63.エデルの罪になりえるか
「違法に得た緑魔鉱石で上等な獣魔を誘い出し、捕獲して闇市に流す、か。かなり大規模だな」
「ああ。レイニードが多かったところを見ると、あの倉庫連中の活動の中心は緑層のようだが、ウィットランドーグや他にも竜系獣魔がいた。青層、あるいは白層まで広がっている可能性もある」
「複数の組織が関わってるかもな。白層や青層でも獣魔を捕獲する組織があって、それが流れて黒層のあそこに集められていたか」
「緑魔鉱石の仕入先との関連も調べたい。あれほど大規模だということは、おそらく緑魔鉱石も自前で用意したのではなく外部から仕入れたものだろう」
「そもそもあそこの連中も、直接獣魔を捕らえる連中とは別組織なんじゃねえの? 獣魔を捕まえてくる組織が白層から緑層まであちこちにいて、そいつらがどういう手法を使ったんだかは知らねえけど、とにかく緑魔鉱石を破格で仕入れる。仕入先もグルか、もしくは別の犯罪に手を染めてるかだな。で、その緑魔鉱石を使って捕まえて来たのがあの倉庫に……ほかにも倉庫があるとは考えたくないが、とにかく集まる。それを管理してバガスに持っていくのがあの連中ってとこか」
「そこまで広がると、一国が裏で糸を引いている可能性も視野に入ってくるな」
「げ。お国には関わりたくねえんだよな……」
「そこは依頼主に任せるしかないだろう」
「――あーあ。休暇中にちょっと黒層くんだりまで観光がてら様子を見にきたつもりだったのに。大規模犯罪に首突っ込んじまってんな、これ」
「俺たちはそういう命運なんだ。諦めろ」
大規模犯罪だとか、国絡みだとか、大きな話になってきた。だが、ふたりは平然と世間話でもしているかのようにユミ茶を飲みながら――ナイジャーは別の飲み物を口にしていたが――話が進んでいく。
エデルはその間、頭の裏がしんと冷えたような心地だった。
――緑魔鉱石の仕入先。
――仕入先も犯罪組織である可能性。
不穏な言葉が飛び交って、口を開こうと思うたびに重くなっていく。
一言、なんでもないふうに、知らなかったという体で尋ねてみればそれで良いはずだ。
――あの倉庫内にわたしの魔力を帯びた魔鉱石があったけど、なんでだろう。と。
けれども、聞かずとも次々と答えが頭の中でつながっていって、明瞭になってしまっている。
思い返してみれば、エデルの緑魔鉱石は、あの倉庫以外にもなかっただろうか。たとえば、ギレニアの山中にあったフロウの巣穴に。
「…………」
フロウに殺されるか否かの瀬戸際だったので忘れていたが、気づいてしまえばはっきりと思い出せる。
あの場にもエデルの魔力を帯びた緑魔鉱石があった。あのときはエデルが持っていた緑魔鉱石をいつの間にか取り落としてしまっていたのだと考えていたが、そうではなかったとしたら?
記憶は芋づる式に呼び起こされ、気にも留めていなかった疑問に答えが示されていく。
あの巣穴にやってきた男たち。エデルを追っているふうだったから、疑うこともなく商隊からの追っ手なのだと認識していた。だが、彼らはエデルよりなにか、別のことを優先しなかったか。
――運が良いな。アレを仕掛けるか。
――おい、深入りするな。それよりガキを探すのが先じゃないのか。
――なに、仕掛けてからでも遅くはないだろう。
「――――」
なにを仕掛けようとしたのだろう。そのあとに見つけたエデルの魔力を帯びた緑魔鉱石は、なにを意味していたのだろう。
考えるだに、エデルの口は重く閉ざされてしまった。――もしかして、自分は、あまりにも大きな犯罪の片棒を担いでしまっていたのではないだろうか、と思えてならなかったのだ。
「――だからバガスまで行っても全体は掴めんだろうな。一応、ここまで来たからには覗いてみるが、一旦青層に持ち帰ることも視野に入れて……エデル?」
「……えっ? なに?」
はっと顔を上げると、ルーシャスがこちらを見つめて眉を下げた。
「すまん。また置いてけぼりにしたな」
「ああ、えっと」
ナイジャーが軽く肩をすくめて手を振った。
「良いよ、わかんなくて。こんな薄汚い話なんてさ」
