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東京リバースギフテッド  作者: 黄原凛斗
異能者殺しと錫の兵隊と回帰者
26/33

突き進む刃




 晴美さんのところでの特訓4日目。もう折り返しだ。

 今日もまずクソゲー攻略から……と朝食を準備しながらどこか違和感を抱く。


 やけにヒリつくというか、奇妙な緊張感。


 胸騒ぎがしたが、晴美さんが珍しく自力で起きてきてそれはすぐにかき消えた。


「あ、おはようございます」


「ん、お前もマメだな」


 朝食を作っていたことを指すのか、薫さんの持ってきたインスタントのコーンスープとパン、そしてサラダを自分用に。晴美さんはサラダだけだ。

 この人、俺がいなくなった後また食事抜いたりするのかな……。


「今日はあたし、一日暇だから相手してやるよ」


「いいんですか?」


 といってもクソゲー攻略と、薫さんが来たらそっちで模擬戦するくらいだけど。

 忙しいなら俺に構わず休んでもいいのに、律儀な人だなと思う。

 相変わらず食事量は少ない。だけど俺が出したものは量が多いことと、こってりしたものは露骨に嫌そうな顔するくらいであまり文句を言わないので本当に食が細いだけなんだなぁ。

 食べる前にセットしておいたゆで卵を冷やしながら片付け、すっかりおなじみになったゲーム部屋へと移動する。


 クソゲー攻略の時間。いつも通り電極パッドのベルトをつけて深呼吸する。昨日やった途中までのコースを思い浮かべる。


「よーく周りを見ろー。考えなしに進むな」


 言われてから突っ込んでしまったところで落下しての失敗。電流が流れて「あっづ!」と声が出る。

 それに呆れたように晴美さんが後ろからちょくちょくアドバイスしてくれたり、たまに変な死に方して笑って手を叩いたりとして、3時間くらい経っただろうか。

 最終チェックポイントに到達して、一呼吸置く。


 ここからはもう駆け抜けてしまいたい。せっかくここまで来たのだから。


「焦んな焦んな」


 逸る気持ちをたしなめるように、晴美さんが俺の背をつま先で小突く。


「まず観察。記憶。そして、最適な流れを考えて実行。そしてそれは最後までやりきれ」


 冷静に、画面に映るギミックと敵を見る。

 ――いや、そもそも……。


 冷静になってから正面突破ではなく、抜け道を使ってまっすぐゴールへと向かった。


 そして、ゴールに辿り着くその瞬間、今までの経験から晴美さんはこういうタイミングで罠を仕掛けることを思い出し、後ろに回避行動を取る。

 その予想は的中し、あのまま突っ込んでいたら即死トラップで死んでいた。

 冷静に最後のトラップを乗り越えて、ゴールにたどり着くと、ちょっとだけ豪華なファンファーレとともにクリアの文字が出現した。



「いよっしゃぁ!」



 ついに完全にクリアした途端、喜びで両手を上げて電極パッドのベルトに引っ張られて慌てて下ろす。


「おめっとさん。ま、それがクリアできたからってすぐに何もかもうまくいくわけじゃねぇけど」


 喜びに水を指しつつも、晴美さんの顔はやれやれといった様子でトゲはない。

 ただ、床に座る俺を椅子から見下ろしながら、珍しく苦笑した。


「視野を広く持て。1つのことに固執するな。常に頭柔らかくしとけ。いいな?」


「はい! ありがとう、ございます」


 ふと、吉田さんとの取り引きとはいえ、晴美さんとしばらく生活して思ったことが浮かぶ。


「晴美さんって……」


「あ?」


「親切っていうか、面倒見がいいですよね」


 このゲームのことだってわざわざ作ってくれているし、それ以外の戦闘の訓練だって手を回してくれている。数日とはいえ、ここでの生活も困ったことがほとんどない。


「……そう見えるなら勝手にそう思っとけ」


 なぜかちょっと困ったような顔をされてしまう。


「なんていうか、その、先生っていうか、師匠? みたいな」


 識文さんや和泉さんとはまたちょっと違う距離感。家族とも違うし、言い表すならこうだろう、と思った。

 だけど、「師匠」という言葉に晴美さんは今までにない表情を浮かべる。なんだろう。どこか、呆れているような――怒っているかのような。

 あれ? なんか気に障るようなこと言ったか?


