01.過去の記憶
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ガタン、と大きく揺れる。
天蓋のない質素な荷馬車に、同じく誘拐された仲間たちとつながれている。どこへ行くともわからない道中に誰もが口をつぐみ、はち切れてしまいそうな緊張の最後の一線を守っていた。
一言でも口を開けば、不安や焦りの言葉しか出てこない。そうしたら、全員がパニックに陥ってしまう。だから黙って目も合わせずにいることでしか、最後の砦を守ることができなかった。
エデルはその中で唯一、落ち着きなくあちこちに視線をさまよわせていた。彼女は誘拐された少女たちの中では飛び抜けて幼い。まだうまく状況を把握できていなかった。
――たぶん、まずいことになっている。
それは理解できる。しかし何がどうしてこうなったのか、これからどうすれば良いのか、この先どうなるのか――そういう具体的なことには想像が及ばない。ただ仲間の少女たちが深刻そうにしているから、それに倣っているに過ぎなかった。
流れ行く景色は、初めて見るものばかりだ。
街の外に出ると建物や人がなくなって、代わりに木が増える。じっと一点を見つめていると、景色が緑と茶色の二色だけになっていくさまが面白かった。
視線を転じて空を見上げると、この緑層では珍しいくらいのすっきりと晴れた空が広がっている。
――今日は上の島が見えないから、いい天気なのにな。
こういうすっきりと晴れた日はみんな喜ぶ。しかし今それを口にしたところで誰も取り合ってはくれないし、そんな呑気なことを言うなと怒られそうだ。
ここから逃げなきゃいけない。しかしエデルを誘拐した男たちは「逃げられると思うな」とか「痛い目を見るぞ」としきりに脅していた。抵抗する素振りだけでも見せたら、きっと自分だけではなくこの中の誰かが犠牲になる。
エデルだけなら、たぶん、魔導具の縄くらいは破壊して逃げられるかもしれないが。
――ルウはどうしてるかな。わたしがいなくなったら心配してくれるかな。
彼はいつもエデルがお腹を空かせていないか、寒がってはいないか、疲れてはいないか、心配して何くれと世話を焼いてくれる。エデルにとって兄のような存在だから、きっと今頃、帰ってこないエデルに業を煮やして怒っているかもしれない。
そこまで考えてから、恐ろしく冷えた声音が、突然聞こえた気がした。
――おまえさえいなければ良かったのに。
「……おかあさん」
エデルは誰にも聞こえないくらい、小さな声でつぶやいた。
彼女はエデルを嫌っていた。エデルは要らない子で、だからいつも遠ざけられて、どんなに母の笑顔を見たいのだと望んでも、ついぞ叶わなかった。
――わたしはいらない子。わたしがいなくなったからって、誰も探したりしない。
暗い考えが次第に思考の闇を濃くしていく。
――そんなことない。ルウは探しに来てくれる。
――いいや、ルウだっていつかわたしを捨てるに決まってる。
頭の中で、ふたつの相反する主張をする自分が喚いている。どちらも泣きそうになりながら、本心から叫んでいる。
エデルは上を向いた。ぐっと目を見開き、何度も目を瞬く。泣きたくなったときは、いつもそうすることで凌いできた。
そうやって空を見上げていると、不意に青の中に黒点が浮かんだ。
空に黒いシミのようなものが浮かんでいる。青層の島が近づいてきたのか――いや、それにしては小さい。
その黒い点が、見つめているうちにどんどん近づいてくる。
最初は、島が落ちてきたのだろうかと思った。
――違う。人だ。
あっと思ったときには、突如として空から降ってきた男が大剣を振りかざし、エデルたちが乗った馬車めがけて刃を閃かせた。
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