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84.《回想 3》魔導具のストーブ

 エデルが仲間に加わって一ヶ月も経たないうちに、一番エデルの面倒を見てくれた少女、メリヤもいなくなった。最初に炊事の仕事を与えてくれた少女だ。


 こちらは死んだかどうかはわからない。誘拐されたのだ。これが、死亡の次に多い仲間の脱退理由だった。

 誘拐は殺されるのと違い、これに憧れる少年少女がそれなりにいる。

 街で愛嬌を振りまいて食べ物や必要なものを無心することで仲間に貢献する少女が、この手の誘拐に遭うことが多いからだ。彼女たちはそうして愛嬌を振りまくうちに街の人に気に入られ、まっとうな家の養子に受け入れられる、と考えられている。実際にそういう話を持ちかけられて、仲間にそのことを話して引き取られていった子もいるからだ。

 家族が得られれば、もう飢えに苦しみ、寒さに凍え、今日を生き抜くために必死になる必要もない。誰もが憧れる進路だったが、その後、引き取られた元仲間を目にした子どもは誰ひとりとして存在しない。


 メリヤも、ある日ぱたりと帰ってこなくなって、もう見かけることすらなくなった。

 子どもたちは、いなくなった仲間のことを話さない。それが暗黙のルールだ。だから、ウィノのこともメリヤのことも翌日には忘れられ、彼らはいつもどおり、今日を生きるための仕事に出た。


 エデルはこの浮浪児集団の中で、まず初めにカルヴァたちと同じ、街の店で食べ物を盗む仕事を与えられた。だが初日にはウィノの件もあって、その翌日にはメリヤたち少女のグループに入れられたのだった。

 エデルは少年少女たちの中で飛び抜けて幼く、愛想も良かったから、これが街の大人たちの憐憫を大いに誘った。少女たちに倣ってニコニコと笑い、彼女たちに教えられた口上を口にすれば、たいていはうまいことなにかしらを恵んでもらえたのだ。


 だが、エデルはこの集団においてもすぐに嫌われた。

 彼らが食べ物よりも貴重なものとして大切に扱う魔鉱石(まこうせき)を壊したからだ。

 最初に壊したとき、それはもうひどい目に遭った。なにせ、その魔鉱石は子どもたちの中で唯一の、大事な魔鉱石だったからである。

 物心のついた子どもにもできる〝魔鉱石に魔力を溜める〟作業を任され、ものの見事に粉々にしたとき、エデルは母親の鬼のような形相を思い出していた。すぐに隠したが、たったひとつの魔鉱石である。当然、即座にエデルが壊したことは知れ渡ることとなった。


 少年少女たちの反応は母親と同じだった。劣化のごとく怒り狂い、エデルを殴って蹴り飛ばし、街の外へ捨てた。けれどもエデルには行く宛がない。だから結局、彼らのもとへ戻るしかなかった。

 誰もがエデルを追い出せと怒ったが、最年長であり集団のボスでもあったガルスルは容認した。

 彼はわかっていたのだろう。エデルを追い出したところでエデルに行く宛はなく、嫌われてもここへ戻ってくるか、野垂れ死ぬしかないのだと。もしくは、彼が任せた〝魔鉱石に魔力を溜める〟仕事で失敗したことが原因だったから、負い目があったか。

