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東京リバースギフテッド  作者: 黄原凛斗
厭世者たちの狂想曲
20/33

視えない君《俺》は


 あの襲撃とループ事件から後日が経過した。

 鈴檎は馴染んできたのか、前よりはおどおどしなくなったし、結依とも和解の傾向にある。

 いや、未だに夕飯作ってるときとかは目が怖いから鈴檎がビビってるけど。


 赤ずきん改め椛は……犬だった。

 本当に犬というわけではない。躾がされてない野良犬が我が物顔でアジトに住み着いているような感じだ。


 響介について二人に聞いてみたりもしたところ、意外と二人は彼に対して批判的ではなかった。


「確かに、響介さんに捨てられたようなものですし、利用もされました。……でも、一番最初に助けてくれたのはあの人だから、あまり悪く言えません」


 鈴檎は複雑な様子だが椛のほうはあっけからんとしていた。


「響介はいつもそんな感じだから別に。ああ、でもここの方がご飯美味しいわ。響介の用意するご飯、まずくはないけどつまんないのよ」


 見捨てられたのにまず文句言うところが飯かよ。


 結局、二人から響介や流譜(ルフ)さんの手がかりは得られなかった。

二人とも流譜さんのことは知らないようだし。

 逆に言えば二人は何も知らないから見捨てられたとも言えるか。


「おかわり」


 ずいっと空になった皿を押し付けてくる椛はまるで「元々ここの住人だけど?」といわんばかりの図々しさを発揮している。犬より猫かもしれない。いや……よく吠える小型犬か……?


 おかわりを準備しながらちらりと結依を見る。

 結局、あのときの告白の返事はない。振られた説が濃厚だ。

 どうしよう。掘り返してもいいのだろうか。でも向こうも若干俺を避けてるように見えるんだよな。


 そんなもやもやを抱えていると、バンッという音がアジトに響いてビクッとする。


「遅くなってごめーーーーん!」


 両手にたくさんの荷物を抱えた女性が駆け込んでくる。初めて見る顔だが吉田さんたちが警戒した様子もないので成り行きを見守ることにした。


夕子(ゆうこ)ちゃんおっす~」


「夕子さん、お久しぶりです」


「ああ……鷲眼(わしのめ)先輩、やっとですか」


 吉田さん、識文さん、和泉さんと三者三様の反応を示したのはダボッとした服装の成人女性。そういえばメガネ率高いとは思っていたが彼女もまたメガネである。よく見ると左右で目の色が違う。金と青の目はメガネがなければよく目立つだろう。薄桃色の髪色は派手そうに見えてなぜかしっくりする馴染み方をしていた。

 雰囲気からして結構年上な気がするが、振る舞いが元気いっぱいなのでいまいち掴めない。


「あ、君がたっくんが言ってた綜真くんだね? はじめましてー! 鷲眼(わしのめ)夕子(ゆうこ)、今年で29歳! 彼氏絶賛募集中! 好きなものは~っ、メガネと眼鏡!」


