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㍆㌋㌉㌏㌉㌸㌾㌋㌞㌹㌅(クリスマスひとりぽっち)

作者: 武田 和紗

孝幸は冴えないサラリーマン。彼がクリスマスに出会った美しい女性との独り相撲の恋。



「㍆㌋㌉㌏㌉㌸㌾㌋㌞㌹㌅」




眠い。

孝幸は何度目かの覚醒を果たした。頑張っても自動的に頭は前に傾いていくし、意識は朦朧とする。

興味のある事柄なら、眠ろうとしたって勝手に興奮するのだろうが、あいにく彼には門外漢のイベントだった。

パイプ椅子は座り心地が良いとは言えず、さりとて孝幸の姿勢を眠らずにキープさせるには心もとない。

足元に置いた、花束の入った袋を蹴らぬようにお尻の位置を動かしながら、また顔を上げ直した。

眠い。

彼の目の前には簡単に設えられた舞台があり、言語の分からない歌を歌い上げる中年女性がいた。

その頭上には看板が天井から下げてある。

「中野クリスマス音楽祭」と書かれたそれをぼんやり眺めながら、孝幸はどうしてこんなところに来ることになったのか思い返していた。

発端は数日前。

愛妻家、そしてそれより愛娘家で知られる直属の上司が、太い八の字眉を更に下げて、会社の座席に着いたばかりの孝幸に頭を下げた。

「すまん、服部。娘の演奏会、僕の代わりに見に行ってやってくれ」

慌てて頭を上げさせて、理由を聞いてみると数日後に愛娘の出演する演奏会があるらしい。

しかし部長は運悪く出張と重なってしまい、血の涙を流しながら仕事を選んだと言う。

「僕が働かないと、奥さんも娘も幸せに出来ないからね・・・」

と落ち込む部長の姿は、元々腹話術の人形に似ているせいか、少し笑えた。もちろんその笑いは脳内にとどめたが。

部長によると、その演奏会とやらは区が主催するチャリティー音楽祭だそうで、チケット代は募金されると言う。

「チケット代は僕がもう払ってあるから、心配はないよ」

「ああ、はい。それはありがたいんですけど、自分でいいんでしょうか」

「奥さんは娘についてないといけないし、花束を渡してくれる人がいないと可哀想だしね」

「それこそ自分でいいのか・・・」

「いや、服部君だからお願いしたんだよ。人当たりも悪くないし、あとクリスマスの予定空いてそうだし」

ああ、そういえばクリスマスだった。

と思い出すと同時に、何て失礼な、と腹話術人形の上司を少し恨んだ。

しかし図星なだけに、反論は出来ない。

その代わりに、

「そ、そんなクリスマス予定空いてそうな奴に花束貰って、娘さん嫌がりませんかねえ・・・」

と精一杯の皮肉を言う。

すると、部長は全く意に介さず顔の前で手を振り、

「うちの娘、まだ10歳だから、気にしないよそんなこと」

と一笑に付した。

孝幸の拙い記憶では、10歳くらいから女の子と言う生き物は、人の美醜や能力の優劣に対して苛烈な対応を取ると学んでいたのだが。

上司にすれば、愛娘はいつまでもパパ大好きの幼女なのだろう。

そのうちパパ臭い嫌いと言われて、この人泣くんだろうなあ。

仕方なく、孝幸は部長の願いを了承した。


部長の娘が出演する中野クリスマス音楽祭は、区の公会堂で行われるそうだ。

四日間開催されるそれは、公会堂の大ホール、中ホール、小ホール、そして路上パフォーマンスという風に分割されている。

山本ひめかちゃんと言う名前の10歳の部長の娘は、小ホールでピアノを演奏するらしい。

他にも地域の声楽サークルや、バイオリニスト、ピアニストも出演すると聞き、芸術関係に造詣のない孝幸は行く前からげんなりしていた。

後ろの席で寝てしまえばいいかと思ったが、意に反してチケットは指定席であり、しかもかぶりつきだった。

