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79.ルーシャスとナイジャーの作戦会議

 ルーシャスが調査に出向いたナイジャーと落ち合ったのは、明け方に近い時間だった。

 黒層(こくそう)は本当に時間感覚が狂う。急いでいるときは特にそうだ。時間など気にしていられなかったから、ルーシャスは通りの向こうからのんびりと戻って来るナイジャーを見て、ようやく明け方に近い時間であることを把握したのだった。


「あれ、ルース? おまえどうした? エディは?」


 ナイジャーが戻ってきたということは、裏市場の競りは終わった時間帯なのだろう。あたりを見回せば、まだ長引いているらしいところではぼちぼちやっているが、確かに閑散としてきている。これから次の朝市の競りの準備が始まって、そうしたらまた、バガスの闇市に昼の顔が戻ってくる。

 ということは、ルーシャスがエデルを探し始めてからかなりの時間が経っているようだった。


 ナイジャーはルーシャスを見つけると驚いたように駆け寄りながら、既に異変に気づいたように太い眉をひそめた。


「まさかエディが寝たからちょっと散歩ってわけじゃないだろ? 何があった?」

「エディが誘拐された」

「はぁ!?」

「声がでかい!」


 そういえば往来だった、とナイジャーは慌てて口元を押さえる。周囲を行き交う人々が一瞬こちらに目をくれたものの、しかしただ大声を上げただけとわかれば、彼らはすぐに興味をなくして去っていく。

 この街では怒鳴り合いも喧嘩も日常茶飯事だ。大声を出した程度では誰も気に留めないのである。

 それでもなるべく目立つことは控えたかったが、ナイジャーはついつい荒くなる語気を止められない。

 なんと言っても、ルーシャスがそばにいたはずなのである。誰よりもエデルの身を案じていたルーシャスが、実力も思慮深さも兼ね備えた彼がそばにいたはずなのだ。にわかには信じられなかった。


「おまえがそばで見てたろ。何してんだ!」


 ルーシャスは頭を抱える。言い訳のしようもなかった。


「俺の失態だ。目の前で攫われた。視覚外からの移動魔法で連れて行かれたんだ」

「視覚外の移動魔法!? 誰が、どうやって」

「シーファだ。あの倉庫でお前が施したエデルの幻影魔法を一度で見破った魔道士だった。あの結界を張ったのもやつだ」

「視覚外の移動魔法をそうポンポン使われたら堪んねえぜ……。あれの消費魔力量どんだけだと思ってんだよ」


 そもそも、移動魔法だけでも相当な魔力消費をするものなのだ。

 たいていの人間には魔力が備わっている。魔法や魔導具の発達も目覚ましい時代だが、その現代に至っても馬車や飛空車(ひくうしゃ)などが移動手段として主流で、さらに改良され続けているのには、きちんと理由があるのだ。

 確かに移動魔法は便利だ。だが、消費魔力量が大きすぎる。魔法の使用を主とする魔道士でさえ、移動魔法は連発しない。あっという間に魔力切れを起こすからだ。

 移動魔法の魔術式を組み込んだ魔導具が開発されても普及しない。理由は同じだ。魔導具に必要な魔力が膨大すぎて、燃費が悪いのである。


 だから人は、不便を押しても自身の足で、あるいは馬車や飛空車の力を借りて移動することをやめない。

 移動魔法とは、それくらい使用に制限のある魔法なのである。ましてや使用者の目に見えない範囲となると、脳内で組み立てる魔術式の複雑さや消費魔力を考えるだけでも頭が沸騰しそうになる。それがふつうなのだ。


 ルーシャスもまさか、そんな無謀な賭けに出る者がいるとは思わなかった。だから安全な宿屋に部屋を構え、そこで手に届く範囲内にエデルを置いておけば、万が一にもそこからなにか問題が発生することはないはずだった。

 だが、そんな無謀を仕出かすやつがいたのだ。


「俺もそう遠くには行っていないと踏んで追いかけたんだ。だが……」

「見失っちまったわけね」


 おまえの格好を見りゃわかるよ、とナイジャーは苦笑いする。


「……すまない」

「謝ることはねえだろ。エディを守るって決めたのはおまえだ。俺は調査してきただけなんだし。エディが連れ去られてからどれくらい時間が経った?」

「それなんだが、今何時だ? 連れ去られたのは夕食をとっていたときだが」

「じゃあもう無闇に探しても見つかりっこねえよ。三時間は経ってる。おまえがそれだけ探し回っても見つからなかったってことは、奴さん、たぶんまた結界を張ってるぜ。倉庫のときもそうだったろ。あれの結界を張ったやつなら俺たちの目を欺くのも容易い」

