予想外の正体
「おい晴美! どうなってんだ!」
「知らねぇ。とりあえず倒すの優先。お前が生命線だからな、薫」
「うっそだろ! 魔物2体に実質2人でやれってか!?」
「3人」
俺の足を軽く蹴飛ばして晴美さんはメガネを外す。
そして、閃光弾みたいに強い光で視界が奪われたのを思い出す。
「駄目です! 光で眼が!」
俺の言葉にハッとしたように晴美さんが目を閉じて腕で視界を守る。俺も光に備えて守るが薫さんは――。
「うわ、びっくりした――なぁっ!」
薫さんの声が少し離れる。
恐る恐る目を開いてみると薫さんは既に獣の方に三節棍の一部を噛ませて踊るように自在に動く他の部位で獣の目を潰す。
だがあまり効いていないのか唸りながら薫さんを押しのけた。
「しっかりメタられてるってことは、晴美、お前狙い?」
「たーぶーんー」
三節棍を取り戻して銃で牽制する。巨人は唸り声をあげるがまだ動く気配はない。またさっきみたいに光ったりしたら――
「時葛!」
呼びかけられてハッとすると、なにかを投げつけられて慌てて受けとる。
「ないよりはマシだろ! そっちのワンコロはお前と晴美で相手しろ!」
そう言って巨人の方に向かって行く。俺は晴美さんの前に立って、薫さんから渡された……心許ないが確かにあるよりは遥かにマシなナイフを強く握る。
今までのと違って本物の刃物だ。
「晴美さんって戦えるんですか?」
「期待はすんな。メタ張られてるしな。それに、あたしは切った張ったする体力もねぇ」
自慢げに言うことではないが元々ここ数日の様子を見ていればそんな気はしていたので構わない。
とにかく、俺と薫さんがなんとかするしか――
「戦えなくてもやりようはある。動ける頭数がいればな」
メガネを外した状態で魔物たちを睨むと、晴美さんは「あ?」と声をあげる。
「マジかよ……」
ボソッとそう呟いてから困ったように髪をぐしゃぐしゃにして、俺に告げる。
「獣の方は核がおおよそ心臓の位置にある。そこを刺せ」
「心臓って……」
「ったく、補助輪付きが」
呆れたように言いつつ獣が距離を測っているところにレーザーポインターのようなものが獣の胸を示す。
「わかるな? 今回はぶっつけ本番だ。指示出してやるからしっかり聞けよ」
「――はいっ!」
俺一人ではどうにもならないだろう相手も、これだけサポートされているならやり遂げるしかない!
「薫ー。そっちの木偶の坊は頭が核。目玉が発光器官だ」
「りょーかいっ!」
そうか、視ただけで弱点や詳細がわかるんだ。
戦闘能力は低くても、それを補うだけの能力。
今も閃光に警戒しながらも冷静に状況を視ている。
息を吸い込んで、獣の魔物に接近する。大丈夫、薫さんを相手にした時のように落ち着いて異能を使え。
飛びかかる無防備な姿になった獣を視認した瞬間、時間を止めて心臓の位置にナイフを突き刺す。これで停止が解除されないだろうかと不安に思ったが、一定まで刺さるとナイフも動かなくなっただけで済む。
停止を解除して、動き出した獣に完全にトドメを刺すために力を込めた。
肉をえぐる、あの気持ち悪い感覚が手に伝わってくる。
床に叩きつけたときに、跳ねた血の匂いも相まって吐きそうになるがぐっとこらえて強く突き刺すと、獣の魔物は不気味な奇声をあげてびくんと跳ねてから動かなくなる。
そこにすかさず晴美さんが何か霊術をかけると、魔物の死体は消えてしまった。
「死ぬ瞬間に何かを起こすのはお前に限った話じゃない」
呆然としている俺の背中をバシッと叩いて意識を戻すと俺についた返り血を拭うためか、タオルを投げつけてきた。
「死体はあらゆる呪いや汚染の元だ。倒したらあたしが処理するから、不用意に扱うなよ」
そう言って薫さんが相手にしている巨人のほうをチラりと見る。
「防人衆が魔物1体につき3人で対処するよう周知させているのは『もしものときに備えて』であって3人いなければ勝てないってわけじゃない」
指を2回鳴らすとそれに気づいた薫さんが巨人の相手をやめてこちらまで下がる。
「一人が主力、もう一人がサポート。そしてもう一人はいざというとき、二人がやられても連れて逃げられる、あるいは救援を呼ぶため」
その言葉と同時に巨人が燃えだして不快な雄叫びを上げた。
「ロ段応用術。霊炎送葬」
晴美さんの霊術で燃え上がった巨人を見るなり、薫さんはやれやれという様子で息を吐く。
「決定打がなかったから晴美待ちして正解だったな。トドメは?」
「どーせ死体の始末もつけるからあたしがやるよ」
燃え尽きていく巨人の燃えカスを霊術で消し去ると、俺の方を振り向いて晴美さんは得意げに言った。