「娘の演奏を撮影してくれ」とビデオカメラを押し付けられている。

花束代は出してくれたものの、興味のない演奏会を延々見続けるのは苦行だ。

ご飯代も出してくれないと割に合わない。

そんなことを言えるはずもなく、孝幸は公会堂に赴いたのだった。

そして、今。

あくびを噛み殺して、歌っていた中年女性がお辞儀をするのに気付き、周囲に合わせて拍手をする。

膝に乗せたビデオカメラの出番は、曲目によるとだいぶ先だ。

後から気付いたのだが、この演奏会は自由に出入りしても無作法にならないらしい。

お目当ての出演者の発表が終わると、出て行く客が何人もいたのだ。

それと同じに、入ってくる客もいる。座席は常に8割ほど埋まっていた。客層はおじさんおばさんが多い。

孝幸は馬鹿正直に最初から座席についていた。

途中休憩が何度もあるものの、13時半から17時半居続けるのは辛い。

部長の娘の演奏が終わったら、速攻帰宅しようと思っていたが、不幸にも彼女の出演は後半だった。

帰りたい。興味ない。

何で俺はクリスマスだってのに、こんな苦行を強いられているんだ。

休憩時間のタイミングで、一旦外に出れば良かった。

でもミスして、部長の娘を逃したらどうなるか。

いや、何にしろ公演後に花束を出待ちして渡すと言うミッションがある。

それまではどうしたって、俺はこの公会堂に拘束されているのだ。

やっぱり一旦外に出て新鮮な空気を吸おうか、と思ったところで新たな出演者が舞台の袖から登場してしまった。

慌てて周囲に合わせて拍手をする。

と、そこで顔を上げて呆気に取られた。

まず目に入ったのはぶりぶりの姫ドレス。世のお子様女子が一度は憧れる正統派ピンクのお姫様ドレスだ。

レースとビーズがキラキラとしている。

そして緩くふわふわとした茶色の長い髪の毛。

頭の上にはこれまた正統派お姫様の必需品、ティアラが燦然と輝いている。

しかし驚きはこれからだった。

何と、そのお姫様は明らかに50代以上と見える中年女性だったのだ。

こっそりと右隣、左隣を見ると、彼らも呆気に取られているようだった。

「姫」はにこやかに微笑んで、ピアニストに合図をした。

演奏が始まり、「姫」が赤く口紅を引かれた唇を開く。

次の瞬間、孝幸を含めた観客たちの大多数が座席でわずかにずっこけた。

「姫」は、有り体に言うと下手糞だった。

声は出ていない、音程もふらふらと低空飛行で落ち着かない。

妙なところで裏返る。

ガサガサと隣の客が公演パンフレットを引っくり返すのを見て、孝幸も同じように彼女のプロフィールを見てみた。

綾小路可憐。恐らく芸名だ。そうであって欲しい。

他の出演者と比べて異常にプロフィールが長い。ホーチミン音楽コンテストで5位受賞って何なんだ。

違う意味で目が醒めた孝幸は口を開けたまま、綾小路可憐が楽しげに歌うのを呆然と見ていた。

苦痛のような歌がやっと終わったと思うと、おざなりの拍手すらさせぬ間に次の歌を彼女は歌い始めた。

時計を見る人、明らかに首を傾げる人、そんな観客の態度を一切気に留めず、「姫」はそれから5曲歌い上げたのだった。

ぱらぱらとした拍手を背中に、「姫」は悠然と微笑を浮かべ袖へ消えていく。

10分休憩のアナウンスと同時に、観客から疲労をまとったため息が口々に漏れた。何であんなの出したんだ、と呟く声までする。

帰りたい。帰ったとしても一人きりで寒いアパートでコタツに潜るだけだけど。

彼女もいない。クリスマスを一緒に過ごすような友人もいない。

俺は前世で何か悪いことをしたのだろうか。

