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東京リバースギフテッド  作者: 黄原凛斗
異能者殺しと錫の兵隊と回帰者
29/33

反転する祝福《リバースギフテッド》


 捕まえた襲撃者を晴美さんが魔眼で抑えながら晴美さんの部屋の隣の作業部屋へと移動する。

 晴美さんの部屋は狭いし廊下への見通しが悪いからだ。それに、道具も作業部屋のほうが揃っている。

 ついでに、異能者用の手錠とやらをつけて霊力を抑えたところで作戦会議兼尋問タイム。


「お前らのリーダーは?」


「そ、それは――」


 言い淀む男に晴美さんが手錠のかかった左手を取ってじっと男を見る。


「庇うような義理もねぇだろ? さっさと答えたほうが"優しく"してやるぜ」


「…………」


 男は口を噤む。

 迷っているような顔だが、やがて答えるつもりはないというように晴美さんを睨んだ。


「そっかー」


 テンションの低そうな呟きからシームレスにペンチを取って男の爪を一枚剥がす。

 男の絶叫が思ったより大きくて思わず耳をふさいでしまった。


「手間かけさせんなよ。そんで、リーダーはどこで、目的は?」


「こ、こんなことで屈し……」


 男の絶叫は続く。

 グロいよ。

 見たくないので背を向けながら廊下の方を警戒する。今のところは問題なさそうだ。

 薫さんも同じように警戒しているが、万が一晴美さんに何か起こらないようにアバターも使って二視点での注意を払っているらしい。


「なんか……慣れてますね晴美さん」


「まあ……ある種本業だろうし。それよりお前、さっきから気になってたんだが」


 本体の薫さんが壁によりかかりながらトントンと生身の指でリズムを取る。むすっとしているがその声は諭すようにゆっくりとしていた。


「お前、異能かなんかでかなりキツいんじゃないか?」


 ループしたタイミングの不安定さ、乱れ方を見てのことだろうか。

 心配というより状態確認という様子だが、ループのことは明言しづらい。結局、晴美さんとの成り行きで協力しているだけだし、元々は結依に関連では敵みたいなものだし。

 ただ、今後の信用にも関わるしある程度の話は通しておくべきだろう。


「まあ……かなりきついっていうか、死ぬくらいしんどいですけど」


 本当に死んでいるから嘘ではない。

 薫さんはそれを聞いても「そうか」と呟いて廊下に視線を向ける。


「別に無理に使うなよ。お前、晴美関連に巻き込まれただけなんだろうし。ムカつくやつだけど、目の前で子供に死なれたら目覚めが悪い」


「でも、俺が頑張らないと――」


 俺がやらないと全員死ぬ未来が確定してしまう。そう思うと――


「バカが。子供が命賭けてなんとかなるような問題の方がふざけてる。そういうのは僕ら大人が解決するのが筋ってものだろ」


 薫さんは面倒そうに言いながら改めて俺を見た。片目しかない紫色の瞳が細められる。


「お前の頑張りは否定しない。だが周りを頼れ。警戒心が強いのは正しいが、その見極めも覚えておけ。他人の助力もお前が使える手札に違いないんだから。特に子供のうちは大人に甘えとくもんだろ」


