47.ルーシャスの戦闘、想い
エデルの悲鳴が遠ざかっていく。ルーシャスはその行く先を確認する暇もないまま、寄って集って来た敵を次々と薙ぎ払った。
間もなく悲鳴が止んだ。彼女の身柄は、おそらく下のナイジャーに無事に届いたのだろう。そうであれ、と内心で願った。
エデルは追っ手の数が少ないほうへ渡し、ルーシャスはここでその分の敵を一手に引き受ける。とにかく数が多かった。往なすのは難しくないが、面倒ではある。
次々と向かってくるだけの肉壁を薙ぎ払い、蹴倒し、ときには通路の下へぶん投げた。人間――エデルのようにまったく魔力での身体強化ができていない場合を除き――この程度では死なない。
向かってくる敵を次々と捌きながら、ルーシャスは白髪の青年の姿を探した。
問題は、あのシーファとかいう、おそらく魔道士だ。
あれだけは情報を吐かせたい。だが追いかけてきた彼は厄介な魔法ばかりを使ってくる。
「くそっ!」
しかしそれらをルーシャスが易々と躱すので、シーファは整った顔立ちを狂気に歪めて呪詛を吐いた。
この青年、移動魔法に長けた男だと思っていたが、どうやら補助魔法全般に秀でている。
特に移動魔法は秀逸だ。この混乱のさなかで次々と移動魔法を操り、こちらを撹乱してくる。あれはあれで才能だ。
「……この組織の幹部か何か知らないが、面倒なやつが残っていたものだ」
ルーシャスは狭い通路の中、ひらりと手すりに飛び乗った。そのまま追いすがる追っ手を蹴り飛ばし、一息に宙を舞う。
着地したのは対面、数メートルは離れた別の通路である。
振り向きざまに感知した魔力を、手にしていた長剣で真っ二つに切り裂く。とっさに自身の魔粒子を練り上げ相殺し、攻撃魔法を分散させる。
既にそこにはシーファがいた。
「本当にちょこまかと面倒なやつだな」
シーファは移動魔法に移動魔法を重ねて撹乱し、その合間に幻影魔法や補助魔法でこちらの精神力を削るような戦い方をする。典型的な魔道士の戦い方である。それも、ひどく魔力に頼ったやり方だ。
――こういう輩には、必ず弱点がある。
次々と消失しては場所を変えて出現するシーファに、ルーシャスは敢えてその場に留まり、こちらに向けられた攻撃だけを跳ね除けていく。
「――そこか」
魔力の綻びが出る一点。
移動魔法はそれなりに技術の要る魔法だ。
シーファは消える瞬間も、現れる瞬間も魔力探知が利かない。よほどの熟練者だ。だが、どれだけ移動魔法に長けていても、複雑な魔術式を立て続けに使えばそのうち綻びが出る。
シーファの出現点、そこに彼の実体が現れるより先に、魔力反応があった。
ルーシャスはそこに己の剣を叩き込んだ。
「――?」
しかし手応えがない。代わりに、背後から攻撃魔法が飛んでくる。それを身をひねることで躱し、眼前ではなく背後に出現したシーファを振り返った。
「ブラフを張ったか。ただ魔法でちまちまやるだけの魔道士じゃないということか?」
「貴様こそちょこまかと逃げやがって……! どこまで人をバカにすれば気が済む!?」
「愚弄しているつもりはないが。おまえに聞きたいことがあるんでな。ちょっとおとなしくしてくれたら助かるんだが」
「誰がおとなしく聞かれたことを喋ると? やはりバカにしているだろう!」
ルーシャスは首をかしげる。どうにもこの青年、短気というか、やたらと自尊心を刺激されているような受け取り方をする。
ルーシャスの勘でしかないが、こういうのはたいてい、大した地位にない。
「していない。――おまえ、どこかの傭兵商工会の一員か?」
「誰が答えるか!」
また攻撃魔法が飛んでくる。斬撃系だ。そこまで強くはない。
やはりこの青年、補助魔法に特化しているが、攻撃魔法はそれほどではない。
通路から通路へ次々と飛び移って躱している間に、巻き込まれた男たちが悲鳴を上げて倒れていく。
ルーシャスは舌打ちをした。
――部下がどうなっても良いタイプか。
『侵入者の女とウィットランドーグは下に行った! 探せ!』
その次は拡声魔法。
ルーシャスの攻撃が止んだ隙をついて、エデルの居場所を知らされた。ナイジャーがいるから滅多なことはないだろうが、エデルに危険が及ぶのは避けたい。
ルーシャスは下を覗き込む。シーファに命令され、ルーシャスたちを捕まえるために上へと向かってきていた人間が足を止め、倉庫の一方向へと流れ出すのを目にした。
