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東京リバースギフテッド  作者: 黄原凛斗
赤い傘と銃声と始まりの朝
5/33

悪魔が嗤う



 報告書を書いた響介(キョウスケ)という人物のことが手がかりに浮上し、となるとさっきの報告書の付箋にあったメモの場所が次の手がかりということになる。


「半グレたちがうろついてるかもしれないけど行くか?」


「キョウスケくんの手がかりになるかもしれないし、行くよ」


 このまま廃工場で隠れてもあの銀髪が来るだろうし、色々可能性は探ってみたい。

 住所を検索してみたところそう遠くない場所であることがわかったのでその前に準備をしておこう。


「行くのはいいけどその前に寄りたい場所あるんだ」






 近くのディスカウントストアに来てみたがやっぱりちょっと視線が気になる。まあ制服着てるし学校始まってる時間だからな。


「……大丈夫?」

「学校サボってるのに今更気にする?」

「だって警察とかさ……」

「逆に堂々としてれば案外気にされないだろ」


 さっさと買ってさっさと出る。それだけでいいのに荊儀は挙動不審手前の緊張を示した。

 ぎこちない動きというか、周囲をやけに気にしていてとても不審である。こんなの店員に万引きで疑われても文句が言えない。


「……そんなに緊張しなくても」

「だ、だって不良っぽくない?」

「だから今更すぎるだろ」


 サボったり不法侵入もしてるのに、店で買物するだけで緊張する様子がなんだかおかしくて笑ってしまった。


「ほら」


 手を差し出してみると荊儀は手を握り返すではなく、袖を掴んでみせた。

 癖なのかなんなのか、荊儀はやたら服をちょっとだけ掴むことが多い。

 そのまま飲料やらも買ってさっさと店を出て、もう一件、近くの本屋に入ってみる。


「本なんか見てどうするの?」

「霊術とかって……確か初歩的なの置いてあるだろ?」

「ああー……」


 妙に歯切れの悪い返答だ。

 霊術というものは異能者が霊力を用いて使う術、イメージ的には魔法とかそういうのに近いものだ。

 が、この霊術、実は霊力さえあれば異能者じゃなくても使えるらしい。


「……霊術、苦手」

「荊儀は霊術使えないのか?」

「できなくもないけど得意じゃないかな……」


 お前あの異能でそれって……厳しくないか?


 まあ荊儀の想定は自分より上の異能者とぶつかることがないんだろう。半グレくらいならたしかに拘束してしまえばそれで終わりかねないし。

 結局荊儀は霊術関連が苦手なのか、別のコーナーを見に行った。さすがに普通に人もいる本屋内でなにか起こることもないだろう。


「えーっと霊術……霊術……」


 異能者関連の本とだいたい近い位置に初歩的な霊術解説本があるはずだ。一般人でも霊力さえあれば使える、ということで護身術みたいな立ち位置のようだ。もちろん、こうやって本屋で買える範囲の本には殺傷力が高い術はないようだが。


「……うーん……?」


 『今日から霊術使い! 毎日コツコツ霊力トレーニング』とか『えっ? こんな私でも霊術が? ~大人が始める霊術入門~』みたいなイマイチ参考にならなさそうなタイトルが並んでいる。

