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東京リバースギフテッド  作者: 黄原凛斗
赤い傘と銃声と始まりの朝
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夢と手がかり



 ぬるま湯に浸かっているかのような感覚だった。

 起き上がる力はなく、ぬるま湯から這い出たら寒さに体が震えるような感覚に抗えず、ぼんやりと生きているのか死んでいるのかもわからない有様だ。

 目を閉じ、朝を告げる壊れた目覚まし時計の音を待つ。


「綜真くん」


 目覚ましの音ではない、少女の声に呼ばれる。

 ゆっくりと目を開くといつの間にか膝枕されており、こちらを覗き込んでいるのは真っ黒な長い髪をした少女だった。

 見たこともなく、声も聞いたことはない。

 そんな少女が再び口を開く。


「こんな風に死んじゃダメよ、ダメ。死なないで。何度だってやり直せるようにしてあげる。だって王子様とお姫様の最後はめでたしめでたしで終わらないと」


 誰、と声を発しようとして声が出ない。そもそも体は1ミリも動かない。


「あんな荊女のために自分を犠牲にしないで。綜真くんの体も、心も、命も、わたしのものなんだから」


 甘く、優しすぎるほど優しい声はいっそ不気味さすら覚えるほど。

 妖精のような愛らしさと可憐さ、そして邪悪さが伝わってくる。


「あの荊女よりもあなたのこと愛しているのよ。ほんとうよ。綜真くんがわたしの声を聞いてくれたら、夢子なんか怖がる必要もないし、綜真くんを英雄にしてあげられるの」


 会ったことも見たこともない相手から愛している、なんて言われたところでもはや恐怖と混乱しかないというのに、少女は一人で喋り続けた。


「わたしも反省しているのよ? 綜真くんに近づく女を威嚇しすぎて綜真くんが困ってしまったから。もうできるだけしないようにするわ。だから、ね? 許してくれるよね?」


 見開いた目は俺を縛り付ける。見た目だけなら大和撫子と言っても過言ではない姿だというのに、言葉を発するたびに怪物としか思えなかった。


「ねえ綜真くん。わたし、ずっとずっとずっと……」


 狂気を孕んだ声は決して逃さないという意思を込めて俺に降り注ぐ。

 首に触れた指先は凍えるほど冷たく、爪先が牙のように食い込む。



「ずっとずっとずっとずっとずっとずぅぅぅぅっと、ずっとずーっと、待ってるからね?」


 にぃと笑うと消えていく世界はたった一言を残して『夢』の終わりを告げた。






「わたしの王子様」







――――――――――






 ようやく息をできたかのような息苦しさから解放され、飛び起きる。

 鳴り響くのは時間のズレた目覚まし時計。


 夢で変な少女が出てきたがあれが本当だとすると、俺が死ぬとループする仕組みで合っているはず。

 俺が生き延びることがまず第一条件として――


「今度は死なせない」


 目標は荊儀の生存。クラスメイトたちはそもそもあの状況にならないようにすれば巻き込まれることはないはずだ。

 やっぱり荊儀と半グレ集団をどうにかすることが必要に……いや。

 あの銀髪の少女が現状最大の難関の気配がする。

 そもそもなんで荊儀を殺しにきた? いや、理由はこの際関係ない。ほんの一瞬で仕留めにくるようなやつと話し合いでどうにかなるとも思えないし。


 どこから……どこから手を付けたらいいんだ。


 夢の少女もそうだし、わからないことが多すぎる。


「……出よう」


 とにかくループの開始地点が朝早いのは運がよかった。

 さっさと着替えてそのまま朝食も食べずに外に出る。


 荊儀と合流する前に、必要なものを買って、それからどうにか荊儀に信用してもらって――


 これからの行動を考えているとふと、ある場所にいることに気がつく。

 そうだ、ここで魔物がこの後出現するんだった。

 見た目が煙が原因で変化したクラスメイトたちとは違ったので野良の魔物だと思うが、あれは偶然でいいんだろうか。

 もうあれこれありすぎて全部関係あるんじゃないかと疑ってしまう。


 少し、様子を見てみよう。


 魔物発生地点の近くで人を待っているかのように装い、観察する。

 数分待ったところで、道路の真ん中から嫌な気配がした。

 前触れなく、気味の悪い気配が道路に溢れ、そこから魔物が形を徐々に形成していく。

 人々は魔物が出た!と声を上げて逃げていく。通報もされているだろう。

 どうせこの後、あの傘女が出て来るんだろう、と半ばわかりきったことを考えていると、ジャージを着た女子中学生2人がまだその場に残っていた。1人が転んでしまって、もう1人がそれを助けようとしている。