 ぶいっ、とキメ顔をして挨拶をされたのでとりあえずどうも……としか返せない。

 アジト、他のメンバーは出払ってるとは言ってたが濃い人がまだいるのかな……。


「夕子ちゃんは魔眼持ちの霊装(れいそう)職人なんだよ」


 霊装職人。いわゆる異能や霊術関連の武器や防具、アクセサリーはそれぞれ職人が存在しているらしく、彼女はその中で霊装と呼ばれるアクセサリー方面の職人とのことだ。

 霊装の中にはメガネやピアスなど、異能制御や耐性効果などの実用品も多く、需要は高いらしい。


「俺のメガネも夕子ちゃん製だし」


「僕のは市販のだけど、修理はよく頼んでるよ」


 吉田さんと和泉さんもメガネかけてるから世話になっているみたいだ。

 しかも鈴檎につけた異能封じのピアスも彼女が作ったものらしい。


 とりあえずこのアジトのメンバーの中ではかなり重要というか、必要な人材で間違いないようだ。


「いやー、私も表向きは普通の職人やってるからなかなかこっちに顔出せなくてね」


 なんでも彼女は申告している異能者らしい。だから厳密にはossではないのだが協力者の一人としてアジトのメンバー扱いとのこと。


「連絡もらったときもクソ納期のせいで顔だせなくってねー。しかもその後すぐに別の子の異能暴走とかあったんでしょ? 大変ねー」


「にゃはは、大変大変。そんなわけだからさっそく鑑定とか頼んでもいい?」


 吉田さんが苦笑しながら俺たちを示す。夕子さんは親指を立てながらニッと笑ってみせる。


「オッケー。じゃ、えーと綜真くんとー、りんごちゃん? あとそっちの赤い子もおいでおいでー」


 すぐに威嚇する椛であったが「飴ちゃんいる?」という夕子さんの懐柔によって一瞬でおとなしくなった。なんだか手慣れている。ふわふわとした空気があって警戒心というものを和らげるのがうまいのかもしれない。


「はーい、じゃあ最初は椛ちゃんね」


 メガネを額にまで持ち上げると左右で違う色のが細められる。


「あー……【獣性顕現・狼】か。確かに珍しいね。あともう一個あるけどこっちは……随分と変わってる異能だね」


 こいつも2つ異能あったのかよ。なんか異能複数あるのってもはや鉄板なのか?


「とりあえず、一旦見たものは書き起こしておくね。ずっと見られてるのも嫌でしょ?」


 一旦目を伏せてからメガネをかけ直すと手帳に鑑定した椛の異能を書き起こしていく。


 その流れを不思議そうに見ていると、和泉さんが補足してくれた。

 なんでも、魔眼に"視られている"という感覚は、わかる者にはわかるらしく、あまり気分がいいものではないらしい。

 熟練だったり、上手い異能者であればそれも感じさせないようだが。

 メガネも、魔眼が誤爆しないように制御のためにつけているらしい。


「はーい、じゃあ次はりんごちゃん。怖くないよー」


 メガネを持ち上げて鈴檎を見ると、表情に出さないようにしようとして、眉根が寄ってしまったのか、少しだけ不愉快そうに顔をしかめる。

 鈴檎はそれにびくっとするが、すぐに夕子さんが笑顔を作って場を和ませる。


「ごめんごめん。ちょっと情報量多くてつい注目しちゃった。もう少し待ってねー」


 椛の倍くらい時間をかけて書き起こしていくと、確認が終わってからメガネをかけ直して「ふぅ……」とため息をつく。


「なるほどねー。異能のかけ合わせなんて悪趣味なことする人らもいるねぇ」


「今結局いくつあるんだ?」


 吉田さんの懸念は異能の数というより、異能がどれだけ残っていて、今後どう対処するかなのだろう。全部残っていたら対処に苦労するだろうし。


「本来の異能は【腐蝕融域】ね。確かにこれは専用の制御ないときつそう。体質系の【感情増幅】は多分あと数日したら消えちゃうと思う。こっちは視た感じ、定期的にメンテ必要だったみたいだから。それでー……一番気になるのは【衝撃の炯眼】かな。こっちは定着してるっぽい」


