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東京リバースギフテッド  作者: 黄原凛斗
異能者殺しと錫の兵隊と回帰者
25/33

遅々とした日常


 朝、習慣で早くに目覚めると、ぼーっとした頭を覚ますように身支度を整える。

 着替えとか持って来なかったのだが、俺が着られるサイズの服があって、晴美さんがそれを使えと貸してくれたものを使っている。

 新品っぽくはなかったのだが、誰のだろう? 男物だし、晴美さんの家族とかだろうか。


 今日の朝食はベーコンエッグトースト。昨日薫……さんが持ってきた食料品の中にあった材料も使っておかねばと思って採用した。

 俺の分はチーズも少し乗せちゃおう。朝の贅沢。


 そしてやっぱり起きるのが遅い晴美さんを叩き起こして、引っ張り出すとすごく地を這うような汚い声をあげる。


「あぁあ゛あぁぁぁあああ゛あ゛……」


「ゾンビみたいな声上げないでください」


 晴美さんは指導のときは頼りになるのだが、私生活がとんでもなく壊滅的だ。遅寝遅起きの夜型寄りの生活らしく、朝はとんでもなく機嫌が悪い。

 そして、食事をすぐ抜こうと……いや、正確には抜いてるんじゃなくて忘れてるっぽい。

 なにせトースト1枚すら完食が怪しい胃袋をしている。

 最近、赤ずきんこと椛の飼育……じゃなかった、面倒を見ていたせいで晴美さんの胃袋の小ささはいっそ心配になるほどだった。それでカロリーなんとかなってんの?

 小柄なだけならそういうものだと納得するが、晴美さんはそれに加えて全体的に細い。戦闘をしようとしないのも、か弱いからなんじゃないかと思うほどに。

 せめて世話になっている間くらいは真っ当な生活をして欲しい。俺が不安になるから。


「今日もゲームからですか?」


「あー、うん。でもちょっと待ってろ。まだ完成させてねぇから」


「何をですか?」


「お前に今日やらせるゲームのアプデ」


 もしかしてこの人、寝るの遅かったのって俺のゲームのアプデ作業してたからなのか!?

 だとしたら不健康な生活なのは俺のせい……


「昨日うっかり、別のタスクしてたら忘れててよ」


 俺関係なかった。


「午後にはできるようにするから午前は適当に時間つぶしておけ。訓練場で霊術の練習でもいいけど」


「うーん……」


 霊術もイマイチ使いこなせていないが、この後疲れることになるだろうし、慣れないことはしたくない。

 少し気になることもあるし、適当に時間つぶしてみるか。

 朝食の片付けをしながら、気になっていたあることを試す。


 わかめサラダのために乾燥わかめを水に漬ける。ここまではいい。

 このわかめの時間を早めることはできるのか。

 5分でできるものを時間を早める、加速させてすぐわかめにできるのかを試してみる。

 イメージしてみるのは倍速で見る動画。もしくは、クソゲーのときに加速アイテムを使ったときのような。それをもっと早く。タイマーを使って時間を確認しながらわかめに集中して霊力を通す。


 すると、1分ほどでわかめが元の大きさになった。これは加速に成功したということか。明らかに早い。

 じゃあ、これを逆に戻す(・・)

 俺の火傷や鈴檎の異能のときのように、わかめの状態を乾燥したものに戻す。

 これがうまくいけば異能の幅が広がるし、感覚もつかめるはずだ。

 ふと、思い出す。火傷のときは気づかなかったが、鈴檎のときもまるで時間を巻き戻すように戻していた。

 おそらく、過程を省くのはできないのか、それとも難しいのだろうか。ループしているときは意識がないからそれを確認できないし……。

 とにかく、流れを意識することにしてみる。


 すると、大きくなったわかめが徐々に小さくなり、やがて水に入れたばかりの状態へと戻っていった。


「よし!」


 こんなことで異能の感覚をつかめるとは。でも案外、他の異能者もこうやって子供の頃から異能に馴染んでいったのかもしれない。そう思えば不自然ではないだろう。

 他にもなにか応用できないだろうか。こうやって普段から異能を使えるように練習すれば、意識して使うことにもいいだろうし。

 そう考えながら薫さんが持ってきたであろう食品やらレトルト食品を確認していると、小さなアルバムが落ちていた。写真1枚分くらいの大きさのもので、その分枚数を入れられるのか少しふっくらしている。

 そういえば、あのとき、晴美さんの部屋に持っていった荷物の中にあったアルバムと同じだ。落としたのか、別のものを回収しそびれていたのか。

 ふと、好奇心がうずいて中身を見てみる。


「……誰だろ」


 黒髪の女性が写っている。どこか気難しそうというか、気が強そうな雰囲気。

 その背景は荒れ果てたような景色だったり、どこか研究所みたいな施設やら食卓やらで様々だ。

 途中までは1人の写真だったが、いつの間にか晴美さんも一緒に写っている。晴美さんはそう変わっていない。日付は……だいたい1年半前か?