 それが魔物に気づかれた。


 魔物の触腕が伸びる瞬間、思わず止まれ!と意識する。危機的状況で時間が遅くなったあの感覚を掴む。

 2人の間に駆け寄って触腕から庇うように立つと、時間が元通りとなって触腕が首に巻き付く。


「早く逃げろ!」


 中学生2人はびっくりした様子だったが1人が手を引いてその場から離れて行く。


「おっそい……!」


 傘女がまだ来ない。ならどうするかなんてもうこれしかない。

 触腕を掴んで、俺の霊力をそのまま流し込む。

 反発する性質、霊力そのものがダメージになるならこれだけでも魔物に効くはずだ。

 霊力の衝撃に魔物は金切り声を上げ、一度は離れていくが、致命傷には至らないようで、次々と触腕を増やしていく。


 さすがに無理だこれ、と悟ると同時に、赤い円が俺の横を通過する。


「あらまあ、生きているとは。先程、女の子を助けたのはあなたでよろしくて?」


 赤い和傘を差したその女は、俺を一瞥もせず言う。


「蛮勇としか言いようがありませんが、女の子を助けたというのであれば話は別でしてよ。下がってなさいな」


 傘を閉じて悠々と前に立つと触腕が襲いかかってくるのにも関わらず、臆することなく札を2枚取り出した。


「数だけ増やしたところで」


 俺の前に一枚の札を投げると、それが透明な壁となる。

 そして、それと同時に魔物に大量の直方体が地面から現れ、魔物を貫いた。


「遅い遅い、遅い、弱い」


 触腕はせめてもの抵抗か傘女に向かってくるも、すべて傘で叩き落としており、よく見るともう一枚の札が傘に貼られていた。


 これら全部が異能ではない。異能だとしたら汎用性が高すぎる。荊儀がちらっと言及していて霊術なんじゃないか?


 逃げようとする魔物を見てつまらなさそうに傘女はぼやく。


「はぁ……朝から獲物を見つけたかと思えばとんだ雑魚でしてよ」


 そのまま新たに直方体が魔物を穿ち、傘女の足元にも直方体が勢いよく出現して彼女を押し出すように伸びると、その勢いを利用してか大きく跳んだ。


「お逝きなさい!」


 聞いたことあるその掛け声とともに、見覚えのある光景。

 2周目で魔物を屠ったときと全く同じ状況。


「私最強! 私最強!! わ・た・く・し、最強ですわ〜!」


 多少の流れが変わったところで、変わらないこともある。


「さて、蛮勇に走ったあなた、異能者のはずですが……見たところ右も左もわからない素人……あら、でも霊力はかなり高いですわね。制御も最低限できていますし……」


 だが、変わることもある。

 2周目のときの彼女と明らかに態度が違う。あのときは俺の背後の何かを警戒していたのもあるんだろうが、俺が誰かを助けたことで彼女は俺に対してそこまで敵対心を抱いていないようだ。


「あなた、覚醒したばかりですわね?」


「は、はい……朝起きたらよくわからないけどこうなってて……」


「あらまあ、それは大変ですこと。ですが異能を得たからといっていきなり魔物に立ち向かうのはアホのすることですわ」


 蔑むというよりかは注意しているような声音に、前回のこともあってか凄まじい違和感がある。こんなに変わるものなのか!?


