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東京リバースギフテッド  作者: 黄原凛斗
異能者殺しと錫の兵隊と回帰者
21/33

異能者殺しとの邂逅


 アジトから出てしばらく歩くと第二江東市を出て、別の地域に移動した。第二江東市を出るとあまりにも非日常な景色は鳴りを潜め、見知った普通の景色が立ち並ぶ。


「そういやお前の実家行くタイミング逃したな」


「ああ……ループ前は一回行けたんですけどね」


 あのときは家が爆破されて驚いた。

 さ、さすがに今は平気だよな?


「しゃーねぇ。諸々終わってからまたどっかで時間作るさ」


 そんな話をしながら、裏で美沙杜がすごく行きたくないかのようにブツブツと言葉にならないような呪詛を吐きちらしている。

 病院行きたくない犬かよお前は。


「そういえば結局アポは取れたんですか?」


「いや……取れなかったけど多分そもそも無視しそうだし直接頼んだほうが早そうだからな」


 本当にそれは聞いてくれるんだろうか。門前払いされる前フリでは?


「とりあえず綜真は低姿勢でいるくらいの方がいいぜ。多分大丈夫だろうけどちょっと……気難しいところあるから」


 たどり着いたのはあまり人通りのない場所。近くにコンビニやらの商業施設はあるが、活気はさほどなく、大きな建物はいくつかあるが、なにをしている建物かはよくわからない。


 そのうちの一つの前で吉田さんが立ち止まる。3階建てくらいの高さの箱のような建物だ。


「とりあえず……誰かついてきてる気配はないか」


 視線だけ動かして、そのまま中に入ろうとするのかと思えば脇の小道から裏口へと回り込む。


「え、なんでこっちに?」


「表は多分入っても意味ないから……。裏口は知ってるやつしか存在知らないから、そっちは開けてるはず」


 そう言って、裏口とは言いつつ何もない場所の壁をペタペタと触りだす。

 本当に大丈夫なんだろうか。ちゃんと知り合いなんだろうか?


 不安をよそに、吉田さんは「あったあった」と壁の一部分を強く押すとそこから取っ手のようなものが出てきて中へ入る扉が開いた。


 吉田さんは無遠慮に中に入ると顎で入れと示すのでそれに従う。裏口の扉は閉まるとまた取っ手が収納されたような音がして、隠し扉の仕組みにちょっとだけワクワクしてしまう。


(はる)ちゃーん。俺だよ俺ー」


 呼びかけに応える声はない。

 中はどこか研究施設を連想させるような内装であり、人の気配も周辺には感じられない。


「留守だったらさすがに裏口開いてないだろうし、いると思うんだけどなぁ」


 静かだが空調とか機械の稼働音だけはやけに耳に響いており、ふと、階段の存在に気づいて吉田さんを呼んだ。

 吉田さんが上を、俺が下を見ることにして二手にわかれる。


 地下一階。上より少し薄暗いがいくつかの部屋の扉があり、ノックをしてみるが返事はない。どの扉も閉まっている。


 が、奥まった部屋からチカチカと光が漏れていることに気づいて近づいてみると、鍵がかかっていない半開きの扉をゆっくり開いた。



 そこには散らばった書類と乱雑な配線、そしていくつものモニタが並ぶパソコン。それらがまるで避けるように開いたスペースを作り、その中央に一人、横になっていた。

 胎児のように体を丸めて眠っており、恐る恐る近づくと小さく呼吸をしているのがわかる。死んでいるわけではないようだ。

 紫色の髪を後ろでまとめており、寝転んでいるからか崩れかけていて、肩に羽織った白衣が布団代わりとなっていた。

 子供かと一瞬勘違いしそうになってしまったが、よく見ると小柄なだけの女性であり、この人が吉田さんの言う「晴ちゃん」かと疑念を抱く。



 起こしてしまって大丈夫なんだろうか?



 そう考えていると上から降りてくる吉田さんの声が響く。


「おーい、綜真。そっちいた?」



 吉田さんの大きな声に反応してか眠っていた女性は重そうにまぶたを開いてゆっくり頭を動かす。

 次いで、俺と目があった。


 目と目が合うその瞬間、凄まじい威圧感に圧倒される。

 全て見透かされているような感覚に思わず息を呑んだ。


「あ? 勝手に入ってきやがってなんだお前――」


 不機嫌そうな声だが殺気みたいなものはない。ただ、訝しむように言葉を止め、俺と、俺の後ろをじっと見ている。



「……あぁ? 時葛……それに……鷹司(たかつかさ)……?」


 名前を呼ばれて内心ドキッとするがもしこの人が吉田さんの言っていた人物なら魔眼を持っているはずなので、美沙杜の妨害を貫通して俺を鑑定できているということになる。

 でも鷹司ってなんだ?


