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28.ギレニアオオムカデは、つまりカニ

「店内に虫はいないんだね」


 宿の向かいの食堂(レストラン)までの冒険は、ほんの数十歩ほどの冒険だった。

 それでも、横切った黒層(こくそう)の街並みは知らないものばかりで、エデルは食堂の席に着いてからもずっと質問しっぱなしだった。


 特に気になっていたのは、太陽の届かない黒層はどうやって明るさを保っているのか、だ。

 宿の中では天井から光魔法を閉じ込めた魔導具を吊って発光させていたが、外はどうなのか。実際に出てみて、幻想的な風景にエデルは感心した。

 発光した光の玉のような何かが、無数にふよふよと飛んでいるのだ。

 ひとつひとつの明かりは小さいが、とにかく数が多い。それらが空中を飛び、あるいは連なる店の軒先や壁に張り付き、あたりを照らし出しているのである。


 意思をもっているのかいないのか、ふらふらと飛び回るこの不思議な光の玉のことを、光球虫(こうきゅうちゅう)という。獣魔(じゅうま)の一種だ。

 黒層にはどこへ行ってもこの光球虫が無数に飛んでいるので、太陽の光が届かずとも人が生活できる程度の光源が確保されているのだ。

 だが、その明るさは緑層(りょくそう)でいうところの、夜の栄えた繁華街くらいのものである。それは店の中も概ね同じようなものだった。


 エデルは食堂の賑やかな人々の様子をじっくりと見回し、それから天井から吊られた照明に目を細めてから、出し抜けにそんなことを口にした。

 お店の中は確かに明るい。だが、そこに光球虫は一匹もいなかった。


「外にあれだけいっぱいいるんだし、お店も入口開けっ放しだから多少入ってきてそうなものなのにね」

「光球虫は弱い生き物だ。だから人間には近づかない。わざわざ逃げにくい人工物の中にまでは入ってこないということだろうな」

「そっか」

「ふつうの虫と違って人間の食べ物にも集らないからな。まあ、そのほうが人間としても暮らしやすいからお互い棲み分けが上手にできた結果だな」


 話をしている間にも、店員と思わしき人たちが忙しなく客席の間をすり抜けていく。ちょうど夕飯時なので店内はかなり賑わっていた。

 ギレニアオオムカデを出す店はこの街にたくさんあるが、ここは特に人気店だ。とはいえ高級店というわけでもなく、客層は家族連れからカップル、友人同士のグループなど年齢層もさまざまだ。

 夜には酒を提供するから、やや大人向けの店かもしれない。


 エデルがあたりを見回していると、ちょうどふたつほど離れたテーブルにやってきた客が、先に席に着いていた客と歓声を上げて挨拶を交わしていた。久しぶりの再会だったのだろう。かなり盛り上がっている。


「えっ……」


 ぎょっとしたのはそのときだ。

 先に来ていたほうが立ち上がって、あとから来たほうにハグを求めたまでは良い。しかしそこから、お返しとばかりにハグされたほうが相手の額にキスをしたのである。

 同じように、された側も返している。

 挨拶でそうしているのはわかるのだが、恋人同士であったとしても、外でやるには大胆なスキンシップだ。エデルの身の回りにはない文化だった。


 ――たぶん、凝視して良いものではない。


 エデルはさっと視線を外す。自分のことではないのに、なんだかいけないものを見てしまったような気がしてドギマギした。


「お待たせしましたー。麦芽酒ふたつ、蜂蜜酒ひとつ、それからギレニアオオムカデ、大皿ひとつでーす」


 ちょうどエデルたちのテーブルに注文の品がやってきた。ジョッキをどんどんどんと三つ並べ、中央にどでかい大皿が鎮座する。

 エデルたちの席は四人席で、そこそこ大きなテーブルのはずなのに、大皿だけで他のものが追いやられるような大きさだった。


「取り皿こちらでー、殻を剥くのに鋏をお使いください。調味料はテーブルに備え付けの、ああ、はいそちらを。当店自慢の自家製調味料はその赤い蓋の入れ物ですんで。――では残りの品、ただいまお持ちしますねー」


 エデルとそう年の変わらなさそうな若い店員が、てきぱきと指示して去っていく。かなりのベテランだった。


「…………」


 隣で息を呑む気配があって、エデルは覗き込む。

 ルーシャスはこの世の終わりのような顔をして、そっとテーブルから目を逸らした。


 エデルは苦笑するしかない。確かに、大皿の上のオオムカデは苦手な人には発狂物なのだ。

 なにせ、大部分の人が苦手とするムカデの足が皿の上に丁寧に並べられている。きれいに見えるように、というお店のこだわりが感じられた。

 ギレニアオオムカデはかなり大型の獣で、その体長は平均でも五メートルを越える。だからこうして食卓に上がるのはその体のごく一部、主に足部分のみだから、見た目としてはムカデとは程遠いのである。


