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40.調査も一筋縄ではいかない

 正直、ウィットランドーグを連れて行ったところで、そう簡単に事態が好転するとは思っていなかった。この幼獣は人の言葉を操ったり、完璧に理解できるわけではないし、なにより幼いからだ。

 おまえのもといた場所を教えてくれ――などと言ったって、それをこの幼獣が理解して、まっすぐに案内してくれるとは限らない。

 幼獣はエデルになにか頼み事をされたのだということはわかっているようで、やる気満々に鼻息を鳴らしていた。けれども、この子が反応を示すとしたら、エデルたちが自力でその場所の近くまで探り当ててからだろう、と思ったのだ。


 だが実際はどうだろう。

 ナイジャーによって姿を隠す魔法を施されたウィットランドーグは、宿を出た段階から積極的に場所を示してくれた。

 エデルの肩の上から右へ左へ、あまりにも自信満々に首を伸ばすものだから、本当にエデルたちがやろうとしている主旨がわかっているのかと感心した。


「いや、ただ頼りにされてるからよくわかんねえけどやる気になってるだけだろ」


 しかし、ナイジャーは頼ったわりに呆れ気味でこの幼獣を信用することに懐疑的だし、ルーシャスも「鵜呑みにするな」とやや引いている。どうやら、やる気がありすぎるところが、逆に不信感につながっているらしい。

 とはいえ、とにかくこの幼獣に頼るよりほかに方法がない。

 ひとまずは幼獣の示すほうへ行ってみようとエデルがふたりを引っ張り、碁盤の目状になった街並みを走るように進んだ。


 そうして歩き回ること数十分。

 時刻は既に、日付を跨ごうかという頃合いである。


「ちょっと失敗したな。エディをせめて男に変えておくべきだった」

「……同感だ」


 深夜の街でも人っ子ひとりいないというわけではない。


 黒層(こくそう)は、時間管理に厳密な街とそうでない街がある。だいたいは国ごとに特徴が別れるそうだが、その振り幅が極端なのだ。

 太陽がなく、いつでも光球虫(こうきゅうちゅう)の光で一定の明るさを保っているため、昼夜の線引きが難しいのだ。だから、時間できっちりと昼と夜を定め、その街に住む人間が時計を見てきちんと行動をすることを求める街と、昼夜が曖昧で昼となく夜となく人が行き来する街とがある。この街は後者だった。


 基本的には、黒層の深部に行くにつれて昼夜の概念はなくなっていくのだ、とエデルの横を歩くナイジャーが教えてくれた。


「そういうとこじゃ、店の開いてる時間もまちまちなんだ。ある食堂(レストラン)が閉店する時間に、隣の食堂(レストラン)が開店したりする。工場や職場で働く人間も勤務時間はまちまちだから、エディが昼間に食った屋台も好きな時間に開けてる。っていっても、店ごとに毎日だいたい同じ時間に開いて、同じ時間に閉まるけどな。そうやって誰かしらが働いて起きてる街なんだ、ここは。だから夜中に出歩いても目立ちゃしないんだが……」

「如何せん、職人の街だからな。夜とされている時間帯は荒っぽいのが多い」


 仕事終わりに一杯引っ掛けている人、そういう人を相手にして商売する人、これから働きに出る人など、とにかくいろいろな人で入り乱れている。だが共通して言えるのは、ほとんどが男で、誰もがみんな銅鑼声を張り上げているような人たちだということだった。


 これは昼に見た光景とはまた違う。

 エデルも、両脇にルーシャスとナイジャーが固めてくれているとはいえ、道のそこかしこから聞こえる怒鳴り声に――喧嘩ではなく、ただ仲間内で盛り上がっているだけの場合が多いようだが――ちょっと恐ろしさを感じているところだった。

 同じ恐怖感があるのか、この時間帯は女子供があまり外を出歩いていない。ルーシャスたちに囲まれているとはいえ、ひと目で女と分かるエデルは少々浮いていた。


「特にこの幼獣の案内、これじゃあ工業地帯に突っ込むぞ」

「ある意味、そここそが目的地の可能性が高いな」


 ナイジャーがエデルの首に巻き付くウィットランドーグをつつき、ルーシャスは細い眉を険しくしたまま行く先を睨む。


「探してるのは、特級獣魔(じゅうま)を抱えるような連中だ。こんな等級は滅多にいないだろうが、特級を捕まえられるノウハウがあるということは低級獣魔もかなりの数確保しているだろうな。――となると、広い場所が必要になる」

