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80.飛空車での上昇

 アラメナの紛争地帯に入り、本当に日差しが差し込んでくると、エデルはつい上を見上げて声を上げてしまった。


「明るい……!」

「だから太陽光が届く場所だと言っただろうが」

「ここまでずっと下ってきたんだもん。日差しが届くって言われても実感がなかったんだよ」


 黒層(こくそう)最深部まで、長い旅だった。まっすぐ下るだけなら何日もかからないのだが、エデルは少しずつ下りながら、怪我を癒やし、街に立ち寄り、人と出会い、さまざまなことを経験してきた。

 時間に直せば数ヶ月。その間の膨大な経験が、この最深部までの深さを現しているような気がしていたのだ。

 エデルが放り込まれた馬車には幌がかかっていて、外を眺め見ることができない。それでも、明らかに幌の中が明るく感じられた。


緑層(りょくそう)だって薄暗い日も多いのにな」

青層(せいそう)の島に日差しが遮られるから、か? あれこそ人間の歴史的な争いの構図がよくわかる」

「どういうこと?」


 エデルが質問を重ねると、シーファは露骨に嫌そうな顔をする。彼にとっては幼児でも知っている常識を成人間近のエデルになんでもかんでも質問されるのを嫌っているようだが、エデルにとってみれば、常識などでは有り得ない話なのだ。質問もしたくなる。


 裕福な家に生まれ、当たり前に教育を受けられた身分なら、きっと幼い頃に教えられることなのだろう。けれどもエデルは幼少期の生活に恵まれなかった。自分に学が足りないことはわかっている。それをバカにされることもたくさんあった。だからこそ、知らない知識にぶつかった今、それを知っている人に尋ねているのだ。


 エデルはむっと顔をしかめた。


「いちいち非常識だなって顔しないでよ。シーファの常識とわたしの常識は違うんだよ。シーファはギレニアオオムカデの食べ方知ってるの?」

「はぁ? ムカデを食う? 何を言ってるんだ」

「バガスの大穴の上のほうでは特産物だよ。みんな食べてるし、観光に来る人もそれを目当てで食べに来る。ギレニアオオムカデを知らない人は〝あんなにおいしいものを知らないなんて可哀想〟って思われるし、ムカデの形が苦手だから食べられないって人には強要はしないけど、見た目で嫌って損してるなって子どもを見るような目で見られるよ。場所が違えば常識も違うんだから、相手の常識が違うことをいちいち非難しないでよ」

「……うるさい女だな」


 シーファはそう言って小さく舌打ちをしたものの、ひとつ息をつくと口を開いた。


「世界には五つの階層があるだろう。上から、白々層(はくはくそう)白層(はくそう)、青層、緑層、そして今いる黒層。今でこそ各層に人がいて国があり、各層をつなぐ交通網も発達しているが、大昔には移動手段も今ほどは多くなかった。特に上層に上り詰めるには個人の魔力量が物を言ったんだ。当時、上層に上るには空を駆ける獣魔(じゅうま)を従えるか、己の力で飛ぶしかなかったからな。どちらも魔力が要る。――わかるか?」

「うん」

「だから必然的に、生まれつき魔力量の多い人間が上層に上り詰め、魔力量の少ない人間は下層に残った。これで、上層から下層まで魔力量の偏りが生まれた。個人が持ち得る魔力量は遺伝しやすいと言われているから、子孫にも魔力量の大小は反映する。魔力量の多い人間が上層に集まると、今度は力に物を言わせて別の人間を従属させたがった。そうすると、上層の人間が下層の人間を従える構図が生まれる。もちろん、これに反発する下層の人間もいたし、それの繰り返しで今現在は出身層での魔力量の偏りは以前より均されてはいるが、上層ほど裕福で特権意識の高い人間が多く、下層ほど貧困にあえぐ人間が多くなる構図が完全に払拭されたわけじゃない。日照権も同じだ。下に行くほど恩恵を受けられなくなる。上の層に邪魔をされる。かつてあった人間の階級構造が、日照権ひとつを見るだけで未だにしっかりと反映されているのがよくわかる、ということだ」


