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22.幕間 ナイジャーの疑問

「とんだ役者だな、ルース! 俺がいつおまえの夫になったよ!」


 たまらずナイジャーが吹き出したのは、黒層(こくそう)に入って完全に陽の光が届かなくなってからだった。

 ナイジャーは大笑いしながら杖を取り出し、明かりを灯す。黒層は地底層と言われるだけあって、蟻の巣状、または地下深くタワー状になっているから、太陽の光は届かないのだ。


 黒層にも人が住んでいて、国があり、動植物も多く生息する。壁や天井に覆われた地面の穴の中とはいえ、その構造は実に広大で複雑だ。

 現に、今ルーシャスたちが歩いている場所には光こそ届かないが、天井は見えないほど遠くにあった。


 道幅も広い。ふつうの馬に引かせた馬車だったり、荷を背負った商人たち、あるいは地元の人間たちが大勢行き交っている。道の両側も大地の壁があると知識で知っていなければ、ただ暗いだけの広々とした通りに見えた。

 空中には丸い光を帯びたものが無数に飛んでいる。ふわふわふらふらと行き交って、それがこの黒層の暗闇の中でも最低限の光源となっていた。外の階層から例えるなら、〝常に夜の繁華街くらいの明るさがある〟といったところである。

 それでもナイジャーが明かりを灯したのは、単にそうすることが常識だからに他ならない。

 手元に明かりを持っていないと、時折すれ違う人とぶつかることになるのだ。特に人通りの多い場所では、自身の光源を持ち、存在を示すことが黒層でのマナーだった。


「自由戦士二人組と行きずりの娘じゃ、あっという間に不審者として噂が広まるぞ」

「そりゃそうだけど、よりにもよっておれたちが夫夫!」


 ゲラゲラと腹を抱えて笑うナイジャーに、ルーシャスは小さく嘆息する。

 エデルを妹として芝居をしたのは、あの場をやり過ごすための方便でもあったし、これからエデルを探し出すであろう彼女の村の村長や行商人の目を欺くためでもあった。


 ルーシャスとエデルが兄妹と名乗るのは良いが、だとしたら同行しているナイジャーは一体どういう関係なのか。

 ルーシャスの親友で、親友の妹の窮状を知って手を貸した、などでも良かったかもしれない。しかし、親友とはいえ他人の家族の問題に首を突っ込むほどの強い動機を示すには、夫夫(ふうふ)を名乗ったほうが良いような気がしたのだ。

 幸いにも、緑層(りょくそう)の大部分の国は婚姻に性別が関係なくなって久しいので。

 咄嗟の言い訳ではあったのだが、こうも笑われると、何だか自分がひどい失敗をしたような気にさせられる。


 ルーシャスはいまだあちこちに長い体を折り曲げて笑いこけるナイジャーの胸を叩きやり、次第に深くなる洞窟を行った。


 カルネーツの大穴は、緑層側も黒層側も入口から街まで近いのが良いところだ。多少時間はかかるが、基本的には徒歩で十分だった。

 他の入口だとこうはいかない。

 場所によっては真下に向かって地底に穴が空いている場合もあって、そうなると飛べる獣魔を連れていないと入れない。その獣魔も、黒層の暗がりの中を飛翔できる種類と限定されるのだ。

 その点、カルネーツの大穴は三十分も歩けば黒層の最初の街にたどり着く。


 ルーシャスは、そこでも当然のようにほとんど最上に近い宿を選んで入った。三人で泊まれる広い部屋を求め、ついでに背に負ったエデルを妹だと紹介する。

 ここでも、婚家でさんざんな目に遭ってようよう逃れた妹を救い出した兄を演じて宿屋の主人の憐憫を誘い、まんまと宿屋でもっとも広い部屋を融通してもらったのだった。

 か弱い娘を療養させるのだ。ルーシャスとナイジャーのふたりがついていれば滅多なこともないが、それでも、サービスが良く安心して休める部屋のほうが良いに決まっている。が、それにしてもルーシャスはエデルに関して心を砕くことに躊躇がない。


 部屋に通されると、ルーシャスはいの一番にエデルを一番大きな寝台に寝かせる。

 エデルはここまで、エスローから下ろしたり、ルーシャスの背に背負ったり、何度も体勢を変えられ揺れもひどかったはずだが、結局一度も目を覚まさなかった。寝息すらわずかにしか感じられない静けさに少々不安を覚えるほどだ。

