36.おいしいものいっぱい食え食えお兄さん
お昼ご飯には、パンに甘辛いソースを絡めた肉を挟んだものを食べ、食後のアイスクリームまで買ってもらった。アイスクリームというよりは、果物を凍らせて砕いたソルベで、これが肉料理でこってりとした味わいを爽やかに整えてくれたのだった。
「黒層って、なんか肉料理が多いよね」
屋台が発展したこの街には、当然ながらそれらを食べる場所も必要になる。必然的に、大通りの合流地点に設けられた広場や店先のちょっとした空間など、人の集まりやすい場所に誰でも腰掛けられる椅子がいくつも用意されていた。
街角の一角でソルベを味わいながらエデルがぼやくと、ルーシャスが自身のソルベが入ったカップをこちらに向けてきた。
「いちごだぞ。食うか?」
「ルーシャスが食べなよ」
ルーシャスは食事のたびに、何かしらエデルに与えたがる。特にフルーツや甘味のデザートに関しては、必ず一口食べるかと聞くのだ。
エデルは甘いものが好きだ。これまでそれらを日常的に口にできる環境になかったから、エデルが興味を示すままに与えられる今が、人生で一番甘味を口にしていると言っても過言ではない。しかしだからと言って、人の食べているものまで物欲しげに見ているつもりはないのだ。
そもそも、今エデルが得ている衣食住はすべて彼らのお金で賄われている。本当は甘味だって毎食買ってもらいたいと思っているわけではない。甘味処を見つけては「食べるか?」と尋ねられるが、毎度素直に食べたいとはしゃいでいるわけではないのだ。むしろ、十回のうちの九回は断っている。
なのに、どうしてこんなにも食べさせたがるのか。
ルーシャスは結局、いちごの果肉の一番大きなところをエデルのカップに勝手に移して、なにやら満足げな顔をしたのだった。
「黒層料理はどうしても肉食に寄るからな。野菜や果物は貴重なんだ。食べられるときに食べておけ」
「野菜や果物が貴重って、黒層じゃ作ってないの? あ、そうか、太陽がないか……」
自分で言ってて気づいてしまい、ルーシャスに投げた質問は語尾が小さくなっていく。
ルーシャスも「そういうことだ」と苦笑した。
「ほぼ日照がない地域しかないからな。雨が降らないことに関しては、実は黒層の中にも川や湖はあるから魔法に頼らずとも何とでもしようはあるが、明かりだけは人間が生み出さなければないな。明かりがない場所でも育つ作物や品種改良したものもあるが、やっぱり工夫した分だけコストは上がる。ここじゃ作物は割高だ」
「だから付け合せの野菜とかあんまりないんだ」
「わざわざ野菜をメインにした料理というわけじゃなきゃ、付け合せ程度に使うにはもったいないし、それだけで単価が上がるからな。――これも果肉がでかいぞ。食うか?」
またルーシャスがエデルのカップにいちごのソルベを向けてくるが、黒層での果物の価値まで聞かされてなお、人のものを奪うほどの図々しさは持ち合わせていない。
「あのね、ルーシャスのものなんだからルーシャスが食べていいよ……」
「まあまあ。エディはただでさえ大変な生活してきて標準よりだいーぶご飯が足りてないからさ。ルースも心配なんだろ。食べられるならもらっておきなよ」
暗に貧相だと言われているようなものだが、ルーシャスもナイジャーも背丈も大きければ体格も実に立派なもので、彼らから見たらエデルが貧弱に思えるのも致し方がない。
きっと、彼らが知る女というのは、艶やかな髪と肌、美しい曲線を描く肉体に豊満な乳房を持ったような人なのだろう。それに比べたら、エデルなど道端で飢えた小動物と変わらないのだ。
だからルーシャスにとってエデルに食事を分け与えるのは、通りがかった小動物を哀れに思って餌をやるようなものなのだろう。