「だから隠すとしたら、街中の小さい建物より工業地帯のでかい倉庫内、だろ。俺もさっきこのあたりは念入りに探したんだけどなあ」


 白髪交じりの頭をバリバリと掻いて、ナイジャーが弱ったようにため息をつく。

 エデルはただ黙って幼獣の指し示す方角に足を向けた。


 そうして工業地帯に入ると、これまでの景色とはぐっと変わる。幅の広い道はそのままながら、人通りがずっと少なくなるのだ。地層になっている両壁には、街中では店舗の扉がひしめき合うようにくっついていたが、ここでは扉同士の感覚が間遠くなっていた。


「ひとつひとつの中が広いんだ、こういうとこは。倉庫がいっぱい並んでるからな」


 という、ナイジャーの言葉にうなずいたときだった。


「ぐえっ」


 エデルの首に巻き付いていた幼獣が、急にその体を縮めてエデルの首を締め付けたのだ。


「大丈夫か? どうした」


 ルーシャスが即座に幼獣を引き剥がしにかかる。しかしそれではますます幼獣が頑なになりかねなかったからエデルは手で制した。


「なんか……急にこの子が……ちょ、苦し……っ」


 巻き付いた胴体を緩めてもらおうとふかふかの体を掴むが、それでも何かを訴えるように締め付けられる。

 小さな頭はエデルの後方に向いているようだった。


「後ろに下がれと言っているように見えるな。一旦戻ろう」


 ルーシャスに連れられて踵を返すと、今度は甲高く鳴く。


「ぎゅい!」

「しーっ!」


 幼獣の姿は、周囲には見えないように魔法を施している。目にできるのは、直接魔法を施したナイジャーと、それが見える魔法を施したルーシャスとエデルのみだ。

 だが姿は見えないだけで、幼獣の発する音は制御していない。音を消す魔法は、ただ姿を誤魔化すよりも扱いが複雑になる。その上、姿を隠す魔法と同時に使おうとすると、大掛かりになって魔術式のミスが出やすく、結果として両方とも失敗する可能性もあるのだ。

 だから、今回は幼獣から発せられる音については何もしていない。声を出されると、ここに得体の知れないなにがしかの生き物がいることが周囲にわかってしまう。


 エデルが慌てて幼獣を大人しくさせると、幼獣はふたたび先程の道まで戻そうとする。

 戻りすぎだ、とでも言いたげだ。


「あのあたりに、なにかがあるんだろうな」


 それを見て、ルーシャスが納得したように顎を撫でた。


「なにか?」

「とにかく行ってみよう」


 もう一度来た道を戻り、慎重に歩を進める。どこでこの幼獣が止まれと言い出すのか、その位置を探る。

 何度も行き来はできない。

 職人たちが忙しなく行き交っている道だが、街中と違って目的もなくうろつく場所ではない。三人で固まって行ったり来たりしていたら、誰がどう見ても怪しく思えるだろう。


 たぶん、できてあと一回往復する程度だ。

 緊張に汗をにじませながら、エデルはゆっくりと一歩ずつ確かめる。


 一歩。――まだ止められない。


 もう一歩。――まだ。


 三歩目。

 ぎゅっと一瞬、軽く首を締められる。


「ここだと思う」


 エデルが立ち止まると、ルーシャスとナイジャーは素早くあたりを見回した。


「なにがある?」

「変化があるようには見えねえな。魔法の痕跡もわからない」


 困惑した顔で見交わしたふたりだったが、金の目を巡らせていたルーシャスが不意になにかを見つけ、ゆっくりと近づいていった。

 道に対して垂直に、まるでそこに見えない壁があるかのようにまっすぐに壁に向かう。

 壁の先は倉庫だ。だが、彼の向かう先に扉はない。


 ルーシャスがなにをするのかとエデルは後ろからついて行く。

 壁の前までたどり着くと、ルーシャスはナイジャーに視線を向けた。すると今度はナイジャーが壁に手をつき、うつむいてずるずると倒れ込むようにしたのである。


「大丈夫か?」


 ルーシャスがナイジャーの背を抱えるように一緒にしゃがみ込む。

 エデルには訳がわからなかった。だが急にナイジャーが具合を悪くしたように見えたので、とにかく一緒に隣にかがんだ。


「――あった」


 ルーシャスのように大丈夫かと尋ねようとしたとき、ナイジャーは落ちくぼんだ眼窩の中の竜の目をきらりと光らせる。そうして、実に苦々しげな顔をした。


「――こんな仕掛けがあったとはな。道理で見つからないはずだ」


 壁に手をついたその仕草。

 ナイジャーは具合を悪くしたのではなく、そうした演技をしながら、壁に施された魔法の残滓を辿り――見事にそれを見つけ出したのだ。


「ここを境に結界が張ってある。ここの壁に直接魔術式が刻まれてるのがその証拠だ」

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