再会した加害者/被害者
お互いにお互いの顔を見て気づいた。そのせいで一触即発の空気になりかけたが晴美さんがカオルの足を蹴って黙らせる。
「ぐっ……!」
「うっせーぞ。あたしの客だ」
「おい! 痛覚そこまでリンクしてなくても痛いものは痛いんだからな!?」
「っせーな。で、時葛。何?」
「いや……昼飯のピラフ持ってきたんですけど」
「あー、んじゃもらうわ」
恐る恐る中に入ってピラフを受け渡すが、横でカオルが俺を指差しながら晴美さんに食って掛かる。
「おいちょっと待て! こいつ荊儀結依の関係者だぞ!」
「知ってるけど」
「知ってて客扱いしてんのかよ!」
俺のことでカオルが晴美さんに文句を繰り返しており、居た堪れない。やめて!俺のせいで争わないで!なんて冗談も言えない。
このまま黙って退室するのも言い争いの原因としては気まずいので晴美さん側に寄りながら聞いてみた。
「あの……知り合いですか?」
「まあ、ある意味同僚みてーなもん。一応あたしの方が立場は上」
まあ多分年齢的にもそりゃそうだろうけど……。
そういえば晴美さん多分20代くらいだよな? 異能者なのに防人衆でもなさそうだし、なんの仕事をしてるんだ?
疑問が疑問を呼ぶが、カオルが晴美さんのおでこにぐりぐりと指を押し当てる。
「機関に顔出さないでリモートワークに切り替えたかと思えば、何やってるんだよお前は!」
「そろそろ静かにしろよ。ピラフ食うし」
「こいつ……!」
指を押しのけて俺が持ってきたピラフをちまちま食べ進める晴美さんを見て、カオルがわなわなと震えながらも、ぐっと言葉と言葉を飲み込んでため息をつく。
そして、俺を横目で睨んで舌打ちしてきた。
めちゃくちゃ恨まれている。
「だいたいガキ相手に何ムキになってんだ? 大人げねぇな」
「こいつにあの鈴木夢子ぶつけられたんだよ!」
「うわ、かわいそ」
「全くかわいそうに思ってないだろ!」
苛立たしげに足をトントンしているカオルに、ゆっくりピラフを咀嚼しながら、一旦手を止めてスプーンでカオルを指す。
「ぶつけられたのは気の毒だけどよ。にしたってこのド素人プラス、妹の方をあのゴリラ女が来る前に仕留められなかったお前が悪い。鈍ってんのか?」
「うるせェな!」
「……有名なんすね、あの傘女」
「そりゃな。あたしもさすがに次は勝てねぇよ」
次?
なんか引っかかる言い方だが言いくるめられたカオルがイライラしながら背を向ける。
「ああもう、帰るからな! ったく、明日は夕方くらいになる」
「おう。明日はそれでいいんだけどさ」
背を向けたカオルを呼び止めて晴美さんは残りのピラフをかきこんで噛みながら喋る。
「薫、お前、模擬戦闘の相手やれ。こいつのな」
こいつ、と俺をスプーンで示してそのまま完食するが、その当たり前のように模擬戦闘とか言われて「えっ」と晴美さんと薫を二度見してしまう。
「はぁ?」
薫も当然、困惑したように振り返って晴美さんを睨む。
「だってあたし、戦闘するの向いてねーし。しかもタイマン。どうせ2時間くらいは空いてるだろ?」
「僕、忙しいって言ったよな?」
呆れながら目を伏せて、薫は腕を組む。その仕草は暗に拒否しているように見えた。
「うるせーぞ薬袋薫。黙れ薬袋薫。つべこべ言うな薬袋薫第四室長」
「念入りに文句つけるんじゃない! だいたいそれは命令か? それとも個人的な話か?」
「まあ、あたし個人の命令」
「個人なら命令してんじゃねェ!」
言い争いの中、戸惑うしかないのだが正直こいつは苦手意識のほうが強い。
だって最初めちゃくちゃ苦労したし。なんならあの傘女がいなきゃ結局どうにもできなかったし。
なんでいきなり模擬戦なんて話になったのか。
「あの……なんでこいつと模擬戦を?」
正直なところ、クソゲー攻略もそうだが、いまいち理由がわからないままやらされているため不安になってくる。
「なんだ、不満か? 吉田んとこのやつらよりかは、薫は相手として悪くないぜ」
「いやでも、俺まだ全然強くなれてないのに……」