「ま、それだけ度胸と良識があるならうまくやっていけるでしょう。この後、魔物処理に防人衆が来ると思いますので、保護してもらいなさいな」


 それでは、と言い残して傘女はその場から跳んで、どこかへ行ってしまう。

 彼女の異能の痕跡はすべて消えていた。

 よくよく考えたら彼女のやってることも意味不明だが今はそれを気にしても無駄だろう。

 防人衆が来る前にさっさとこの場を離れ、荊儀の元へと向かった。






――――――――――






「えぇ!? 異能に目覚めた!?」


 話が早い。2周目の背後の存在はどれだけ俺の邪魔をしていたのか。


 荊儀を見つけてまず最初に話をしたのは「異能者になってしまったみたいなんだ」という相談だった。


 そして、荊儀の霊力を感じ取ったから同じ異能者だと思い、荊儀に声をかけた、という流れを説明する。まあそこまで嘘はついてない。色々正確かと言われると怪しいところだが。


「荊儀は申告しないでどうやって生活してんの?」


「え? あ~……それは……まあ……お世話になってる人がいて……その……」


 さすがにそこまでは話づらいのか、言葉を濁される。

 これもある程度は予想していた。


「じゃあ俺にも紹介してくれないか? 代わりに荊儀に協力するからさ!」


 恐らく荊儀はこのあと半グレのところに行くはずだ。そのまま行かせるわけにはいかないが、俺がいるなら別の方面で調べることはできるはず。

 荊儀は少し悩んだ様子で腕を組む。そして、俺の顔を見て困ったように言った。


「私のすること、そんな楽しいもんでもないけど」


「いいよ、荊儀の力になれるなら」


 君が生きられるならそれでいい。


「…………時葛って変わってないね」


「ん? 何が?」


「別に」




――――――――――



 荊儀は半グレが間借りしているある建物に目をつけていた。


「ここに私の知りたいことの手がかりがあるかもしれなくてさ」


「知りたいことって?」


「私のお兄ちゃんの行方」


 そういえば荊儀のお兄さんについてはそこまで詳しく聞いてなかった。


「いつ頃いなくなったんだ?」


「だいたい……2年くらい前かな。それまではちょくちょく顔出したり、連絡くれたのに、急に連絡つかなくなってさ」


 その声は少し寂しそうで、かける言葉が見当たらず、言葉の続きを待つしかできない。


「今はお兄ちゃんの仲間の人に面倒見てもらってる。お兄ちゃんがいなくなる前に『俺に何かあったらそいつを頼れ』って言ってた人でさ」


「でも防人衆とかじゃなくてoss、だっけ? そういうのは信用できんの?」


「ossそのものは確かに色んな派閥あるから一概には言えないけど、私がお世話になってるところはoss内では穏健派……みたいなところだから」


 信用できるかは別じゃないか?とは思わなくもないが今言っても仕方ないか。


 そして、いよいよ建物から人が出ていくのを確認し、荊儀は俺に見張りを頼んで窓から忍びこもうとする。


「人がきたらこの紐引っ張って」


 恐らく荊儀が異能で出した紐だが、今の俺は荊儀の異能を知らないことになっている。ループしていることも伏せているからだ。


「こんな長い紐、どっから出したんだ?」


「……あとで説明する」


 前回よりあんまり信用はされてないのか、異能に関してはあまり口を軽くしてくれない。まあ、こちらとしてはわかってるから構わないのだが。 


 見張りながらついでにあることを考える。なんとなく嫌な気配とか、危険を察知するのが荊儀より早かった気がする。もしかして俺はそういう方面に長けているのではないか。そう思って自分以外の霊力が近くに感じられないかを試してみる。だいたいの危険は霊力や魔物関連なのでそれができれば少しは危険な事に巻き込まれる前に回避できるだろうし。

 が、まだ慣れてないからか、それとも危険なことが起こらないとわからないのか、そもそも感じ取ることができなかった。

 霊術とかを知ることができれば俺は霊力が高いようだし、なにか使えるかもしれないのだが……。

 そんなことを考えていると荊儀から紐が引っ張られた。


「開いたからちょっと入ってくる」


「俺も入っていい?」


「見張り頼みたいんだけど……」


「どっちかっていうと部屋に入ってくる方警戒したほうがいいし、俺も中にいたほうがよくないか?」


 ちょっと苦しいか?