「……その可能性を考えていなかった」

「慌ててんなあ」


 ばん、とルーシャスは強く背を叩かれた。励ましているようでもあり、しっかりしろと叱咤されているようでもある。


「一旦宿に戻ろう。エディが追われてる状況もだが、シーファとかいうのの立場を鑑みてもすぐに殺されるような話にはならねえだろ。作戦を立て直してから捜索だ」




 *




 ナイジャーに促されて宿に戻り、もぬけの殻になった部屋を見て、また後悔が募る。

 エデルが食べていた夕食は冷めきった状態でそこに残っていた。荷物もなにもかもが寝台の近くに放置されたままだ。

 ナイジャーは一通り部屋を見回して、それから気づいたように首をかしげた。


「あの白蛇ちゃんはどうした?」

「ああ、そういえば……ずっとエデルの首にくっついていたから一緒に連れて行かれたか」

「あいつがもうちょい育ってれば強力な護衛になってくれてたんだけどなあ。今はまだろくに魔法も使えないっぽいからな。ありゃ本当に生まれて間もない個体だぜ。……でも、だとしたら逃がしたウィットランドーグが戻ってきたってことで、近々競りに出される可能性がある……か?」

「だったら違法売買業者を詰めるか。……ナイ、調査結果は?」

「ああ、だいたい絞れたぜ。本当は明日もう一度絞った業者の中を洗って特定するつもりだったんだが。……でも俺、なんか引っかかるんだよな」

「なにがだ」

「だって、そのシーファってやつ、ウィットランドーグじゃなくてエディを連れてく目的で攫ってったんだろ? あれ? そうだよな?」


 ルーシャスもそこではたと気づいた。

 以前あのシーファと呼ばれていた青年に出会ったとき、彼はエデルの正体に気づいて幻影魔法を解いた。エデルが高額な報酬で捜索依頼を出されていたことを知っていたのだ。――そうだ。つながっていたのに失念していた。


「あいつ、今回もエディの正体に気づいていたのか」


 エデルにはミューリアが幻影魔法を施し、顔の雰囲気を変えていた。そうそう見破られるものではないが、シーファはどういうわけか、最初からエデルとわかっていてこの部屋に侵入し、攫っていった。

 改めて当時の状況をよく思い出しながら口にすると、ナイジャーはいくつか細かい点を指摘しながら情報を精査していく。


 こういうとき、相棒がいてくれて良かったと思う。

 自分ひとりでは到底冷静ではいられず、見落とす情報ばかりで最適解を見いだせなかっただろう。


「俺の幻影魔法なんざ大したもんじゃないが、それを見破ってんなら姉さんの幻影魔法も見破ってる可能性が高い。だったら目的はウィットランドーグじゃなくてエディそのもののほうだ」

「とすると、連れて行かれるのは緑層(りょくそう)商工会(ギルド)のほうか」

「その可能性は高いな」


 ナイジャーが薄青の竜の目をきらりと瞬き、少しばかり安堵の色を浮かべて見せた。


「喜べ、ルース。だったらエディが殺される可能性はほとんどねえし、引き渡されるまではそれなりに丁重に扱われるはずだぜ。その上緑層までたどり着くのにかなりの時間がかかる。飛空車のアブトも、降りるのは早くても人を乗せて上るにはそれなりに消耗するからな。――探す余地はまだ十分にあるってこった」


 ナイジャーがルーシャスを安心させようと、だいぶ楽観的な見方をしているのは確かだろう。だが、まだ探す余地があるのは理解できる。時間があるのなら、絶対に助け出せる。ルーシャスとナイジャーにはそれだけの実力があるのだ。

 ルーシャスはようやく少しばかり肩の力を抜き、表情を和らげる。だがすぐに思案する顔になった。


「だとしたら、エディと一緒に連れて行かれたウィットランドーグはどうなると思う? もともとは違法売買業者の護衛をしていた傭兵団だ。ここにいたのもその依頼を遂行するためだろう。ウィットランドーグだけ業者に引き渡す可能性はないだろうか」

「大いにあるだろうな。倉庫で失態を犯した業務についても完遂して、しっかり報酬金を受け取ってからエディの捜索依頼に手を付けるんじゃないか? とすると、白蛇ちゃんだけバガスのどっかに捕まってて、近いうちに競りに出される可能性が高いな」


 うん、とナイジャーはうなずくと、膝を叩いた。


「よし、そっちの救出は俺が引き受けよう。どのみち明日には業者を特定するつもりだったんだ。白蛇ちゃんだけ競りに出されてりゃ見つけやすくって良い。それに、エディを助けるときにあの白蛇ちゃんがいなきゃきっと悲しむからな。だからおまえは安心してエディを助けに行きな。俺も白蛇ちゃんを救出したら緑層に向かうから」

「――頼む」


 本当に、この相棒は心強い。ルーシャスはしっかりと頭を下げた。


 ――冷静になれ。全力を尽くせ。エデルは必ず取り戻す。


 ルーシャスは己の両頬をピシャリと強く叩いた。

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