38.違法売買業者といたちごっこ
「だーめだ。奴さんらだいぶ警戒心が強いな」
深夜近く、ようやく戻ってきたナイジャーが宿の部屋の扉を閉めるなり、大きくため息をついたのだった。
黒層には生息しないはずの特級獣魔である、ウィットランドーグがエデルの首元で落ち着いてから数時間。
おそらくこの獣魔は、ルーシャスたちが探している違法売買に巻き込まれている。そう睨んで、関係者やその組織がこの街にいるのではないか、という仮説のもと、ナイジャーがひとり調査に出ていたのである。
だが、その結果は芳しくなかったようだ。
半日かけて探し回って、情報らしき情報のひとつも得られなかった、とナイジャーは投げやりに口にして、ばったりと寝台に倒れたのだった。
「念の入れようが半端じゃねえな。徹底的に人除け虫除けに余念がない。こんな特級獣魔を抱えておきながら噂話どころか魔力探知すらできねえぞ」
ナイジャーは既にぐったりである。
エデルがどういうことかと首をかしげると、ようやく寝台の上に半身を起こし、吐息混じりに説明してくれた。
「ふつうはな、ウィットランドーグみたいな大物を抱えてたら、それだけでそいつらの魔力がダダ漏れになるもんなんだ。もちろん、向こうも違法売買をしようって自覚はあるからそれを隠そうとするよな。そうすると、第三者に魔力探知をさせないような妨害魔法を施すことになる。他にも、姿を隠したり音を立たせないようにしたりな。俺はずっとそういう隠す系の魔法を暴く魔法を使ってな、この街の隅の壁の中から路地裏からゴミ箱の中まで探してきたんだ」
「探されないような魔法がかけられてるのに、それを探す魔法があるの?」
「古来から、人はコソコソしようってときには隠したいものを隠す魔法を編み出してきたわけだな。で、コソコソされるからには暴きたい人間もいる。そういうやつは隠されたものを何としてでも暴き出して丸裸にする魔法ってのを編み出してきた。それの繰り返しで、今じゃモノを隠すための複雑な魔法術式がいっぱいあるんだな」
「編み出すためには魔法術式をひとつずつ組み立てなきゃいけないんだが、定型が決まっている魔法はもう式が出来上がっているから呪文だけで済む。隠す魔法、暴く魔法はそういうのがたくさんあるんだ。いたちごっこ式に増えていったからな」
ルーシャスが言えば、ナイジャーはうなずいて続ける。
「今回に置き換えて言えば、俺たちが探してる連中ってのは、売買のための珍しい獣魔を闇市まで輸送しなきゃならないだろ? だからその道中、珍しい獣魔を誰にも見られないように、俺が昼間にエディたちに使ったような姿を隠す魔法を施したり、鳴き声なんかが漏れないようにする音を消す魔法も使ったりする。それでも偶然、違法に捕まえた獣魔に近づかれて勘付かれる可能性があるから、その場所を探られないように周囲一体に立ち入れないようにする魔法なんてものもある。俺はそういうのを、どんな魔法で妨害されてるかなって想像しながら、ひとつひとつ暴く魔法を試してたんだ」
「た、大変そうだね……」
詳しくないエデルにはピンとこないが、こういうことには調査のためのセオリーがあるのだそうだ。それを全部試しても手がかりのひとつも掴めないことは、本来は滅多にないことらしい。
その滅多にない事象に、今、見舞われているわけだが。
「捕まってた場所から逃げてきたはずなんだから、違法売買に関わる連中の居場所はこいつが知ってるはずなんだよなあ」
ナイジャーは、エデルにくっついてばかりのウィットランドーグの幼獣をつついた。この幼獣は今もエデルの首を定位置にしている。
この数時間で、すっかりエデルの首を自分の巣と決め手しまったらしいウィットランドーグは、安心できる場所を見つけてずいぶんと落ち着いたらしい。宿屋に来たばかりの頃はエデル以外が近づくだけで威嚇をしていたのだが、今はもう、ルーシャスやナイジャーがちょっかいをかけても敵意を向けることはなくなっていた。
しかし、だからといって決して友好的なわけではない。
ナイジャーがつつくと、ウィットランドーグは低く唸り声を上げる。姿形は五十センチほどの小さな白い蛇といった風情なのに、なかなかどうして迫力がある。
「これが獣魔のトップに君臨する種族だ」
と、ナイジャーが苦笑いした。
「なあ、俺と一緒に来て探してくれないか。場所知ってんだろ?」
よほど捜索に行き詰まったのか、ナイジャーは本格的にウィットランドーグを口説き始めた。「小さな可愛い子ちゃん」に始まり、「その純白の羽毛をむしられたくないだろ?」だの、「悪い人間に仲間の目玉の宝石をくり抜かれちまうかもしれないぜ」などと、口説くというよりは不穏な脅しのような台詞の数々だ。
しかし、ウィットランドーグは実に鬱陶しそうに美しい青の目を眇めたかと思うと、ふん、と鼻息を鳴らしてエデルの髪に顔を突っ込んだ。そうしてそのまま、うんともすんとも言わなくなったのである。
「だめかよー」
ナイジャーが出かける前もこんな調子だったから、彼がひとりで探りに行く羽目になったのだ。それで何の収穫も得られなかったものだから、いよいよ難航している。
「わたしも一緒に行こうか?」
これも、ナイジャーが出かける前に申し出たことだ。そして先程と同じようにピシャリとルーシャスが否を示した。
「危ないからだめだ」
「でも、他に手がないんでしょ? じゃあこの子に一緒に行ってもらうのが一番早いと思うけど……。ほら、昼間にナイジャーがやってくれた、姿を隠す魔法みたいなのでわたしごと人から見えなくしたら良いんじゃない?」
敵になるであろう違法売買関係者に近づいても、姿が見えなければエデルの存在には気づかれないし、エデルを追っているであろう村長たちや、あの手配書を見て依頼を受けた人たちの目も逃れられる。
名案ではないかと思ったのだが、しかしルーシャスは無感動に首を振った。
「あれも見るやつが見たらすぐバレる。これだけ念入りに自分たちの存在を隠しているような連中だ。その手の魔法に覚えのある人間がひとりはいるんだろう。となれば、ナイの中途半端な幻影魔法じゃすぐに見破られる」
「中途半端とは失礼なやつだな。おまえよりマシだぜ。――にしてもなー。ワンチャン、捕まってたのがこのウィットランドーグだけで、いなくなったから組織も解散! みたいなことになってねえかな。もしくはこいつが元から誰かに飼われててただの迷子か」
「これほどの大物なら、野生下を捕まえた個体でも必ず識別番号があるはずだ。捕まえた人間もウィットランドーグを盗まれたくはないだろうからな。万一盗難に遭ってもすぐに探し出せるように保険はかけるだろう。だが、こいつにはそれもない。ということは、十中八九まっとうじゃないルートでここにいるのは確かだろうな」
「なんだよなあ」
疲れたようなナイジャーの同意を最後に、部屋にはしんと静寂が満ちる。
どうにも手詰まりのようだった。




