37.胴がやたらと長い小鳥っぽいつるふわ竜
「バカ、こんなところで裾をめくるな!」
「でもでもでも……!!」
「待て待て! ――姿を隠す魔法! ――って、おまえが手ェ突っ込んでどうする!?」
「ぎゃー!!」
パニックになって往来でスカートをたくし上げようとしたエデルと、それを慌てて止めるルーシャスと、往来からの目線を避けようと自分たちの姿を隠す魔法を施したナイジャー。三者三様の一瞬の出来事ののち、エデルのスカートの中に手を突っ込んだルーシャスと、急に手を突っ込まれて悲鳴を上げたエデルと、ルーシャスの愚行を隠すために魔法を使った形になったナイジャー、という格好になった。
「ん? なんだこいつ」
「ルーシャス、手! 手!!」
「バカおまえ、いつまで女の子のスカートの中に手ェ突っ込んでんだ!」
紫紺の頭をナイジャーに叩かれたルーシャスだったが、それにはしっかりと文句を言いながら、エデルのスカートの中からなにかを引っ張り出したのだった。
「ぎゃああ……!」
自分のスカートの中から細長い白いなにかがずるんと現れて、思わず半泣きで後退ったエデルの肩をナイジャーが抱き留める。
ルーシャスが鷲掴みにしたそれは、彼の身長ほども長さのある真っ白な羽毛の蛇――のようなものだった。
「なに!? なになになにそれなにそれ!?」
「あ、こいつ暴れるな!」
ぎゅいぎゅいぎゅわぎゅわと暴れる白い蛇の首根っこを掴み直し、ルーシャスはのたうつそれの尾を足で踏み、抱えて押さえ込む。
よく見ると、それはルーシャスの腕ほどの太さもある蛇、ではなく、鳥か竜の一種のように見えた。
「ウィットランドーグ?」
ルーシャスが呪文のような言葉をつぶやく。
なんのことかと首を傾げたエデルだったが、彼の掴む白い頭を見て、「あ」と声を上げた。
「目がいっぱいある胴長の鳥っぽい蛇……!」
自分を掴んだ手に噛みつこうと必死にもがいているそれは、青い宝石のような目が十数もある、いつか見た不思議な獣魔の幼体だった。
「知ってるのか?」
ルーシャスが相変わらずビタビタとのたうつそれを抱え込みながら尋ねた。
「前にフロウの巣穴にいたんだ。目がたくさんあったから珍しい獣魔だなって思ったんだけど、ギレニア山脈で見たのはあれが初めて」
「ギレニア山脈に……?」
「おい、ルース」
「わかっているが、こいつをどうする」
ナイジャーがエデルたちを見えないようにしてくれたので、今の状況は他人にはわからない。けれど、テラス席で突然大声を上げた瞬間は通行人の注目を浴びた。一体何が起こったのかとこちらを見やる人が増えている。
ナイジャーはそれを危惧してルーシャスに場所の移動を促したのだが、彼は未だ大暴れしている獣魔を取り押さえるので手一杯だ。
「ウィットランドーグなんて、幼体でも――相手にするもんじゃない、ぞ……! こいつ、本当に力が強い!」
今にも噛みつかれそうなルーシャスにエデルがそっと手を伸ばす。エデルにはどうにも、この白い獣魔がこちらに来たがっているように見えたからだ。
「おいで」
「おい、エディ」
「大丈夫だよ、たぶん。わたしにくっついてきたくらいだし」
エデルが手を伸ばしたので、いよいよそちらに行きたいと獣魔が主張を始める。ぎゅいぎゅいと甲高い声で鳴きわめき、必死に首をエデルのほうへと伸ばした。
その様子を見て、ルーシャスはそっと手を放す。押さえているのがしんどくなったのもあるが、これ以上騒ぎを大きくしたくなかったのだ。
白い獣魔は拘束がなくなると、ぱっとルーシャスの体を離れてあっという間にエデルに巻き付いた。首周りに二周、長い胴体は有り余っていたはずだが、頭をエデルの髪に突っ込んでおさまったかと思うと、しゅるりと体が縮んだのだった。
「おお、落ち着いた……」
ふん、と大きく鼻息をついて、白い獣魔はエデルの首元で落ち着く。そっと手を伸ばしてつるりとした羽毛を撫でると、気持ちよさそうに高く「くるるる」と喉を鳴らした。これまでの大暴れがなんだったのかと思うくらい、従順でおとなしい。
「なんか、体ちっちゃくなってない?」
「はぁ……。ウィットランドーグは魔核に浮遊属性と幻影属性、身体変化属性、まあとにかくいろいろと持ってるやつなんだ。体の大きさや形は自由に変化させることができる」
「ってことは、かなり等級の高い獣魔なんじゃ……」
「高いなんてもんじゃない。――とにかく、落ち着いたなら場所を移すぞ。こいつはこんなところにいて良いはずがないし、人に見せて良いものでもない」
ぐちゃぐちゃに乱れた衣服を整えながら、ルーシャスは大きく息をついた。
「じゃ、ウィットランドーグにだけ魔法かけなおそっか」
再度杖を構え、白い獣魔にだけ杖先を向けたナイジャーだったが、途端に牙をむいて噛みつこうとした小さな幼獣に、竜の目を丸くして飛び退いた。
*
「かわいー」