 本棚を凝視しながら横歩きをしていると、ちゃんと周りを見ていなかったせいで誰かとぶつかってしまう。


「あ、す、すいません」


 たいした衝撃ではないがちゃんと前を見ていなかった俺が悪いのでとっさに謝ると、相手の男性はきょとんとした顔で俺を見る。


「大丈夫?」

「あ、はい。そちらこそ大丈夫ですか?」

「気にしなくていいよ。それより、霊術に興味があるのかい?」


 茶髪で眼鏡をかけた男性はよく見ると防人衆のバッジをつけている。やべ、と焦るも男性は一冊手に取った本を俺に差し出してくる。


「初歩の霊術ならこれがわかりやすいと思うよ」


 幸いにも異能者であることには気づかれなかったのか、俺が本を受け取ると男性は「がんばってね」と言い残して去って行く。


 男性はなんか数冊本を抱えていたが案外気づかれないもんなんだな……。

 親切は素直に受け取ってみよう。勧められた本を手に、会計しにいこうとすると荊儀が料理の本に興味があるのかちらちら見ていた。

 そんな荊儀を引き離して買った本と一緒に今度こそ目的地へと向かった。








 倉庫にはまだ人がいない。ここで合ってるかもわからないが、とりあえずまだ時間じゃないだけかもしれないので死角になりそうな場所に身を潜めた。

 しかし、改めて場所を見てみると俺たちの高校に近い。


「とりあえずここでしばらく様子を見よう。夕方くらいにまたどうするか考えればいい」


 そう言いながら買った菓子パンと飲み物を半分荊儀に渡す。そういえばちゃんと食べてなかったのでまだ余裕のあるときに少しは食べておこうと思ったのだ。


「時葛ってマイペースだよね……」


「なんか褒められてないのはわかったぞ」


 怒ることではないがお前が大雑把だから気を使わないとすぐ駄目になりそうなのが悪いんだぞ。そう言ってやりたいが言うわけにもいかないので飲み込んだ。


 惣菜パンを食べながら霊術についての本を読む。最初の方は霊力があるかを調べる方法とか、霊力の扱い方が書かれているので読み飛ばして基本の霊術について。


【霊術にはイロハの三段階で術の難易度が大まかに決まっています】


 ふむふむ。


【まずはイ段の術、その中でも基礎である霊皮(レイヒ)から】


 お、便利そうだ。期待してページをめくってみると霊力を守りたい部分に集中させるとある。

 これはたしかに一般人が魔物と遭遇してもすぐ死なないようにできるし便利かもしれない。

 霊力を集中させ、薄い膜をイメージする。手にやってみたのだがうまくできているのかぴんとこない。続きを読もうとして思わず飲み物をこぼしかけ、慌てて受け止めるときに、手に飲料がかかったはずなのに濡れた感じがしない。


【このように魔物の体液から身を守ったり、魔物が暴れた際に礫などを防ぐことができます。(※攻撃などは防ぐことの出来ない薄い膜なので気をつけましょう)】


 防御に使えないじゃん?


 とはいえ、いきなり使えるとは思っていないので、基礎をあっさり習得できただけでも儲けである。

 本には初歩と初歩にちょっと毛が生えたイ段の術までが学べるらしい。

 とはいえ、イの段階でも既にすんなり使えるようになるかは未知数だ。時間があるうちに次は他のイ段にある点火の術……ライターくらいの火を灯す術を……。


「ねえ時葛」


「ん?」


 荊儀が食べ終わったのか、膝を抱えたまま俺に声をかける。


「なんで私と一緒にいるの?」


 ここまで一緒に行動してればそう思うのも無理はない。ただ俺も他の方法が思いつかないから張り付いていることで荊儀を守ろうという考えしか思いつかなかったのだ。


「……荊儀が好きだから?」


「なんで疑問形なのよ」


 俺の答えに不満があるのか膝を抱えた腕を強く掴んだようで、なんて言えばいいのかわからなくなる。

 荊儀のことをここまで守ろうと思うのは間違いなく最初に彼女に庇われたのがきっかけだ。


 もうあんなことになってほしくない。


 荊儀のことを好きと断ずるには状況が特殊すぎて、俺自身も本当にそうなのかがわからなくなる。使命感や義務感に突き動かされているのではないか。それ以外のなにかがあるのではないか。

 ごちゃごちゃ考えたところで行き着く結論は荊儀を死なせたくないということだけ。

 本に目を通しながら、ぽつりと出たのはシンプルな気持ち。


「まあ……やっぱり荊儀に、昔みたいに笑っていてほしいから、かな」


 小学生時代の記憶。それだけは確かで、他人からすればたったそれだけのことかもしれない。命を賭けるほどのものではないのかもしれない。

 けれど、俺やっぱり荊儀にはあんな未来より、笑顔が似合うから。


 荊儀の反応を待っていたが特になく、不思議に思って本から顔をあげると荊儀が顔をそらしていた。


「え? 何、照れてる?」


「うっさい! 違うから!」


「じゃあ顔見せてよ。どうせなら笑ってくれたらなおいいんだけど」


「キモい!」


 笑顔が見れたら、それだけで死んだ甲斐(・・・・・)があるっていうのになぁ。


 本を読み進めたり、スマホで情報収集をしていたらあっという間にもうすぐ午後の授業も終わりそうな時間となる。


 なんか一番最初もだいたいこれくらいの時間だったか。



 そう考えていると急に眠気に襲われて船を漕ぎそうになる。


「あれ? 時葛? 時葛!?」


 こんな状況で眠るわけには……そう強く思うのに眠りの声に抗えなかった。





――――――――――




 2周目の後、死んだあとに見た夢と同じ場所に立っていた。


 死んだのか!?