 薫さんの言葉はどこか……保護者みたいだな、なんて思ってしまう。

 というか……


「うわ……なんか意外と真面目でちょっとびっくりした」


 ふざけたアバターとかのこともあってこの人、そんな真面目だったんだ……と驚きが隠せない。

 初対面の印象が死んだほど悪いからなんかすごく変な感じだ。


「うわってなんだ。舌引っこ抜いてやろうか」


「大人げない」


 なんとなく、晴美さんも薫さんも口や態度が悪いけど責任感はある人なんだなと感じた。

 二人とも、俺を死なせないように気遣ってくれる。



『でもそれって――』



 美沙杜の声がする。


 ああ、そうだ。


 優しすぎて、俺には足枷かもしれない。


「おい、薫。交代」


 考え込んでいると晴美さんがこちらに向けて薫さんを呼んだ。ハッとして顔を上げると薫さんが襲撃者の方へと向かう。


「なんだ? 拷問? 僕最近やってないから失敗しても知らないぞ」


「別にいいよ。あたしは他に集中したいことあるからしゃーない。なんも出てこなくても最悪、あたしの体が回復したら魔眼で少しは読み取れるかもしれないしな」


 薫さんと交代したら晴美さんは血で汚れた手を拭きながらこちらに寄ってくる。


「体調が影響するんですか?」


「そりゃモロに魔眼なんて体の一部使う能力だからな。体に問題があるならパフォーマンスにも響く。あたしは元々体が弱いから無茶な使用は多少慣れてるけど……」


 言いながらきれいになった手を俺へと伸ばしてくる。特に何も考えず握手するみたいに手を握った。


「本来なら薬飲んでも時間がかかるからな。時葛、加速」


「もう俺完全に便利な時短アイテムになってますよね」


 ものの時間を早めるということは薬や毒の効果も早く体に影響が出るということ。

 しないよりはマシということで晴美さんの体を加速させる。喋ったり動作はそのままなので、この場合加速させるのは体の変化だけだ。


「こっちが一匹捕獲した以上、向こうもそれに気づいてもっと寄こしてくるだろうな。とすると出入口の術解析と解除してる間、敵を相手できるのは実質薫と時葛だけ。正直かなりリスキーだ」


 それは確かに。

 晴美さんと薫さんの様子からしてあの襲撃者から有力な情報は得られそうにないし、こちらは変わらず後手のまま。


「あたしの方も、万全とは言えねぇ。となると多少の負傷は覚悟しておけ。死なない程度に抑えろ」


「あの……」


 一瞬薫さんの方を確認する。拷問しててさすがに距離もあるし聞こえないだろう。


「俺が……死んだ方が色々わかるんじゃ……」


 ループで得られる情報は実質先読みみたいなことができるし、さっきもそれで対処できた。

 加速みたいに俺を有効活用したらもっと……


 そう思っていると、晴美さんにデコピンされてしまった。かなり強く。


「アホか」


 呆れて半分怒っているような気配すらある。

 さっきよりはほんのわずかに顔色が良くなった気がする晴美さんはデコピンしてきた指で俺の額をぐりぐりと押す。


「それは確かに切り札だ。だけど簡単に命を捨てるな。どうしようもねぇ場面はそりゃ仕方ねぇ。でも、よく見て、よく聞いて、よく考えろ。観察を忘れるな。お前だけの特権ではあっても、お前以外はそれがなくても十分にやっていけてんだ。あたしの今のサブ目標はお前をできるだけ死なせないことだよ。当然、メインはこの状況の解決な」


