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48.逃亡したその先

「貴様、なにを……!!」


 ルーシャスが真下に向けて放った雷魔法はあたりを覆い尽くすほどの強い光を放ったのち、一瞬の静寂を迎える。

 この場のシーファに向けたものではない。最下層の倉庫になど、そこでいまだエデルたちを捕まえようと蠢いている者たちのことなど目もくれていなかった彼には、ルーシャスの行動の意味もわからなかっただろう。

 ルーシャスは宙空で翻り、手近な通路の上に着地する。


 その刹那だった。

 複数の咆哮が応える。同時に、下方からいくつもの稲妻が返ってきた。


「なんだ――うわああ!?」

「雷魔法だ……!!」

「なんで下から……っ」


 轟音とともに白い閃光が倉庫内一帯を埋め尽くす。

 下方から樹状に放出された稲妻は引きも切らず、手当たり次第に弾け出した。


「レイニードだ!! 檻の中のレイニードが呼応して……ッ!」

「バカな! 檻は魔力を通さないよう無効化していただろう!!」

「知らねぇよ!! とにかくレイニードが暴れまわってんだ!!」


 あたりは阿鼻叫喚に陥った。

 ルーシャスは視界を奪われるほどの光のさなかにニヤリと笑う。

 ナイジャーはちゃんと仕事をしてくれていたらしい。レイニードの檻に仕掛けられた魔法を解き、彼らが魔法を使えるようにしてくれていた。


 レイニードは魔核(まかく)に雷属性を持つ。魔力や身体能力が高いわけではないが、野生下で遭遇すると威嚇で雷を放ってくるのだ。

 群れで生活する彼らは、一頭が雷魔法を放つと角を避雷針にして受け止める。受け止めた仲間の雷をさらに増幅させて放ち、それが群れ全体に広がると、もう手が付けられない。

 緑層(りょくそう)に多く生息するレイニードだが、彼の地の広い大地で出会っても厄介な獣魔なのである。それが、閉鎖的な黒層(こくそう)のさらに閉ざされた小さな倉庫内で同じことが起こっては、もう誰にも止める術がないだろう。


 今回の火付け役はレイニードの群れの長ではなくルーシャスだったが、こんなところに閉じ込められて気が立っている個体ばかりだったのだろう。次々と発生する雷は一向に止む気配がない。

 本来は撹乱する役割だけを任せるのではなく、助け出してやりたいのが本音だ。しかし、今彼らに対してしてやれることはほとんどない。


 ルーシャスは四方八方から飛んでくる雷を必死に避けるシーファを見やり、挑発するように笑った。


「違法組織の護衛役兼便利な魔法要員の傭兵か。勉強になった。――じゃあな」

「ッ、貴様、待て!!」


 ルーシャスはわざと彼の前を通り、エデルたちと最初に入ってきた扉に向かった。

 この倉庫の構造上、最下層にも荷の搬入口として外に通じる出入り口はあるのだろうが、そちらはナイジャーとエデルが向かっているはずだ。ならば自分はおとり役として、せいぜい派手に逃げ回るのが仕事だ。

 シーファが追ってきた気配を背中に感じながら、ルーシャスは悠々と逃げの一手を打ったのだった。




 *




 倉庫地帯を抜けて街中へ戻る。すっかり深夜だというのに、この街は相変わらず騒がしい。


「あっちに行ったぞ! 追え!」

「絶対に逃がすな!」


 そこへ追いかけっこの如く後ろの気配を待ってあちこちに逃げ回る男と、血眼になって追いかける複数の男たちがいる。

 その逃げる男の、豊かな紫紺の髪に声をかける野次馬がいた。


「兄ちゃん、一体なーにやって追われてンだ?」


 仕事終わりに飲んでいたらこの事態に遭遇したのだろう。赤ら顔は理性が緩み、好奇心が隠せていない。

 紫紺の髪の男、ルーシャスはそんな野次馬にも軽く笑んで答えた。


「社会見学だ」

「なんでえ。そりゃ兄ちゃん、人の仕事の邪魔しちゃいけねぇよ」

「そのようだな。怒らせてしまった」

「そりゃあ、ちゃんと謝ンなきゃなァ」

「ああ。然るべき場所でな」


 ルーシャスは軽く手を上げ酔っ払いに挨拶し、その場を去る。




 *




 その直後、白髪の青年が同じ道を通りがかった。


「紫髪の男はここへ来たか?」

「ああ、あっちに走っていったよ。あんたらも新人に何でもかんでも怒りたくなンのはわかるが、あンな逃げ出し方されてなーにしたんだ? 一体」

「おまえには関係のないことだ。――あいつ」


 白髪の青年、シーファが酔客の説教をにべもなく切り捨てたときだ。

 数十メートル先でざわめきが大きくなる。視線を向けた先に、紫の豊かな髪が宙空に舞っていた。


「はりゃ……。すンげぇ身体強化魔法を使ってンな。大道芸人かなにかかい?」


 紫紺の髪の男、ルーシャスは外灯を足場にし、次々と越えていく。


飛空車(ひくうしゃ)で逃げるつもりか。……そうはさせるか」


 ルーシャスは自身でも補助魔法の類は苦手だと言った。だがその分、身体能力には目を瞠るものがある。身体強化魔法に魔力の大半を割いていることは明白だが、それにしても、これほどまでに使いこなしているとなると、シーファの足では追いつけない。移動魔法で少しずつ距離を縮めるしかなかった。


