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88.《回想 7》ガルスルとルウの喧嘩

 ルウがやってきて数週間も経てば、子どもたちの中ではすっかりルウを頼ることが当たり前になっていた。ガルスルが怒鳴ろうが暴力をチラつかせようが、もう誰も彼の言うことなど聞かない。

 それどころか、ルウに入れ知恵されたようで、ガルスルが意見を言えば小賢しく言い返してくるようになったのだ。


 それでも、ガルスルにも彼の培ってきた知恵や信条がある。


 ガルスルとルウは頻繁に衝突するようになった。

 ルウのすべてが気に入らないガルスルだから、ルウが口を開けばなんでも否定していたが、一番気に入らないのはゾラたちの〝狩り〟を大きく変えようとしていることだ。


 ルウはゾラとユーフェイ、サリュア、ヘイティ、そしてエデルが毎日やっている〝狩り〟は危険だと言って、今すぐにでもやめて別の方法を考えるか、彼女らには小屋に残ってもらって生活を整えることに注力してもらったほうが良い、と言った。


 冗談ではない。

 実際のところ、カルヴァたちの窃盗より、ガルスルの狩猟より、ゾラたちが無心するのが一番効率が良いのだ。店主に追いかけ回されたり、ウィノのように殺される危険性がなく、うまくやればかなりの食料を譲ってもらえる。それを〝危険〟だからやめろ、と言われて納得できるわけがなかった。一番安全に欲しいものがもらえる手段なのだ。


「ゾラたちのなにが危険だって?」


 その日、明日の段取りを話し合っているときに、ルウがそう主張した。これまでも何度かゾラたちのやり方を変えろ、とは言われているが、ガルスルはのらりくらりと躱してきた。だが、今日という今日はどうにも腹の虫の居所が悪かったのだ。


 何度も言われて、いい加減鬱陶しかったこともある。つい言い返してしまった。

 ルウは金の眼をひたりとガルスルに向けたまま、彼とは打って変わって冷静に言った。


「なにもかもだ。ゾラたちは思っている以上に街の連中に知られている。今日だけでも六回は声をかけられた」

「当たり前だろ。そうやって馴染み(・・・)を増やしてくんだよ。こいつらが気に入ってもらえれば食料も必要なものも簡単に手に入る」

「それが危険だと言っているんだ。向こうが善意で声をかけているとでも思ってるのか?」

「さあ、知らねえな。善意だろうが悪意だろうが、ねだったもんをもらえりゃなんでも良いだろ」


 ルウは息をついて首を振る。


「近づいてくる人間に下心がないわけないだろう。それを今うまく行っているからといって無視するのはもっと危険だ。現に今までにも何人も誘拐されたと聞いたぞ。彼女らがどうなったのか、知ってるのか?」


 ガルスルも負けじと歯を剥いた。


「知るか! 気に入られて引き取れたんだから、そこの家の家族になって暮らしてるんだろうよ!」

「この街の人間の家族になったのなら、どこかで引き取った相手と一緒に過ごしているかつての仲間を見かけることもあったはずだ。決して大きくはない街だろう。誰か、これまでに抜けていった仲間を街で見かけたことがあるか?」


 これはガルスルだけでなく、全員への問いかけだ。みんなが一様に目を見交わし、それから思い思いに首を振った。


「さあ……。気にしたこともなかったな」


 言われてみれば、と眉を下げたのはライクだ。

 その隣のカルヴァは難しい顔をしている。彼はガルスルより年下とはいえもう十歳を越えていたから、一度はそのことについて考えたことがあるようだった。


 少女たちは目に見えて狼狽えている。自分たちがいつもやっていることのなにがそんなに危険なのかわからないからだ。わからないのに、ルウが言うなら相当深刻なことなのだろうという信頼がある。自分たちは間違ったことをしてきたのだろうか、という不安が広がった。


「当然だな。これまで誘拐されて行った者たちは誰かの家族になったわけじゃない。正しく〝誘拐〟されたんだ」

「……どういうことだよ」


 ガルスルが唸る。実のところ、彼には半分くらい正解がわかっていた。

 これまで街の人間に声をかけられて引き取られていったのは、ほとんどが少女だった。少年はほんの一握りだ。その誰もが今のゾラたちと同じ、かわいがってくれる人を見つけ、その人に無心するというやり方で食料を得ていた。

