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87.《回想 6》ガルスルの立場

 ルウを小屋に連れて帰る途中、森の中にある川であらかた汚れを落とさせた。いくら吹きさらしの小屋とはいえ、こんなに泥まみれの人間を上げて汚されるわけにはいかない。

 ルウは川に入ることを嫌がった。今は冬も間近なのだから当然である。しかし汚れを落とさない限りは小屋に入れないとガルスルが言ったから、エデルはここでルウに去られてはたまらないと、まず自分が川に入ったのだった。


「なにしてんだ、おまえ」

「ルウのよごれ落とすの」

「おまえが入る必要ねえだろ。凍えるぞ」


 上がれ、とガルスルは言ったが、エデルはルウの汚れを落とすのを手伝う気でいたのだ。困ってルウを見やると、彼はざぶざぶと入ってきてエデルをひょいと抱き上げる。そうしてガルスルの横に戻されてしまった。


「この浅瀬でもおまえみたいなちびが不用意に入ると死ぬぞ。軽率に入るな」


 ルウの言葉が難しいので、なにを言っているかはわからなかったが、エデルでは役に立たないのはわかった。しゅんと肩を落とすと、ルウはざぶんと頭から水をかぶる。


「洗えとは言ったが……。思い切りが良いな。寒くないのか」

「魔力操作すれば耐えられないほどじゃない」

「おまえ、魔力操作ができるのか」

「……少しだけ」


 ルウは金の目を逸らし、あとは汚れを落とすことに集中した。

 そうしてこざっぱりとすると、ガルスルは感心して言ったものだった。


「ずいぶんと派手な顔だな。それで愛想よくおねだりすりゃあ、ユーフェイたちよりよっぽど良いもんもらえそうだぜ」

「うるさい」


 ルウは見目の整った少年だった。幼いエデルにも目を惹かれるものがある。

 ガルスルは〝派手〟と称したが、実に華やかな顔立ちをしている。大きな目に、彫りの深い顔立ち、弓形になった凛々しい眉。そしてなにより、一番目を引くのが金色の双眸だった。

 顔だけを見れば、女の子だと言われても納得してしまいそうである。だが不機嫌そうに眉をひそめていると、はっきりとした顔立ちも相まってより一層強い拒絶を抱いているように見える。近寄りがたい雰囲気のある少年だった。



 *



 

 そのルウが身ぎれいになったところで、三人で小屋に戻る。

 小屋にはまだ今日の〝狩り〟に出発していない子供たちがいた。目ざとくルウを見つけ、ぴりりと緊張感を走らせたものの、ガルスルが一緒だとわかると目に見えて警戒を解いて集まってきた。


「だあれ?」

「新しい子?」


 ゾラとユーフェイ、ヘイティ、サリュアと、女の子たちがまず近寄ってくる。それから、遠巻きに見ているのがライクとオッカだった。カルヴァは既に出かけたらしい。

 女の子たちは明らかにルウの見た目に惹かれている。こんなに顔立ちの良い子がやってきたのは初めてだったから当然かもしれないが、男の子たちもそれを敏感に感じ取って、どこか釈然としない表情をしていた。


 その日、ルウは早速エデルたちと一緒に〝狩り〟に行くよう指示された。だが少女たちは口々に止める。


「ボロボロなのに今日からすぐに働けなんてかわいそうだよ」

「そうだよ。少しくらい休ませてあげようよ」


 エデルもうなずいて少女たちに同調する。

 身ぎれいにしたとはいえ、ルウは明らかに疲弊していた。その上、エデルはルウが少し前まで本当に死にかけていた姿をも知っているのである。平気な顔をしてここまで歩いてきたからと言って、今からすぐに他の子と同じように〝狩り〟をさせるのは酷だ。


 少女たちに口々に責められ、ガルスルはたじたじになった。ルウも隅に座り込んだままぐったりと壁に寄りかかったまま動けなくなったので、その日はエデルが一日そばに付き添って面倒を見るように言いつけられた。エデルが拾ったのだから、エデルが面倒を見ろ、ということらしい。


 エデルは張り切ってなにくれとなく世話を焼こうとしたが、ルウは一日寝込んでいた。

 その横で、なにかできることはないかとエデルはうろちょろとしたが、ルウは鬱陶しがって遠ざける。

 だが、ルウは怒鳴ったり殴ったりしなかった。エデルがなにかをしようとすると、それが〝ただ黙って静かに過ごしていてほしい〟というようなことであっても、明確に言葉にしてくれたのである。


 それだけで、エデルはルウと一緒に過ごすことに自信を持ち始めていた。

 なにせこれまで、相手の顔色を窺って行動しなければすぐに殴られるか、そうでなくても違うと怒鳴られていたのである。ガルスルたちにも頭ごなしに怒鳴られることはしばしばあった。なのに、結局誰も、どうすればエデルが彼らの望む通りになれるのか、エデルのわかるように説明してくれる人はいなかった。


 ルウはエデルを鬱陶しがっても、その説明を怠らなかった。

 眠りたいから静かにしていてくれ、おまえをひとりで外に出すのは心配になるからやらなくて良い、危ないから火を使うな――などなど。

 言葉の意味がわからなくてエデルが尋ねれば、呆れたようにはしながらも決して怒りはしなかった。そのことだけで、エデルにとって彼がどれほど安心できる存在だったかわからない。 




 *




 そうして二日ほどを過ごしたが、ルウが動けるようになってくると、ガルスルを始めとした少年たちと、ルウの味方をする少女たちの間に溝ができ始めた。


 ルウがガルスルに反抗的だったのである。

 彼は恐ろしく弁が立つ。頭の回転が早く物知りで、なにかとガルスルのやり方を批判したり笑ったりした。ガルスルは働きもしないやつに口出しされる筋合いはないと鼻で笑ったが、ルウが動けるようになるとその余裕も消え失せた。


 ルウはガルスル以上に子どもたちに貢献したのである。

 カルヴァたちとともに街中の売り物を盗みに行けば、知恵を絞ってより効率的により安全に、全員が協力しあって成果を上げる方法を考え出す。ゾラたちと愛嬌を振りまいて無心しに行けば、直接関わりはしなかったものの、どんな人ならうまくいきそうで、どんな大人に注意すべきかをよく観察して教えてくれる。

 どちらでも、ルウが一緒に行けばいつもよりずっと成果が良かった。


 そうすると、子どもたちも次第にルウを支持し始める。

 それに業を煮やしたガルスルは、自身のもっとも得意な獣を狩る仕事につれて行った。しかしこれこそが、ルウにとってもっとも得意分野だったのである。


 食料や必要なものを集めてくる以外でも、ルウは大いに役に立った。

 喧嘩が始まれば仲裁し、どちらの言い分が正しいのかしっかりと聞き取って、なにがいけないのか、どうすればいいのか具体的な解決策を示してくれる。ガルスルのように頭ごなしに怒鳴ったり、問答無用で殴って黙らせたりしないから、最初こそ面白くなさそうだった年少の少年たも、ガルスルよりルウに従うほうが良いと感じ始めていた。


 ルウ本人は終始面倒くさそうにしていたし、必要以上に子どもたちと仲良くなろうという気もないようだったが、慕われて頼りにされれば律儀にそれに応える。奇しくもガルスルが最初に「真面目なやつ」と評したことは正しく、彼は頼ってくる子どもたちを見捨てなかったのだ。


 結果、ルウが仲間に加わったことで一番割りを食ったのはガルスルになった。

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