「晴美さん――?」


 どうしたんだろうか、と思っていると、コンコンという音が大きく響く。


「もっしも~し。晴美、連絡見てないでしょ」


 再びコンコンとわざとらしく、開いた扉にもたれかかりながらノックをしてこちらを見ている薫さんは腕を組み直してため息をついた。

 いつの間に来ていたんだろうか。俺もゲームに集中していて気づかなかった。

 晴美さんがスマホを確認すると「うわ、ほんとじゃん」とぼやく。


 なんか接続が悪くてしばらく届いてなかったっぽい。薫さんは不満そうにため息をつく。


「ったく。とりあえず、僕も飯食わないとだし地下のトレーニングルーム先行ってるから、準備できたら来いよ」


 最初こそ文句は言っていたものの、今ではすっかり相手をすることに不満を漏らさない。

 むしろ昼食も取らずに来てくれたようだ。

 言われて時間を確認するともう十二時半だ。やっべ、飯つくるか。

「ああ、そういえば晴美。少し確認したいことあるからちょっと付き合え」


「あ? いいけど何」


 晴美さんはそのまま薫さんと地下のトレーニングルームへと降りて行く。昼用に用意していたゆで卵でたまごサンドでも作るか。

 自分の分と、晴美さんや薫さんの分も作れそうなのでまとめて作って皿に乗せて地下2階のトレーニングルームまで降りていく。


 途中、なんとも言えない悪寒を感じて振り向くが何もない。

 地下が薄暗いせいだろうか?

 さっさと合流しようと無意識に早足になって、トレーニングルームにたどり着くと、薫さんの腕だけ持った晴美さんがいて思わずびっくりした。


「うわっ!?」


「あ、もう来たのか。飯食ってねーの?」


「いや、晴美さんも食べると思って持ってきたんですけど。あと薫さんも……」


 そう言ってから、薫さんの腕が人間のものではないことに目が行き、そしてそういえばこの人、確かアバターとか言って本体じゃなかったことを思い出す。


「ああ、僕はこっちだと食事はそこまで必要ないから気にするな。本体のほうで適当に食べる。さすがに食事の準備する間はこっちのアバターはそんなに動かせないが……」


「まあ晴美さんと俺はせっかくなのでここで食べてしまおうかなと」


 持ってきたたまごサンドの中には晴美さん用に小さめにカットしたものがある。

 晴美さんが薫さんの腕をつけ直してからたまごサンドを1つ取ってもぐもぐと相変わらずの小さな口でゆっくり食べ進めていく。


「しっかし今日ずっとここの電波調子悪くない?」


 俺も1つサンドを手にして食べながら、余るかもしれないのでラップをかけ直してスマホをいじる薫さんを見る。

 がんばって電波のいいところを探そうと俺たちから離れてうろうろしだした。


 この距離なら問題ないだろうと思って、晴美さんに気になっていたことを聞いてみる。


「あの、手動セーブについてなんですけど」


 あくまでゲームの話っぽくしておけばすぐになんのことか、薫さんもわからないだろう。その意図に気づいたのか、晴美さんも「ああ」と頷く。


「まあセーブはお前が決めることだからな。意識を続けることでちゃんとできる一歩になるはずだから、ここで記録したいってところは常に意識しておけ」


 意識……意識……。

 今ここをセーブポイントにする、と強く考える。しかし実感がわかないのでうまくいっているのか、そもそもセーブポイントを自分で作れているのかはわからない。


「セーブ、できているんでしょうか……」


「どうだろうな。念のため寝て起きるときの流れを踏まえて目を閉じて開けるって流れを含めた方が安定はするかもな」


 言われた通りに一度目を閉じて深く息を吐く。そして目を開けてみるがピンとこない。まあそもそも、普段寝て起きたときにセーブが更新されているのかなんてわかっていないし、これも慣れというか感覚を掴むしかないだろう。

 しかし、確かめる手段が死ぬしかないっていうのが厄介だ。


「お前の霊力量から死亡時の霊力を考えると……まあ戻れるのは24時間くらいが限度かな。霊力量が増えたら多少は伸びるかもしれないが……それ以上はセーブポイントも意味がないだろうからこまめに更新しろ。といっても、眠りのオートセーブがあればそう失敗することはないと思うけど」


