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34.獣魔の幼獣ふれあいコーナー

 一方、エデルは早々にルーシャスに連れられて、ナマワ製の最新型だという籠のそばにやってきていた。


「ナマワ製って何?」

「ナマワってのは地名だな。ここよりずーっと奥深くのほうの、だいたい二百七十階から四百階のあたりがナマワってんだ。そこで作られてる籠がナマワ製だな」


 飛空車を用意してくれたスタッフらしき中年の男が説明してくれる。


「二百七十……階?」


 しかしエデルは、さらりと当然のように出てきたとんでもない数字に絶句した。

 ルーシャスは苦笑して答えた。


「黒層では入って最初にある街を一階と考えて、そこから一階下るごとに数を増やして数えるんだ。正確には坂道になっている場所が多くて、明確には階層がわからないから、一定の距離以上下れば数が増える」

「そんなに縦に深いんだ……」

「もちろん横にも広がっているが、主に縦だな。ここまでほとんど一本道の下り坂だっただろう。黒層が縦に深い証拠だ」

「へえ」

「お嬢ちゃん、黒層は初めてかい?」


 スタッフの男に問われ、エデルはうなずいた。


「じゃ、こいつを見るのも初めてだろう。触ってみるかい?」


 男は言って、エデルを飛空車の奥に呼ぶ。

 ルーシャスを振り返ると軽くうなずかれたので、どうやらついて行っても問題ないらしい。


 許可が出たので、何があるのかと好奇心いっぱいにスタッフのあとをついて行ったエデルは、そこで感嘆の声を上げたのだった。


「わぁ……! 赤ちゃんだ!」


 開けっ放しになっている事務所の裏口に入ってすぐ、囲いになった場所に黒い毛玉のようなものがうごうごもぞもぞと蠢いていたのである。一瞬なんの生き物かと身構えたエデルだったが、それがすぐに生き物の赤ん坊であることを知って、一目散に駆け寄った。

 子どもはどんな生き物でもかわいいものである。


「こいつぁアブトと言ってな。これから嬢ちゃんたちの籠を運んでくれる獣魔(じゅうま)の子どもだ」


 アブトはずんぐりとした黒い短い毛並みを持つ、ネズミのような生き物だった。

 仲間で集まってもぞもぞと団子のようになっていたが、一匹が集団から弾かれて転がる。そこで初めて個体の細部を認識したが、ネズミといういうよりはモグラのようにも見えた。


「抱っこしてみるかい?」

「いいの?」

「もちろんさ。ここでは飛空車用のアブトの育成もしてるんだ。人馴れさせないといけないから、お客さんにも興味があれば触ってもらってるんだよ」


 赤ん坊の頃から人に慣れさせなきゃならんからな、とスタッフは笑う。

 エデルは喜んで囲いの前にしゃがみ込み、黒い毛玉団子の中にそっと手を差し伸ばしてみた。


「うひゃあ!」


 すると新しい仲間が入ってきたとでも思ったのか、アブトの赤ん坊は次々とエデルの腕を伝って上ってきて、あっという間に首元まで到達しては、あちこちを嗅いだり甘噛みし始めたのである。


「ひーっ! くすぐったい!」


 手の中にいた一匹を両手でそっと包みこんでみたが、大人しくおさまっては顔を忙しなく手の中にくっつけ、しきりと鼻先をモヒモヒと擦り付けている。よく見てみたら、このアブト、どの個体にも目のようなものがなかった。


「アブトは目が見えないの?」


 後ろから覗き込むようにしていたルーシャスがうなずいた。


「そうだ。黒層で生きることに特化した獣魔だからな。暗闇の中では視力は役に立たない。その代わり、この大きな耳が発達している」


 確かに、丸い頭の先に扇状の大きなふたつの耳がある。赤ん坊のアブトはみんなそれらがぺったりと伏せて黒い毛の中に混じってしまっていて、耳があるのかどうか傍目にはよくわからない子が多かった。

 エデルは手に乗せたアブトの脇のあたりを触れてみる。どうやらここにも短い毛の中に隠れた何かがありそうだった。


「……羽?」


 にゅっと伸ばしてみると、モグラでいうところの手のあたりから足の付根まで、大きな被膜状の翼がある。例えるならコウモリだ。


「アブトは魔核(まかく)に浮遊属性と音属性を持つんだ。目が見えない代わりに、コウモリのように超音波を出して大きく発達した耳であたりの障害物の位置を正確に探る。そうやって黒層の暗闇の中を自由に飛び回るんだな」