 そして、また人が増えていく。

 ショートカットの女性は明るい雰囲気で、黒髪の女性とにピースを促しているのか馴れ馴れしく肩を組んでいる。それにまんざらでもない様子をした黒髪の女性。友人か何かだろうか。


 そして、もう一人。


 金髪の青年。外国人めいた容姿の彼はすごく見覚えのある雰囲気をしていた。

 しかも、その彼が羽織っている上着が結依の着ていたものと一致する。


 もしかして――


 確認する手が止まらない。金髪の青年はあまり写っていないものの、晴美さんより数がある。

 晴美さんとも一緒にいる写真があったし、もしかして晴美さんは知り合いなのか?

 最後の写真を確認する手が止まる。


 最後の一枚は晴美さんこそいないものの、さっきの三人と、忽滑谷響介が写っていた。


 もし、俺の推測が正しければ、この金髪の男は……。

 ほとんど無意識だった。その写真をスマホで撮影し、結依に尋ねようと考えた。

 が、気配を感じて慌ててスマホを隠し、さも昼飯の準備をしているふうに装う。


「できたー。やること終わったらいつもの部屋な」


 晴美さんは俺の様子を気にすることもなく、頭を掻きながら入ってくる。


「あ、わかりました」


「んだよ。なんかしてたんじゃないのか?」


「ちょっとわかめ使って異能の練習と仕込みを……」


「へぇ。もう意識して使えるようになったのか」


 写真の件はあとにしよう。後ろめたさを振り払うように早口で時間操作についての話をする。


「乾燥わかめの状態を戻したり、時間を早くして時短してみたんですけど」


「まあこれがとっさにできるかってとこだな」


 水に漬けられたわかめを見ながら晴美さんは無表情で俺をじっと見る。


「……なんですか?」


「視るまでもなく顔に出てると苦労するぜ、この先」


 ぎくっとして自白したようなものだと気づいて言葉が出ない。

 よく考えなくても吉田さんが対等に近いやり取りするような相手が、俺みたいな元一般人で取り繕えるわけなかった。


 けれどそれ以上追求することはなく、ただ背中を軽く小突いて「早く来いよ」とだけ言って先に部屋に向かっていった。


 写真について、少し悩んで……もう少し考えることにする。

 もしかしたら、俺が努力すれば晴美さんから直接なにか聞けるかもしれないから。





――――――――――



 さて、今日のクソゲーはどんなアップデートがされているんだろうか。


「今日は電流を少し強めることにした」


「どうして……」


 なんで罰ゲームの方を強くしてるんですか?


「そろそろ慣れたら困るから」


 全然慣れてはいないし食らいたくはないのだが……。


「で、何をするかっていうとお前が自分でセーブできるようにした」


 どうやら今まで使っていなかったボタンでセーブができるようになったようだ。

 セーブデータの画面を見ると、セーブスロットが2つある。ただし、1つ目はオートセーブのもので、もう1つはまだ特にセーブされていないものだ。


「ステージの難易度は更に調整して上げておいた。そのセーブ機能を使って最後までクリアしろ。それがこのゲームの最終課題だ」


「晴美さん、いっこいいですか?」


「何だよ」


「これつまり、俺が自分でループ地点を決めるようにするための訓練ですよね?」


 クソゲーは今までの俺の追体験みたいなもの。

 オートセーブも美沙杜のようなことを想定してのことだろう。

 とすればこのセーブ機能は……


「俺、このゲームクリアしたら自分で更新できるようになるんすか……?」


「んなわけねぇだろボケが」


 あれっ!?

 違うの? 俺てっきりそういうものだと思ってたんだけど。


「確かにお前の能力の疑似再現ではある。けど、これを自分の異能に反映できるかはお前次第だ。あくまでこれは思考誘導みたいなもので、お前の意識にこういうことができると認識させるためなんだよ」


「……つまり?」


「できるかどうかはお前次第。あくまであたしのこれは、成功体験を擬似的に達成するもんだから」


 えーと、つまり……?


 俺が混乱していると、晴美さんがため息をついてから面倒そうに言う。


「お前がさっきわかめで練習して、成功して自信がついただろ? でもお前のループのセーブポイントは死んだりしないと成果が得られないから、わかめ練習みたいなこともできない。だからあたしが作ったゲームで、少しでも似た経験を植え付ける。お前自身がその経験を活かせるかはお前次第。わかったか?」


「わかりました!」


 要するに、クリアすることよりも、成功体験で自分はそれができると思い込む必要があるってことなんだろう。

 だから失敗したときの電流は俺が死ぬ代わり。いやもうちょっと弱くしてくれてもいいんですよ?