 例外は、ない。

 ルウは眉根を寄せる。そのなにもかもを見透しそうな金の目が、まっすぐにガルスルの心の内を覗いていた。――おまえにはわかっていたのだろう、と責められている気分だった。


「誘拐された子どもは誰かの家族にしてもらえるわけじゃない。奴隷にされるか、花街に売られて売春婦にされる。最悪は引き取った本人が誘拐した子どもを慰み者にして死なせる。――窃盗罪で捕まるか、包丁を持って追いかけられたほうがまだマシだと思えるだろうな」


 あたりがしんと静まり返った。

 ガルスルたち年長者には、なんとなくわかっていたことだ。だが、はっきりと言葉にされるとその衝撃は思いの外のしかかった。


 当事者である少女たちは、エデルを除き全員が七歳から九歳程度。想像もしていなかったに違いない。自分たちがいずれそうなるのだと明確に突きつけられ、誰もが息を呑み、顔を青ざめさせた。

 ルウの金の目がちらりとエデルを見やり、口を開く――開くはずだった。


「てめぇ!」


 ガルスルが突然ルウの襟首を掴んだ。

 悲鳴が上がる。少女たちだ。仲間内で喧嘩することはあっても、いつもそれを仲裁していたガルスルとルウの喧嘩ともなると、どちらをどう止めていのか誰にもわからないのだ。


「言わせておきゃ、べらべらと知ったふうな口聞きやがって。ありもしない妄想でゾラたちを不安がらせるんじゃねえよ!」

「妄想じゃない。事実だ。この一週間街で話を聞いてきた。たいていの人は彼女たちの行く末を知っていたぞ。誰に引き取られたのか、その後どうなったのか。――ゾラ、ユーフェイ、サリュア、ヘイティ。いつも小言は言うがものはくれない年かさの女性たちがいるな? 彼女らは意地悪で〝こんなことはやめろ〟と言ってるわけじゃない。おまえたちの行く末を案じて忠告してくれてるんだ。今日も、」


 胸ぐらを掴まれながらもルウが少女たちに目を向けると、四人の少女たちは目に見えて狼狽える。それをガルスルが遮った。


「やめろ! 余計なこと言って、こいつらが明日から〝狩り〟に行きたくないとか言い出したらどうしてくれんだ!」


 ルウは鼻で笑った。


「結局はそういうことだろう。ゾラたちがやっていることが他人からどう見られているか、どういう危険性があるのか、おまえも知ってほしくなかった。なぜか? おまえも知っていたからだろう、ガルスル。いずれは彼女らが〝引き取り〟という名の夢のある言葉で地獄を見ながら死んでいくことを。それでも無心するのが一番実入りが良いから都合よく騙されていてほしかっ――」

「ルウ!!」


 ついにガルスルが手を出した。ガルスルの骨ばった拳がルウの頬を打ち、細い体が横殴りに吹っ飛ぶ。

 少女たちが悲鳴を上げ、あたりは騒然となった。カルヴァとオッカはガルスルに飛びつき止めようとするが、ガルスルは一番年の近いカルヴァより一回りは大きい。カルヴァとオッカはあっという間に跳ね飛ばされ、ガルスルは倒れ込んだルウに飛びつき、取っ組み合いの喧嘩になった。


「やめて!!」


 エデルも止めようと飛び込んだ。

 しかし大きな少年同士の喧嘩だ。どちらもエデルの倍以上は大きい。一番小さいエデルなど簡単に弾き飛ばされるか、最悪巻き込まれて大怪我を負うかもしれない。だがエデルは自身が被る不利益など考えもしなかった。

 ガルスルは激昂していたが、しかし一番幼いエデルを巻き込まないだけの理性はまだあった。必死に身体をねじ込みんでルウをかばおうとする小さな身体を突き飛ばし、近寄るなと吠えたのである。