「小さいときから見慣れてればなんてことないんだけど、こればっかりはね」

「……俺は食わないから、悪いが早く片付けてくれ。頼む……」


 しかし、どうやったってその色がいけない。

 一本がエデルの腕ほどもあるすらりとした足部分は、どういうわけか毒々しいマゼンタピンクと紫を混ぜたような蛍光色をしているのである。いかにも毒です、といった見た目だ。実際に毒はないのだが、茹でる過程でこうなってしまうらしい。味が良いだけに、なんとも不憫な食材だった。


「これ、わたしが剥いても良い?」

「どーぞ。でもめんどいだろ。俺の分はやらなくて良いよ。自分でやるから」

「ううん、大丈夫。わたし、これ得意なんだ」


 エデルは大皿に並べられたムカデの足を手に取る。

 色は毒々しいが、要するにカニのようなものだ。硬い外骨格を刃物で割って剥けば、柔らかい肉が出てくるのである。その肉が繊維質で、甘みがあっておいしいのだ。


 だから先程の店員も大きな料理鋏を置いていった。

 エデルはそれを手にとって、比較的大きくて形の良い足の関節の隙間に鋏を差し込む。外骨格は固くても、関節部分はどんなに大きな足でも柔らかい。そこ狙ってパチパチと切っていった。

 足にも棘のあるムカデは、殻をむくのにコツがいる。これも面倒で嫌われる理由のひとつだ。


 エデルが村にいたとき、ギレニアオオムカデはたまに食べられる村のご馳走のようなものだった。一体が大きくて可食部が多く、しかも肉だから腹持ちも良ければ栄養価も高い。

 村のみんなで取り分けて、村の家事を担う者たちが殻を剥く。簡単だから主に子どもの仕事なのだが、これが面倒だからと嫌う子が多かった。

 エデルは魔鉱石に魔力が溜められない分、こういう誰でもできる仕事をいつもやらされていた。だからムカデの足を剥くのは得意だ。――誰にも自慢できることではないが。


「エディ、殻剥き上手ぇー」


 エデルが驚くべき手さばきで殻を剥いていると、ナイジャーが大笑いして手を打った。


「得意だって言ったでしょ?」


 そこまでウケるとこちらとしても技術を磨いてきた自信が光る。得意げにふふんと鼻を鳴らすエデルを、ルーシャスはぽかんと見ていた。


「魔鉱石が溜められないとこういう仕事しかできないから、殻剥きはいつもわたしの仕事だったんだよね」


 関節を切り落として節に分けたあと、殻を縦に二箇所鋏を入れる。そうすると筒状になった外骨格の一部分が剥がれるから、隙間から串を入れ、殻の内側についた肉を外すようにくるんと通す。肉が外骨格から外れたら、先に殻を剥がした隙間から抜くのだ。

 丁寧にうまくいくと、つぽん(・・・)ときれいにむける。そうするとちょっと気分が良かった。


 エデルは次から次へと剥いて、取り分けた肉は大皿に積み、毒々しい見た目の殻はテーブルに備え付けてあったゴミ箱に放っていった。

 ムカデの中身は白くきれいな身質をしている。関節も外して棒状にしているから、見た目にはただの白い棒状の肉だ。

 この状態になってしまえば、直視できないらしいルーシャスも落ち着いて食事ができるかと思ったのだ。


「別に無理して食べなくていいけど、これだったらご飯食べられる?」


 ルーシャスは、ムカデが食卓にあるだけで他の食事も喉を通らなさそうな顔色をしていた。これで少しはマシになったら良いのだが。

 ギレニアオオムカデはエデルにとってたまのご馳走だったから、どうしても食べたかった。けれど、同じ食卓を囲んで楽しめない人がいるのでは意味がない。

 彼はエデルが食べたいものを食べれば良いと言ってくれたから注文したが、あんなに青ざめるほど苦手なら、彼の気持ちを無視してまで頼みたいと思わなかったのに。

 罪悪感から、とにかく先にあの毒々しい見た目をテーブルからなくしてしまおうと、一心不乱に殻を剥いていたのだ。


「身もほぐしておこうか?」

「いや。マシになったよ。ありがとう。……欲を言えば身のトゲもないほうがありがたいな……」


 弱ったように眉を下げたルーシャスだったが、これにはエデルもちょっと残念そうな顔になった。


「トゲまできれいにむけると気持ちがいいんだけどな……」


 足の形そのままにつぽん(・・・)と剥けるかどうかで、ムカデの殻剥き職人としての腕前が問われる。――そんな職業はないが、気持ちとしてはそんな境地なのだ。


「だよなー、わかる。きれに剥けると満足感あるよな」


 エデルと同じくギレニアオオムカデを愛するナイジャーは同意を示してくれたが、ここは苦手なルーシャスに合わせ、足の形がわからなくなる程度にいくつかに切り分けることにした。

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