そんなどうしようもないことをつらつら恨みがましく思っている内に、開演アナウンスが始まり、ここから一旦脱出出来なかったことを悔やんだ。

だから俺は駄目なんだいつもいつも。

仕事はそりゃあ頑張ってる。給料だってそれなりに上がった。

ただ、ここ一番のときの決断力に欠ける。

そう言われてきたし、自分でもそう思う。

例えば中学の時の体育祭。例えば高校の時のバレンタインデー。

チャンスは腐る程あったはずなのに、大事な時にためらって余計なことを考えてタイミングを逃してきた。

悔やんでも、もう遅い。

そして、単に休憩タイミングを逃しただけなのにここまでくよくよする性格。

優柔不断、悔やむばかりの性格、そして冴えない容姿。まさに三重苦だ。

暗澹たる気持ちで自問自答する孝幸には、舞台上の出演者の姿は既にいないものとなった。

自らの檻の中をぐるぐる廻る動物のように、思考は同じところをぐるぐる巡る。

ネガティブは、泥水に足を引っ張り込む触手のように容赦なく絡み付いてくる。

俯いたまま、らせん状に落ちていく思考に酔っていると割れるような拍手が孝幸の耳を打った。

惰性で拍手を真似して、何の気なしに顔を上げると舞台上に、女神がいた。

比喩ではなく、孝幸にはそう思えた。

舞台上の女神は、スモーキーピンクの上品なイブニングドレスを身にまとい、程よく露出された肩や腕は金粉をまぶしたかのように艶やかだ。

長い髪の毛は緩くウェーブが掛かって、背中を飾っている。

特に目立つアクセサリーをしている訳ではないのに、彼女の肌が、瞳が、唇が、動く宝石のようだった。

口をだらしなく開けたまま、彼女をぼんやりと見詰めていると、彼女が孝幸に微笑んで右手を僅かに動かした。

まさか、と思ったが、ただのピアニストへの合図だったらしく、曲が始まった。

ほんのりと紅が引かれた唇がほころんで、柔らかい歌声が小ホールに満ちた。

彼女の紡ぐ歌がどこの国のものかは正直分からないが、耳に優しい高音は心地よく少女のような爽やかさだ。

それなのに低音の響きは母親が子供を包み込む穏やかさで、孝幸の頭はぼうっとなった。

こんな、綺麗な人、見たことない。

芸能人やセレブという人種とは違い、地に足の着いた美しさだ。

彼女の佇まいから、普段の生活が想像出来うるような。

3曲歌いきり、彼女が優雅にお辞儀をした頃には、もう終わってしまうのかと酷く残念に思った。

それは周囲の観客も同じで、彼女がゆっくりと舞台袖に去るまで大きな拍手が鳴り止まずにいたのだった。


孝幸はずっとぼんやり夢の中に居るような心地だった。

パンフレットで確かめたところによると、あの女神の名前は「里見浩子」と言うらしい。

プロフィール欄には、音大で声楽を学び、何とかという人に師事して、こういった舞台に出ているらしい。

欄自体がとても小さく、他に読み取れることはないかと孝幸は必死に読んだがそれ以上のことは記されてはいなかった。

ふわふわとした気分のまま、思考を漂わせていると孝幸の身体はいつの間にか小ホールの外に出ていた。

しかしホワイエには観客やスタッフさえもおらず、静まり返っていた。

いや。人がいた。

女性が一人、孝幸のいる場所の少し先に佇んでいた。

さっきまで誰もいなかったように見えたが、今は鮮烈な印象を放って場の空気を支配している。

それは、里見浩子だった。イブニングドレスを着たままの。

彼女はこちらに向かって微笑んでいた。紛れもなく、孝幸だけに、だ。

自然と、駆け出して彼女の前に立っていた。

恥ずかしい、や嫌がられる、と言う恐れの気持ちは不思議となかった。

「あなたの歌、とても素晴らしかったです」

勝手に口が開いて、すらすらと言葉が出る。