「で、でも……」


「デモもパレードもねぇよ。いいか。てめーは一時的とはいえあたしの弟子みたいなもんだろ。捨鉢にならないでしっかり地に足つけて戦え。やれるだろ」


 なんでこの人たちはこんなに優しいのだろう。

 当たり前のように、俺を死なせないようにすると言い切る二人は、俺からしたら眩しすぎた。


「……頑張ります」


 眩しいから、俺も頑張らないとと思わせる。

 美沙杜の声はまた聞こえなくなった。あれ、デコピンのあたりからそういや聞こえないな。



「薫ー、どうだ?」


 晴美さんが薫さんに声をかけると、薫さんがこちらをゆっくりと向く。その際、手は隠すようにさっと後ろにやった。


「……晴美、お前指くっつけられる霊術覚えてるか?」


「ねぇよ。欠損の修復はハ段術だし」


 あの、なんか恐ろしいこと言ってるような気がするんだけど……。あんまり見てもいいもんでもなさそうなので触れないことにした。


 拷問の結果、ボスはここの最上階、3階にいるらしいことが判明した。

 3階っていうと晴美さんがこの前モニター見ながら色々してた場所でもある。


「どうする。入口の解除をやってみるか?」


「多分晴美か僕だろ? 僕と時葛が警戒するにしても晴美の補助なしでどれだけやれるかだな。向こうも隙があると見たら戦力投入してきそうだし」


「つっても本丸突撃も戦力的な意味では危ねえしな」


「一ついいですか?」


 どうするべきかを考えてもこの先は俺の未知数。だからといって二人にすべて任せるのもよくない。


「もし出口の術をなんとかしたとして、開けた先で敵が待ち伏せや罠を仕掛けてたりする可能性もありますよね。そもそも外に出て安全かも知る方法がないですし」


「まあ救援が来るのを待って籠城……ってのも候補だったけど、内側に術ってことは外からだと解除大変そうだしなぁ……」


「やっぱ直接ぶっ叩きに行くか」


「晴美、体は?」


「だいぶ楽になったから魔眼もいける」


「なら叩いて終わらせる方針で」


 方針が決まったことで2階へと移動する。……セーブはどうするべきか。

 セーブできるとなったらなったで本当に難しい。一応セーブしておこう。


 それに、二人なら俺がうまくやれなかったとしてもなんとかしてくれると、信じてみたい。



――――――――――




 2階に上がるとまた上に行く階段まで歩かねばならない。いちいち階段の位置が違うところにあるせいでこんな苦労して上を目指すことになるからダンジョンみたいだ。

 なんでこんな変な構造しているんだろう……。そう考えていると晴美さんが「あたしがつくったわけじゃねーから」と不満に言い訳するようにぼやく。


 そして、今までで一番瘴気が濃い。


「……あー……? なんか変な感じするな。薫。火力デカいの用意しとけ」


「珍しいな。感覚で言うなんて」


 言いながら薫さんが準備をしつつ先導する。

 すると、今まででとは比べ物にならない不気味な気配が背筋を這いまわった。


「来るぞ」


 晴美さんがメガネを押し上げて警戒する。


 現れたのは桃色の髪をした人物だった。

 が、その人物はなんと魔物に乗ってこちらを見下ろしている。


「ハァイ! こんなとこまで登ってきて偉い偉い! 迎えに行く手間も省けたことだし、さあ伊藤のお嬢様。あなたのいるべき場所へ参りましょう」


 恭しいようにみえて晴美さんを見下したような態度。根っこのところで晴美さんを敬っていないことが俺でもわかった。


「やっぱどいつも藤原系だな。本家の差し金か? よくもまああたしの眼が狙いの癖によくもこん……な……」


 相手と魔物を見てから晴美さんは絶句し、すぐに怒声が飛んだ。


「てめぇらどうやって"それ"を外に持ち出した!」


「ご自慢の眼で見定めてはいかがですか? まあそんなことなさらずとも――」


 晴美さんの反応を軽くあしらうように、魔物に乗った人物は鼻で笑って魔物から飛び降りてニッと笑う。


「すぐに邪魔なやつらを排除して連れていくので、そちらで聞けばよろしいでしょう!」


 魔物が体液を撒き散らしながら咆哮をあげ、薫さんの準備もあって初撃はこちらの先制。

 晴美さんは万が一の魔眼対策を警戒してメガネを戻すと、霊術で魔物の動きを制限する。


「薫、核右胸!」


「了解! 時葛、お前手伝え!」


「はいっ!」


 魔物の右胸を狙うため、懐に入り込むために片方が気を引かねばならない。晴美さんは後方なので動けないとして、俺がとどめを刺せるか怪しい以上、俺が囮側になる。

 いざとなれば時間を止めれば回避する余裕はある。


 だが、ピンク髪の人物が魔物を操っているのか、それとも魔物が言うことを聞いているのか、どちらかは不明だがやけにこちらの動きに合わせてきている。

 時間を止めて魔物と敵の死角に入り込む。動き出すと同時に魔物を斬りつけると、魔物が絶叫しながら体を起こす。

 暴れた魔物の攻撃がかすって腕に切り傷ができるが軽傷の部類だ。


「よくやった!」


 薫さんがその隙を逃さずに魔物の核を撃ち抜くと、派手に魔物が風穴を空けて体液が飛び散る。


「時葛、左に避けろ!」


 とっさに指示をもらえたのに異能を使った直後のせいか体がついていかず、倒れた魔物の瘴気と体液を浴びる。

 一瞬灼けるような熱さと痛み。

 そのほんの一瞬が終わると、不快感は消えて代わりに体が重く感じるようになる。


「なんか体が……ってあれ?」


 声が変だ。しかも怪我した腕の部分も痛みがなくなっている。というか治っている。また無意識に異能で治したのかとも思ったが、さすがに意識して使えるようになりつつある今、そんなはず――