 最初に散々苦労した衝撃の炯眼。ただこれは既になくなっている響介の必中の能力があっての厄介さだったらしい。


「と~りあえず! 改めてりんごちゃんに合わせた制御霊装は作ろうね。りんごちゃん、なにか希望ある? メガネとかどう?」


「あ、えっと……できればアクセサリーがいい、です……」


「そっかー。でもメガネとかいいと思うよ?」


「あ、いえメガネはいいです……」


 すげーメガネを推していくじゃん。鈴檎には通じなかったようだけど。

 鈴檎の異能についての鑑定結果が書き上がると、お待たせしましたと言わんばかりに満面の笑顔で俺の方を向く夕子さん。


「さてさて! 時間操作系なんだって? いや~、どんなことが視えるのかなー!」


 嬉々としてメガネを外した夕子さんと目が合う。だが不思議と視られているという感覚は起こらない。俺が鈍いだけか?と思っていると夕子さんが硬直した。


「……夕子ちゃん?」


 様子がおかしいと思ったのか吉田さんが体を起こす。和泉さんも識文さんも奇妙な気配を感じたのか怪訝そうにしている。


「い……」



 なんとか絞り出したような声がしたかと思うと、その場に崩れ落ちてしまう。



「いったぁぁぁぁぁぁぁぁああああっ! 目ぇいったぁぁぃぃいいいい!」


 ジタバタゴロゴロとのたうち回る姿に心配そうにしている者と、あまりにも急にのたうち回るのでびっくりする者がそれぞれ出る。俺はびっくりした。


「なになになに、夕子ちゃん落ち着いて。和泉、治療必要そうならしてやって」


「あー、いや……これは……」


 夕子さんの反応を見てなにか思い当たることがあるのか和泉さんの反応は複雑そうだ。そして、俺を不思議そうに見てくる。


「この感じは魔眼防止の装備か術に直撃したようですね」


 魔眼防止。

 当然ながら普通の生活において魔眼というものは悪用し放題の能力だ。

 そのため、施設や店舗によっては魔眼防止策の霊術装置やらが設置されているらしく、それに直撃すると手痛いしっぺ返しを食らう。

 魔眼というものは物の情報を視ることができる。つまりそれは一度に大量の情報が詰まったものを一度に視てしまうと眼と脳に負荷がかかり、このような反動が起こるようだ。

 魔眼防止の術は高度な霊術らしく、その中でもダミー情報の壁はこういった反動を受けるため魔眼使いからは嫌われている。


「う、ぅぅうぇぇ……頭いたい……きもぢわるい……」


「とりあえず水飲む?」


 げっそりした夕子さんに水を飲ませる和泉さんと、なにか考えるように腕を組む吉田さん。


「別に霊装もなんか持ってるわけでもないしなー……」


 なあ、美沙杜? お前だね?


 返事がない。肯定とみなそう。


「お前に鑑定防止の術がかかってるとして……どうにもできないよな?」


「というかそんなことになってるの知ってたら魔眼での鑑定をお願いしませんよ」


「だよなぁ。うーん、夕子ちゃん、どう思う?」


 ようやく少し回復したけどまだしんどいのか、濡れたタオルを温めて目に被せた夕子さんは考えるように「うーん……」と複雑そうな声を出す。


「私の魔眼階級(ランク)も2級だからなぁ。1級の人ならダミー情報も程度にはよってはなんとかできると思うけど、それでも鑑定そのものも防がれてたら難しいと思う」


「そーいや響介のやつも視れてはいなかったみたいだしな……」


「あいつ何級でしたっけ?」


「1級」


 識文さんの疑問に端的に答えた吉田さんは困ったような顔をしていた。

 現状、俺の異能の鑑定がほぼ不可能という状況らしい。


「たっくんみたいに霊装で防いでる場合はどうとでもできるけど、本人が感知してない術によるものなら……あの手しかないねぇ……」


「あの手かぁ……」


 夕子さんと吉田さんはおそらく同じものを思い浮かべたのであろう。しかし、どちらも表情は暗い。


「とりあえず一回アポは取ってみるか……綜真。お前とりあえず、俺と出かける準備はしておけ」


「出かける準備ですか?」


「うん。まあ、かなーり気難しいけど俺の知る限りは一番すごい魔眼を持ってる人のとこに行くことにするわ」


 なんとなく、美沙杜が「うげっ」と言ったようや気がした。







――――――――――



 時葛が意味不明なこと言った。

 私のことが好きだからなんて言ったけど、それを真に受けていいのかわからない。

 しかもあの後、時葛はいつも通りで何も言ってこない。


 もやもやするが自分が逃げているので文句をつけるわけにはいかないし。


 そんな矢先に田吉さんと時葛が出かけることになった。


「早けりゃ今日中には戻れるけど……いやー。色々複雑だし俺はともかく綜真は数日かかるかもな」


「え……あの、大丈夫ですか? 主に飯」


「元々お前に頼りすぎだからちょっとは大人組が反省する機会にもなるだろ」


 田吉さんと時葛が話を進めているけど、私はそもそも一緒に行く理由がない。でも、少し寂しく思う。


「結依ちゃん」


 識文さんがちょいちょいと手で招いてきたので素直に近づくと耳打ちされる。


「言いたいことは言えるときに言っておくべきですよ?」


 識文さんはどこか自分にも言っているような口ぶりだった。

 その言葉は私が言えないでいることを見抜いているかのようでドキッとする。

 結局、時葛……ううん、綜真は田吉さんと出かけるのが決まったようだ。


「……うーん、返事なし。まあいいや。多分いるだろうし。1時間にはここ出るぞ」


 スマホを見て嘆きながらも予定を立てて田吉さんは2階へと一旦戻っていく。


 綜真はその間、識文さんや鈴檎にキッチンの話をしている。


「いいですか? ちゃんとこっちの袋は日付を見て順番に使ってくださいね?」


「はーい」

「わかりました」


「あとは……」



「綜真」



 2人への説明をしているタイミングで声をかけてしまったから注目を集める。でも、識文さんが何か察したように「あ、自分たちはちゃんとわかってるのでどうぞ」と私と話をする用に綜真に促す。