 学府に入学したてのローティーンが教わることだ、とシーファは締めくくった。

 世界の構造の話など、エデルには考えたこともないことだった。

 だが、ヒントはそこかしこにあったように思う。


 たとえば、黒層流の挨拶。

 あれを最初に見たときは驚いたが、ナイジャーがなんと説明していたか思い出すと、今シーファが話してくれたことと一致する。


 ――昔の黒層の人間ってほんと魔力がほとんどなかったからさ。


 ナイジャーの言葉が蘇る。

 特に、子どもは活動するだけで一日の魔力量が保たず、途中で倒れることがあったから、親が子の額にキスをすることで魔力を補ってやっていた仕草が、そのまま挨拶の文化になった。

 黒層の人間の魔力量が少ないのは、世界がそういう構造になってしまっていたからなのだ。

 なるほど、と納得すると同時に、シーファはおそらく、かなりの良家の出身なのだろうなと想像がついた。学校に通う子どもなら誰もが知っている、と当たり前に話す彼は、誰しもが受けられない高等教育を当然受け取れる環境にいたのだろう。


 そんな彼が、どうして今、こんなところで犯罪に加担しているのか。

 さまざまな事情があるのだろうから簡単には尋ねられないが、彼も現状に不満を持っていたことを思うと、恵まれた家に生まれてもうまく行かないことがたくさんあるのだろう、と思わせられた。


 それからも、ぽつぽつと話しているうちに馬車はやがて停車した。まだ日差しのさなかにいる。

 停まった馬車から降ろされると、そこは本当に日差しの差し込む、緑層と変わらない光景が広がっていた。


 地面には小さな植物がところどころに生えている。しかし、建物の類は見当たらない。それどころか、もともとはそれらがあったのに、破壊されて荒れ地になったような印象があった。

 これが、紛争地帯、と言われた所以なのだろう。


 馬車が停車した場所にだけ、場違いなほどに大きな建物がある。しかしこれも、急ごしらえでレンガを積み上げたような小屋だった。

 エデルとシーファはふたたび上半身だけを拘束され、ロッズたちに連れられて、今度は飛空車に乗り込んだ。


「シーファも連れてくのかよ。金がかかってしょうがねえや。捨ててったほうが良いんじゃねえの?」


 ロッズの仲間のうちのひとりがそんなことを言う。仲間も賛同し、下卑た笑い声を上げた。


「違いねえ。契約違反者をわざわざ連れてくこたねえだろ」

「ならエデルも置いていけ。エデルはおれが捕まえたんだ。そいつはおれが連れて行く権利があるだろう」

「はぁ? なに寝ぼけたこと言ってんだ。こういうのは捕まえたもん勝ちだろ。掠め取ろうがなにしようが最終的に依頼主に差し出したヤツが報酬金をもらう権利があるんだよ!」

「貴様……!」


 激昂したシーファと彼をおちょくる仲間との間に、ロッズが割って入った。


「シーファも連れて行く。こいつがエデル・マーシュロウの居場所を漏らしたら面倒なことになるのは俺たちだ。エデル・マーシュロウを依頼主に差し出すまではシーファも監視しておく必要がある」

「ロッズ! 貴様、報酬金の分け前はきちんと支払ってもらうからな!」

「わかったわかった。……ほら、乗れ。あとが支えてるんだ」


 投げやりなロッズに怒り狂ったシーファが悔し紛れに飛空車の籠を蹴飛ばした。

 籠を運んでくれるアブトが驚いてばたばたと飛び回り、飛空車の管理人が怒って飛空車を貸さないだのなんだのと言い出す前に、逃げるように慌てて出発したのだった。




 *




 飛空車は下降の際に何度か使ったが、上昇で乗るのは初めてだった。今度は幌と違って外の景色がよく見えるが、飛んでいるから逃げることは叶わない。

 それにしても、上昇はゆっくりだった。下降でも最深部へはそれなりに時間がかかったのに、これでは一日では上り切れそうにない。


「当然だ。アブトも消耗する。途中で何度も乗り換えるかアブトを入れ替えることになるぞ。その時間もかかるから、まっすぐ上っても数日はかかる」


 シーファはそう言ったきり、あとは不機嫌そうに外を眺めるだけだ。


 これが実に退屈で苦痛な長い旅路になった。

 アブトはときどき揺られる程度で、バガスの街の悪路を進んでいた馬車よりはだいぶマシだった。だが、景色があまりにも代わり映えがない上、ノロノロと進みは遅い。狭い籠の中で自由も利かず、早々に身体が痛くなってきたのだ。