「命賭けなくても手札を理解してりゃ魔物を倒すのは頭数揃ってなくてもできんだよ。ま、どのみち余裕がなきゃできねぇけどな」
その顔が、今までで一番、頼りになる大人の横顔で、肩の力が抜ける。少しだけ、息をするのが楽になったような気がした。
俺が少し落ち着きを得ている間に、晴美さんと薫さんは真剣な顔でやり取りをしている。
「通信系は軒並みアウト。薫、本体の方は?」
「本体は問題ない。今各方面に通達出してる」
「ならいい。こっから移動する前に時葛。わかってること説明しろ」
一瞬、薫さんの方を見て晴美さんは「こいつは時間操作の一環で予知みたいなもんができると思っておけ」とあくまでループのことは伏せつつ、こんな状況を作り上げた犯人をどうしてやろうか、静かな怒りを燃やしていた。
説明を聞いても薫さんは納得しないような顔で腕を組む。
「えぇ……晴美の魔眼のことを知ってて晴美を殺す……? そんなことあるのか?」
「まああたしもそこは引っかかるけどな。あんまりあたしらの常識で考えない方がよさそうなのは確かだ」
晴美さんはトレーニングルームの棚やら備品をひっくり返すように確認するが、成果はないのか困ったようにため息をつく。
「駄目だ。ここじゃ装備も霊具もない。さっきの魔物だけが戦力じゃないのは間違いないからジリ貧だ」
上まで戻らないと物資がない。トレーニングルームを出た先の通路、そして地下1階に移動する階段。そして更に、ここの建物の構造上、地下1階から1階に移動するには更に通路を移動して階段を目指す必要がある。
素人の俺でもわかる。狭い通路で、どこに潜んでいるかもわからない敵や魔物を相手にして1階にたどり着くだけでもかなり厳しいだろう。
それでも、やらないと死ぬんだから慎重に3人で切り抜けるしかない。
俺としては薫さんはあまり信用していないが、晴美さんが特に疑いもせずにいる以上、疑心暗鬼に陥ったら収拾がつかないし。
最低限、武器やなにかに使えそうなものを持ってトレーニングルームから通路に出ると赤黒いもやが通路に充満していた。どことなく悪寒がする。
「やっば。瘴気がえぐい」
赤黒いもやは瘴気と呼ばれ、魔物や侵蝕地の影響を受けた場所に充満する”悪い空気”みたいなものらしい。
「ところで、なんで魔物が人間の言う事を? 魔眼で何か視たんじゃないのか?」
警戒はしつつ、弾を込めながら薫さんが横の晴美さんに問いかける。俺と違って隙がない一瞬の手さばき。最初は厄介すぎる相手だと思ったが、この状況では晴美さんに体力がない以上、一番頼りになる存在だ。
晴美さんがさっき使っていた霊術も、発動や準備に時間がかかったりするものらしく、ゲームていうと晴美さんは貧弱で素早さの低い魔法使いみたいなものだ。薫さんは近距離から遠距離までなんでもこなすオールラウンダーだとすれば、俺は武器の都合、近距離しかできないちょっと素早い盗賊みたいなもの。
晴美さんは何か言葉を選んでいるようでなかなか答えない。
しかし、舌打ちして意を決したようにゆっくり通路を進んでいく。
「さっきの魔物はハピタリで魔物化した元一般人。ベースが人間だからそれを利用して霊術で従わせてる。ああなったらどうしようもねぇから討伐は正解だ。切り替えていけ」
言葉に悩んでいた理由がわかった。俺たちが、魔物が元人間だと知って躊躇すると考えたんだろう。
確かにドキッとした。最初の事件を思い出す。でも、晴美さんが戻せないと言うなら、俺がループをしたタイミングではもうどうしようもないだろう。
――全部は、救えない。
「ハピタリってことは響介関連か?」
薫さんは元人間相手ということでも気にした風もなく、別のことに関心があるようだ。
そういえばハピタリの副作用でそうなるケースがあるんだった。確かに、響介が関わっていると考えるのが自然だろう。
だが、晴美さんはそれに対しては否定的な態度だ。
「響介だとあたしを狙う理由がない。……それにさすがのあいつが殺す許可出すとは思えないし」
コツ、コツと足音をできるだけ立てないようにしても静まり返った通路には嫌でも響く。
「薫、お前本体引っ張って来い。今」
唐突に、晴美さんが薫さんに指示すると、薫さんは嫌そうな顔で晴美さんを見る。
「はぁ!? そんなこと言われても向こうなんの準備も――」
「いいから爆速で準備してこっち来い。どうせ本部の救援も、外部と遮断されてたら時間かかるだろうしな」
なぜか顔色が悪い晴美さんはけほけほ軽い咳をしながら薫さんを睨む。
瘴気のせいだろうか?