 が、荊儀は素直だった。それもそっか、とう頷いて中に入ることを許可してくれる。俺は荊儀が不安で仕方ない。これいつか絶対騙されるぞ。


 部屋は物置になっているようで、ダンボールなどに色々しまわれていた。が、それ以外にも棚がいくつかあり、ファイリングされた資料のようなものが並んでいた。


「とりあえず私、資料のどこかに手がかりがないか探すから、部屋に誰か入ってきそうになったら教えて」


 そう言って資料の一つを手に取った荊儀はぱらぱらと手がかりになりそうなものを探し出す。

 警戒はしつつ、俺もなにかないか見てみよう。そう思ってふと資料棚を見たときに目に入ったのは、そのすぐ横にある使われていないデスク。

 そこにあったホチキスで留められているだけの資料。なぜかそれが気になって手にとってみる。



【Happy talisman の実験について】 忽滑谷響介


 ハッピータリスマン……って読むのかな。あんまり自信はないけど。書いた人間の名前が読めない。下の名前はきょうすけ、だろうか。

 



 Happy talisman(以下Htam)は異能(ギフテッド)を持たない人間に強制的に異能を発現させる効果を持つ。

 ただし、既に異能を持つ者には効果がなく、異能者にも追加で異能を発現させるようにする別の計画も同時に進められている。

 現状は試作段階につき、成功率は15%ほどであり、適応できない場合は魔物化してしまうか死亡するため、異能発現目的ではなく、対象を魔物化させる手段として用いる兵器としての運用を提案中。



 一周目の煙はこれだ。

 あの挙動からして俺たちを魔物化させて肉壁目的にしようとしたってことなんだろう。そして運がいいのか悪いのか、全員魔物化してしまっ――


 あれ? 俺なんともなかったな?


 俺の異能ってこれが原因で目覚めたってことなんだろうか。だとしたら成功したらかなり有用なんだろうがリスクが大きすぎる。


 ぱらぱらとめくっていくと最新の連絡事項があった。



 異能者を増やすことで裏異界の開拓調査の人員増強を試みたが、成功率の問題から本件は開拓調査の案件から切り離し、兵器担当に引き継がせていただきます。

 詳しくは後日、担当者が決定し次第、こちらから連絡しますので今しばらくお待ち下さい。



 なんかの取り引き……だろうか?

 これはそこまで関係なさそうだ。が、大きめの付箋にある場所がメモされている。



 ふと、足音が聞こえてくる。

 慌てて資料を戻し、荊儀を引っ張って部屋の物陰に身を潜めた。

 そのまま鍵の開く音とともに、誰かが部屋に入ってくる。

 足音からして2人はいそうだ。


「必要な書類ってこれか?」

「そうそう。あとは倉庫にこれ持って行けってさ」

「やれやれ、なんであんなところで取り引きすんのかね」


 そうぼやいて俺たちに気づきもせず男たちは去っていった。こちらとしては不用心なのはありがたいが大丈夫か?


「荊儀、もう大丈……」


 小声で状況を説明しようとして、荊儀を急いで引っ張って隠れたせいで密着した状態だったことを思い出し、荊儀が何か言いたげに俺を睨む。


「……急いでたからしょうがないじゃん?」


「うっさい」


 大きな音は出せないからか、小声で文句を言いつつ軽く蹴ってくる荊儀はかわいいなぁと声に出さずに考え、さっき俺が見ていた書類がなくなっていることを確認した。


「荊儀、そっちの資料に手がかりあったか?」


「ううん……さすがに2年も経ってるし厳しいかな……」


「そういえばどんな手がかりを探してんだ?」


「ああ……えっとね……2年前にお兄ちゃんと一緒にいた人たちがいてさ。その人たちのことも調べてるの。ミコトちゃんと、ヒナちゃんと、キョウスケくん」


 キョウスケ?


「キョウスケってどんな漢字書くかわかる? あと苗字とか」


「ええーっと……漢字はちょっと自信ないけど(ひびく)ってあったはず。問題は……苗字が難しいというかなんて読むのか思い出せなくて……多分見たら『あ、これだ!』ってわかるんだけど」




 これは、さっきの報告書を書いた人物なのでは――?


 次の目的が俺の中で決まった瞬間だった。



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