 自分の体を見下ろすと全体的に丸い。

 胸のあたりの違和感のせいもあってそちらを注視するとなんか膨らんで服がパツパツになっている。


「え、あ、え、ええっー!?」


 女になっていた。

 俺の姿が変わったことで晴美さんがぎょっとして二度見する。


「やっべ、リバースギフテッドだ!」


「リバース、って、えっなに!?」


 書類か何かで見た単語だが詳しいことまでは知らない。なんか呪いとかだった気がするが……。


「リバースギフテッド。通常の魔物の呪いとは違う、一定条件下で発生する異能者にかかる強力な呪い」


 通常の魔物でも呪いは発生する。呪いを受けた者は様々な状態変化を受け、しばらく苦しむことになるという。

 それの、更に強力な呪い。


「反転する天の祝福。あるいは生まれ変わる異能者。直前までの状態すら無効にする強い呪いが故に――致命傷すら無視できる」


 文字通り作り変えるくらいの大掛かりな呪い。そのおかげか傷もなかったことにして実質回復しているようなものだがドデカい状態変化がえぐすぎる。


「治りますよねこれ!?」


「治らない場合も……まあ、ある」


「最悪じゃないですか!」


「まだわかってないことが多いんだよ。食らうにこしたことはねーがくらったら最悪そのままの覚悟ってやつ」


「いいから早くこっち手伝え!」


 自分の変化に気を取られていたせいでカオルさんかピンク髪をタイマンで抑えていたことに気づかず、慌てて加勢する。


 ピンク髪本人はそこまで強くなかった。幸いなことに、割とあっさり倒すことに成功する。が、気絶させてしまった。


「どうする。起こして吐かせる?」


「あんまりちんたらしてられなさそうだし、縛って放置だな」


 晴美さんたちが魔物の死体を浄化して処理しつつ、捕まえた敵について話している横で俺はスマホを取り出した。相変わらず電波は死んでいる。


 スマホのインカメラで自分の姿を改めて確認してみた。俺がそのまま女になったような雰囲気だが、髪が伸びているし、全体的に丸く、背も低くなっている。


「……」


 これはちょっとした好奇心であって決してやましいものではない。というか自分のことなのだからなにも問題はない。


 自分の胸に軽く触れてみて、少し、揉む。

 こ、こういう感じかぁ……。

 巨乳というほどではないがしっかりと手で包めるくらいの量はある。いやこれ柔らかくてびびる。

 しょせん脂肪だと言い聞かせるがこんなの腹の肉と全然違うって、と煩悩の部分が訴えかけてくる。


 と、視線を感じて振り返ると晴美さんが汚物を見る目を向けていた。


「おい、オナってんじゃねぇよ」


「し、してませんしてません!」


「今乳揉んでただろうが」


「触れてやるな晴美。高校生なんてだいたい猿だぞ」


「忘れてくださぁーいっ!」


 俺の高くなった声は思わず状況を忘れて大きく響いた。



 閑話休題。



 俺の呪われた姿は今はどうにもできず、異能者用手錠でピンク髪を捕まえつつ、晴美さんは床に落ちている何かの欠片を拾う。


「……出るな、素材」


 それは先程の魔物の爪も含まれていた。他には結晶のようなものもあるが、先程までの魔物とは明確に違う。


「どういうことだ? さっきのはハピタリ産じゃなくて野良の魔物か?」


 薫さんが欠片一つ取り上げて観察する。

 キラキラ光る青い結晶はかすかに霊力を感じた。


「野良魔物だったらまだマシだっつーの。時葛がリバギフ受けてるってことはそういうことだ」


「……はぁ!?」


 薫さんは理解したようだが、俺にはさっぱりわからない。

 野良魔物って街とかに突然出現する魔物のことだと思うが、それではないとしたらいったい――?