「ビビんなよ。どうせお前はそのうち、薫より強いイカレた連中を相手にすることになるんだぜ? 手を抜いた薫に模擬戦で一本取るくらいしねーとな」
「それは……」
確かにそうだ。いつも誰かに助けてもらえるわけでもない。実力も経験も、他の異能者と比べて圧倒的に足りない。
「いつまでも他人におんぶに抱っこか? ま、別にあたしはそれでもいいけど」
軽蔑はなく、ただ淡々と言っているだけだ。だからこそ、無性に自分が情けなくなる。
「や、やります!」
「おい! 僕はやるなんて言ってない!」
薫が俺を睨み、そのまま晴美さんのことを探るように目を細めた。
「百歩譲って結依のことを横に置いて、なんでこいつの訓練をしてるんだ?」
「さぁねぇ。それより、お前の余りもんの霊具の在庫、言い値で買い取ってやるよ? それでどうだ」
その言葉に、薫は今までとは違う反応を示す。
その顔は商売人のようにギラついていた。
「なるほどね。今日は2時間。で、それ以降は?」
髪を指先でくるくると弄りながら利益を考えているようで、同年代とは思えない雰囲気を醸し出している。
「ここに顔見せるときに可能な範囲で、1週間くらい」
「乗った。ちょうど在庫処分する手前だったしな」
何やら取り引き成立したらしく、二人からの視線が同時にこちらに向いた。
「ボーッとしてねェでやることやるぞ」
「時葛、下に行くからついてきな」
椅子から立ち上がるときにぐっと体を伸ばしながら晴美さんは背を丸めて、上に続く階段とは逆方向に向かう。そこには更に下へ続く階段があった。
地下2階はやけに天井が高いな、と最初に思った。降りるときも少し長く感じた。
一番奥の大扉。そこを開けて電気を灯すと、だだっ広い、何もない部屋がある。
よく見れば扉の近くに椅子やベンチ、机なんかは置いてあるが、運動場みたいにほかは何もなかった。
「制限は?」
「大きな怪我は与えない。命に関わるような攻撃は当然NG。霊術はロ段まで。実弾NG、刃物は真剣NG。勝敗はあたしが視て判断する」
「はっ、それなら余裕だな。今日は2時間だけだ。延長はしない。それでいいだろ?」
俺はどのみちそんな物騒な手段もないから変わらないが、向こうからしたらそれくらい制限つけないと俺が死ぬ。死ななくても数日なにもできなくなりかねないし。
「そういや時葛。お前武器とかはねーの?」
言われてようやく気づくがそういえば武器になるようなものはない。いつか必要にはなると思ってはいたけど……。
「仕方ねぇな。今日はこれ使え」
そう言って投げてきたのは刃のついていない木製のナイフ。
模擬用なのかそこまで鋭利ではない。
「ああ、そうだ」
薫が前回も持っていた棒……三節棍に似たような何かを片手にぐるっと回転させて1つの長い棒にしてみせた。
「僕が一度も負けなかったら何かメリットくらいはあってもいいだろ?」
「はぁ……つっても俺、別に何も持ってないし、できないけど」
勝ち気な表情のところ悪いが、さすがに俺自身が差し出せるものなどない。尊厳くらいだよもう。
「僕が勝ったら……カオちゃんって呼ぶか、さん付けで呼ぼっか」
「えぇ……」
前者はまだともかく、さん付け要求ってなんだこいつ。
「それと敬語も。カオちゃん、かわいいかわいい美少女キャラで売ってるけど、それはそれとして舐めた態度取られるのも嫌なんだよねぇ」
……まあ、確かに俺が逃げ切れたのも傘女がいたからだし、こいつが強いのは事実だから、舐めた態度されると腹が立つってのも理解できる。
それはそれとしてこいつは嫌いだけど。
「模擬戦相手とはいえ、カオちゃんの方が遥かに強いんだから師匠、先輩、先生……みたいなモンってことで」
「別にいいよ。俺が勝てばいいんだろ。あとは全勝してから言ってくれ」
時間止めて後ろからやれば勝てそうなんだよな。でもそれ、訓練にならないような気がするし……。
いや、やっぱりムカつくから初手で勝っておこう。
「へぇ……」
俺の態度に薫は短く反応する。その心情は顔からは読み取れない。しかし、纏う空気は刺々しいものがあった。