 じゃあつまり、今日をセーブしておいたとして、一週間後に死んでも一週間前には戻れるほどの霊力がないから失敗してそのまま死ぬ、ってことか。

 そう考えるとやっぱり手動セーブは気を使うな。オートの方は勝手に更新されるのはネックだが、36時間も寝ないってことはそうそうないだろうし。


少し離れたところでスマホを見ながら困ったようにしている薫さんが電波が悪いからかトレーニングルームから一旦出ていく様子が見える。

 ふと、俺もスマホを見ると圏外になっていた。


「なんか、変じゃないですか?」


「電波?」


「それもなんですけど、なんか妙に――」


 薫さん用のたまごサンドも食べてしまおうか、と思っていると、トレーニングルームの扉がやけにゆっくりと開く。ギィィイイと音を立てるのが、なぜか不気味で、薫さんの姿が見えないのもやけに不安を覚える。


「……薫さん?」


 呼びかけるも返事はない。心臓がばくばくと音を立てて危険を告げている。

 だというのに、扉の方へと近寄ってしまうのは、何もないことを確かめたいという気持ちか。



「違う――いや駄目だ! 下がれ!」



 晴美さんが俺の服を掴んで後ろに引っ張る。それと同時に、強い霊力の衝撃が俺が進もうとしていた場所を穿つ。

 尻もちをつかずにはすんだが、よろけてしまい、晴美さんにしっかり立てと強めに叩かれた。


 扉の奥から現れたのは――魔物だった。


 そして、魔物の1体が掴んで握り潰しているものが、薫さんの服の端であることに気づいて喉の奥で声がかすれる。


「薫さん――」


 握り潰していた魔物がそれを地面に落とすと、それはスクラップのように粉々になっている。

 いくら人間ではない体とはいえ、その光景に言葉を失っていると、晴美さんが再び強く背中を叩いた。


「薫は死んでねぇ! アバターぶっ壊れてそのまま本体に戻っただけだ! それより、目の前のことを考えろ!」


 魔物の数は2体。獣のような魔物と巨人のような魔物。獣型はじりじりと距離を詰めてきて、巨人は入り口を塞ぐようにしている。逃げ道は2体が入ってきた扉だけなので完全に閉じ込められた。


「本体に戻った薫が異常事態を察知してこっちに来るはず。それまで――」


 メガネを外した晴美さんが魔眼を使おうとした瞬間、巨人が雄叫びを上げながら強く光る。閃光弾のように視界を奪われてしまい、危機感と焦燥に駆られながら時間を止めようとして、足を突き刺す痛みに声すら出ない。


「時葛!」


 ようやく見えてきたが、獣の魔物にふとももを噛まれたようで血が失われていくのを感じる。


 落ち着け、落ち着かないと――。


 頭で理解はしていても、痛みと魔物2体による威圧感に完全に呑まれていた。


 そして、視力が奪われている間に近づいてきた巨人によって薙ぎ払われ、そこで意識が途切れた。




――――――――――



「――――」


「――――!」


 誰かの声が聞こえる。

 頭痛と吐き気に襲われながら目を開けると、さっきまでいた晴美さんの研究所ではない。

 ここは、森?


「答えないならそっちのガキに聞くって手もある」


 誰だ。

 声がした方を向けば、赤髪の男がポケットに手を突っ込みながら地面を見下ろしている。


 いや、地面ではなく――


「ったく……おい、時葛。余計なことすんなよ」


 別の男に押さえつけられて這いつくばっている晴美さんがそこにいた。

 よく見れば目隠しをされているせいで表情はあまり読めない。


「そいつは吉田のとこのガキだ。あたしは気にしねーけど、あいつらとやり合う気がないのにちょっかい出すと面倒だと思うぜ」


 馬鹿にするような声音に、男は晴美さんの顔を蹴る。


「なにし――!」


 止めようと体を動かそうにも、俺にも晴美さんと同じように別の誰かが押さえつけるように背後にいて飛び出すことが叶わない。


「はっ……尋問ヘッタクソだな。お前みたいな素人に任せるとか、随分と人手不足みてぇじゃん?」


「聞かれたことだけに答えろ。こっちはお前の命を奪うなとは言われていない」


「言われてないからって安易な手段に頼るって、自分でろくに仕事ができないって宣言してんじゃねーか」


 こんな状況だというのに晴美さんは男をせせら笑う。

 だが、当然というべきか、男の神経を逆なでしているようで、頭を踏みつけられるとさすがに苦しそうな声が漏れる。


 この状況、どういうことなのかさっぱりわからない。

 そもそもここどこだ。薫さんはここに気づけるのか?