あちらにナイジャーが向かったのだろう。
「貴様こそ、なにが目的だ!」
ふたたび斬撃。これは避けずに切り捨て、組み上げられた魔術式に己の魔粒子をぶつけて霧散させる。そうしないと、この青年は周りを巻き込む。
「まさかおまえも獣魔の販路に関わっているのか?」
「――さてな」
この青年は、おまえもと言った。どうやら、この組織の首謀者一味かと思ったが、おそらくは同業者と見るべきだろう。
思えば、シーファはエデルのことも知っていた。こんな後ろ暗い商売に関わるのだから、エデルの依頼書のことを知っていてもおかしくはない。あんな露骨な手配書なら、裏で大々的に出回っていてもおかしくはないからだ。しかし、シーファのウィットランドーグへの態度と言い、エデルを見つけたときの反応と言い、彼の態度はどちらかといえば、金を求める傭兵のそれだ。
「首謀者は別にいると見るべきか」
傭兵業とは、こういう裏組織のようなところからも依頼がかかる。傭兵の中には合法違法問わず金になるならなんでも請け負うのがいるが、シーファはおそらくそういう気質の商工会の一員なのだろう。
ルーシャスは下を見やる。先程よりずっと人気のなくなった倉庫には、まだ檻に囚われた獣魔がいる。
ざっと見た限りだが、予想通り低級獣魔が多数囚われていた。
エスローのような騎獣に向いた低級が数十頭、あとは魔核に雷属性を持ち、光魔法も使えるレイニード。
レイニードは黒層では特に、光を生み出すために需要がある。レイニードという種族自体は、黒層で生きていくには環境が適していないから、この組織に捕まった場合、行く先は使い捨ての資源扱いだが。
彼らが捕らえられているのは、魔法を扱う獣魔を捕まえる檻だ。ということは、あの檻は魔法を通さない仕掛けが施されている。ならばここでルーシャスが魔法を放っても、彼らには当たるまい。
――もし万が一、ナイが気を利かせていたら、副産物はあるかもしれないが。
ルーシャスは手にした剣に魔力を溜める。
何かを仕掛けてくると察したらしいシーファが、躍起になって攻撃を仕掛けてきた。それらを躱すのは訳ないが、とにかく、この狭く人の多い倉庫で手当たり次第放ってくるのはいただけない。
飛びすさって斬撃を躱し、宙に躍り出たルーシャスは剣を下に向ける。魔力を溜めた剣先から、白い閃光が迸った。
轟音とともに雷魔法が放たれる。
ルーシャスの一番得意とする属性だ。だが、いつかエデルが言っていたとおり、雷属性の魔法は範囲攻撃が基本だ。こういう狭いところで放つと、誰に当たるかわからない。味方この場にいたとしても、ナイジャーのように身体強化魔法を会得していれば勝手に防いでくれるので気にせず使うこともできるのだが、エデルがいると彼女に危険が及ぶ。リスクは冒せなかった。
――それであの夜、エデルの前で魔法を使えなかった。
ルーシャスはいまだ胸のうちに滲む後悔を思い起こし、歯噛みした。
ギレニア山脈で、エデルに出会った夜のことだ。得体の知れない男たちに急に攻撃を仕掛けられ、応戦した。あのとき魔法に頼らず剣で切り捨てても良かったが、相手は人間だ。それがたとえ彼女を狙う敵だったとしても、エデルの前で誰かを傷つける行為は見せたくなかった。
言葉を喋るよりも早く、撫でてやろうとした手に怯えて体を縮めることを覚えてしまった少女なのだ。
エデルは昔、人を傷つけることに敏感だった。それが自分に関係していても、していなくても。
今はどうなのか、正直わからない。小さいときには怖がっていた刃物も、今は躊躇なく扱っていた。食材に鋏を入れてきれいに剥いていた。あのころの恐怖は克服したのかもしれない。だが、確認する術もなかった。思い出させたくもなかったからだ。
だからあの夜、追っ手を食い止めるより逃げるほうを優先した。それがまさか、一晩もひとりで死線を切り抜けさせることになるなんて、思ってもみなかった。
ルーシャスはずっと後悔している。
そして、迷ってもいる。
エデルに正体を打ち明けるべきか否か。正体を打ち明けたら、ルーシャスの存在自体がエデルに辛い過去を思い出させることになるのではないか、と。
忘れているのなら、辛い時期に出会った少年のことなど忘れたままのほうが良いのではないか――。
そう思えて仕方ないから、ルーシャスはエデルを守りたい一方で、彼女を手放すべきなのではないかと考えてしまうのだ。