 いずれにせよ、エデルは除け者にされながらも彼らの中にいることを許された。だが、風当たりは強かった。


 街で無心して恵んでもらう仕事はそれなりにできたから、食べ物はかろうじて分けてもらえる。けれども、寄り添って眠ることは誰もが嫌がった。

 そうすると、ひもじくて寒くて眠れない。このまま眠ったらきっと凍え死んでしまうのだろうと思いながら夜を明かす日が増えた。


 季節は冬へと向かっていた。今のままでは、おそらくこの冬は越せない。

 幼いエデルにはわかっていなかったが、きっとガルスルや他の少年少女たちは理解していた。彼らはゆっくりとその日を待っていたのだ。

 ある日、仲間のうちのひとりが廃棄物のストーブを運んできた。街の外にある廃材のゴミの山から拾ってきたのだという。エデルが最初に母親に捨て置かれた、あの山のことだ。


「どうやったらつくんだ?」


 良いものを拾った、と興奮気味に帰ってきた少年――オッカに、ガルスルが尋ねた。

 オッカは首をひねる。


「さあ。魔導具なんだから魔力でつくんだろ。魔鉱石は……エデルが壊したからないか」


 オッカが榛色の目をじっとエデルへ向ける。また殴られるかもしれない、とエデルは己の頭をぎゅっと両腕で隠した。


「もう、オッカ! 待ってって言ったじゃんか」


 ようやく追いついた、とライクが息を切らしながら小屋に戻ってくる。彼らは今日、一緒に廃材のゴミ山へ行っていたらしい。


「おかえり、ライク。オッカがゴミを拾ってきたぞ。なんで止めてやんなかったんだよ」


 呆れ混じりにガルスルが言うと、オッカは慌てて「使えるよ!」と反駁した。


「たぶん……」

「たぶんもなにも、魔鉱石がなきゃつかないんだろ。使いもんになんねえじゃねえか」


 ガルスルが肩をすくめると、今度はオッカの代わりにライクが手にしたものを差し出した。


「だからその魔鉱石の入れ物を拾ってきたんだって! それがなきゃどうせ使えないって言ったのに、オッカったらストーブだけ持って帰っちゃうんだから……」

「魔鉱石があったのか!?」


 ガルスルが目を剥く。他の子どもたちも同様だった。エデルもはっと顔を上げてライクを見つめる。

 魔鉱石が手に入ったのなら、もしかしたらエデルへの風当たりの強さも軟化するかもしれない。少しの希望が見えたのである。

 ライクは困り顔で眉を下げてみせた。そうするともともとの気の弱そうな顔と相俟って、どうにも頼りなく見える。


「魔鉱石かどうかはわからないんだ。だけど、たぶんそのストーブに使われてた魔力タンクだから、これも魔力を溜められるもののはずなんだよ」


 言って、一抱えもある透き通った石のようなものを差し出した。


「なんだこりゃ」


 オッカが軽率に手を伸ばす。それをガルスルがはたき落とした。オッカはなんでも乱雑に扱う。大切なものだった場合、壊されては堪らなかった。


「僕にもわかんないけど……。魔鉱石の一種とかじゃないのかな?」


 ライクにもよくわからない代物らしい。ガルスルが首をかしげた。


「魔鉱石に種類なんてあんのか?」

「わ、わかんないけど……」

「わかんないのに拾ってきたのかよ」

「だってオッカが持ってっちゃったストーブのここ! ここに絶対嵌まるものでしょ、これ? だったらこれが魔力タンクのはずなんだよ」


 ライクは自分が持ち帰ったその円柱状の石を、オッカが持ち帰ったストーブの不自然にへこんだ場所にはめ込んだ。


 ライクの持っている石は、円柱の上下になにかの機材が取り付けられている。その機材は確かにストーブと同一の素材のものだし、色もほとんど同じだ。廃材置き場にあったから、劣化してところどころ汚れ、色味は多少変わってしまったように思えるが、もとは同一のものだったとわかる見た目をしていた。

 そしてなにより、その円柱状の石はストーブのへこみにぴったりと沿うようにはまり込んだのである。


「ね? ほら! 絶対にこのストーブの付属品でしょ? それにこの透き通った感じ。魔鉱石なんじゃないかな、これ」


 ライクは興奮したように言うが、ガルスルはいまだに懐疑的だ。


「だけどこんな色の魔鉱石は見たことねえぞ。緑っぽく透けてないか」

「ずっと廃材置き場にあったからコケでも生えてんじゃねえの?」


 オッカが茶化すように笑って、試しにその石に触れてみた。


「……魔力を溜められてると思うけど、なんかあんまり溜まった感じないな。どうなの?」

「嵌めてつけてみるか」


 ガルスルの一言でストーブのスイッチがつけられる。だが、うんともすんとも言わなかった。


「ストーブには結構な魔力が必要だし、オッカの魔力だけじゃ足りないんじゃない?」


 ライクも知恵を出し、今度はガルスルも魔力を溜めてみる。ライクも同じようにしたが、魔鉱石同様、魔力を溜めた実感はあるものの、石のほうにはどうにも溜まったようには見えなかった。


「魔鉱石だとしたら、ずいぶん大きなものじゃない。もっとたくさん魔力が必要なんじゃない?」


 食事の支度をしていたゾラとユーフェイも加わったが、まだまだ魔力が溜められそうな気配がある。

 こうなると、もう子どもたちの手には負えなかった。

 今だってみんながそれぞれ一日使う分の魔力を溜めたのである。それで足りないのなら、これ以上は身を削ることになる。魔力を溜めるだけで命に関わるような真似はできない。


「だめだ。燃費悪すぎて使えねー」

「残念だったね。ストーブがあればこの冬はだいぶ楽に越せるかと思ったんだけど……」


 オッカがひっくり返り、ライクは眉を下げて苦笑いする。その言葉は全員に向けたものだったが、彼の淡い緑色の目は、部屋の隅でひっそりと息をひそめるエデルへと向かっていた。

 ライクは唯一、エデルが魔鉱石を壊したときも、殴ったり怒鳴ったりしなかった。元来おとなしく心優しい少年なのだ。だから、エデルにはこの冬を越すことができないとわかっていて、なにもせずにはいられなかったのだろう。


 しかし、表立ってエデルを輪の中に入れてあげようとみんなに提案する度胸もない。きっとそのときが来たのなら、それは仕方がなかったと割り切るだけの非情さも持ち合わせている。

 ここに集まる子どもたちはみんな、生きるためにできる限りの情を捨て去った者たちばかりなのだ。

 幼いエデルに理屈で理解できているわけもなかったが、自分が死のうと彼らは誰も悲しまない。そのことは本能的にわかっていたのだった。

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