43.倉庫内
倉庫内は思った以上に広く、人の気配が少なかった。
エデルたちが入った入口はどうやら上層階にあたるようで、鉄筋で足場を組んだだけの細い廊下が縦横無尽に続いている。廊下というよりは、橋のようだった。身を乗り出した先には下の階層が見えて、三階下の最下層が、大きな荷を受け入れる広い倉庫になっている。
この上層階は本来、積み下ろしなどの作業で高く積まれた荷を直接確認したり、持ち運んだりするために吹き抜け状になっているようだった。
ついでとばかりに上層階はいくつか道が枝分かれしていて、それぞれ部屋のような場所に続いている。そこでは従業員たちが別作業をしたり、管理者が仕事をするための部屋がある。
倉庫内は薄暗かったが、なにやらごうごうと魔導具が作動しているような音がする。それに風通しもそれなりにある。エデルたちが入った裏口付近にはさまざまな配管が設置してあったが、どうやらそこから空気を取り入れたり、必要な魔力供給を行ったりしているらしい。
「そうしないと、黒層の建物って基本的に岩とか地層をくり抜いたところに作ってるからさ、室内の空気の流れが悪くなくなるんだよな」
「特に大勢が一度に集まる室内には大規模な空気の抜け道が確保されているな。そうしないと中の人間がいつの間にか酸欠で倒れることになるからだろう」
黒層に来てからずっと思っていたが、どこかじめっと湿度が高いような気がしていたのは、どうやら気のせいではなかったらしい。太陽が届かないから基本的に寒冷だが、排気や除湿に気をつけないと、特に室内はすぐに空気が悪くなる。
黒層の宿が基本的に一箇所にまとまった大浴場を採用しているのは、ただでさえ湿度の溜まりやすい黒層でもっとも湿気の溜まる風呂を一元管理し、メンテナンスしやすいようにすることが理由のようだった。
人が少ないとはいえ、既にここは、言わば敵の陣営の中である。忙しなく行き交う他の――今のエデルたちと同じ上着を着た――人間たちに混じって足早に進みながら、ルーシャスとナイジャーはこっそりとそんなことを教えてくれた。
「少ないわりに忙しそうだな」
「人手不足か?」
あちこち様子を見ながら進んでいたが、誰もかれもがエデルたち三人組には目も留めず、なにやら忙しそうに行き交っている。ナイジャーが茶化すように鼻で笑ったが、どうも原因はそれだけではないらしい。
しきりと下のほうから声が聞こえるのだ。
一度歩みを止め、下を覗き込んでみる。最下層のほうに人が集まっている様子が見えた。何かの魔導具が作動する音のさなかによく耳をそばだててみると、なにやら探しものをしているような声が聞こえてきた。
「いたか?」
「いや、だめだ。こっちはもう檻の隅まで五度はさらったがどこにもいない」
「いなくなりましたじゃ済まされんぞ。何としてでも見つけ出せ」
「外に出た連中からの連絡はどうした」
「こちらも音沙汰ありません」
場を取りまとめていた男が舌打ちをする。
「上も探したか!? 上層階まですべて探せ! 配管の中もだ!」
「は!」
「たとえこれだけの獣魔を換金したとしても、ウィットランドーグ一匹の価値には遠く及ばんのだ……」
なおもぶつぶつと指揮官らしき男は怒鳴り声を上げていたが、それ以上聞く必要はなかった。
「なるほどな。わかっちゃいたが、幼獣がいなくなっててんてこ舞いってわけか」
そっと吐息をこぼすようにナイジャーが言う。
「今夜中にここに来たのは不幸中の幸いだったかもな。今頃は、街中でも幼獣一匹を探し出すのに怪しい連中が山程うろついているんだろう」
「場所さえわかればエディはルースと一緒に先に帰すつもりだったけど、結局連れてきて正解だったかもな」
実際には、ここ侵入したときの裏口もエデルがいなければ見つからなかったものである。結局倉庫内への侵入までエデルの力が必要だったのだから、ここまで来たら一緒にいたほうが守れる、ということにはなったのだが。
「倉庫の外はバタバタしてる感じもなかったのにね」
中へ入って様子を見れば、騒然とした気配は一目瞭然である。
「てっきり、この子はまだ逃げ出したことがバレてないのかと思ってた」
エデルが驚いて口にすれば、ルーシャスが答えた。
「倉庫周辺は結界を素通りしていた無関係の職人も多くいただろう。そういう人間を素通りさせることで隠したここをカモフラージュしているんだから、表でバタバタしてたら何事かと怪しまれるだろう」
エデルの肩からあちこちへ興味津々に首を巡らせている幼獣を、ルーシャスがぎゅむっと押し込んだ。
「それもそっか……」
ルーシャスが無理矢理エデルの上着の中に幼獣を押し込もうとするので、エデルも一緒になって体全体が沈む。無理に押し込んでも幼獣が可哀想なだけだとルーシャスの手を止め、エデルはサイズの大きい上着の首元をくつろげた。
「ぎゅうー……」
「ナイジャーに見えないようにしてもらってるけどさ、お願いだからここに入ってて」
幼獣は実に不満げな顔をした。十数もある目玉のような青い宝石の中から、律儀にふたつだけがじっとりと半眼になる。実にわかりやすい表情である。
エデルはちょっと苦笑して、幼獣をなだめすかして上着の襟の中に押し込み、一番上までボタンを留めた。しかしサイズが若干大きいので、詰め襟と言っても少々隙間がある。そこから白いモフモフが無理に顔を出すので、ふわふわとした羽毛が首筋と顎をくすぐった。
「ちょっと、くすぐったいってば」
くすぐったさに笑いを堪えながら抗議をしてみたものの、幼獣もそれ以上は譲らない。顔まですっぽり覆い隠されるのはどうしても嫌なようなので、これで我慢することにした。
ひとまず他人からは見えないはずだ。
エデルがそんなふうに幼獣と格闘したときだった。
なにやらふたたび階下が騒がしくなっている。けれども、今度は人の声ではない。ガシャン、と重たい金属が次々と動かされるような音もする。
よく目を凝らしてみると、ウィットランドーグがの捜索をしていた人間たちが、乱暴に獣魔の入った檻を動かしているところだった。
それに驚いて怯えたらしい獣魔たちが――捕らえられた獣魔たちが、各々悲痛な鳴き声を上げているのだ。
「ひどい……」
「今すぐ助けてやりたいところだがな、今は状況確認が先だ。行くぞ」
ふたたび歩き始めたルーシャスとナイジャーに、エデルもしっかりとついていく。狭い通路なので、ルーシャスを先頭に、エデルが真ん中で、殿をナイジャーが務めた。正面と背後、どちらから突然襲われてもエデルは守られる順番だ。
慌ただしい足音を立てて、複数の人間が階段を駆け登ってくる足音が聞こえてくる。思わず肩を震わせたが、後ろからナイジャーに「立ち止まるなよ」とそっと押された。
「上も探せって言ってたろ。それでこっちにも来たんだ。この上着を着ている限りそうそうバレやしねえさ。堂々としてな」
エデルは振り返らずにうなずき、前のルーシャスにくっついて先を急いだ。
この倉庫内の人間全員がウィットランドーグを探すために躍起になっているので、それに合わせてエデルたちも自然と小走りになる。
そのときだ。
「――おまえたち、ここで何をしている」
背後から急に声をかけられたのだった。




