罰ゲームと新しく知ること
綜真が死にゲーで苦しんでいるその頃、アジトでは深刻な空気が漂っていた。
「綜真くん……しばらく帰ってこないんですか?」
識文が帰ってきた田吉から聞いた話に真剣な声音で確認をすると、田吉はなんてことないという様子で返す。
「ああ、一週間ね。その間に色々片付けておかねーとな」
「そうだよ、まずい。なんとか片付けないと」
和泉も珍しく識文に同調する。
その様子に不安を抱いたのか、田吉は何かあったのかと真剣な顔で2人を見た。
「俺がいない間、何かあったのか?」
「いや……」
識文が神妙な顔でキッチンの方に視線を向ける。
そこでは結依と鈴檎がハラハラする調理風景を繰り広げており、あれはあれで心配だなと思うもののそこまで大事でもないだろうと田吉は識文の言葉を待つ。
「綜真くんが用意しておいた食材を自分たちが処理できるか自信なくて……」
「傷む前に使わないとだけど……」
「ああ、そういうね……」
肉、野菜、その他諸々1~2日分の食材の扱いについて真剣に悩む大人の姿に田吉は「料理当番制にすべきだったかな……」とぼやく。
脱力しながらキッチンの騒ぎを遠い目で見つめるが夕子をまた呼ぶわけにもいかないし、正直自分もそこまで料理に自信があるわけではない。いやでもレシピとか見れば作れると思うが、他にやることが多いから手が回らない。
――なんとかして帰ってくるの早められねぇかな……。
このままではキッチンの安全と全員の食生活がまた底辺に落ちるのを確信した田吉は、不在のメンバーに向けてグループチャットで連絡してみる。
『お前らまだアジト戻ってこねーの?』
案外返信が早く、複数人からポンポンと返事が来る。
はぐはぐ『無理DEATH』
みなと『ちくわ大明神』
イチカ『たっちゃんが生きてるうちには帰るよ』
白夜『サーセン!終わり次第すぐ戻りますんで!』
カナン『僕カナンさん。今札幌にいるの』
返信を眺めながらふっ、と笑ってスマホをしまった。
多分一週間以内に誰も帰ってこねぇな、これ……。
――――――――――
結局初日はアホほど死にまくって1ステージもクリアできなかった。なんだこのクソゲー。
「せめて……せめてセーブが欲しい……!」
「まあわざとセーブできないようにしてあっから」
そういやこの人が作ったんだった。いやでもこの難易度でセーブなしはクリアさせる気がないでしょうが。
「飯にすっか……」
気づけば陽が落ちてすっかり夕方から夜に変わる頃合いだ。
この施設は晴美さんの研究所兼自宅の1つらしく、居住スペースとキッチンは近い場所にある。地下で寝ていたのは何やらデータ管理作業をしていたら横になりたくなったがベッドのある部屋まで移動するのがダルくてその場で寝たらしい。
隣の部屋は簡素なキッチンで、そこで晴美さんはゴソゴソと戸棚を開いて何かを探している。
数秒の沈黙の後、晴美さんは「やっべ」と漏らしたかと思うと俺の方に向き直ってまったく悪びれずに言った。
「わりぃ、飯ねぇや」
「不健康!!」
うっそだろ。ただでさえインスタント生活にビビってたら飯抜きが頻繁にあるっていう事実に想像の上をいかれた。
「え~、じゃあ金やるからコンビニでなんか買ってこいよ。千円札ありゃなんとでもなるだろ」
「晴美さんは?」
「あたしは別に……いいや……」
とは言うが、家主が食べないで俺だけ何か買って食べるのも気が引ける。
が、空腹を我慢しているわけではなさそうで、どちらかというと食べることが億劫そうな様子だ。
「最後に飯食べたのいつですか!?」
「あー……昨日の……夜?」
「買い物行きますよ!!」
