忽滑谷響介は掻き乱す
3人の少女たちと吉田さんを始めとした3人。そして小さくされた結依と俺。結依が目的ならそれを手にしている俺は下手に動かないほうがいいはずだ。
「いやぁ、俺らに喧嘩ふっかけてくるの、すげーわ」
吉田さんが軽い調子の声のまま、いつの間にか手に細長い鋭利な武器をいくつか握っていた。
「で、響介のやつが、なんだって?」
キョウスケという名に反応する吉田さんを見て3人娘はたじろいだ。今の俺からの視点では彼の表情は見れない。
「全員まとめてかかってきな。思ったより、俺一人でなんとかなりそうだし」
識文さんが「ちょっと――」と不満を言いかけたが和泉さんがそれを制した。
「邪魔なら下がっておくけど」
「うん、邪魔。綜真と結依ちゃん優先」
指示を飛ばしている最中に赤ずきんが斧を大きく横薙ぎにする。吉田さんはそれを少ない動きで回避して、見えているかのように赤ずきんの腕から斧を叩き落とし、そのままアリスと鈴檎の方に何かを投げつける。
投げつけたそれは煙幕に似ていて、視界が一瞬悪くなる。
魔眼炯眼封じの手段の一つ!
視ることで発動するならそもそも見えなくすればいい。
その間に視界外に出れば――
「今いるメンツ、揃いも揃って手加減苦手なのしかいないから俺がやったほうが早いんだよな」
鈍い音がしてから煙が晴れるとアリスが気絶しており、床に倒れていた。音からして多分暴力で伸してる。
アリスが気絶したからか手に乗せていた結依に急に重みが増して一瞬で元の大きさにまで戻る。
が、一気に戻ったせいで支えていた俺がうっかりバランスを崩してしまい、下敷きになってしまった。
「戻った!」
自分の手と周囲を見回して安堵したように息を吐く結依だが、俺を潰しているということに気づいて慌てて体をずらす。
「ご、ごめん! 重かったよね!?」
「いや……思ったよりは軽かったけど……」
「思ったよりって何!?」
やべ、言葉のチョイスミスった。
そんな中でも吉田さんと赤ずきん、そして鈴檎の睨み合いが続いていたが、鈴檎の様子がおかしい。
「あ、あれ……?」
鈴檎が目をぱちくりさせながら吉田さんを視るがなにも起こらない。眼に関する異能のはずなのに……?
「このアホリンゴ! さっさと異能使え!」
「で、出ません……この人じゃ――」
咄嗟に他の誰かを見ようと振り返ろうとしたところで鈴檎のすぐそばに眠り香が投げつけられ、それがなにかわかっていないのか、そのまま香りを嗅いだ鈴檎は眠ってしまう。
「チッ。貧弱2人はこれだから」
赤ずきんが吉田さんと鈴檎から一度、大きく距離を取って武器も持ち直すと、その勢いでずっと被っていた赤いフードが落ちる。
彼女の頭には普通ではあり得ないものがあった。
「うおっ、マジか」
吉田さんが驚き、俺たちの近くで見守っていた和泉さんも「えっ」と驚いた声を漏らす。
赤ずきんの頭部には獣の耳が生えていた。しかも飾りではなくぴくぴく動いており、決してコスプレの類ではないことがわかる。
犬……だろうか?
「獣性顕現。自分も実際に見るのは初めてですね」
「じゅうせい?」
識文さんが手出しを止められたからかつまらなさそうに赤ずきんを見ながら補足する。
「体質系異能の一種で特定の動物の能力を得る異能です。身体能力も大きく向上するので能力強に分類されることがあるのですが……動物の種類だけ幅があるにも関わらず数が少ないことでも有名です」
それはつまり……レアな異能ということだろうか?