 慌てて振り返ってみると夢に出た黒い髪の少女が俺を微笑みながら見ていた。


「ねえ、綜真くん。駄目よ、あんな女と一緒にいるなんて」


 微笑みながら、憎々しげにそう吐き捨てて、俺に手を伸ばす。小柄な体では俺の首に手を伸ばすのも一苦労だろう。

 だが、夢だからかなのか、その手は一瞬で俺に触れた。

 思わず拒絶するように手でそれを弾くと驚いた顔で少女は俺を見る。


「お前……なんなんだよ……!」


「わ、もうお話できるんだ。綜真くん、綜真くんがわたしに話しかけてる……」


 今度はまるで幼子のように顔を赤くして両手で頬を挟むような仕草をする。嬉しい、恥ずかしい、とでも言いたげに振る舞う少女にある一つの可能性が浮かぶ。


「お前……もしかして、2周目のとき、俺の後ろにいた?」


 この際だから聞いてしまうが傘女といい、荊儀といい、見た相手がやけに警戒していた謎の背後の存在はこいつなんじゃないかという疑惑。俺の目にはただの黒髪和服少女にしか見えないのだが、どうも厄い気配がする。


「うん。ちょっとそばで見守ってみようって思っただけなのよ。本当よ? でも綜真くんに近づく女どもがいたからちょっと、えいって。怖がらせようと思ったの」


 生霊みたいなものがくっついてたってことじゃねーか。

 いったいどんな風に見えていたのかわからないが、見えた2人がどちらもかなり警戒していたので相当やばい姿になっていたんだろう。


「綜真くん。安心して。わたしはあなたのことがだいすきよ。だからあなたが死なないようにちゃんと戻してあげる。だからあんな荊女なんて放っておきましょう?」


 この少女は荊儀にやたら敵愾心を燃やしており、俺に荊儀を見捨てろと囁く。


「悪いけど、俺は荊儀のことを守るって決めてるんだ」


 あのとき死なせてしまった荊儀のことがずっと頭から離れない。

 きっと元々荊儀のことは好意的に思っていた。けどあんな風に、死んでしまうのを一度だけじゃなく、ニ度も見たら関係ないなんて放っておけない。


「それに、お前の言う事聞いても、荊儀や他のやつが助かる保証がない」


「……? うん、わたしは綜真くんだけ無事ならそれでいいもの」


「だから、お前の言う事は聞けない」


 だいたい何者かもわからないのに聞く必要もない。それに、いちいち俺の首を触ろうとしてくるのが怖い。夢だから害はないはずだがぞっとするのだ。


「ふぅん……綜真くんはわたしのこと、信じてくれないんだぁ……そうなのね……じゃあしょうがないわね、ええ」


 納得してくれたのか。このまま物わかりがよく消えてくれるならありがたいが――


「少し、厳しくいくわ」


 俺の願いとは正反対に、少女は俺に愛憎入り交じった視線を向ける。

 そうして、少女の足元に黒い影が滲み、それが浮かび上がって少女の背後にうねりながら姿を現した。

 その黒い影が俺に伸びると、あまりの早さに避けることもできない。が、痛みもなく、影が俺の胸に触れていた。


「わたしの名前はミサト。美しい、水の少ない(すな)に神社の(もり)美沙杜(みさと)っていうの」


 可憐な声は名を告げる。


「辛くなったらいつでも私の名前を呼んでね、綜真くん」


 まるで唯一の味方だとでもいうように、俺に背を向けて夢の終わりを告げる光が視界を包んだ。





――――――――――



「時葛? ちょっと起きてよ。ねえ」


 ハッとして目を覚ますと荊儀が心配そうにこちらを見ている。


「……どれくらい寝てた?」


「5分くらい。急にうとうとしたかと思ったら寝てるからびっくりしちゃった」


 さっきの夢は……なんだったのだろうか。

 警告? だとしたらいったい何が……厳しく……?