寝台の上をするすると長い体を滑らせて逃げ回り、エデルの体に巻き付いてはぐねぐねと体を擦り付けて満足げな声を上げる白い獣魔を、ウィットランドーグという。種族的には竜の一種だ。
頭のてっぺんから尾の先まで真っ白な美しい羽毛で覆われていて、多くの竜のように被膜の翼ではなく、鳥のような羽毛の翼を持つ。頭には青いふたつの目と、その目に似た十数の飾りの宝石があり、角はない。すらりとした胴長の体をしていて、足は鳥のような三趾足を持つが、これは羽毛の中にすっぽりとしまって蛇のように這ったりもする。翼も同様だ。
そうして手足をしまうと、竜頭で、胴長の小鳥のような、つるっとした羽毛を持つ蛇、のように見えるわけである。
今はエデルに撫でくり回されてはきゃっきゃと声を上げ――正確には、ぎゃう、だとか、ぎゅわ、と鳴くか、竜種特有の「くるるる」という喉を鳴らす鳴き声だが――稚く愛らしい様子を見せているが、これでいて世界の獣魔の中でも一、二を争う強大な魔力を持つ。
「竜種は野生下では青層以上にしか生息しないんだ。基本的に空で生活をしているからな。青層以上の列強諸国もそうだが、個人レベルでも、兵士や腕に覚えのある傭兵なら誰もが一度は飼い馴らすことを夢見る種のひとつだな」
ウィットランドーグだけを見えなくする魔法をかけ直し、裏通りの宿屋で借りた一室に入って、ようやく三人ともが大きく息をついて、しばらく。
しきりとじゃれついてくる幼獣を寝台の上で遊ばせ体に触れて、ようやくそれが蛇ではなく竜なのだと確認しながら、エデルはウィットランドーグがどんな獣魔なのかを聞いていた。
「そんな強いの、この子……」
エデルの手にじゃれつく様子を見る限り、よく懐いた仔猫程度のようにしか見えない。
「竜種そのものに騎獣として人気があるが、ウィットランドーグは飼い馴らしているだけで周囲の見る目が変わる。とにかくこの見た目だけで、主である人間の箔が付くからな」
「よだれ垂らしてひっくり返ってるけど」
「…………」
構われ疲れたのか、ウィットランドーグの幼獣はエデルの膝上にひっくり返って腹を見せ、はふはふと息を乱している。犬のように舌はでろんと出ているし、よだれも垂れて、エデルのスカートに染みを作っていた。
この様子を見る限り、世界の名だたる強国が手に入れんと躍起になる孤高の獣魔というより、遊び疲れた子犬のようにしか見えないのだが。
ルーシャスは深く息をついた。
「それはそいつが幼獣で子どもだから、というのもあるだろうが」
「にしたって、ウィットランドーグが初対面の人間相手にそんなに懐くことってないんだよな。やっぱりエディは魔力量以上に獣魔にとって魅力的な存在なんだろうな」
「……また頭の痛いことを」
ルーシャスは眉根を寄せ、片手で顔を覆ってしまった。
「こんなものにまで無条件に犬か猫のように懐かれる人間だと知られたら、ますますおまえは狙われるぞ。エディひとりを手に入れるために国が動くレベルだ」
「もうやめて……」
一ヶ月くらい前までは、村の子どもにまで顎で使われるくらい価値のない存在として扱われていたのだ。それが急に、「おまえには国が手に入れたがるほどの価値がある」などと言われてもまるで実感がわかない。そもそも、自身にどれほどの価値があっても、ろくな扱われ方をしないだろう。それはこれまでの経緯からも明らかのように思われる。これ以上狙われる要素が増えることは避けたかった。
げっそりと肩を落としたエデルだが、「それより」とルーシャスが難しい顔をする。
「おまえのことも問題だが、それ以上に問題なのは、こんなところにウィットランドーグがいることだ」
「――?」
「言っただろう。竜種は青層以上にしか生息しないんだ」
「――あ」
それが、どうしてこんな黒層の地中深くにいたのか。
「こいつに正式な主がいて、飼い馴らされた個体ならそれで良い。だがエディ、言ったな。ギレニア山脈で見かけたと」
「……まさか」
エデルはその可能性に思い至って、さっと青ざめる。
「黒層にいただけなら偶然、緑層のあの洞窟にいただけなら偶然、だ。だが、そのどちらもとなると、偶然で片付けるには嫌な想像がつきまとう。ましてやそいつのほうは、エディとは初対面じゃないらしい」
このウィットランドーグはエデルの首がお気に入りだ。遊び疲れたかと思うと、するするとエデルの体を這って首まで上り、そこでくるんと巻き付いて髪に顔を突っ込んだ。
この、首のやわらかな感触を、以前経験したことはないか。
「これ、フロウの巣穴にいた子と同じ子……?」
「こんなところにこんな大物がそうほいほい複数体いられるほうが困る。十中八九、そうだろうな」
ルーシャスが皺を濃くした眉間を親指で掻いた。
「――となると、こいつはどうにかして人の手で盗み出された個体である可能性が高い」
入口の扉を背にしてじっと黙っていたナイジャーも、難しい顔をしてうなずいた。
「ま、違法売買に捕らえられた個体のうちの一体、だろうな」