その先を知る前に赤ずきんが強く床を踏みしめて銃を虚空から何丁も出現させた。
「狩りの時間を始めよっか」
右手に猟銃。左手に斧を持つ赤い頭巾の女の子。
「――Are You A prey?」
"赤ずきん"改め”猟狼”――異能【獣性顕現・狼】
赤ずきんの動きは一瞬だった。吉田さんに斧を振りながらも同時に逃げ道を一つ、銃で塞ぐ。
吉田さんは避けなかった。
「吉田さん!?」
「識文。2人を連れて外行って」
吉田さんの左腕は散弾の一部がヒットしたのか血が滲んでいた。
いや、吉田さんは明らかに避けられたはず。
その理由に気づいてハッとする。
先程から赤ずきんは吉田さんが避けたら誰かに当たるように立ち回っているのだ。
俺たちだけじゃなくて鈴檎やアリスも含めている。
識文さんの暴走が起こったらそれこそシャレにならない。
「さっさと行け!」
和泉さんの怒気がこもった声は今までで一番強い圧がある。
識文さんはともかく和泉さんなら吉田さんを治せるし、俺たちがいなければ補助できるかも。
2人の戦闘に乗じて抜け出そうと隙を伺っていると、ちょうど弾切れか、持っていた銃を吉田さんの足元に投げ捨ててからアクロバットな動きで先程大量に出した銃を一丁即座に構えて俺たちに向けた。
「獲物が逃げるんじゃないわよ!」
撃たれた瞬間、やばい、と握っていた結依の手を強く掴んでいた。咄嗟に目をつぶってしまったのも反射的なものか。
いつまで経っても痛みも変化も訪れない。
「……あれ?」
状況が飲み込めずにいると目の前に広がっていたのは全てが停止した世界だった。
「止まっ――」
「……綜真?」
結依の声にぎょっとして振り向くと彼女と俺だけが止まっていない。普通に動いている。
吉田さんも、赤ずきんも、識文さんも和泉さんも全員止まったまま動かない。
「これ、綜真の異能……?」
「た、多分」
正直自信がない。なにせ自分の異能をきちんと把握できていないのだから。
だがこの止まった世界がいつまで続くかわからない以上、危機を回避することに集中しなければ。
「結依! 異能出せるか?」
「あっ、出せる!」
結依の異能も問題なく発動している。ふと、繋いだ手を見てもしかしてこれが理由か?と思い至るが急に結依の時間も止まっては困る。
「赤ずきんを縛って、あそこで止まってる銃弾も布みたいなので包めたりできないか?」
「……やってみる!」
赤ずきんの拘束はすんなりいった。動いていない対象に巻きつけておくだけでいい。
銃弾の方は動き出してどうなるか――とまだ作業が完了していないところで時間が正常に動き出した。
「えっ!?」
「はぁ!?」
「うわっ!?」
「ん!?」
吉田さん、赤ずきん、識文さん、和泉さんがほぼ同時に驚いた声を上げる。4人からすれば急に一瞬で状況が変化したように見えたのだろう。
赤ずきんは拘束されたことでバランスを崩し、その場に倒れ込む。
識文さんは結依の出した弾を包みそこねた布に驚きながらも回避して、一瞬で静まり返った。
「……説明はあとでいいや。とりあえずは」
吉田さんが状況を把握しようとして一旦横に置いたのか、転んだ赤ずきんを見て鈴檎のすぐそばに落ちていた眠り香をの袋を蹴っ飛ばして赤ずきんの顔の近くにやった。
「うわ、ちょっとやめなさいよ!」
「獣性顕現ってことは嫌でも鼻がよくなるもんな」
わずかな残り香しかないだろうに、鼻がきくことで少量でも効果が出たのか、赤ずきんはそのまま眠りに落ちた。
「……なんとかなった…………」
死人を出さずに山を超えたことに安堵していると吉田さんが「おつかれ」と肩を叩く。そして、結依に声をかけた。
「あの2人も縛っておくから縄出してくれる?」
「あっ、わかっ――」
「いやー、それは困ってしまうのでご遠慮いただきたい」
いつの間にかアジトに入り込んだ人物がいた。
即座に吉田さんたちが警戒体勢を取ったが結依がその姿を目視したと同時に空気が一変する。
「キョウスケ、くん……?」
キョウスケ――。
ハッピータリスマン製造の関係者で、結依の兄さんと関わりがあった人物。
“バロール”忽滑谷響介――異能【必中の魔眼】
「ああ、お久しぶりです。結依ちゃんも。そちらの君ははじめまして」
メガネをかけた茶髪の男。その目はひどく虚ろな眼差しで俺を見る。
咄嗟に吉田さんが俺を隠すように前に立つと男――響介と呼ばれた男はくすりと笑う。
「あれ、君がなにかしたわけじゃないんですね。安心してください。そこの少年は視えないので僕も詳しいことはわかりません。自己紹介くらいはさせてくださいよ。あ、僕は忽滑谷響介と言います」
その口ぶりで察するのはこの人は魔眼を持っているのだということ。
憂いを帯びた様子で床に倒れる三人を見下ろす。
「まったく。君たちも手がかかりますね」
全員意識を失っているから返事はない。だがその声は呆れつつも困った子供に手を焼いているような様子だ。
「やれやれ。回収ついでに君とそこの少年の異能でも視れたらと思っていましたが難しそうです」
それは吉田さんたちのピリピリとした殺気のことを言っているのだろうか。回収ということはあの三人を迎えに来たということか?