「晴美、こいつの異能は?」
「言うわけねぇだろ、フェアじゃねぇ。お前が自力で見極めろ」
「それもそうか」
よかった。バラされてたら時間停止が通じないかもしれなかったし。
「じゃあ改めて……」
一定の距離を取って、向き合う。すぐにぶつかり合うことはない距離があるものの、油断してたら一瞬で詰められるし、逆に俺もその気になれば時間停止で一気に近づける。
「それじゃあ、頑張ってカオちゃんを倒してみてねー! シ・ロ・ウ・ト・くん」
いきなり可愛らしくウインクしたかと思えば煽り。
「素人じゃない。時葛綜真だ」
「ハイハイ。じゃ、時葛」
晴美さんが開始の合図を送る数秒前。
「せいぜい床の味を覚えるといいさ」
宣戦布告のように吐き捨てられ、絶対勝つという決意を強固なものへとする。
開始の合図とともに、時間を止めるのに挑戦してみると、時間が止まった。
距離を詰めて、背後に――
そう準備が整ったタイミングで時間停止は解除され、勝ちを取れると半ば浮かれていると、顔面に肘が激突した。
「はい、薫一本」
肘が直撃して尻もちをついたせいで負けと判定されてしまったようだ。
「うわ、びっくりした。瞬間移動? いや、ちょっと違うかな」
「待った! まだこれセーフじゃないですか!?」
「うっせぇな、本番でそんなこと言えんのかお前」
ぐうの音も出ない。
解除と同時に肘を入れられて結局後ろを取ったアドが全然ないまま終わってしまう。せっかくのボーナスタイムが!
異能について向こうも探っているし、気づかれる前に勝ちたい。
さっきのは恐らく気配に反応してのことだったから、次は――
一時間が経過した頃、何度目かの床との交流をしていると、晴美さんが「おー……」と困ったような反応をする。
「身体強化入れてもやっぱ経験の差はでかいな」
「ハァ……ハァ……ちょっと……こいつ……時間系の能力だろ……!」
一時間ぶっ通しで動いていたからか、薫の方も少し息切れしている。なんか、本体じゃないのに息切れとかするんだ。
俺は息切れどころか床ペロしてるんだけど。
「お、気づいた?」
「そりゃ一時間もやってりゃ気づくだろ! 3戦目くらいで察したけど」
「ま、そりゃそうか」
一時間、ずっとこちらの攻撃はかわされて、カウンターのように一発食らったり、そもそも先手取られて床に叩きつけられたりと散々な結果である。
倉庫のときから思っていたが、やっぱり俺がまだ弱いのを差し引いてもこいつは強い。
しかも手加減してこれだ。
息を整えていると、冷えたペットボトルのドリンクを放り投げるように晴美さんが差し出してくる。
「ほれ、休憩。ついでに軽くなら治してやるけど」
「ま、まだ治すのは大丈夫です」
叩きつけられて背中は痛いけど、加減しているのか、致命的にヤバイ痛みではない。
……それって完全に負けてんじゃん。手加減されてなお、勝ちの目がないじゃん。
「マジでド素人じゃねェか……。僕が相手するのは早いんじゃないの?」
「でもお前、異能はほとんど戦闘に使わないからな。下手に異能持ちの相手させると癖がつきそうだし」
「ああ……そういう。で、まだやるのか?」
「や、やる……!」
めちゃくちゃ悔しい。命がかかってないぶん、負けが積み重なっていくだけなのだがとにかく突破口が見当たらない。
せめて一本、一回でいいから勝ちたい。
相手は銃と霊術を使わないで俺とやりあっている。格闘と変形する棒で確実に逃げ道を塞いでくる堅実なもの。
いやなんか地力が違いすぎるなこれ!
反応が早いし、勘が鋭い。正面からも不意打ちも全然通らない。
俺が攻撃を当てるにはやっぱり異能で差をつけるしかない。
――集中しろ。
開始の合図とともに時間の流れを遅くする。
薫の初動の動きを確認してから時間を止めて死角に回り込む。停止が解除される前に死角に入り込むとそのまま時間を遅くする。連続して異能を行使したからか今までより消耗が激しい。
でもここで相手の動きさえよく見れば当てられる!
すべてがスローになる。薫の動きもゆっくりと、しかしはっきりわかる。
――獲った!
