、詳細は教えてくれない。

 はぐらかされているとは勘付いていた。だが、こちらは村長宅の手伝いとして雇われている立場だ。深く尋ねてはいけないことなのだろうと納得した。


 そうして唯々諾々とついて行った結果、エデルが乗り込んだ馬車には鍵がかけられ、食事のとき以外、開けられることもなくなったのである。


「それで、たぶん、これは売られたなって思ったんだ。扱いが他の商品と一緒だったし。商品って魔鉱石だったんだけど」


 魔鉱石を積んだ荷と同じ荷台に入れられていた。正しく商品である。そこでふつうの魔鉱石より多く魔力を溜められる器――緑魔鉱石(りょくまこうせき)に魔力を満たす作業を強いられていた。だから行商人も村長もエデルの魔力の真実を知っていたはずだ。


 ――おまえは魔力がないわけじゃない。ありすぎる。だから魔鉱石に魔力を満たそうとすると壊してしまうんだ。小さなコップに湖の水をひっくり返して入れようとしているようなものなんだよ。


 養父の言葉が脳裏に響く。


 ――あふれるだけなら良いが、如何せん量が多すぎる。手のひらに収まるくらいの小さなコップに湖の水を一気に入れようとしたら、水流に耐えられずにコップは割れるだろう。それと同じだよ。コップは魔鉱石。おまえの魔力は湖だ。量を加減しようったってちょっとやそっとのコントロールじゃどうにもならない。どうやったって壊れてしまうよ。


 エデルの特異な魔力について、困ったように説明する養父の姿が思い出される。

 それを訓練して、自在に操れるようにしようとしたこともあった。けれど、膨大な魔力量を扱うには自身の肉体も保たなかった。体内に魔力を巡らせようとするだけで身体が耐えられる以上の魔力が流れてしまい、内臓が傷ついたり高熱を出したりしてしまうのだ。


 これはどうにもならないと養父も匙を投げた。エデルの身の安全を守るほうが先決だ。ならば、訓練は諦めてそっとそのまま、なるべく魔力を使わないようにするしかない。

 だから、エデルには魔力がない、ということになっている。


 エデルはそれをルーシャスとナイジャーには話さなかった。そこまで正直に口にして、ふたりの反応がどう変わるかわからなかったからだ。

 やさしかった村長だって、どういうわけかエデルの魔力について知っていた。

 養父と仲が良かった彼のことだから、エデルのことを頼むと任されたついでに魔力のことも教えられていたのかもしれない。それくらい養父も村長のことは信頼していた。にもかかわらず、エデルは売られたのだ。


 ふたりを信用したらまた同じ轍を踏むかもしれない。そう思うと、自身の魔力について打ち明ける勇気が出なかった。

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