それを聞いた浩子は微笑んで、ありがとう、と密やかな声で孝幸に言う。

耳を打つその声音だけで、孝幸は地面から舞い上がるような心地だった。

「あなたのように美しい女性に初めて会いました」

今までの人生で、口に出したこともないような台詞が次から次へと飛び出てくる。

浩子は、嬉しい、とはにかんで斜め下に視線を落とした。

これがどうにも、清楚な色気を感じさせて孝幸は予測不能な期待に胸を躍らせた。

そして口をついて出た台詞は。

「あなたが好きです」

浩子は微笑んで頷いた。


気がつくと、孝幸は海辺に立っていた。

周囲には海と砂浜しか見えず、赤々とした太陽は今にも水面みなもに落ちそうだ。

そして隣には浩子が孝幸に寄り添うように佇んでいる。

彼女は微笑を孝幸に向けて、何事かを呟いた。

問い返すと、恥ずかしそうに、幸せだわ、と寄せる波に向かって言った。

「俺も、あなたといられて幸せだ」

迷いなく、てらいもなく正直な台詞が口から飛び出る。

自分の台詞に高揚感を感じて、体中が熱くなる。

こみ上げてくる熱いものに何故か涙が出そうになり、慌てて笑顔を作った。

彼女が、浩子が孝幸を見上げている。

思ったより小柄なのだな、と何とはなしに思った。

微笑む瞳が熱く潤んでいるのが、急に愛しく思えて孝幸は両腕で浩子を抱き締めようとした。

ところが。

彼女はするりと、孝幸の両腕から抜け出して悪戯っぽく笑っていた。

孝幸さん。

鈴の音のよう、と言うのは彼女の声のことを言うのだろう。

再び捕まえようとすると、また彼女はしなやかにその腕を逃れた。

段々と、彼はじれてきた。

彼女を抱き締めたい。

焦りばかりが先に立って、高揚した気持ちの出口が見えなくなった。

「浩子、さん」

何故か呼び捨てにすることは出来なかった。喉が、呼び捨てることを寸前で拒否するのだ。

浩子は、ふわりと振り返り孝幸の目を真っ直ぐ見詰め。

唐突に、拍手をした。

「え?」

怪訝な顔をする孝幸に、拍手をし続ける彼女は何故かイブニングドレスのままだった。

拍手の音が、浩子一人のものとは思えないくらいに大きくなり、奔流となって耳を打つ。

突然、太陽が落ちた。


ふと顔を上げると、目の前でタキシード姿の中年男性とそれより少し若い程度の女性がお辞儀をしていた。

拍手の音につられ、孝幸も合わせて手を叩いた。

頭がふらふらした。座席でそのまま寝てしまっていたようだ。

当然だ、普通に仕事してる社会人なんだから、こんな空間寝ろと言わんばかりだ。

靄がかかった脳内に、ふと部長の娘の出番はいつだったのか、と思い出した。

一気に靄が晴れて、全身が冷たくなる。

なんてったってかぶりつきの席なのだ。そんな席で爆睡している人間がいれば、否応なしに目立つ。

部長の娘だって、パパが座るはずだった席なら把握しているに違いない。

ヤバイ。ヤバイ。

そんなことを思っている内に、次の出演者が舞台袖から現れた。

可愛らしいフリルのドレスを着た、少女のようだ。

その眉は八の字型で太く、腹話術の人形を思わせた。

少女が硬い表情でお辞儀をすると、客席に拍手が起こる。

孝幸も同じように拍手をしながら、ほっと安堵して座り直し、ビデオカメラを構えたのだった。


ぼんやりとした頭と鈍く痛む腰を抱えて孝幸は、観客に紛れて小ホールを出た。

何時間振りの新鮮な空気だろう。

のぼせて火照った顔の表面が、室内なのに冷めていく。

何故か人の流れが悪いな、と思えば出演者が二列になって観客のお見送りをしているのだった。

出演者の間を通りながら、部長の娘を探す。

他の観客たちもお目当ての出演者を見つけて感想を言ったり、花束を渡しているのが見えた。