「やることが多いんだよ……! アバターしばらくあまり動かせないからな!」
そう宣言して握っていた銃を収め、目を伏せる。
「どういうことですか?」
「薫の異能は物体憑依。ものに自分の魂の一部を憑依させて操ることができる。今薫は本体が別のところにいて、遠くからこのアバターを動かしてた」
晴美さんの説明とともに薫さんがさっきまでとは違い、少し力が抜けたようにだらりと腕を下ろす。
晴美さんは少し乱れた呼吸を整えながらゆっくりと説明する。
「同時に動かすことは可能だが、それでも煩雑な行動は同時には行えない。今頃こっち来るための準備してるから、こっちのアバターを動かす余裕がないんだよ」
「でもこっちに来るって――」
どれくらい距離があるのかはわからないがすぐには難しいんじゃないか?
「薫の異能の特筆すべき点。それはどれだけ離れていても、あらゆる術や物理的な妨害があろうと、アバターのそばに本体が移動できるってことだ」
なるほど。密室だろうと異能によっての瞬間移動が可能ってことは確かに強力だ。もしここが封鎖されていても問題がない。
「この状況において、あたしと時葛じゃ限界がある。薫も、遠隔操作のアバターより本体の方が強い。ただし一方通行だからこっち来たら死ぬか生きて脱出できるまで付き合ってもらうことになるけどな」
「だから嫌なんだよ!」
……あれ? 結局しばらくの間薫さんが動けないならこの隙に襲撃されたら意味がないのでは?
そう思っていると階段から荒い息遣いを感じる。
「ゴホッ、思ったより追加はえーな」
咳してからの舌打ちをしながら息を吐いて集中するように霊力を練る晴美さんの横顔は、ほんのわずかに焦りが見えた。
「薫、急げ。そのクッソ使いづらい異能が役に立つ貴重な機会だぞ」
「ったく、本当にふざけたことに巻き込みやがって……!」
悪態をつきながら緩慢な動きでアバターの薫さんが動く。こんな様子じゃ戦闘なんてできないんじゃ……。
なら俺がやるしかない。
気を引き締めて借りているナイフを握り直す。が、階段から降りてきた魔物の姿を見て言葉を失う。
大きさはそこまでない。だが腕が6本ある。それも人間の腕が、不自然にも異形の怪物にくっついている。
その腕はそれぞれ独自に動き、俺たちを見下ろして金切り声をあげた。
なぜか本能でこれは自分には無理だと直感する。間違いなく今の俺が相手にできる魔物ではない。
――だからどうした。やらなきゃ誰かが犠牲になるだろうが!
晴美さんに弱点を聞いてから動こうとして、隣で晴美さんが咳き込んだ。今までで一番苦しそうな様子に、気を取られる。
「晴美さ――」
やばい、反応が遅れた!
時間を止めようとするが焦りで発動に失敗した。クソ、まだ安定しないのか!
俺が死んでもやり直すだけだ。だから、晴美さんを庇うように前に出て――首根っこを掴まれた。
叩きつけられた魔物の腕が破壊音とともに爆風によって瘴気が荒れ狂い視界が悪くなった。
「まったく、人を馬鹿にする癖に僕頼りなんてジョークのセンスがなさすぎる」
聞き覚えのない低い声。
爆風が消えていくとともに襟首を掴んでいる人物の姿が鮮明になる。
「僕は高くつくぞ、晴美! 時葛!」
そこにいたのは長身の男だった。
「え……誰……?」
どこか不機嫌そうに眉を顰めてこちらを見下ろす銀髪の男。眼帯をつけており、第一印象はとても怖い人だった。
まず急に現れたのも怖いし、顔も怖い。そして何より、首根っこを掴まれているので命を握られているのが怖い。
地味な服装でまとまっており、俺の首根っこを掴んでいるだけでなく、晴美さんを小脇に抱えていることに気づく。
晴美さんはそんな状態でも気にせず、長身の男に話しかけた。
「薫、あたしの使える武器ある?」
「ボウガンなら持ってきた」
「ないよりマシだな」
なんか晴美さんが当たり前のように会話しているが、薫?
男がどこからかボウガンを取り出して晴美さんに渡し、晴美さんはそれを持ってから俺の視線に気づいて「ああ」と呟いた。
「――?」
「薫の本体だよ、これが」
えっ?
思わず三度見してしまうが、よく見れば足元にさっきまで立っていたはずの薫さんのアバターが倒れている。
「え、えぇ……?」
あの銀髪の美少女の中身は厳ついおっさんだった件。
いや確かに喋り方同じ、だけどさぁ!
「なんだ、文句あるのか?」
文句、文句というか……いや文句かもしれない。
「……アラサーのおっさんであの可愛い子ぶった言動してたってことじゃねぇか! キモッ!」
「うるせェ!」
"錫の兵隊"薬袋薫――異能【物体憑依】