「んじゃ、あたし地下の作業室いるから」


 そう言い残して晴美さんは電極パッドをしっかり俺につけてから去っていく。

 イメージするのは俺が自分で異能を使いこなして、思ったようにセーブを作る感覚。

 よし、自分のことだと思ってやってみよう。




 気合いを入れて20秒もしないうちに見知らぬギミックで普通に死んでいつもより強い電流に、情けない絶叫が響いたのは愛嬌だ。





――――――――――



 ヤバイ、クリアできない。


 昼休憩を挟んで夕方までやっていたが全然クリアができる気配がない。

 これ全体の何割進んだ?


 今日中にクリアは無理か……と思わず大の字で仰向けになる。

 息を吐きながら目を閉じていると足音が聞こえてきた。

 部屋に入ってくるけど何も言わない晴美さんに、少し疲れた声で言う。


「全然クリアできませーん……難易度きついっすよ……続きは明日……」


「僕の知ったこっちゃないが」


 声だけなら可愛らしいのに、ひどく興味がなさそうな声。

 思わず目を開けると、薫さんが立っていた。


「うわぁ! びっくりした!」


「油断しすぎなんだよ。で、晴美どこにいるか知ってるか?」


 よく見ると、ダンボールか何かを抱えており、そういえば夕方頃来るって話を昨日していたことを思い出した。


「地下って聞いてましたけど」


「いなかったんだよ。ここにもいないなら上か……?」


 地下にいない?

 ここに来て俺の生活圏は一階、訓練やら晴美さんがいるやらで地下一階と地下二階は行ったものの、それより上の二階と三階にはまだ行ったことがなかった。


「はぁ……既読もつかないしどこにいるんだか……」


 困ったようにダンボールを片腕で支えながらスマホを確認している。

 ダンボールが邪魔そうだったので代わりに持つと、少し感心したような顔をされる。


「いい心がけじゃん」


「そうすか」


「気遣いができる男はモテるよ」


 薫さんはからかうように笑いながらスマホで通話をかけるが反応がないのか、眉根を寄せる。


 あれ、大丈夫だろうか?

 ここ最近平和だったから、連絡がつかないのが妙に不安になってきた。


 ひとまず、上の階を確認しに行くことで話がまとまる。薫さんが一人で行こうとしたが、万が一俺の知らないところで何か起こると後で大変なことになりかねないのでついていく。


 無言で移動する気まずさから、思わず話しかけてしまう。


「なんで結依を狙ったんだよ」


「はぁ? 聞いて素直に教えてくれるのは教師か医者くらいなもんだよ」


 まるで皮肉みたいに鼻で笑う様子から、こいつから情報は得られなさそうだなと半ば確信する。


「どうせしばらく関わるんだし、俺なりに敵対しない理由を作りたいだけだよ」


「敵対しない理由、ねぇ。利害関係でいいだろそんなもん」


 俺が荷物を代わりに持っているため、手持ち無沙汰な薫さんは自分の髪の毛をくるくるといじる。


「ま、ガキのうちは感情を理由に噛みつくもんか。僕も人のことは言えないし」


「年齢詐称するようなやつにガキ扱いされたくはない」


「詐称なんてしてないが? 僕は自分で言ってないだけでお前が勘違いしただけだろ」


 それは事実なんだけど釈然としねぇ~!


「それとも、こっちの対応されたいのか?」


 軽く咳き込むようにすると、次の瞬間、口元に手を添えて上目遣いをしてくる。


「こんなに可愛いカオちゃんがいるのに他の子の話するの? セ・ン・パ・イ」


「……」


 正直可愛い。


 でも中身俺より年上だし、猫被ってるのわかるから素直に可愛いと思いたくねぇ~。

 そんな俺の葛藤がバレたのか、薫さんはにやにやとほくそ笑む。


「おっとぉ? 健全な高校生はやっぱ反応がいいでちゅね~」


 しばきてぇ……。

 しまった、両手が荷物で塞がっててしばけない。

 変な気に入られ方をした気がする。


 ふと、三階の一室の前にくると、カタカタというキーボードを打つような音がして、歩みを止める。薫さんがノックもせず扉を開けると、地下の設備よりも大掛かりで、いくつものモニターがある場所だった。