 飛空車の乗り換えでのやり取りで、シーファは完全にへそを曲げてしまっていて、話しかけても取り付く島もない。

 喋る相手もいないと、余計に時間の進みがゆっくりになったように感じられた。


 ――ルーシャスたちはどうしているだろう。


 他に意識が向かないと、ずっと彼らのことばかりを考えてしまう。

 ルーシャスたちを信じているが、彼らにはバガスでの依頼遂行の任務もある。エデルが今どこにいるか、探してくれているだろうか。気づいてくれているだろうか。そしてロッズによって引き離されてしまったウィットランドーグの幼獣。あの子と、きっと他にも囚われていたであえろう獣魔たちは、一体どうなっただろう。

 その違法売買に携わっていたはずのシーファに尋ねても、彼は「知らない」の一点張りだった。エデルに情報を渡すまいとして言っているのではなく、本当に知らないように思えた。そして興味もないのだろう。

 あの子達がどういう目に遭うかは知っているくせに。


 エデルは腐った気持ちでまた質問を重ねていた。


「倉庫に緑魔鉱石(りょくまこうせき)があったでしょう。あれってなにに使ってたの?」

「おまえはちょっとは黙ってられないのか」


 シーファが不機嫌を振りまいても懲りずに話しかけてくるものだから、いい加減鬱陶しくなったのだろう。露骨に嫌な顔をされたが、エデルももうシーファの不機嫌くらいではめげなくなっていた。どうせ嫌そうにされようが、怒鳴られようが、ふたりは地上に上るまでの数日間、この狭い空間で一緒なのである。


 エデルはぎゅっと眉をひそめた。


「退屈なんだもん。それに知りたいことがいっぱいあるの」

「知ってどうする」

「あの緑魔鉱石、知ってるものかもしれないから」

「はぁ?」


 シーファは首をかしげ、それから胸の底から深いため息をついた。


「倉庫の緑魔鉱石は獣魔の餌だった。あの場に結構な数がいただろう。食わせるには魔鉱石より緑魔鉱石のほうが大量に仕入れずに済む。痩せ衰えた獣魔には値がつかんからな。コストはかかるが食わせないわけにはいかんだろう」

「獣魔を捕まえるときにも使ってた?」

「それは知らん。獣魔を捕らえるのは別の業者だった。だが、やはり捕まえたところで倉庫で保管するまでは餌が必要だから、同じところから仕入れた緑魔鉱石を使っていただろうな。あの手の違法業者が使う備品の仕入れ先は少ない。ほとんど同じ業者から仕入れている。……それがどうした」

「…………」

「おい」


 エデルはひっそりと絶望していた。

 やっぱり、エデルの魔力を溜めた緑魔鉱石は獣魔を捕らえるために使われ、輸送時の餌に使われ、なにからなにまで違法業者の助けとなってしまっていたのだ。

 どうしてもっと早くルーシャスに打ち明けておかなかったのか。後悔ばかりが募っている。


 押し黙ってしまったエデルに、シーファはもう一度声をかけた。だが彼女は難しい顔をしてうつむいたまま、もううんともすんともいわない。なにか思うところがあったらしい。気にはなったが、売り物の女のことなどどうでも良かった。


 ――それよりこの女、魔力のかけらも感知できんな。


 緑魔鉱石と言われて思い出したが、シーファの魔力探知能力をもってしても、エデルの魔力は感知すらできなかった。この近距離でも、だ。

 魔力の少ない人間はいる。しかし、シーファの魔力探知なら、どんなに微力な魔力しか保持できない貧弱な人間だったとしても、魔力の有無がわからないはずがない。そうでなければ、敵が近づいているかどうかもわからない。それでは魔道士など名乗れないのだ。

 だからシーファは――ほとんどすべての魔道士の資格を得るものは、魔力探知能力を一番に鍛える。だが、そのシーファですらエデルの魔力を感じられない。


 ――どういうことだ?


 本当に魔力が皆無である人間など、この世には存在しない。しないはずなのだ。

 だが、自分の常識が当然だと思うな、と言ったエデルの言葉が蘇る。

 魔力がまったくない人間が、本当にいるのだろうか。……それとも?


 シーファはじっくりとエデルを見つめたのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] シーファとエデル。もしかすると関係性に変化が訪れようとしますね。ハラハラしますし、楽しみです! [一言] 完結目指して頑張ってください!
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