「だがこれからやることは認識しておいてほしい。基本的には、俺たちのそばから離れないこと、指示に従うことだけ守ってくれれば良いが」
「あと、ついて行けそうにないと思ったらそうなる前に自己申告すること、だな」
笑み含んだナイジャーに神妙な顔でうなずいたエデルだったが、今まさに、早めに言いたくても言えない言葉を胸の内に押し込んだところだった。
*
ルーシャスが加わったことにより、部屋割りで少々問題が発生した。
〝深淵の館〟でエデルが借りている部屋は、寝台がひとつと、調度品には備え付けの小さなテーブルと椅子だけだ。それだけで圧迫感があるほど小さな部屋なのだ。そこへナイジャーも寝泊まりしていたものだから、無理矢理寝台を二つも押し込んでいたので、ほとんど身動きの取れない状況だった。
そこに、ルーシャスも加わったのである。
さすがに三人は同じ部屋に入れないということで、誰がひとりになるかで一悶着あったのだ。
当然、エデルがひとりになるものだと思っていた。だがエデルをひとりにはできないと、ルーシャスもナイジャーも口を揃えて言ったのだ。
「この部屋には窓もないし、寝てる間に誰かに襲われるってこともないと思うけど……」
「移動魔法で侵入してきて連れ去るケースもあるんだぞ」
「え……」
「そのために私が結界を施してるんですけれどね」
ちょっと気分を害したようなミューリアに、ルーシャスは気まずそうに金の眼を泳がせながら、けれども断固としてエデルがひとりになることを反対した。
「ミューリアの結界魔法を信用していないわけじゃない。だがあちらにはかなり補助魔法に長けた人材がいた。できる警戒は最大限しておきたいんだ」
「その厄介な魔道士から逃げてきたあなたが言うのだから仕方ないんでしょうけれど」
そういうわけで、エデルがひとりで過ごす案は却下。となると、ルーシャスかナイジャーのどちらかがエデルと同室になるのだが、結局、ルーシャスが一緒の部屋に寝泊まりすることになったのだ。
「ナイジャーがずっと一緒だったんだからそのままで良いのに……」
わざわざ荷物やなにやら、多少なりとも移動させなければならないのは大変だろうとエデルは思ったのだが、ルーシャスはいたずらっぽくエデルを見やった。
「俺よりナイと一緒のほうが良かったか?」
「そういうわけじゃないけど!」
どっちと一緒が良いとか、そういうわけではないのだ。
強いて言えば、ルーシャスとふたりになると、ふとした拍子に気まずさを覚えるのが厄介だなと思うくらいで。
だがそれも、突然降って湧いた問題に思考の大半を奪い取られ気味だった。
*
夜半前になり、日課になった白蛇とのじゃれ合いをしながら、心はずっと上の空だ。
ルーシャスに「もう寝ろ」と促され、遊んで興奮した白蛇を撫でてなだめてやる。そうしないと寝支度をしても遊びの延長だと思って睡眠の邪魔をしてくるから、こうして落ち着かせてやるのだ。
バガスへは、明後日出立することになった。
ルーシャスは明日にでもと言ったが、彼もまた疲弊している。今日の午前中に休養を取ったが、それだけでは足りないとナイジャーが許さなかったのだ。
明日は一日、まだこの館でゆっくりと過ごす。だからこそ、余計なことばかりが脳裏を巡っていけなかった。
「……ルーシャスたちは、あの違法売買を取り締まってどうするの?」
緑魔鉱石のことはまだ口にできていない。
その代わり、尋ねやすいことからぽつりぽつりと疑問をこぼしていた。
「取り締まるわけじゃない。それをするのは依頼主だな。俺たちは調査をするだけだ。あの違法売買にどんな組織が関わっているのか、その組織はどれくらいの人数なのか。間接的に関わっているのは誰なのか。当初は……依頼主はせいぜい青層の一商工会かそこらが関わっている程度だと言っていたし、俺たちもそう思っていたんだが、昼間も言ったように、どうやらこれはもっと大規模だったとわかった。こういうことも、実際にこの黒層まで出向いて、倉庫に忍び込むなんて危ないことをして初めてわかったことだろう。そのために俺たちのような自由戦士が依頼されるんだ」
「ふうん……。その、依頼主っていうのは……」