花束の入った紙袋を慎重にぶら下げて、周囲を見回す。

すると、目に入ったのはスモーキーピンクのイブニングドレスだった。

鼓動が、跳ね上がった。

彼女だ。里見浩子だ。

彼女の優しげな微笑がフラッシュバックする。

ああ、彼女だ。彼女の微笑を間近で見たような気がする。

足が自然と彼女の方へ真っ直ぐ進んでいく。

遠いように見えたのに、あっという間に目の前だった。

浩子は既に、いくつか花束を抱えていた。

目の前の孝幸に気付いて、微笑む。

孝幸は身体が熱くなるのに逆らいながら、どこかで聞いた台詞を必死に言った。

「あなたの歌、とても素晴らしかったです」

浩子は、くしゃっと嬉しそうに笑うと、

「ありがとうございます!」

と、意外にも凛々しく明るい口調で言った。

「こういうの、初めてだったけど・・・来てよかったです」

一生懸命に言うと、浩子も更に顔を笑みで崩して、

「嬉しいです、そう言って頂くと出た甲斐があります」

とさっぱりと言った。

いっそのこと、彼女に花束を渡してしまおうか。

後先も考えず、頭に血が上って思った時。

「浩子!」

孝幸の背後から、青年の声がした。

浩子の顔が一瞬で輝く。振り返ってみれば、浩子と同い年くらいのスーツを着た清潔感のある男性だった。

その男性は、ピンク色の薔薇の花束を抱えにこやかにしている。

「お疲れ様、はいこれ」

彼は自然に浩子の持った花束を自分の花束と取り替えた。

「ありがとう、とっても嬉しい!」

花束を抱き締めた浩子の左手の薬指には、新品の大きなダイヤの指輪が輝いていた。

にこやかに笑う青年は、孝幸に気付いて「あ、すみません」と頭を下げた。

いえ、いいんですよ。

思い切り口角を上げてそう言うと孝幸は、花束なんか渡さなくて本当に良かった、と心中呟きその場からゆっくり離れた。

離れたところで2人を振り返ると、笑顔で何かを話している様子が非常に絵になっていた。

立ち入る隙のない世界に、孝幸は背を向けた。


「お兄ちゃんありがとう!」

「本当にありがとうございます」

部長の娘と、部長の奥さんにお礼を言われて、孝幸は、いえいえ、と笑った。

部長の娘は孝幸から渡された花束を抱いて、嬉しそうだ。

父親そっくりの腹話術人形顔だが、子供である分愛嬌があるように見える。

預かっていたビデオカメラも奥さんに渡し、孝幸は身軽になった。

部長の娘に手を振って、奥さんにもお辞儀をして、とっとと出口を目指す。

遠くのガラス扉からちらっと見える外は、既に真っ暗なようだ。

出口の傍の人だかりの中に、まっピンクのドレスの「姫」がいた。

にこにこと何かを大きな声で話している。

通り過ぎるその時に、「姫」の言っていることが聞こえた。

「自分が気持ちいいこと、やりたいことを優先するように生き方を変えたら人生楽しくなっちゃってー」

出口から、冷たいが気持ちのいい風が吹いてくる。

完全に外に出切ってから孝幸は、

「物事には限度があるけどな、ババア」

と小さな声で毒づいた。

駅までの道は、LED電球で飾られた街路樹でほの明るい。

駅前には巨大なイルミネーションが奇妙な絵画のように輝いている。

さっきまでの時間がどこか夢のようで、白い息が漏れた。

ケーキでも買って帰ろう。

心のうちに独りごち、孝幸はわずかに口角を上げた。

サンタ帽を被った商店街の店員が、声を上げて騒がしい。

家族連れやカップルに逆行するように、孝幸は少しだけ背を伸ばして、歩いていった。


【了】






短編小説です。

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