 考えていると物音が聞こえたので息を潜めて荊儀にも指を口に当てて静かに、と伝える。


 警戒しつつ、少しだけ顔を出して状況を確認すると、半グレの一味と……1周目で煙を撒いた男を確認できた。様子からしてリーダーのようだ。

 そして、3人ほど追加で入ってくる。これが取り引き先だろうか。


「荊儀……お前の知ってる顔はいるか?」

「ううん。体格も違うし別人だと思う」


 小声でやり取りする程度ならバレないと判断し、それでも息をひそめて様子を見守った。


「お約束のハッピータリスマン、煙幕式で12個。念のため確認を」


 あんな危ないものを12個も!?

 たった1個でその場にいた数人がほとんど魔物化したというのにそれが12個……人口密集地帯にでもバラまいたらそれこそ大変なことになるぞ。


「間違いねぇな! にしてもそっちの担当引き継ぎは残念だ。アレは結構気に入っていたんだが」


「アレはもっと上の立場に――」


 取り引き先の男が何か言いかけたところで連れ添っていた2人がもがき始める。

 異常に気づいたときにはもう遅く、担当者とやらのすぐ傍に銀髪の少女が立っていた。


 いつの間に、なんて思っている間に担当者の顎に蹴りを叩き込んだ少女は倉庫の壁の音を鳴らし、付き添い2人はその場に倒れた。

 ここからじゃよく見えないが首になにか刺さっている……?

 というかあいつどこにでも出てくるな! 帰ってくれ!


「はぁい、カスども。ご機嫌いかが? 僕は最悪」


 心底忌々しげに吐き捨て、体勢を整えるように服をパッパッと払う。そんな仕草も絵になっているが、見え隠れする殺意は隠れている俺らでも感じる。


「チッ、あいつ担当者じゃないのは運がいいのか悪いのか……」


「さ、防人――いや、千夜機関(せんやきかん)のやつか!」

「おい、ボス! どうすんだこれ!」

「怯むな! 異能者だとしても数で制圧しろ! よくも取り引き先を……!」


「やぁだぁ。まさかそんなクソみたいな薬使ってテロ起こそうとしておきながら被害者ヅラ?」


 ケラケラと、悪魔のように嗤いながら少女は口を隠す。状況が状況でなければ本当に可愛らしい姿なのだが――


「お前ら相手にする価値もない人間のカスに、僕の時間を使っているって事実が腹立たしいよ」


 隙だらけの銀髪少女に半グレたちは手頃な凶器を持って取り囲む。リーダーらしき例の男は少しその輪からは外れて両手を広げて声を張る。


「おいおい、勘違いしちゃいねぇか? 慈善活動ってヤツだよ。異能者が爆発的に増えたとはいえ、魔物だって増え続ける一方。日本人がみーんな異能者になりゃ兵隊の数も増える。異能者にとっても政府にとってもありがたいだろ?」


「頭悪いやつってどうして自分の考えをさも賢そうにベラベラ長ったらしく喋るのか」


 呆れたように少女らしからぬ口調で半グレたちを見もせず手元のスマホをいじると、少女は俺たちの方を向いた。

 一瞬、目が合って慌てて隠れる。荊儀も隠れたが多分間に合っていない。


「ま、目的2つ同時に片付けられるのはありがたいけどね」


「わけわかんねぇこと、を――?」


 銃声にかき消されて少女を脅していた半グレの一人の声が途切れ、何かが倒れるような音。


「てめぇ! 異能者のくせに人間殺しやがって――!」


 リーダーがどの口が言うのか激昂したかのように怒鳴る。

 この場はもうすぐ戦場、いや虐殺現場となるのが察せられた。


「ハピタリなんか抱えといてよく言う。どのみち全員始末する予定だったしちょうどいいけど」


 銃声だけでなく、打撃音もする中、俺は荊儀に小声でまくし立てる。


「あいつはヤバい! 巻き込まれて俺たちまで殺されかねないから逃げるぞ!」


「で、でもどこから――」


 荊儀の異能でどこか窓……ここ窓がない!

 どうする、どこから――


「はぁい、何探してんの?」



 物陰を覗き込むように俺たちの前に顔を出した少女に思わずびくっとなって声が出ない。

 荊儀も目の前の相手が反社会の人間相手とはいえ、人を殺しているのを見たからか怯えているのが伝わる。


 が、その間にリーダーの男がこの場から逃げ出しており、しかもハピタリをいくつか抱えて倉庫から出ていく。


「あ、あいつまだ生きてたんだ。ちょっと手抜きすぎたかな」


 呑気に弾を込め直しながら少女は言う。片手間で処理できるとでも言いたげに、俺と荊儀を見た。

 1周目はこれで逃げてきたってのかよ!