「エディに手を出すな!」


 ルウが鋭く叫ぶ。彼がこんなに大声を出したのは初めて見た。


「出しちゃいねえよ! あんなガキ! 巻き込んでおっ死んじまったら寝覚めが悪いだけだ!!」


 言いながら、ガルスルはまた一発ルウに拳を叩き込む。

 エデルは飛び上がってまたふたりの間に割って入ろうとした。


「やめてよ! ルウはわるくないよ!!」


 だが、向こう見ずなエデルをユーフェイが力いっぱい抱き込んで止める。


「だめ! あんたみたいな小さいのが止めようとしたって止まらないよ!」

「ちょっと誰か……カルヴァ、オッカ! 止めてよ! ライクもぼーっと見てないでさ!」


 ゾラが叫ぶ。ゾラとユーフェイより年下のヘイティとサリュアは既に泣いているばかりで、なにもできそうになかった。


「止めろったってガルスルを!? どうやって!?」


 カルヴァがほとほと困ったように眉を下げる。彼は最初にふっとばされた衝撃で顔面を強かぶつけたようで、鼻血を垂らしていた。

 ガルスルは周りも見えていない様子でルウに馬乗りになり、顔めがけてボコボコに殴っている。


「おまえは! 前々から! ムカつくんだよ!! 知った顔で当然のように人に指示出しやがって!! 俺がどれだけこいつらを引っ張ってきたかも知らないで!!」

「でもルウはガルスルとちがってみんなにどなったりぶったりしないもん!! わたしのこともおいてったりしないもん!! ルウのほうがただしいよ!! ガルスルより好きになるにきまってるもん!」


 ユーフェイに押さえられながら、エデルも負けじと言い返した。

 ルウが悪く言われるのは我慢ならなかった。


 ルウはやさしい。ぶっきらぼうだし愛想もないが、それでも、頭ごなしに怒鳴ったりしなかった。間違ったことをしたのなら、落ち着いた口調でなにがいけなかったのか、どうすれば良かったのか、エデルにもわかるように教えてくれる。


 彼はいつでもエデルを見逃さなかった。ついて来られないからといって置いていったりしなかった。エデルだけではない。他の子どもにも同じように彼は目を配った。口では憎まれ口を叩きながら、誰ひとり取りこぼしのないよう、仲間の誰かひとりでもつらい思いをすることがないよう、端々まで気を配っていたのはルウだけだった。

 エデルはガルスルよりルウの隣にいるほうが、ずっと安心できる。だから、ルウのことを悪く言われたくなかった。


 しかしエデルには当然わからなかったが、ガルスルも必死に今の立場を貫いていたのである。それを突然やってきた新参者のルウに居場所を奪われかけて平静ではいられなかった。

 ましてや、ガルスルよりルウのほうが良いなどと、真正直に仲間に口にされてしまったら。


「うるせえ! 文句があるなら出ていけ、クソガ――」

「――人の上に乗るな」


 今度はガルスルの身体が吹っ飛ぶ。誰にも、どうやってルウが彼を吹き飛ばしたのかわからなかった。


 ガルスルの大きな体が壁を突き破って外にまで飛んでいく。もとからボロボロだった小屋とはいえ、細身のルウにそこまで力があるようには思えなかった。

 思いの外ガルスルが吹っ飛んでいったので、騒いでいたゾラたちも呆気にとられる。


 ルウは何事もなかったかのように起き上がり、服についた汚れを払った。そのままガルスルが吹っ飛んでいった穴をくぐり、倒れ込んだ彼の襟ぐりを掴んで引き寄せる。


「今日声をかけられたうちのひとりはエディだ。エディの祖父母くらいの年齢の男がずいぶんと執心していた。明らかに中になにかを混ぜたような菓子まで渡そうとしてな。エディは五歳だろう。そんな子どもでも狙われるようなやり方で仲間を危険にさらし、これまで何人も誘拐させてきたのか? ずいぶんご立派な(・・・・)リーダーだな」

「くそっ!!」


 あとはもう、ルウの独壇場だった。

 ガルスルは必死に一発食らわせてやろうと暴れまわったが、ルウはそのどれも容易く往なしてしまう。かと思えばおちょくるように殴られる。一発ずつは大した威力もないように思えたが、それを三回も食らえば視界はチカチカと明滅して、ついには天地がわからなくなってひっくり返ったのだった。

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[良い点] 今回の件はルゥの方が正しいですね。ガルスルはどうなったのか気になります……
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