「晴美さ」


 声をかけようとして「しーっ」と薫さんに唇に指を当てられる。


 よく聞くと晴美さんがブツブツとなにか呟いている。


近衛(このえ)は静観。一条(いちじょう)は相変わらずしゃしゃってきてんな。二条(にじょう)、なんだよこの後継者。あいっかわらず藤原のガードかてぇな。こういうとき電子機器使わねぇ家は面倒だな。渡辺も読めねぇな。坂田は……あそこはどいつもこいつもわかりやすいからいいとして。碓井(うすい)のやつが手間だな。防人衆の中枢にいるからか? 天贈家(てんぞうけ)上位陣は先週と大きな変化なし、と」


 カタカタと淀みないタイピングの音と、思考整理のためか呟きながらテキストにメモを取っている晴美さんは集中してこちらに気づいていない。

 いくつものモニターに映るのは見覚えのない場所ばかりだが、明らかに個人の邸宅っぽい場所から施設の映像まで様々だ。


「何してるんだろ……」


 別に聞いたつもりはないが、思わずこぼれた言葉に薫さんが反応した。


「魔眼の階級についてはもう聞いたか?」


 階級。そういえば2級だの1級だの階級があって、それによって魔眼の強さが大まかにわけられているとかだったか。


「晴美は魔眼の中では最上級、特級クラス魔眼保持者だ。現在確認されてる特級は片手で足りる。魔眼保有者の中じゃ1%以下だ」


 具体的な数字を示されるとその希少性がわかる。そんなすごい人なのに政府の所属じゃないんだ?


「その特級の中でも特別と言われる星眼(せいがん)っていう、恐らくこの国唯一の眼を持ってる。魔眼の基礎能力に加えて、ある程度未来視とか、読心、あの通り電子機器越しでもある程度魔眼を使える」


 俺たちにはわからないが、晴美さんにはモニターに映る人間の情報が視えているのだろう。

 ってことはあれ、覗きというかよくないことなんじゃ……?


「でも――」


 薫さんがそろそろかな、と呟いてから数秒で晴美さんがぴたりと呟くのを止めてバタッと音を立ててデスクに突伏した。


「魔眼は頭に情報が大量に流れ込むからそれだけ長く使いすぎるとパンクしてああなる。しかもあいつは死ぬほど体力がないからそう長くは保たないんだよ」


「やっぱり体力ないんだ……」


 そんな気はしていた。

 電池切れのように動かなくなった晴美さんに近づくと、俺たちに今更気づいたのか「んぁー」と気の抜けた声を出す。


「なんだ、もう来てたのかよ。今何時?」


「18時20分くらい」


 薫さんがスマホで時間を確認して答えると「うぁー」と突っ伏したまま返す。


「わりぃ……30分くらい待て。記録だけつけたら行くから」


「別にいいけど、僕がくる時間忘れてやってんじゃねェよ」


 俺が持っていた荷物をここに置けと言わんばかりに手招きするので持っていくと、晴美さんはそれに気づいて少し元気を取り戻したように声をあげた。


「サンキュー。古い記録はどうしてもあたしじゃ手に入らねぇのが多いからさ」


「つっても僕の実家と関係者周りから引っ張ってきたものだから資料としては微妙だぞ」


 薫さんが腰に手をあてて荷物を見る。晴美さんは中身を検めているのか色々とデスクに並べていく。

 その中に薄っぺらい四角いものがあった。


「なんですか、これ」


「ああ、多分フロッピーディスクだな。古い記録媒体」


 そういえばなんか保存マークとかのやつで見たことある。現物ってまだあったんだ。


「今でも使えるんですか?」


「さすがにあたしも確認できる機器はねーな。物持ちいいやつならあるかもしれねぇけど……って薫?」


「フロッピー……古……そ、そうだよな……もう……古い……」


「おう、アラサーのくせにダメージ受けてんじゃねぇよ。ギリギリ世代じゃねぇだろ」


「我が家では普通に使ってたが……?」


 言い表せない微妙な表情をしている薫さんを無視して他の中身を見ていると、晴美さんが1つの長方形の物体を手にして反応する。


「VHSじゃん。デッキは倉庫探せばあるかもしれねぇな」


「なんですか、この箱」


「…………」


 あれ、薫さんがなんかすごくダメージ受けてる。何も言わずにすごく辛そうな顔をしている。


「ビデオは……そんな昔じゃ……ないだろ……?」


「あっちは世代だろうからそっとしておいてやれ」


 あ、なんかこれジェネレーションギャップとかそっち系の傷だ。触らないでおこう。







 この後、薫さんとの模擬戦闘でやけにあたりが強くてやっぱり今日もまったく勝てなかったのだが、理不尽だと心底思う。

 そんな俺の3日目は、訓練そのものは大きな成果なく終わった。



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