 ……あれ? ってことはもしかして1周目で荊儀はこの場所と関わっていた……?


「こっち殺してから追っかければいいか」


「ま、待ってくれ!」


 俺の命は惜しくはない。だが、荊儀を狙うこいつの目的がわからない。誤解や手違いというのなら解消する試みはしたい!


「荊儀は兄ちゃんのこと探してるだけなんだ! 見逃してやってくれ! 今見たことは誰にも言わないから!」


 前回、こいつは俺のことを殺さなかった。つまり、目的以外を殺すつもりはそんなにない、はず……。

 だから俺の言葉も多少は聞く可能性がある。


「あー、悪いけど見たから殺すとかじゃなくて、荊儀結依に死んで貰わないといけないんだよね」


 駄目だ。明確に荊儀を殺す気だ。


「……さ、さっきの取り引き先の前任者の名前なら知ってる」


 取り引き先のやつらの顔を見て何か反応していたのは確認した。もしかしたら同じ相手を探しているなら荊儀を見逃してもらうための取り引き材料になるかもしれない。


「へぇ。対価に何を求めてんの?」


「……荊儀と俺の助命」


「そ。じゃあその前任者の名前聞かせなよ」


「苗字はなんて読むのかわからなかった。下の名前は響くに介護の介。多分キョウスケって読むはず」


 すると、少女は目を見開いて手にしていた銃をにぎり直す。


「キョウスケぇ……?」


 怒り、憎悪、悲哀、色々な感情が混ざったようなドスの効いた声。

 顔は取り繕ったかのように目を細め、俺たちを見下ろしている。


「せっかくだから教えてあげる。あの苗字はね、忽滑谷(ヌカリヤ)って読むんだ」


 さっきのドスの効いた声とは一転して、可愛らしい声になったかと思うと急に腹を抱えて笑い出す。


「あははははははっ! ほんとあいつら何も教えなかったんだねぇ! あー、ほんと……」


 パンッという聞きたくなかった、聞き慣れた音にとっさに反応できたのはまぐれだったのかもしれない。

 荊儀を庇って銃弾を受けた肩が痛みで熱を持つ。想像を絶する痛みに声を上げなかったのはこれくらいでは死なないという嫌な慣れか。

 当たり前のように殺しに来た少女を睨む。取り引きはどうなんだと言いかけて先に被せられる。


「取り引き? 違うね。命乞いだろ? お前らの命を握ってるのは僕。僕が上の立場で、そもそも取り引きに応じるとは一言も言ってない。お前らが知らない間に立ってるこの場所はママゴトでも職場体験でもない」


 俺らと同年代くらいにしか見えない容姿なのに、なぜか俺らよりも貫禄のある姿と発言。本当にこいつ同年代なのだろうか?なんて場違いな思考が脳裏をよぎる。


「隙を見せたら殺される、ゴミの掃き溜めにいるんだ。恨むならフラフラ入り込んだバカな自分を恨み――」


 少女の銃を持つ腕が引き上げられる。荊儀の縄が少女の腕に絡みついて拘束したのだ。

 そのまま俺を支えて逃げようとする荊儀に、俺は自分の失態に気づく。


 荊儀一人なら逃げられたかもしれない、いや、逃げられたんだろう。1周目のとき、荊儀がまだ生きていたのを見たんだから。


「名乗るつもりなんてサラサラなかったけど最期に教えてあげる」


 冷静な声が背後から聞こえた。駄目だ、もうとっくに拘束から抜け出している。

 荊儀、俺を捨てて逃げてくれ。

 声が出せない息苦しさを呪うも声は出ない。


「僕はカオル。ま、健気なお前にせめてもの情けってやつだよ、ルフの妹」


 最期に聞こえた銃声は3発。それ以降はわからない。


 その3発で俺はまた死んでしまったのだから。





 ああ、もう……倉庫にも近寄っちゃ駄目だな……。





――――――――――




「時葛? ちょっと起きてよ。ねえ」


 ハッとして目を覚ますと倉庫内……取り引きが始まる直前の時間に戻っていた。


 自宅で目を覚ますのを想定していたせいで思わず混乱しているのが顔に出たのか、荊儀は不思議そうにしている。

 ループの再開地点が変わっている。原因なんて考えるまでもない。


 や、やりやがったなあの女――!




 夢の中で美沙杜(悪魔)が嗤った。



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