41.結界のくぐり方
「おーいあんちゃん、大丈夫かあ?」
不意に背後から銅鑼声がかけられ、エデルはびくりと肩を震わせた。
三人の様子を見ていた誰かがいたらしい。エデルが動けずにいると、ルーシャスが躊躇なく振り返って言った。
「問題ない。具合を悪くした同僚を帰すだけだから」
「なんでぇ、風邪か?」
「彼はもともと体が強くないんだ。今も妹が迎えに来てくれたから大丈夫だ。――ほら、立てるか?」
「す、すみません。すぐ連れ帰りますんで……」
今度は、ルーシャスの妹ではなくナイジャーの妹になったらしい。ルーシャスの即興劇になんとか付き合おうと「病弱の兄を迎えに来た妹の演技」をしてみたものの、慣れていないとなんだかとてつもなく恥ずかしい。
「そうかい。難儀だなあ。気をつけて帰れよ、あんちゃんたち」
腰からいろいろな道具の入った革袋を吊り下げた男はそう言うと、もう興味をなくしたように立ち去っていった。
その彼は、今この結界の内側から出てきた。まさか探していた獣魔の違法売買に関わる人なのかとエデルが目配せすると、ルーシャスは首を振った。
「彼が内側から来たとき、姿が見えていただろう。なら俺たちと同じように結界があることを知らずに素通りしている人間だ」
うずくまっていたナイジャーがひょいと身を起こす。
「関係のない人間は拒絶せずに通す。だけど、通した先で見せたくないものはほんのちょっと景色をいじって隠す。無駄に排除して、いかにもここに見せたくないものを隠しています、って知らしめないようによく考えてあるな」
ナイジャーは立ち上がり、顔を結界の中へ突っ込み、また戻す。それを何回か繰り返して、なにを鍵にこの結界に入ることができるのかを探っていた。
エデルも真似をして、魔術式の書かれた位置を境に内側へ一歩入り、再び出る――とやろうとして、なにか、違和感のようなものを覚えた。
「あれ?」
「どうした?」
「なんか変な……引っ掛かりがあるっていうか」
もう一度一歩進み、また戻る。
これは気のせいではない。
「なんだろうな、引っ張られる感じ? 抵抗があって……」
「ナイはどうだ?」
「俺はなんとも……」
「あ、あれ?」
一歩進むのも傍から見れば怪しく思える。だから顔だけを突っ込んで戻してを繰り返していたのだが、そうしているうちに、見える景色に違和感があることに気づいた。
「突き当たりにある扉、ひとつ多いかもしれない」
「なんだって?」
まるで間違い探しだ。結界の手前にいるときは、正面十数メートル先にある道の突き当たりの壁に並んだ扉は、六つ。結界に頭を突っ込んでみると、それが七つに増えている。
「――うん、間違いないよ。きっとあれが隠してるやつだ」
あのひとつ増えた扉が、ナイジャーが半日かけて探しても見つからなかった獣魔の違法売買につながる扉なのだ。
エデルが喜び勇んで向かおうとしたとき、しかしルーシャスがその腕を引っ張って結界の手前に引き戻したのだった。
「待て待て。おまえだけが結界の中に入れてもどうするつもりだ」
「え?」
「まずは結界の解析からだよ。おかしなことに、俺たちやさっきのおっさんはこの結界を素通りしちまう。だけどエディは何もしなくても結界の中に入れる。おかしいだろ?」
「あ、そっか……」
ついに目的の場所を見つけたのだと喜んで、彼らが結界を素通りしてしまうことを失念していた。
エデルがしゅんと身を小さくすると、ルーシャスは「だが」と続けた。
「エデルに作用しない結界だということがわかった時点で、解析も何も答えが出たようなものだな」
「どういうこと?」
「俺とナイ、それからさっきの男に共通していて、エデルには共通していないものがある。それがこの結界の内側に入る条件だ」
ルーシャスは自身とナイジャー、それからエデルを順に指すが、エデルにはその違いがわからない。
ルーシャスとナイジャーに共通していて、エデルに共通しないもの。
「……この子?」
「そいつはむしろ、コントロールできるからこそ通り抜けられたのだろうな。さすがは特級獣魔だった、というべきだろう」
「うん?」
つまりだ、とルーシャスが苦笑する。
「魔力が感知できるかどうか、だ」
「この結界は一般的な魔力感知ができるようになってるんだ。魔力を持っている生物は素通りする。そうでないものだけを中に招き入れる。たぶん、関係者は魔力を遮断する魔導具かなにかを持ってるんだろうな。それで出入りは可能だ」
ナイジャーの説明に、エデルは「へえ」と応えてから、合点がいったようにうなずいた。
「あ、そうか。わたしはルーシャスたちがする魔力探知ができないから、この結界がやってることもそれと一緒の仕組みってこと?」
「そうだな。今回は「魔力がなければ入れる」結界だが、そういう場合でも魔力をどうすれば通れるかはいろいろだ。魔力操作で極力出力を少なくすりゃいいのか、完全に遮断する魔導具を持ってなきゃいけないのか。そこも解析しなきゃなんないんだが、それももうエディが中に入れた時点で教えてくれたようなもんだな。――つまり、俺たちが通常やってる魔力の循環を止めれば良い」
なるほど、とエデルは顔色を明るくしたが、逆に気が重そうにため息をついたナイジャーだった。
「どうしたの?」
「入り方はわかったが、一瞬でも魔力循環を止めるのかと思うとなあ……」
「難しいの?」
「いやあ、できないこたないんだが……」
「とにかく、やるしかないだろう。いつまでもここに留まるわけにもいかん」
「だよなあ」
エデルはよくわからずに首を傾げたが、ルーシャスもナイジャーもどこか覚悟を決めたような顔で結界をくぐったのだった。