大人になると食生活が無惨なことになるのかもしれない。こんな大人には絶対ならないからな。
手早く調理場やら冷蔵庫を確認したがやばい。最低限の調理道具や家電はあるが米はないし、冷蔵庫は缶ビールとツマミくらいしか見当たらない。パスタの乾麺だけは結構ある。
やべぇ、アジトの冷蔵庫よりも絶望的だこれ。
「晴美さん! 買い物! 買い物行きますよ! このへん店どこにありますか!?」
「えー……めんどくさい」
「いいから!」
一人で買い物に行ってもいいのだが、土地勘がない場所だし、お金は晴美さんが出すから流石に俺一人では行けない。
渋る晴美さんを引き連れて米やら何やら含めて買い物をしてまだちょっと痛い腕を動かしながらチャーハンとスープだけという簡素な夕飯を作り上げた。
晴美さんはそれをめちゃくちゃ時間をかけて食っていた。どうやら少食らしい。
ちびちびと食べる姿は大人というよりは小動物とかのそれなのだが、結局チャーハン一人前すら完食できずにラップをかけて明日温めて食べることにした。
「……美味しくなかったですか?」
「いや……別に……。ごっそさん」
反応が悪ぃ~。
アジトの面々がよく食べるし喜ぶタイプだったので調子が狂う。
夕飯の後、片付けをしながら使われていないであろう家電を引っ張り出して明日からの調理に使おうと思っていると、ふとダンボールの中に一つだけ、家電じゃないものが混ざっていた。
なんだろう、と思って開いてみるとファイルがいくつかと、小さめのアルバムが出てきた。
晴美さんはお風呂でまだいない。よくないかもしれないが、こんな場所にあるんだし、ちょっと見てもいいだろう。
好奇心で開いたファイルには難しそうな文章と、荒廃した町並みの写真。そして魔物と思わしきものの写真やその記録がいくつも綴られている。
だいたいは印刷されたものだが、付箋やらで時々丁寧な文字のメモと、少し雑な文字のメモが挟まっている。
『魔物や侵蝕によって呪われた天贈者の状態をカースドギフテッドと定義』
『↑なんかダサくない?』
『追補:表現はわかりやすさ重視です』
『↑それならなおのこと本質的にはRebirth giftedのほうがわかりやすくない?カタカナでならReverseにもかかるし』
『↑なら水琴さんが記録作ります?』
このあと、返しがないため作らなかったんだろうなぁ……。
雑な文字の方はダサいだの文句を言っている方なのだが、少し女性っぽさもある。
ふと、記録者の名前に目がいく。
――忽滑谷響介。
特徴的な苗字だ。そうそう被ることはないだろう。とすればこの記録を書いた人物は……。
「勝手に見てんじゃねーぞ」
ひょいとファイルが引っ張り上げられ、奪われる。
振り向くと頭にタオルを引っ掛けた晴美さんがメガネをかけずにこちらを見下ろしていた。
「こんなとこに置きっぱにしてたあたしが言うことじゃねぇが」
ファイルの中身に視線を落とす晴美さんの表情からは感情が読み取れない。ただ、確認するように淡々とペラペラとめくっていく。
「それもよこしな」
まだ見ていないアルバムを差し出せと言わんばかりに手を伸ばしてくるので素直に渡してしまった。勝手に見たことがバレた罪悪感もあったせいか、言い訳もせず。
「……はあ。片付けるか。お前風呂入りたけりゃ入っていいよ」
そうぼやきながらファイルの入っていたダンボールを引っ張り、ついでにもう一つ、なにかの機材が入った大きめのダンボールを抱えようとして――中腰で固まった。
「どうかしました?」
「……なんでもねぇよ」
そうは言うが、持ち上げようとしてぷるぷると手が震えており、一歩動くにも結構な間があった。
あ、もしかして重いのか?