「シーファさん、待ってください……!」


 後ろからようやく追いすがってきた男に、シーファは苛立たしげに舌打ちした。


「おまえたちはもう良い。戻って女と獣魔を追え。おれはあいつを捕まえる」

「ですけど、シーファさん……!」


 男が引き止めたときには、シーファはもうそこにはいなかった。




 *




 これだけ派手に逃げ回ったのだから、シーファとかいうあの魔道士だけでもついてきてほしいところだった。

 ルーシャスは背後を確認しながら外灯の上を飛び回り、飛空車の発着場へと向かう。


 この状態で、ナイジャーと合流予定だった宿には戻れない。彼も彼で、エデルを連れているとはいえ素直に戻っていることもないだろう。

 ルーシャスが請け負ったのは、エデルに追っ手を集中させないおとりの役割と、あのシーファとかいう青年の素性を暴くことだ。そのために、人気のないところで一気に片をつけたかった。なにも飛空車に乗って別の階層へ逃げようと思ったわけではなかったのだ。


「待て!」

「おお、もう追いついてきたか。お仲間は諦めたのか?」


 背後ばかりを気にしていたら、突然目の前にシーファが現れた。

 そういえばこの青年、移動魔法に長けていた。


 移動魔法には二種類ある。

 ひとつは先ほど倉庫内でシーファが使っていた、短距離での移動魔法。これは発動者に出現点が見えていればできる。頭の中で出現点に魔術式を組むやり方だ。

 そしてもうひとつ、中長距離の移動魔法。消失点から出現点が目視できない遠距離で使う移動魔法。今、彼が使ったのがそれだった。

 あれだけ移動魔法に長けていたシーファだ。高度な中長距離の移動魔法も自在に操るだろうとは想像できたが、これは相当魔力を消費する。ルーシャスでもそう簡単に選択肢に入れない手段だ。移動した先での疲労が大きすぎる。

 その点、シーファは肩で息をするような消費の仕方はしていなかった。だが魔力探知をすればわかる。彼の魔力は底を尽きようとしていた。

 倉庫で戦ったときからあれだけ魔法頼りだったのだ。当然とも言えた。


「追いかけてくる執念は立派だが、せいぜいあと斬撃魔法が一発打てるくらいだろう。それでどうする? そんなもので俺は捕まらんぞ」

「うるさい。おれはあの場を任されていたんだ。そこにおまえのようなネズミが侵入しておいて、そう易々と逃がせるものか」


 彼も立場があるのだろう。プライドに固執するような態度だったから、自分の責任下においての失態は許せないということだろう。その信念は立派だが、やはりこの青年は若い、と思えてしまう。

 実力差で言うなら、圧倒的にルーシャスに分がある。


 ――そう、ルーシャスにとって、彼は脅威でも何でもない。挑発に乗りやすい性格をしているし、魔法に長けてはいるが、それだけだ。攻撃魔法も身体能力も体力も、何もかもがルーシャスに及ばない。

 だから彼が組織の重要な立場ではないと踏んでいるのだが、それにしても。


「……こいつひとりに吐かせてどれだけ情報が得られるものか……」


 思案したそのときだ。


「よう、シーファ。なに勝手に持ち場離れてやがんだァ?」

「てめぇ、留守番ひとつもまともにできねぇのかよ!」


 飛空車の発着場から、ぞろぞろと人が出てきたのである。

 男も女もいる。だが、その誰もが見事な体躯をしていた。誰がどう見ても同業者(傭兵)だ。


「こっちが本当のお仲間か」

「――チッ」


 忌々しげに舌打ちしたシーファの横で、ルーシャスは内心驚き、焦り始めていた。

 シーファが組織の中枢でないことは明らかだったが、こんなに大勢の傭兵を抱えているとは思いもしなかったのだ。せいぜいが、シーファの他に似たような魔道士を中心とした、知略で成り立っている傭兵団だと想像していた。


 現れた傭兵団の中からひとりの女がルーシャスに目を向ける。赤い燃えるような髪をした女だった。


「あら? いい男じゃん。体も立派。華やかな顔立ちで素敵。――好きになっちゃいそう」

「おきれいな顔がどんなふうに苦痛に歪むのかしら? ってか?」


 ぎゃはは、と下卑た笑い声を上げる傭兵団の中、ルーシャスはつぶやく。


「――どうしたもんかな」


 ここにエデルがいなくてよかった。だが、ナイジャーがいないと少々しんどいかもしれない。

 ルーシャスはひとつ息をついて、覚悟を決めたのだった。

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