「どうした?」


 ここ最近私が避けていたというのに変わった様子がなく、私を見てくるその姿に、全然考えが見えない。

 告白したんだから少しは顔に出しなさいよ。


「この前の……」


「ああ、うん、ごめん」


「ちゃんと……えっ?」


「いや、俺のこと避けてるから迷惑だったのかなって……」


 あっ、誤解してるじゃん!

 いや、私が曖昧な態度をしていたのが悪いんだけど……。


「まあ、忘れろってのも無理だろうけどそんなに困るなら――」


「こ、困ってない……」


 なんだか致命的な方向に行く前に軌道修正しないといけない気がする。


 でも、全部嘘だったらどうしよう。


 嘘は嫌い。優しい嘘だろうと、私を騙す言葉が嫌い。


 じゃあ綜真は嘘つきだろうか?

 嘘をついてほしくはないと思う。でも同時に、私だって自分の気持ちに嘘をついている。だったら責める資格なんてないじゃない。


「……綜真が戻ってくるまでにはちゃんと整理つけておくから」


 まだ少しだけ”時間”が欲しい。


「だから、絶対戻ってきてよ。約束」


 私なんかのために死んでしまうようなお人好しが、私の知らないところで死なないように約束(のろい)をこめて小指を差し出した。


 それに対して綜真は少し驚いたような顔をしたかと思うと「そっか」とだけ言って小指を出してくる。


「じゃ、さっさと戻ってくるからあんまり呑気にしてるなよ」



 本当は、もう答えなんて決まっているようなものだけど。


 それでも、君が私のところに戻ってきてくれるという安心が欲しくて、答えを先送りにしてしまったのは、内緒だから。




――――――――――





 響介は整頓された一室でパソコンと向き合っていた。

 なんらかの研究設備は整っているものの、その部屋には生活感はない。

 倒された写真立てに目もくれず、響介は書き上げた報告書から目を話して息を吐く。



 ふと、響介は先日のことを思い出す。

 まだ異能者になったばかりであろうことが丸出しの少年。何も視えない君の背景(のうりょく)

 微笑ましく思うと同時に、彼をかわいそうだと思った。

 しかし、彼本人に興味はない。わざわざ手助けしてやる必要もない。



 ――世界は君が思うよりも優しくはありません。



 君が思うよりも異能者たちは醜悪で、反吐が出るような者たちばかりです。

 皆自分のことしか考えていないから、そのせいで辛い思いをする人たちのことが、見えていない。

 なら僕ら(・・)もそんなやつらに遠慮する必要なんてないんですよ。



 吐き出してしまいたくなるような衝動を飲み込んで、響介は少年のことを頭の片隅に留めておきながら、今しがた届いた連絡に目を通す。


「防人衆もossも一筋縄ではないですね。まあ、一枚岩でもないから上手くやるしかない、か」


 そうぼやいて、響介はこれからのことに頭を悩ませながら、鈴檎と椛を組織のリストから『死亡済』と改竄して処理したのであった。






――――――――――




 薄暗い、パソコンの光だけがちかちかと点滅する部屋。


 床にはカーペットとクッション、そして白衣。


 無惨にも床に放置されたスマホの通知が鳴る。


「うぅん……」


 床で胎児のように縮こまりながら、眩しそうにスマホの画面を見た女は通知の理由に気づいて「あ゛ー……」と鬱陶しそうにろくに見もせずスマホを放る。

 紫色の髪がもぞもぞと動くせいで崩れ、落ちていた白衣を布団のように自分にかける。


 そしてそのまま再び床で眠りにつく際、邪魔そうにメガネを外してクッションに頭を埋めながら寝息を立てるのであった。


 



2章完。

3章はもうしばらくお待ち下さい。

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