「――――」
そう思うと腑に落ちると同時に、なんだかひどく自分が惨めなものになったような気がしてくる。
エデルはルーシャスによって山のように盛られたいちごソルベを無心で口に運んだ。
「それで? このあとどうする。宿取るか?」
先に食べ終わったらしいナイジャーがスプーンをいじりながら今後の予定について口にする。
ルーシャスもちょうど最後の一口を咀嚼してから答えた。
「そうだな。観光客向けじゃないところで良い場所を知ってるか?」
「なら、裏通りに飯のうまいところがあったはずだぜ。……だけど良いのか? 表通りのほうが部屋も華やかでエディも過ごしやすいだろ」
腕を組むナイジャーに、エデルは慌てて口を挟んだ。
「わたしはどこでも大丈夫だよ。最低の宿でも眠れるし……」
「安全を確保しなきゃならんから、雑魚寝するような場所はダメだ。観光客向けの宿も手配書が出ている以上ターゲットにされやすい。その点、裏通りにある宿屋は造りは質素だが、ここらに出張してくる仕事人向けなんだ。遠方から興味本位で来るだけの旅人は少ない。ナイの幻影魔法が解けてもそう簡単に人目を惹くこともないだろう」
そう言われては、とナイジャーも納得していたが、それ以前にエデルは首をかしげた。
「話の腰を折るようで悪いけど、もう宿取るの? ここがルーシャスたちの言ってた、その……闇……市ってとこ?」
エデルたちが腰を下ろしたテラス席は、他人との距離が近い訳ではないが、往来でもある。大っぴらに口にして良い単語ではないのだろうと声音をひそめれば、ルーシャスは微苦笑を浮かべて首を振った。
「ここよりもっとずっと先だな。ふつうに歩いて、飛空車を使っても数日はかかる。国境だからな」
「じゃあ午後も歩くんじゃないの?」
ルーシャスたちの依頼は急ぐ旅ではないとは言っていたが、それでも、昨日まで数週間黒層の最初の街で足止めしていたのである。他でもない、エデルの怪我が原因で。だというのに、今日は午前中しか移動していない。さすがにこんなに悠長にして良いのだろうかと眉を下げたのだが、ルーシャスの答えは変わらなかった。
「いや、今日はここで休もう。足が使えるようになったからといって急に無理をするもんじゃない。ぶり返すぞ」
「でも、まだ歩けるのに」
隣でナイジャーも笑った。
「だからだよ。ぶり返すときはそう簡単に予兆があって知らせてくれるもんじゃないだろ? 今日は調子が良かったのに、明日起きてみたら、あれ? おかしいぞ……? みたいなさ。そういうのを未然に防ぐためにも、余裕のあるうちに休んでおこう」
エデルとしては、もっと旅をしたい気もしている。半日だけでも初めての体験ばかりで楽しかった。
それに、追っ手のことも心配だ。一箇所に留まるより、どんどん場所を移してしまいたい気持ちなのだ。そうしないとすぐに見つかってしまいそうで、内心少し焦っていた。
不安はあったが、旅路を決めるのはエデルではない。
うなずいて、食べ終わったソルベのカップをゴミ箱に捨てようと立ち上がったときだった。
「――ッ!?」
ひゅっと視界の端を何かがかすめた。と思ったときには、スカートの裾の中に何かが入り込んで、ものすごい勢いで足を上ってきた感覚があった。
「なっ、なに!? 待って、足、スカートの中……っ」
「どうした?」
ソルベのカップを取り落とす、しかしそんなことにも気付けないまま、エデルは慌ててスカートの上から足を這い回る何かを押さえようとした。
だが、不埒にも這い回るそれのほうが速い。右足から左足、足首から大腿、腰帯で留めた腰のあたりまで縦横無尽に逃げ回る。
「きゃーっ!! なんか、なんかいる!! スカートの中なんか入った!!」