「そっか。だから飛空車として移動するにも、暗い中で障害物にぶつからずに人を運べるんだ」

「そういうことだな」


 エデルが腕を伝って上って来るアブトを掴んでは降ろし、降ろしてはまた群がられている姿を見て、スタッフが感心したように言った。


「しかし嬢ちゃん、あんたやたら好かれるなあ。アブトは種類そのものが人に慣れやすいし、赤ん坊ならなおさら世話をするスタッフには懐いてるもんだが、初対面のお客さん相手にみんながみんな群がるもんじゃあないんだが……」

「ああ、まあ、あはは。かわいいから良いよ」

「アブトってのは、この先育てば嬢ちゃんくらいなら乗せて運ぶ力もあるんだ。黒層じゃ騎獣用の獣魔として飼う人も多いんだよ。――どうだい、一匹買っていかないかね?」

「え? でもお店のアブトなんだよね?」

「ところがどっこい、気に入ったのがいればお客さんでも購入できるんだ。このくらいの大きさなら一匹五十ジーダ銀貨! どうだい?」

「ええ……」


 五十ジーダ銀貨は、おおよそだが一ガルタ金貨の半分の値打ちである。騎獣を買うと考えると決して高い金額ではないが、では突然ポンと出せる値段かと言われると、全然そんなわけがない。


「アブトは必要ないが、こっちの餌代をくれ。一袋一アレス銅貨だったか」


 エデルが答えるより前に、ルーシャスがぴしゃりと跳ね除けて、代わりにそんなことを申し出た。


 断ってくれて助かったのだが、餌代とは一体何か。

 振り返れば、事務所の壁に古びたポスターに「仔アブトの餌やり、一袋一アレス銅貨」と書かれていた。餌をやって触れ合うのが基本らしい。


「アブトは騎獣になれるだろうが、基本的に黒層以外の環境に慣れない。俺たちには不向きだな」

「――チッ」


 スタッフの男は露骨に舌打ちをしたが、しかしすぐに引っ込めて餌の入った袋を用意してくれる。そのときにはもう嫌そうな顔を引っ込めて、「まいど」とにこにこと接客してくれた。どうやらさっきの受付の女の人といい、黒層の人は感情を素直に表に出すが、後には引きずらない性質(たち)なのだろうな、とエデルは何となく思い至ったのだった。

 餌を手に取り出してみると、透明な石屑のようなものがザラザラと出てきた。何だか見覚えがある。


「あ、これ魔鉱石(まこうせき)のクズ?」

「そうだ。アブトの小さいのはそれが餌になる」


 ひと粒は米粒くらいから大豆くらいの大きさをしている。ちょうど、エデルが魔鉱石に魔力を満たすとこんな感じに砕けるのだ。

 いつもはこの形状の魔鉱石を見ると嫌な気持ちになるものだが、ついさっきもこのクズが光球虫(こうきゅうちゅう)の餌になり、黒層の街の光源として重要なものだと知ったばかりだ。エデルが意図せず壊して無駄にばかりしてきたと思っていた魔鉱石がこんなふうに役立てられていたとは、思いもよらなかった。


 矯めつ眇めつ眺めていたら、囲いの中の仔アブトが餌に気づいたようで、ますますワラワラと寄ってきた。


「うわーっ!」

「餌を持ってばかりいないで早くあげてやれ。じゃないとおまえが食われるぞ」

「えっアブトって人も食べるの!?」


 初耳である。

 ぎょっとして聞くと、ルーシャスはちょっと呆れた顔で、肩口で切りそろえて短くなったエデルの髪を一房持ち上げた。


「さすがにこの大きさじゃ食わんだろうが、かじられることはかじられるだろうな。特に、この髪」

「あっ、あー、そういうこと」


 以前もフロウにエデルの髪をくれてやったばかりである。同じことが起こるぞ、と暗に指摘したルーシャスに、エデルは急いで仔アブトたちに魔鉱石のクズを与えたのだった。

 あれだけ触れるのを恥ずかしがっていたエデルだが、不用意に髪に触れられたことについては、もう彼らと一緒に過ごすうちに感覚が麻痺して、最後まで気づけなかった。

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