尋ねてから、聞いてはいけないことだっただろうかと慌てて口をつぐむ。
だがルーシャスは衝立の向こうに寝転がり、頓着なく教えてくれた。
「青層の名のある貴族だ。かの人が住む国は翼竜信仰があってな。――翼竜信仰と言ってわかるか?」
「ええと……」
「簡単に言えば、竜系獣魔を神聖視して信仰対象にした国だな。その国ではその白い幼獣を始めとした様々な種類の竜系獣魔が大切に扱われる。そのために、国の至るところで竜系獣魔の家畜化が成されていて、人々は竜とともに生きている」
「家畜化……」
「といっても、竜系獣魔はそもそもが人に馴れにくい。だから家畜化できるのは、竜系獣魔の中でも扱いやすいごく少数だけらしいが。ウィットランドーグのような特に人に懐かないやつは、やはり、野生下のものを捕らえるしかない」
「うん」
「依頼主もそういう、竜の家畜産業を営む内のひとりだ。たくさんの竜系獣魔飼っている傍ら、世界のどこにどの種類の竜系獣魔がどれだけ生息して流通しているか、そういうことを管理する人でもある。竜系獣魔に関しての世界の代表者だな」
「すごい人なんだね」
「そうだな。その彼が、野生下の竜系獣魔の生息域に人の手が無闇に加わったような形跡があるという情報を掴んだ。それで今回の獣魔の違法売買が疑われたから、俺たちにその調査依頼が舞い込んだんだ」
「……そうだったんだ」
エデルでは想像もし得ないほど高貴な人が関わっていた。
そんな人が取り締まろうとしているのだから、きっと、エデルが仕出かしたことは謝ってすむようなことじゃない。
エデルが押し黙ると、ルーシャスの手の中に杖が現れた。それを一振りすると、エデルとの間にあった衝立がふたりの視界を遮るように引っ張られる。もう眠るのだと思ったのだろう。
「もう寝ろ。おやすみ」
「うん。おやすみ」
明かりも仕事は終わりだと言わんばかりにふっと消えた。ルーシャスが消してくれたのだ。
エデルはそれからも寝返りを打ってみたりしたのだが、どうにも眠れそうにない。
そうっと隣のルーシャスを呼ぶと、まだはっきりとした応えがあった。
「あの……違法売買に関わった人って、どうなるの?」
「どう、とは?」
「ルーシャスたちが捕まえるわけじゃないけど、その依頼主の人がきっと捕まえるんでしょ。そのあと、どうなるの?」
「……依頼を遂行したあと、悪事を働いた人間がどうなるかは俺の領分じゃないから詳しくはないが、おそらくは法律違反ということで裁かれるだろうな」
「どういう罰?」
「さて……。それこそ国によるが。依頼主の国の司法が裁いたとして、彼の国は翼竜信仰のある国だ。ウィットランドーグまで捕らえられていたところを見るに、重い刑罰になるのは必至だろうな」
「…………」
思わず言葉をなくす。
――重い刑になるのか。自分は。
想像もつかなくて身体が震えた。
「気になるか?」
暗闇の中、ルーシャスの声が聞こえる。エデルははっとして言った。
「う、うん。重い刑罰っていうと、どういうのがあるのかなって」
「そうさな。死刑のない国であれば忘却罪になるだろうか。――希少な竜系獣魔の生息域まで手を出しているのなら、犯人が得た情報が周囲に漏らさないよう、禁固刑にするより忘却罪が選ばれることが多い」
「忘却罪……?」
「忘却魔法で罪人の記憶を奪うことだ。国の秘密などを知ってしまった犯罪者などに適用されることが多いんだが。思い刑罰とされているのは、この魔法が都合よく必要な記憶だけを取り除けるわけじゃないからだな。忘却魔法を受けた者は、何もかもを忘れる。自分のことも、家族のことも、なんのためにこの世に存在していて、生きるということがどういうことかも。――傍目には、生きた屍になる。人間性も何もかもを失う。そういう刑罰だ」
エデルは答えられなかった。
ルーシャスはエデルが眠ったのかと思ったようで、ふたたび「おやすみ」と声をかけたきり、今度こそ黙ってしまった。
――自分もそうなってしまうのだろうか。
一度考え出したら口の中がからからに渇いて、なのに心臓は体中を跳ね回るほどに忙しなく脈打ち始める。
その夜、エデルは一睡もできなかった。




