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05.紫髪金目と、黒髪竜目。どちらも相当な美丈夫である。

「もう少し南に行けば街道があるってのに、何だってあんな獣道を突っ走ってたんだ?」


 こちらが落ち着いたのを見て取ってか、隣に腰を下ろした男が尋ねた。

 エデルを運んできてくれた男のほうだ。

 じっと金の眼に射抜かれて、エデルはそろっと視線を外す。彼の目は、本心を隠したいとき、なんだか居心地が悪い。何もかもを見透かされてしまいそうだった。


「それは、その、ドゥーベから降りられなくなって」


 彼らの素性がわからない以上、おいそれと詳細に事情を打ち明けるわけにはいかなかった。

 完全に目が泳いだ。

 じとりと紫紺の髪の男が見つめてくる。バレている気しかしなかった。


「まあまあ、尋問じゃないんだからさ。まずは飯でもどうだ」


 飲んだ分だけ大量に冷や汗をかいていると、そう朗らかな声が降ってくる。

 もうひとりの男――黒髪のほうが目の前にやってきたところだった。


 そこで初めて、眼前の男が見たこともないほど大きな人であることに気づいて慄いた。

 座り込んでいるから正確なところはわからないが、たぶん、百九十以上はある。だって、エデルの隣にいる彼もいい加減大男だと思っていたところだったのだ。黒髪の彼はそれよりもさらに大きな人なのである。

 体の厚みは紫紺の髪の男のほうがあるようだが、黒髪のほうも痩軀と表現するには追いつかない立派な体格をしている。かなりの威圧感があった。


 驚いて肩を震わせると、男はすぐに膝を折って目線を合わせてくれる。


「ああ、俺、大きくてさ。怖いか? ごめんなぁ」


 そういたずらっぽく笑って、より小さくしゃがもうとするさまは、体の大きさに反して愛嬌があった。


「飯、これくらいしかないけど、良かったら食べなよ」


 ぬっと差し出されたのは、焚き火で料理をしたらしい何かの肉だ。串に通しているだけの簡単なものだが、エデルは反射的にそれを受け取った。


「ありがと、う」


 顔を上げて初めて男の顔をまともに見て、にこりときれいに笑ったその美しさに言葉を失う。

 彫刻じみた造作だ。鼻梁は高く、顎はすっきりと中性的で、目尻は甘く垂れている。さらりとこぼれた黒髪の中に光る宝石のような目は薄い色をしていたが、今は焚き火の暖色が強くて元の色がわからない。


「どした?」


 違和感を覚えてついじっと見つめていると、男が小首をかしげる。まっすぐな長い黒髪がさらりと肩に落ちて、人ならざるもののような美しさをより際立たせた。

 ――人ならざるもの。

 そう、目が、人のものとは違うのだ。

 瞬く瞳は焚き火の明かりを受けて、猫のようにきゅうと瞳孔が細くなる。縦にまっすぐ。


 亜人、という言葉が脳裏を過った。

 人魚族、竜人族、巨人族、小人族――他にもいろいろいるとされているが、そのすべては知らない。

 人に似た見た目をしていて、人とも意思疎通の可能な、人ではない生き物が、この世にはいる。そうした人に近い生物と人とのハーフも。

 黒髪の彼は、その類の血筋を持っているのではないだろうか、と思い至ったのだ。

 たぶん、間違いではない。けれど口にはできなかった。初対面の人に向かって「あなたは亜人ですか?」と尋ねるほど無礼にはなれない。ましてや行きずりの、助けてくれた人である。


 しかし視線を外すには、少々見つめている時間が長すぎた。

 男が妍麗な顔をふっとやわらげ、薄い唇を緩める。


「お嬢さん、亜人を見るのは初めてか?」

「え? あ……」


 しまった、と思ったが、男はてらいなくケラケラと笑った。


「別に聞いたって良いんだぜ。ぱっと見明らかに種族がわかるか逆にまったく人間と変わらないなら良いけど、何か混じってんな~程度だとどうやったって気になるだろ」

「ごめんなさい、不躾に……。目の形が見知ったものと違ったから、物珍しくて」

「だよなぁ。俺、竜人の血が混じってんだ。見た目はほぼ人間なんだけど目だけがな」


 これで、と男は自身を指差すが、その長身も血筋由来なのではないか、とエデルは思う。

 種族の話題に関して男があまりに鷹揚なので、エデルはつられて首を巡らせ、今度は隣の男を見てしまった。黒髪の男がそうならば、その相方も同様に亜人なのかと考えついてしまったのだ。


「俺はただの人間だぞ」


 しかしエデルが振り返った理由があけすけすぎたのか、視線の合った男から間髪入れずに苦笑交じりの否定が返ってくる。


「ご、ごめんなさい……」

「おまえは顔に出やすいな」

「よくおとうさんにも言われた……。注意するようにって……。ほんと、ごめんなさい」


 もうすこし人を疑うことを覚えなさい、といつも苦笑いしていた養父の顔が思い出される。

 しゅんとうなだれると、紫紺の男は快活に笑った。


「別に悪いことじゃないだろう。素直で良いじゃないか」


 ――でも、素直でいい子だ。きっと出会う人に恵まれるよ。


 養父も同じことを言っていた。

 エデルは顔を上げる。瞬くと、金の目がやわらかくこちらを見つめていた。その視線にどこか既視感を覚えて、喉がぎゅうと締め付けられる。


「冷めないうちに早く食ったほうが良い。冷えると恐ろしく固くなるんだ、この肉は」

「……ありがとう」


 今の、泣きたくなるような感覚はなんだったのだろう。考える間もなく思考が引き戻される。

 せっかく食料まで分け与えてくれたのだ。食べる以外の選択肢はない。


「食えるか? ごめんな、こんな飯しかなくて。俺たちどっちも料理はからっきしだからさ」


 亜人の男のほうが気遣ってくれて、そういえば彼らはエデルを良家の子女と勘違いしているのだと思い出した。エスローなどの獣魔を個人で所有して自由に騎乗できるのは、大抵は金持ちだからだ。


「大丈夫、こういうの食べ慣れてるから」


 言って、串の肉をかじり取る。まだ湯気が立ち上るほどに温かく、肉がほろほろと崩れた。

 薄く塩味が効いている。たったそれだけの味わいだが、これまで一日に一度、極薄の芋のスープだけを食べてしのいできたエデルにとって、ご馳走とも言えるものだった。

 久しぶりの肉の味に、きゅうと唾液腺が悲鳴を上げる。


「おい、しい!」


 疲労と緊張で食欲など忘れていたが、食べてみたら身体が飢えを思い出したらしい。一心不乱に噛みちぎって、あっという間に串だけにしていく。そうして一本食べきってから、何を呑気にご飯を食べているのだろうとはっと顔を上げた。そこに、太陽のような金の目があった。


「食う元気はあったな。良かった。もう一本いるか?」

「あ、うん。ありがとう……」


 食べるのに夢中になって、今の状況を忘れていた。恥ずかしい。

 手元の串をそそくさと焚き火に戻す。火の勢いが強いから、串についた脂も一緒にこのまま燃えるだろう。

 流れるように新しい肉の刺さった串が目の前に現れる。差し出した紫紺の男と目が合うと、金色が溶けた。

 そこでエデルは初めて、この男の造作をしっかりと認識した。

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