 そして、さっきまで気絶していたということは、これじゃ死んでもこの状態でしかやり直せない!

 昨日の今日で手動セーブがいきなり使える確証もない。どうする、どうすればいい。






 男が靴先で晴美さんの顔の向きを変えると、下衆な声で晴美さんに吐き捨てる。


「しかし噂の異能者殺しもこうしてしまえばただの女だな」


 目を封じられた晴美さんは男の靴を鬱陶しそうに払おうと首を動かす。しかし、強引に顔を掴まれ、男は目を隠しているからか臆すことなく晴美さんを見る。


「お前のような薄汚い魔女でも、その能力、その血だけは価値がある。俺は自分のものには優しくしたいんだ。わかるな?」


 ぞわっとする声音。当事者ではない俺ですらこの気色悪さ。晴美さんだって同じかそれ以上だろう。だけど、この状況じゃ一旦取り入るしかないのか……?


 俺の不安をよそに、晴美さんの口元は――笑っていた。


「お前、女の口説き方までヘッタクソだなぁ。能無しでセンスがないとか、一生童貞のまま死んどけ」


 一切媚びることなく言い放った晴美さんに、男はついに部下らしきやつから金属バットを受け取って晴美さんの肩を思い切り殴った。


「がっ――」


「そこまで愚かな女だとは思ってもみなかったよ」


「晴美さん!」


 這いつくばって身動きが取れない俺はなんとか振りほどこうともがくが、完全に押さえつけられている。

 時間を止める、止めても振り払えなければ意味がない。

 わずかに戻せても意味がない!

 考えろ、冷静に、落ち着いてどうしたらいいのか――


「最後にもう一度だけ聞く。答えるつもりは?」


「何度も言わせんなよ雑魚」


 晴美さんはそう言ってからふっと口元を緩めて、声は出さずに口だけ動かした。



 ――わりぃな。



 そう動いたように思えた次の瞬間、頬になにかが飛び散ったように叩きつけられる。

 それが血であることを理解するまでに時間がかかった。


 ごとん、と地面に落ちて転がったそれは――


「あ、あ……」


 血は晴美さんの服が吸い取るように染み込んでいき、ポタポタと垂れる雫が白衣をまだらに染める。



「あああああああああああああああっ!!」



 何もできない。何もできなかった。ただ、暴れたところで拘束から逃れられるわけでもなく、無力で無様な自分の声もやがてかすれしまう。


「眼の回収は済んだ。胴体は捨て置け。そっちのガキは――」


 晴美さんの髪を乱暴に掴んで持ち上げると、俺を見下ろして面倒そうに顔をしかめる。


「どうします?」


「放っておけ。本命は果たした。あの吉田の傘下だっていうならもう気づかれているかもしれないしな」


 煩わしそうに俺を突き飛ばして、男たちは魔物だけ残してどこかへ行ってしまった。

 ――どこかもわからないこの場所で、取り残された。


「え、あ、待て――」


 置き去りにされたこともそうだが、晴美さんの体に獣型の魔物が近づく。巨人の魔物もだらんとした晴美さんの腕をパキパキと音を立てて引きちぎる。


「駄目……やめろっ!」


 痛んだ足を奮い立たせるも晴美さんの胴体に魔物の牙が突き刺さり、そのままブチブチと肉を噛む音が耳の奥にこびりつく。


 魔物という存在の脅威を、ここ数日ですっかり忘れてしまっていたことを痛感する。

 こいつらは本来、異能者ですら気を抜けばやられてしまうような存在で、俺はまだ何もできないのだと。

 食い荒らされる晴美さんの体はまるで、ぐちゃぐちゃに食べ散らかされたチキンのよう。血の臭いで吐きそうになるが、もう、こうなってしまえば、いちかばちかのやり直しをするしかない。


「やめ、やめてくれ……食うなら俺にしろよ……!」


 魔物に言葉は通じるのか。そもそもあの男たちはこの魔物を従えていたのか?