勝利を確信するようにナイフを当てにまっすぐ向ける。
時間の進み方を正常に戻すと、驚いたような薫と目が合う。
あと数センチ、というところでナイフは棍と棍の間の鎖で防がれる。
嘘だろ、今の間に合うのかよ。
「あぶな」
ギリギリのところで防がれたそれはカウンターがくるとわかっていても流れに逆らえず、避けきれない。
結局、勝ちをつかむことはできなかった。
うっわ、悔しい。あと少しだったのに。
その後も数戦、休憩を挟むが似たような結果に終わってしまった。
「32戦0勝。まあ想定の範囲だな。んじゃ薫、もういいよ。明日もよろしく」
「マジで明日もやるのか……。対価出されちゃ僕としては断る理由はないが、そんな短期間でしごいてこいつ大丈夫?」
「その辺はあたしが管理すっから気にすんな。視ればわかる」
「じゃあ僕は本部戻るから。追加で必要なものは早めに連絡入れろよ」
タオルを頭に被せながらぐでっとしていると、薫が出ていく様子が見えた。なんか言った方が良いかとも思ったが正直、疲労の方が大きくてそんな余裕がなかった。
「あ、そうそう」
思い出したように、扉から半分体を見せてこちらを見る。
「明日からは敬語と、さんをつけるんだな。負け犬」
にやっと笑ってからそのまま扉を閉じて返事を聞くつもりもない薫……さんにピキピキと怒りを抱く。
そのまま帰ってしまったので結局何も言えないまま腹立つという感情だけが残った。
「今俺、馬鹿にされましたよね」
「めちゃくちゃ馬鹿にされてたな」
淡々と俺の言葉を肯定する晴美さんは興味なさげに後片付けをしている。
む、ムカつく~……。
絶対勝ってやるからな。
「ところで、なんでいきなり模擬戦闘なんて……?」
結局よくわからないままやってしまったがよかったんだろうか。
晴美さんが説明しないのは多分理由があると思うのであえて突っ込まずにいたが……。
「ん? ああ、お前ってなんか追い込まれると異能を無意識で使ってただろ?」
過去の例からするとだいたいそうなので素直に頷く。一応、意識して成功したこともあるが、毎回狙って出せているかというと正直微妙だ。
「ループ以外の時間操作をお前が使いこなせなきゃ、持ち腐れだからな。平時でうまくいかないなら擬似的に追い込んで、それで感覚をつかめ。実際、さっきのは結構いい感じに使えてたしな」
「いい感じでした!」
あれくらい使いこなして、あとは身体能力の方をどうにかすれば戦闘面もカバーできるようになるはず。
ぐっと拳を握ると手応えというか、短期間なのに自分が強くなったような気がして楽しい。
足りないものが多すぎるが、その中でも実践というか、経験というものが蓄積されているの肌で感じる。
「でも、晴美さん相手じゃないんですか? わざわざ俺のために人に頼むの、なんか取り引きとかしてたし……」
「まあ異能者としてはあたしより薫の方が経験あるし、戦闘っていうならあいつはちょうどいいから」
もしかして、晴美さんって戦闘苦手だったりするのだろうか。
明らかに今ちょっと嫌そうな顔をされた。
「あいつ、学生なのにそんなに経験積んでるんですか?」
「あ? 薫は学生じゃねぇよ」
んん??
見た目はどう見ても俺と同年代の少女だが……あ、そうか。本体がそうとは限らないのか……。
「30はまだいってなかったと思うぜ、多分。あのアラサー」
頼むから口調相応、見た目相応の年齢で合ってほしい。異能者って怖い。
――――――――――
模擬戦の後もクソゲーの続きやら、夕飯やらちょっとした家事やらをやってだいぶ疲れたが、寝る前に確認をするのを忘れていた。
チャットアプリを確認すると、結依から2件あるのにも関わらず既読すらつけていなかった。
『大丈夫?』
『もしもーし』
疲れていたからか、結依のメッセージにふふっと笑ってしまう。
無視するみたいになっていたのでちゃんと返しておこう。
『ごめん。大丈夫だよ。ちょっと忙しかった』
すると1分も経たずに返信が来る。
『ちゃんと帰ってきてよね』
返すことはすぐにでもできたのだが、結依とのやりとりに思わず浮ついて足をばたつかせてしまう。
疲れているのも忘れて、数十分の間チャットで他愛のない話をする。
帰ってきたらオムライスが食べたいだの、俺が買った食材の使い道を伝えておいたりとか、本当に些細なもの。
さすがにそろそろ寝るか、と思ったところで結依からのメッセージ。
『おやすみ』
そんなそっけなくも見える一言に、結依らしさを感じて同じく『おやすみ』と返して浮かれた気持ちを抑えるように眠りについた。




