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15.蛇のような獣魔

「うわあ!」

「そっちに行くぞ! 避けろ!!」

「無理だそんな……ッ! ぎゃあ!!」


 武器を取り、怒声を上げて応戦していた男たちの声が次第に恐怖を帯びていく。しかし戦意喪失して恐れたからといって、巣穴に飛び込んだのは男たちのほうだ。縄張りに侵入されたフロウがそんな事情を汲んでくれるはずもない。

 唸り声と咆哮が止まない。剣戟より悲鳴が上回り始めた。


「ぐぁッ、剣が……うわあぁあ!!」


 重いものが落ちる鈍い音。何か固いものが――骨が砕ける音。大の男の醜い絶叫。肉を引き裂く、聞くに堪えないおぞましい音。


 エデルは岩の壁の隙間に身を隠しながら、できる限り耳をふさいで吐き気を堪えた。

 フロウを刺激したのはエデルだ。追っ手を追い払う手段がなかったとはいえ、わざとフロウを差し向けた。

 だったら、これはエデルが招いた殺戮だ。


 何度もえずく。それでもその場から動かない。まだ、チャンスではない。だから逃げてはいけない。

 永遠にも思えた時間だったが、やがて音が止む。

 かろうじて誰かしらは逃げたようだが、あとはもう気配もなかった。


 侵入者を排除したフロウはいまだ低く唸っている。そうして辺りを警戒しながら、地面に転がった人間だったものを巣穴の奥へと運び始めた。

 人間は獣魔(じゅうま)の餌になる。血肉も栄養になるが、それよりも魔力を補うことが彼らの目的だ。

 その場で食べ出さずにわざわざ運んでいるのだから、やっぱりこの巣穴には、あのフロウが守るべき群れの幼体がひそんでいるのである。


 ――フロウが巣穴の奥にいる子供たちに気を取られている間に逃げなきゃ。


 エデルは恐怖と罪の意識に苛まれ、震えて言うことを聞かなくなった足を叩いた。

 今、立たなくてはならない。足の痛みがどうした。死にたくないのならこの場から離脱しなければならない。

 必死に言い聞かせ、四つん這いのまま巣穴の出口を目指そうとしたときだ。


 手元に何かが触れる。暗がりでは視界も役には立たなかったが、反射的に視線をやった。

 薄緑に光る石が転がっている。

 その石を、エデルはよく知っていた。魔力が十分に満たされた緑魔鉱石(りょくまこうせき)である。

 それに、満たされた魔力の魔粒子(まりゅうし)構造も、エデル自身のものだった。


 ――?


 腰帯(サッシュ)に突っ込んでいたうちのいくつかがこぼれ落ちたのだろうか。しかしそれにしては、転がっている数がいささか多い。

 エデルはひとまず自身の魔力が込められた緑魔鉱石を拾い上げて、もう一度腰帯にしまい直す。

 そのとき、ぐん、と髪を引っ張られた。


「――っ」


 何だと思う間もなく首に何かが巻き付く。温かくふわふわとした棒状のものだった。 しかし、それが壁から枝垂れた枝や葉に首を取られたのではないとすぐに理解する。

 首に巻き付いたものは意思を持っている。スルスルとエデルの首筋を確かめるように伝い、ぴたりと添った。


 ――首を絞められる。


「ひ、」


 ついに声が漏れてしまった。

 しまった、と思って口を塞いだときには遅かった。


 エデルの声に反応してきゅるきゅると鳥の鳴き声のような音が耳元で響く。次いで、くるるる、と籠もった音になった。

 ちょうど、猫が喉を鳴らすような――否、猫の喉の音にしては甲高い、竜系獣魔が喉奥を鳴らすときの音がした。

 首に巻き付いているのは生き物だ。


 くるるる、くるるる、と喉を鳴らす振動が直接伝わってくる。絞め殺されるかと思ったが、ふんわりとやわらかな毛は擦り寄るように巻き付くだけで、それ以上力は込められない。

 恐怖にほとんど呼吸を止めたまま、エデルはその正体を探るために首元に手をやった。すると、ふかふかと温かい感触がある。


 それはエデルの腕くらいの太さをした、蛇のような生き物だった。

 蛇、というと語弊があるかもしれない。全身がつるりとした毛で覆われている。よく触ってみると、被毛というよりは羽毛だった。

 羽毛に覆われた蛇は触っても驚いたり逃げたりせず、まるで気づくことなく首元でもぞもぞと動いている。

 先程から髪が引っ張られている気がしていたのは、この羽毛の蛇がエデルの髪をしきりとかじっているからだった。


 この生き物はなんだろう。たぶん、獣魔であることは確かだろうけれども。

 そのとき、髪と一緒に首の皮も噛まれた。首を狙ったわけではないのだろうが、皮膚に刺すような痛みが走った。


「いた……っ!」


 思わず声を上げてしまう。

 瞬間、巣穴の奥で群れの子供たちの面倒を見ていたフロウが振り返った。


 ――気づかれた。


 得体のしれない獣魔に首に巻き付かれて、そちらに気を取られすぎた。

 しまった、と口元を押さえたときにはもう遅い。


 フロウが威嚇の咆哮を上げた。

 生臭い呼気と一緒に唾液が飛んでくる。

 その声に驚いたらしい蛇の獣魔が狂ったようにけたたましい鳴き声を上げ、するりとエデルの首元から離れて消えていった。

 フロウがこちらに向かってくる。一歩踏み出すごとに地響きがした。


「あ……」


 腰が抜けて立ち上がれもしない。

 見つかった。気づかれてしまった。殺される。


 心臓が飛び出そうなほど早鐘を打って、呼吸が早くなる。息が吸えているのかどうかも怪しかった。

 フロウの大きな目がぎょろりとエデルを捉える。

 血を溶かしたような、赤黒く大きな双眸。


 ――視線がそらせない。


 そらした瞬間、戦意喪失と見て取って襲ってくるだろうとわかっていた。けれどもただ睨み合っていても時間の問題だ。

 エデルは真っ白になった頭で、ほとんど無意識に腰帯(サッシュ)に手を伸ばしていた。


 ――使えってんじゃないぞ。〝お守り〟だ。


 ルーシャスの声が脳に蘇る。

 腰帯に、ただのお守りとして渡されたナイフがある。それでどうにかするしかなかった。

 だが、エデルの手に収まる程度のそんな武器でどうにかできる問題ではない。そんなことは痛いほどわかっていた。


 ガタガタと震える手でなんとかナイフを握る。その切っ先を、フロウではなく己に向けた。

 どうにもならないほど強い獣魔と出くわしたときに切り抜ける方法を、たったひとつだけ、養父に教わっていたのである。

 エデルは手にしたナイフで自分の首元を狙った。


「――ッ」


 切ったのは首ではない。自身の髪だ。

 目線はフロウと睨み合ったまま、おぼつかない手で髪を握ったぶんだけ無造作に切り落とす。そしてそのまま、恐る恐る眼前のフロウに向けてそれを差し出した。

 低い唸り声を上げたフロウが牙を剥く。


 ――これ、だめかもしれない。


 覚悟を決める暇もないまま、エデルはぎゅっと目を閉じた。

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