声をかける前に、晴美さんが運ぼうとした荷物を取り上げるように持つ。確かに少しだけ重いが10kgもないだろうというくらいだ。
「どこに運ぶんですか? これくらいなら運ぶの手伝いますよ」
手伝おうという気持ちだけだったのだが、晴美さんはなんだか納得がいかないような顔で俺にガン飛ばしていた。
もしかして、非力なのを気にしているんだろうか。
結局、効率を考えてか手伝われるのを渋々という様子で頷き、晴美さんの私室に運ばされた。
1日目が終わり、寝る場所はソファを借りることになったものの、明日からまたあのクソゲーをやらされるんだろうか。それとも別のトレーニングでもするんだろうか。
色々考えていると、眠気がやってくる。
あのファイルとアルバムは、結局何だったのだろうか。
いなくなる前に結依の兄貴と関わりがあった響介とは、いったい何者なんだろう。
いくつもの疑問は氷塊しないまま、電撃の痛みが引いてきた腕をかばうように眠りについた。
――――――――――
2日目。7時に目覚めたものの、晴美さんは起きてこない。というか部屋に勝手に入るのは気が引けたので、昨日の晴美さんのチャーハンの残りはともかく、自分の朝食を作ることにした。どうせなら昼用のも準備だけしておこう。
ぼやっと調理をしたり、朝食にハムエッグを食べたりして晴美さんを待つが起きてこない。
なんなら暇を持て余してキッチンをピカピカにするくらいの暇を潰していたが起きてこない。
時刻は午前9時。
さすがにやることがなくなりつつあるので昨日荷物を運んだときに知った晴美さんの私室へ突撃する。
ノックをするがやっぱり返事はない。
鍵がかかっていないため、遠慮気味に中を覗いてみると、ベッドで布団もかけずにうつ伏せの状態で死んだように寝ている晴美さんがいた。
「起きてくださーい」
眠ってはいるが、呼吸でわずかに動いているのはわかる。俺の声に反応はなく、数秒待ってみたが更に声を張る。
「起きてくださーーーーい!」
「うるせ……」
もぞもぞとふとんを探すように手を動かし、布団を頭から被って再び寝に入ろうとする。
「今9時ですよ!」
布団を引っ張る晴美さんだが、寝起きだからか、それとも元々貧弱なのか全然力が入っていない。あっさり引っ剥がした布団をを抱えてもう一度。
「起きてください!」
「うるせーーーーっ!」
理不尽にもキレられた。
――――――――――
寝起きのダラダラ晴美さんをなんとか叩き起こし、朝は食べない派と主張する晴美さんに昨日の残りをなんとか食わせ、しばらくして昨日の続きをすることになった。
「異能訓練はチビガキ時代の場合は時間かけるほうがいいんだけど、お前は高校のガキだろ? そのへんになってくるとどうしても固定観念ってのは崩しづらいんだよな」
「固定観念ですか?」
また電流が流れるベルトをつけられながらゲームが起動するのを待つ。晴美さんが作っているのもあって、据え置きのハードとは違うため晴美さんを待つ必要があるからだ。
「例えば、お前は自分が空を飛べるとは思わないだろ? 実際、普通の人間は空を飛べねぇ」
確かに飛べるとは思わないな。俺の異能が時間操作ってのを知った上でも空を飛べるとは思わないし。
「矛盾することを言うが、異能ってのは『知識があれば有利』でもあり『知識があると不利』なんだよ」
本当に矛盾しててわけがわからない。つまり、どういうこと?
「まあ今言ってもわかんねぇだろうから詳しくはまた後でするとして……お前は死ぬと眠りから覚めたタイミングに時間を戻される。これには死亡時に発生する強い霊力が必要になるから自分の意思で巻き戻しはできない。これは大前提としてお前にもわかるな?」
眠りと目覚め。この区切りで俺はループ地点が更新される。これは晴美さんに魔眼で視てもらったから確定事項だろう。
「じゃ、今日のゲームは『セーブ機能』をつけておいた」
「え?」
起動したゲームに確かにいつの間にか『つづきから』の項目が増えており、試しに見てみたがまだ特にセーブデータはない。
「まずはオートセーブ機能。一定のチェックポイントにたどり着いたら勝手にセーブされるようになってる。んじゃ、ある程度やったら呼べよ。あ、それと昨日よりステージ難しくしといたから」
「えっ!?」
困惑する間もなく、ゲームがスタートしてしまい、慌てて進んでいく。昨日少し躓いたが慣れた場所である谷を飛び越えようとしたら、なぜかステージギミックに矢が追加されていて、撃ち落とされてしまった。
「あっ、ちょ」
虚しく電流が流れてしまい、マジで性格悪い作りにピキピキと怒りすら覚えた。
「んじゃ、あたし別の作業するから。チェックポイント2か所行くまではやってな。一応地下のあそこにいるから」
地下のあそことは昨日、ここに来たときに寝ていた部屋のことだろう。
それどころじゃないんだけどなこっちは!