 わからないけど、男たちに殺されなかった以上、魔物に殺されるしか――


 すると、獣と巨人の魔物は俺の存在に気づいて近づこうとして――急に後ずさった。


「は……?」


 わけもわからず戸惑っていると、魔物2体はそのまま俺から怯えるように去っていく。


 なんで、どうして、魔物が逃げた?

 このままじゃ別の人間を襲うかもしれない、なんてことを考える余裕はすぐに消えた。


 ――思わず、自分の後ろを見る。

 そう、何もいないはずだけど、確かにそこにいる。



「美沙杜!!」



 あの様子からして、美沙杜がなにかしたんだ。じゃなきゃいきなり魔物が逃げ出すわけがない。


「なんで俺だけ、俺だけ助けるような真似してんだよ!」


 もっと早くに手助けしていれば、晴美さんの体が食われたりはしなかった!

 いいや、それよりも謎のやつらに殺されることも、晴美さんの研究所の襲撃だって薫さんが来るまで持ちこたえられたかもしれないのに!


 応えはない。

 しかし、どこか笑うような声が聞こえたような気がして、もう、釣られるように俺も笑ってしまった。



「あはは」



 痛む足に巻き戻しで治せないか試してみるが、時間が経ちすぎたのかうまくいかない。

 森をさまよいながら、ようやく車道に出ると打ち捨てられたゴミの中に瓶があることに気づいて、それを叩き割った。

 ないよりマシか。


『だから、絶対戻ってきてよ。約束』


 ごめん、結依。ちゃんと帰るから、今回は許してくれ。

 晴美さんが死んで、俺だけ生きて戻るなんて、そんなの納得できるわけがない。

 お前の隣で胸を張れる自信もない。


 震える手で自分の首に切っ先を向ける。


 死ぬのって、苦しいんだよな。


 もっと楽に、簡単に死ねたら、こんなに手が震えることもないのに。


 あの時、せめてあの時でいい。

 トレーニングルームで魔物と対峙するあのタイミング。あそこまで戻れるのなら――



 震える手を無理やり自分で押さえつけて喉を掻っ切った。






――――――――――



「お前の霊力量から死亡時の霊力を考えると――ん? お前……」


 目の前にいる晴美さんは聞き覚えの話をしている最中だ。


 戻った。成功した、成功したんだ。


「どうした。……いや、お前まさか――」


 成功した。


 成功した。ちゃんとできた。死んだ甲斐があった(・・・・・・・・・)



 目を見開いた晴美さんと目が合う。なにかに気づいたかのように表情を変えて、俺の肩を掴む。


「おい時葛! 何があった(・・・・・)!」


 ああ、この人は本当に話が早い。



「この後、ここに魔物が来て、晴美さんがよくわからない男たちに殺されました」


 あれ、おかしいな。

 ただ淡々と事実を伝えているつもりなのに。

 どうして俺、笑ってんだろう。


 自分でもよくわからない。だが晴美さんは両手で俺の頬を強く叩いて挟むと俺と目を合わせる。


「しっかりしろ! 薫もやられたか? 魔物の行動を覚えているか?」


 俺の顔を叩いた音にびっくりしたように薫さんが一瞬こちらを向くが、そのまま電波が悪いのを理由に外に向かう姿が見える。



「止まれ薫ーッ! あたしが言うまで勝手に動くな!」


「は、えっ、な、何!?」


 戸惑いながらも止まった薫さんと、頬の痛みでようやくはっきりとした思考が戻ってくる。


「は……」


 戻ってこれたのはいいことかもしれない。だけど、結局魔物2体がここに来るのは変わらない。

 薫さんを引き止めることはできたけど、3人で2体相手にできるのか? 美沙杜はどうせ期待できない。


「いいか時葛。魔物の数、行動、他なんでもいいから情報を覚えている限り説明しろ」


「なんとか……なんとかできますか……?」


 ギィィイイと扉が開く音。

 前回も見た光景だ。


「なんとかできるか、じゃなくて、なんとかするんだよ。あたしらは人生一回きりだからよぉ!」






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