 吉田さんの声に気づいて彼女は床に置いてあったメガネを取り、装着する。

 メガネをかけると緑の瞳がレンズを挟んで少し威圧感がおさまったような気がした。


「あ、いたいた。晴ちゃん、もしかして寝てた? 起こして悪いね」


 あまり悪いとは思ってなさそうな様子で部屋にやってきた吉田さんを、彼女は鬱陶しそうに睨む。


「チッ、てめぇ、仮にもossの筆頭ならあたしのこと頼ってんじゃねーよ。いつか殺すぞ」


 物騒な物言いに対して吉田さんは嘲笑するように目を細めて、それを覆い隠すようにニコニコと人当たりの良さそうな笑みを浮かべる。


「晴ちゃんにそんなことできる力ないでしょ。別にこっちだって見返りは出すつもりなんだしちょっとは協力してくんね?」


「はっ、異能隠しの殺し屋ウサギがよくも言えるな。まあいい。お前が異能隠しならあたしは『破暴者』で『異能者殺し』だからな」



「綜真。彼女が……」


「勝手に紹介してんじゃねぇぞ。おい、時葛綜真(・・・・)



「あたしは伊藤晴美(いとうはるみ)。ま、吉田の野郎があたしのとこに連れてくるのもしゃーねぇとんだ厄介モンだ。よろしくとは言わねぇがせいぜいいい子でいたほうがいいよ。あたしはスパルタだぜ?」






――――――――――



 1階に移動してしばらく待たされると、白衣を肩にかけ、髪を結い直したのか先程よりもしっかりした印象の晴美さんがマグカップとビーカーをトレーに乗せてやってくる。


「連絡見たけど人にモノを頼む態度じゃねぇだろ」


「そんなことないよ」


 そう言いながらマグカップを自分に、ビーカーを俺たちによこして晴美さんは寝起きのコーヒーを飲む。


 あの、俺たちビーカーにコーヒー入っているんですが。


「なんだ? ちゃんと洗浄してるけど」


「いや……それでもこれ……」


「アポも取らねぇやつにまっとうな入れモン用意してるわけねぇだろうが」


 正論だけどそれは俺が悪いわけじゃ……と言っても仕方ないのでコーヒーに口をつける。味は普通だった。


「で、そいつ見りゃ大方予想はつくけど、何しに来た」


「綜真の能力鑑定と、ハピタリ、あと響介のやつとその置土産について」


 晴美さんは響介という名に眉をしかめる。


「ハピタリのヤバさは晴ちゃんもよくわかってるだろ? ついでに、それが響介関連ってことは晴ちゃんが知らないはずがない」


「ふーん、あたしを疑ってるのか?」


「まさか。晴ちゃんそういうのに興味ないでしょ。それに、晴ちゃんほどの異能者なら他の異能者増やそうとも魔物作ろうとも思わないだろーし」


「誇大広告してんじゃねーぞ。お前やフィジカル鍛えてるやつにはどうしようもねぇんだから」


 コーヒーを飲み干したのかカップをテーブルに置いて思案するように頬杖をつく。

 俺は二人のやり取りについていけなくてビーカーコーヒーをちびちび飲んで疎外感をお供に味わっている。


 おおまかに吉田さんが説明したのは先日の俺たちが取引現場から持ち出したハピタリと、それを回収しにきた響介さんと鈴檎や赤ずきん。

 そして俺のことは魔眼で見れなかったから頼みにきたということ。


「はー……しちめんどくせぇな。見返りは相応あるんだろうな?」


「求めるものがあるならそれなりに」


 吉田さんは余裕そうな表情で晴美さんを見ているが、晴美さんは心底鬱陶しそうに舌打ちをする。


「チッ、仕方ねぇな。わかってる範囲で教えてやる」


 個包装のクッキーをぽいっと投げてきたので手の中で跳ねたそれを受け取って聞きながらクッキーを頬張る。多分、居心地が悪いと思っているのを見透かされたんだろうな。


「元々ハピタリの原型はあたしら組織の研究していたもんだ。でも、当然失敗した場合のリスクがデカすぎてポシャったのは4年くらい前かな。あたしも責任者側で目を通したことがある」


 クッキーの破片が口からぽろっと落ちそうになって慌てて手で受け止める。

 え? じゃあこの人の所属している組織が悪いってこと?