 部屋に案内してくれた店員に、彼女の手当てをしたいと伝えていたので、速やかに着替えや湯が用意された。


「お医者様の手配もできますが……」

「いや、必要ない。俺たちで手当てできる」


 ふたりとも医者ではないが、旅慣れた風情である。ある程度の自力で旅ができる人間ならば、多少の治癒魔法くらいは心得ているものだ。

 店員もそう判断したのだろう。特に追及することなく鷹揚に頷いた。


「左様ですか。ほかにご用はございますか?」


 店員が丁寧に尋ねると、ナイジャーが軽く腹をさすった。


「あー、飯の用意はできるか? ふたり分だ」

「もちろんでございます。酒肴はいかがなさいますか?」

「それも頼むよ」

「妹さんのお食事は……」

「食べられるようになったらまた頼む」

「承知いたしました」


 店員が下がると、ふたりは急いでエデルの治療に取り掛かった。自分たちでできるとは言ったが、実際、非魔法での怪我人の治療など緊急時くらいしかやったことがない。

 まさか店員に「非魔法での治療が必要だから必要な薬を買ってきてほしい」とも頼めず、ここはナイジャーが遣いに走った。その間にルーシャスはできる限りエデルの汚れた体を清め、泥だらけの衣類を着替えさせる。


 ナイジャーが買ってきた薬でなけなし程度の非魔法治療が終わったときには、運ばれていた食事はやや冷めてしまっていた。


「できることはしたが、治癒魔法が効かないんじゃなあ。完治までにどれくらい時間がかかることやら」


 ナイジャーは憐憫を込めて寝入るエデルを撫でやった。ルーシャスが顔も丁寧に拭いてやったからか、すこしばかり顔色が良くなったように見える。

 しかしその労りの手を、ルーシャスの無骨な手が無情にもはたき落としたのだった。


 ここへきて、さすがにナイジャーもむっとしてルーシャスを睨んだ。


「あのな。俺は確かに恋愛相手の性別は問わないが、だからこそ相手にその気がなきゃどうにかなりたいとも思わねぇぞ」


 ナイジャーは大変にモテる。ナイジャー自身も色恋を向けられたら応えることに積極的だ。しかし、どんな相手でも選り取り見取りだからこそ、のべつ幕なしに手を出しているわけではないのだ。

 そのことは相棒のルーシャスが一番よく知っているはずなのに。


「おまえ、変だぞ」


 ナイジャーは自身の長身をもすっぽりと受け止める長椅子に腰掛け、片足をもう片方の膝に乗せる。


「彼女の問題をこっちから引き受けるってどういうことだ」


 開いた側の膝に頬杖をつきながら、昨晩からずっと思っていたことをようやく口にした。


「俺たちが緑層の山の中にいた理由が何だったのか、忘れたとは言わせねぇぞ。ここで調査をするためだろうが。現在進行系で依頼遂行中だろ」

「そうだな」

「その依頼の真っ最中に別の依頼を自分から引き受けにいくか? ふつう。俺たちは慈善事業家じゃないんだぜ」


 ナイジャーは息をつく。自分で口にしておいて、あまり良い気持ちではない。


 エデルの依頼を引き受けるべきではなかった、というには、彼女の境遇はあまりにも悲惨だったからだ。

 それでも、こちらの事情だけを鑑みれば、エデルの件は引き受けてはいけなかった。偶然出会って、緊急で助けが必要だったから手を差し伸べたまでは良い。だが、その流れで彼女の依頼まで引き受けるのは褒められた行為ではない。


「偶然出会った女の子を助けるまでは、まあ良識ある一般人としては当然の感情だな。そこに異論はない。だけどな、こっちから申し出て依頼まで引き受けてやるのはおかしな話だろう。おかげで、そもそもが黒層の深部に行かなきゃいけねぇのに、青層(せいそう)まで送り届けるなんて妙ちくりんな二重契約になっちまった」

「だからエデルにも説明しただろう。一度黒層に行ってから送り届けると」

「つまりもともとの俺たちの依頼にエディを付き合わせるってことじゃねぇか。確かに今回の依頼は調査だけで危険度は低い。だけど、無関係の、補助魔法も一切効かない女の子を連れ回せるほど安心安全な案件でもねぇよ。おまえが一番わかってるだろ」


 言葉を選ばずに言えば、エデルはお荷物なのだ。

 しかしルーシャスは自分からエデルの依頼を聞き出し、勝手に引き受けた。それどころか、エデルに対する扱いがどう見たって初対面の女にするものじゃない。

 それが、ナイジャーにはどうしたって不思議だった。


「昨夜は茶化したが、まさか本気で惚れたってわけじゃないだろ?」


 ルーシャスは惚れっぽい性格ではない。他人の肌をまったく知らないわけでも、色恋沙汰に耐性がないわけでもない。

 ナイジャーよりはお硬いところもあるが、それなりに酸いも甘いも噛み分けてきた。ナイジャーこそが、誰よりもルーシャスのそばに長くいて、彼を間近で見てきたのだ。


「俺たち傭兵団の団長はおまえだ。おまえの決定には従うがな、説明くらいはしろ」


 エデルの隣に腰掛け、こちらを見向きもしないルーシャスを、ナイジャーはじっとりと睨めつける。

 そうして見つめることしばらく、ようやくエデルから視線をこちらに移した自らの相棒に、ナイジャーは硬い声で問いかけたのだった。


「アドラス・ダユンを探すエデルは、一体おまえの何なんだ? 教えてくれ。――ルーシャス・ダユンよ」

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