「あああああああっ! なんで床からトゲ出るようになってるんですかあああああっ!」
「おもしれ」
けらけら笑いながら晴美さんは部屋から出ていき、残った俺は死に覚えクソゲーと長い時間格闘することとなった。
数十分かけてなんとか1つ目のチェックポイントに到達したかと思うと、少し進めた先で大変なことに気づく。
やっべ。さっきチェックポイント前で急いでセーブしたい気持ちを抑えて、無理して装備アイテム取っておけば楽に突破できたじゃんここ。
悔やんでも戻ることはできず、オートセーブされているのでリセットしても意味がない。もうこの先はなんとか自力で突破するしかない。
「せ、性格悪ぃ……」
こんなのゲームとして売ってたら絶対途中で投げている自信がある。マジで神経を逆なでにする作りをしていて正気とは思えない。
約3時間の戦いの末、2つ目のチェックポイントに到達し、セーブされました、の表示を確認して一息ついた。
ただ延々とゲームをしていただけだがどっと疲れた……。
難易度があがっているだけあってまあまあな回数電流を食らって腕が痛い。
しかしまあ、それでもなんとか目標まではクリアできたので達成感はある。
……俺、何しに来てるんだっけ?
一瞬ここにいる理由を見失いかけたがさすがに無意味にゲームをやるだけじゃないだろう、うん。
そう自分に言い聞かせながら冷蔵庫で解凍しておいた冷凍エビを使ってエビピラフを作る。
作りながら、ぼんやりとクソゲーの意味を考えていると、ふと今までのことを思い出す。
セーブができない死に覚え。オートセーブされるチェックポイント。
これ、俺の状況に似てるんじゃないか?
まあ似ているからどうした、って感じだけど。
バターの香りを浴びながらピラフを完成させ、一人で黙々と食べ、気力を回復させたものの、晴美さんはまだ作業をしているのか気配がない。あの人、放っておくと食べないタイプだろうし、持っていくか。
エビピラフたちを持って地下に降りると話し声が聞こえてくる
「ったく、人使い荒すぎる。僕だってこれでも忙しい方なんだが」
「いいじゃん。そっちはアバター派遣できるんだからさ」
片方は晴美さんだが、もう一人は聞き覚えがあるような……聞こえはするもののまだ誰か判別できない。
そのまま近づくと声がはっきりと聞こえるようになる。少女の声っぽいが……?
「やっと修理が終わったばかりだってので見計らったかのようなタイミングで雑用押し付けやがって……」
「明日もよろしく」
「はぁ~!? だいたい、資料とか備品はともかく、なんで食品の買い足しまで僕にやらせてるんだよ。そろそろ金取るぞ」
怒っているような素振りはするが、そこまできつい言い方ではない。叱るような言い方に知り合いか家族でも来てるのか?と思って扉を開いて中の様子を伺う。
パソコンの前で椅子に座りながら偉そうな姿勢で誰かを見ている晴美さんと、その晴美さんの前に立って両手を腰に当てている少女。その足元にはビニール袋とダンボールが見えた。
「あ? なんだ時葛。どうした」
晴美さんが俺に気づいて視線を向けると、会話をしていた人物が「えっ!」と呟いて咳払いをすると、こちらを振り向く。
「やだー! 他に人いたなら言ってよ~! こんにちは~、かわいいかわいいカオちゃんですっ。気軽にカオちゃんって――」
自分の可愛らしさを理解しているかの如く、美少女であることを主張してくる仕草。にっこりと微笑みながら、さっきより声を高くして挨拶するとふわっと花が舞うかのように可愛らしい。
しかし、その姿は決して忘れられるものではなく。
「あぁ゛!?」
「うっっっっわ」
お互いの姿を見た瞬間、相手は予想してなかったのか一転して低い声で驚き、俺は見たくないものを見てしまったせいで心の底から拒絶の言葉が漏れる。
倉庫で何度もやり直すことになった原因。最初の難関にして傘女がいなければ突破できなかったであろうあの銀髪――カオルだった。