「当時は侵蝕地の調査のために異能者を増やそうという試みだったんだ。だけど魔物化なんてするもん、いくら稀に成功したとしても運用にゃ程遠い。20年前とは違うからな。今の世じゃバカみたいなリスク抱えてまで異能者増やそうとは思わないよ」


 そのリスクを抱えてまで異能者を増やしたい誰かがいるのか、それとも魔物化を目的としているのか。そこまではまだわからないがどちらにせよ、まっとうな目的ではないだろう。

 というか侵蝕地の調査? そもそもあそこ、立ち入り禁止だったような。


「んで、てめーの話だけじゃこっちも判断できねぇが、響介のやつが異能を後付けしたって話はこっちも少し気になることがある。そっちはちょっと待ってろ」


「そっちは晴ちゃんとこの研究内容じゃないの?」


「あー、正確には昔は(・・)していた、だな。でもそっちは20年以上前にポシャった案件だから災害後に異能の融合や改造は正直、昔のデータを確認してみるしかない。当事者つったってあたしだってそこまで自分の厄い案件わざわざしっかり見たわけじゃないし」


「当事者?」


「おう。22年前だったかな。異能者に別の異能を追加する研究とその人体実験。あたし、それの生き残りだから」


 あれ? なんか思ったより色々情報が出てきて混乱してきたぞ。

 えーと、確か大災害が18年前で……。

 自分の知っていることをまとめようにも話はどんどん進んでいく。


「まあ結局コスパ悪いかなんかでポシャったし、昔は異能者の存在が公になってなかったからよかったけど、今じゃ異能者は周知の存在だろ? 防人衆が管理してんのに下手に人体実験なんてできやしねぇってんで今ウチの組織じゃ無理無理」


「じゃあ晴美、さんは異能を複数持っているんですか?」


 話についていけなくなりそうなのでわかりやすいことを聞いてみる。


「あんま使わねーけどな。普段使いなら元々の異能で十分だし」


 そんなもんなのか……複数あったらそれはそれで便利そうだけど。いや、でもこの人魔眼だって言ってたし、それなら魔眼単体で便利なのか。


「で、情報の見返りだけど、そいつに関連していくつか条件をつける」


 クッキーもコーヒーも失った俺を指差されて2人分の視線がこちらに向いて思わず生唾を飲み込む。


「1つ。鑑定はしてやるが時葛(こいつ)の異能の詳細をあたしは吉田(てめぇ)に教えない。2つ。数日……とりあえず一週間でいいや。あたしに貸せ」


 その条件に吉田さんはアジトではあまり見なかった無表情で晴美さんを見ていた。怒っているわけでも、困っているわけでもなく、まるで値踏みするような視線と、試すような晴美さんの眼がぶつかり合う。


 え? 俺当事者なのに蚊帳の外?


「俺、こいつの仮の保護者のようなもんなんだけど。それなのに教えないってのはおかしくね?」


「その判断は時葛(こいつ)自身がすることであってお前が決めることでもねぇし、それが条件だっていうならあたしは取り引きには応じない。聞き出したいなら本人を直接説得して聞き出せ」


「……晴ちゃん、今一人なのによく強気でいられるよね。俺その気になったら晴ちゃんに無理にでも聞くって手段できるのに」


 ピリピリとした空気にゾワッと背筋が凍る。吉田さんが今まで見たことないくらいの圧力をかけている。

 が、それに臆すこともなく、晴美さんは鼻で笑って指を指した。


「はっ、やるならとっくにやってんだろ。わざとらしく殺気なんて出しやがっててめーらしくもない。で、どうする? 帰るなら帰っていいぜ、こっちはよ」


 見透かすような発言に、吉田さんは観念したようにため息をついてから口をつけていない自分のビーカーコーヒーを俺に譲ってくれた。


「……はぁ……わかったわかった。んじゃそういうことで。綜真だけなら大丈夫とは思うけど今こっち、襲撃者とかいて結構ピリピリしてんだわ。なんかあったら定期的に連絡して」


「あいよ。別に取って食うわけでもねぇんだから気にすんな」


 話はまとまったようで、もらったもう一杯のコーヒーを飲みながら吉田さんに肩を叩かれる。


「一週間、多分晴ちゃんが鍛えてくれると思うからよく学んどきな。なんかあったら俺でもアジトのやつでもいいからすぐ連絡しろよ」


 そう言って俺を置いてこの建物から去っていった。拒否権もないし、鑑定や異能を鍛えられるなら別に断ることもないが……結依も吉田さんも、知り合いが誰もいない場に取り残されて居心地の悪さはどうしてもある。


「さて、時葛綜真」


「は、はいっ!」


 完全に2人になった状況で、晴美さんが睨むように目を細めてまっすぐ俺に問うた。




「お前、今まで何回死んだ?」




 "メデューサ"あるいは"異能者殺し"の伊藤晴美――異能(ギフテッド)【特級星眼(せいがん)・■■■■の魔眼&■■の魔眼】



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