「この魔物は侵蝕地の魔物だ。リバースギフテッドが発生する条件の一つに侵蝕地や裏異界の力が強い個体の呪いであることが現状の見解だからな」


「……えっと?」


 つまりどういうことだ。


「敵は立入禁止の指定を受けてる侵蝕地から魔物引っ張って従えてるヤバいことしてんだよ。で、そのヤバさも中途半端な理解度で使ってることが一番あり得ねぇ」


 晴美さんの機嫌は最悪だ。

 倒す、あるいは呪いを浴びるような体液などを食らっただけで肉体がこんなに変化するような危険な存在を、抑え込んでいる結界から引っ張り出してこうやって使役する。

 そう考えると使ってる場所が閉鎖空間とはいえ一歩間違えたらテロでしかない。


「リバギフの効果って現状なにがあった?」


 薫さんが確認するように晴美さんに聞くと俺を魔眼で確認しながらぼやく。


「さぁね。現状まだ症例も少ないし、被害者も治ったり治らなかったり不安定だから治らなかったやつくらいしか明確にしっかりした記録がないんだわ」


 性別反転、年齢変化は逆行と老化、体格変化など、主に肉体的変化が多い。中には性格変貌なんて恐ろしいものから異能反転なんてのも聞こえたが。


「まーじでさっさと全員とっ捕まえてアホなことしてる奴らを防人衆に押し付けてねーといけなくなってきたな」


 敵のしていることのヤバさに晴美さんは舌打ちしながら、先へと進む意思を見せる。





  あの、俺このまま進むの!?


 こんな状態で絶対セーブしたくない!

 万が一ここでセーブしてこのあとも戻らなかったら俺結依になんて言えばいい!?


『いや……その……女の子はちょっと無理かな……』


 なんて言われた日には一生分泣いてしまう。

 いや結依ならそれでも気にしないかもしれない……? わかんねぇ!

 ラインに「もし俺が女になったらどう思う?」なんて怪文書を送りつける勇気もなく、そもそも電波が駄目なままだったことを思い出し、前へと進む。


 警戒しつつ、上への階段を確認したところで、薫さんが先導するのについていく――




 と、後ろに引っ張られる。


 また知らない敵。初めて見る茶髪の男に羽交い締めにされていた。


「時葛!?」


「うわっ、隠密系!」


 俺が捕まったことに気づいて二人が振り向くが、数では有利なのに俺が人質になっているせいで二人とも動けずにいる。


 まずい、まったく振り解けない。

 霊力で身体強化はしているのに、相手も身体強化をしているから素のスペックからして敵わない。

 女になっているせいで男のときより力が弱まっているのもあるんだろう。

 この状態じゃ時を止めても抜け出せない。


 ひやりと冷たい刃が首筋に触れる。もがけば切れてしまいそうで身を固めてしまう。


「さあ、武器を床に置け。変なことしたらこいつを殺す」


「お、俺のことはいいで――」


 殺されても戻れる。むしろ有利になれる。

 だというのに、薫さんはともかく、晴美さんすら武器を床に下ろした。


「な、なんで――」


「ったく、世話が焼ける……」


「薫、鈍りすぎじゃね」


 二人して仕方ないという様子で怒っているわけでもなく、敵の要求に応じながら向かい合う。


「二人とも、俺は気にしないで――」


 余計なお喋りをするなと言わんばかりに刃が少し皮膚を裂く。


「バーカ。気にすんな。ケアを怠った僕らのミスだ」


「ま、それはそう」


「まさかとは思ったが、あのメデューサと錫の兵隊に人質が通用するとはな」


 そのまま、魔物が2体、敵が従えているように現れ、晴美さんが舌打ちする。

 反応からして魔眼対策されているらしく、直視できないでいる。


「用があるのは伊藤の姫様の方だけだ」


 そう言って男は魔物を薫さんに仕向ける。

 薫さんは霊術で応戦しようとして、一つしか見えない目が合う。


 俺が足を引っ張ってしまったせいで――


 肩から胴体をバッサリと切りつけられた薫さんは血を吐き捨てながら言う。


「鈍りすぎて笑えないな……」


 魔物の追い打ちでやがて生身の部分は引き裂かれ、晴美さんのほうまで血溜まりが広がった。


 薫さんが死んだ以上、俺はこの回をそのまま進めるわけにはいかない。


 俺を助けてくれるような人が、死んでいいはずがない!


 鋭い刃物でよかった。

 あのときのろくでもない切っ先よりも、容易く喉を掻き切れて、俺の意識はあの瞬間へと巻き戻る。



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