「あ、あの! キョウスケくん!」
目的について考えていると結依が響介に声をかけて一歩前に踏み出す。
手は繋いでいるので万が一のことはないと思いたいが、目の前の男は吉田さんたちがいても平然としているような男だ。何をしてくるのかわからない。
「お兄ちゃんは……ミコトちゃんとヒナちゃんもどこにいったの!?」
「……」
その言葉を聞いて響介は軽蔑するような視線を吉田さんに向けるだけだ。
しかし、それも一瞬のこと。結依を見る目は少しだけ優しかった。
「君がルフのことを、何も知らされていないのは想定内ですが……君は僕とその罪人のどちらを信じますか?」
「え……?」
響介の言葉に結依は戸惑う。対して吉田さんは罪人という言葉に一瞬だけ肩を揺らしたが静観している。
「吉田田吉。ossの中では名の知れた吉田組の長、極悪非道で防人衆も手を焼いたあの今は亡き吉田永吉の後継者。この掃き溜めの王様気取り――」
最後までは続かなかった。識文さんが響介を文字通り素手で叩き潰していた。
識文さんは手から血を流しており、自傷で能力を発動していることが伺える。
「余計なことだけはよく喋る。必要な情報を喋るだけでいいんだよお前」
理性がまだある軽度とはいえ、その声は聞いたことがないほど低く、怒気が肌を刺すほどに滲んでいた。
「し、識文さん!」
「識文!」
結依と吉田さんが識文さんを咎めるように名を叫ぶ。しかし、潰したはずの響介はいつの間にかアリスを横抱きにしており、潰したものは幻覚であったようだ。
「随分と変わった挨拶ですね。僕の知らない国のご出身ですか?」
笑顔で煽ったかと思うと鈴檎から何かきらきらと光るものが響介の方へと飛んでいく。
「これで一安心です。異能って君みたいな『特別な人』を除いて一人一つが基本ですからね。魔眼だけじゃ心許ない」
ズルいと言いながら見据えたのは吉田さんや和泉さん。俺にはもう興味がないのか一瞥もくれない。
「何が言いたんだよ」
「この子以外には複数の異能を後付けしています」
気絶しているアリスを示しながら床で倒れる鈴檎を足先で示して説明するかのように言った。
「鈴檎には【衝撃の炯眼】、僕の【必中の魔眼】の一部を付与。そして彼女本来の異能ともう一つ植え付けた体質系異能の【感情増幅】」
4つも!?
後天的に異能が増えるという点もそうだが4つの異能は規格外なのか吉田さんたちもぎょっとした様子だ。
「炯眼と魔眼なんて組み合わせ、当然相性はよくても本来ないものを植え付ければ制御もできませんよ。だから特殊条件をつけて、その条件を満たすために更に異能を付け足した。彼女の本来の異能はどうしても扱いにくい。僕は結依ちゃんを殺すつもりはないのでそちらは封じて――いました」
なぜか過去形なのが気になるが響介は話を続ける。
「衝撃の炯眼に付与した制限は他者から敵意や悪意を感じたと本人が感じることで自動で発動する条件。感情増幅はそういった悪意や……あるいはかわいそうな彼女に同情して拾うように仕向けたりするためのものでしたが……」
ふと、結依を見て微笑んだ。
「結依ちゃんが嫌悪増幅の対象になるとは少し予想外でしたね。鈴檎に嫉妬でもしたのかな?」
嫉妬? もしそれが本当なら敵意を増幅されていたということになる。俺や識文さんが最初に拾ったのもそういう流れということか。
つまり、衝撃と必中、で思い出すのはあの執拗なまでの叩きつけ。敵意や悪意を向けられていると感じている間、避けられない衝撃が何度も肉体へダメージを与えるということか。
考えうる限り最悪のコンボを組んでいる。戦闘になったら敵意を向けないなんてことはまずない。
あれ? さっきの吉田さんは?
「で、お前のその解説タイムは何? まさか異能キメラ語りにきたわけじゃねーんだろ?」
気になったことはあるが吉田さんはもう面倒そうに響介を睨んで目的を問う。
「あ、もう時間稼ぎは終わったので、お望み通りそろそろ切り上げますね」
吉田さんが「は?」と言うと同時に捕まえていたはずの侵入者2人がいつの間にか脱出しており、アジトの外へと飛び出していた。
そして、その手には見覚えのあるケース。
――ハッピータリスマン!
さすがにまずいのではとそちらに注意を持っていかれたところで響介は呟く。
「これだけは同情しますよ。こんな怪物、介護しないといけないのはね」
そう言って識文さんを”視て”拳銃を発砲し3発。
識文さんにちゃんと向けていないはずの銃弾が全て、でたらめな軌道で識文さんの急所を撃ち抜いた。
「必中の魔眼だって知っているんだからダメじゃないですか。どの道必中ですけどね」
馬鹿にするよう言いながらアリスを片腕で抱え直して、倒れている鈴檎と赤ずきん、そして識文さんを見て笑った。
「ま、あとは好きにしてください。君たちはどうせ、殺さないでしょう? 偽善者ですから。殺したければどうぞご自由に」
そう言い残すとアリスとともに響介はその場から消えた。
「和泉! 識文の治療間に合うか!?」
「治療より先に識文の異能の発動が早い! 先に押さえないと!」
■■識文――異能【鬼人堕醒】
「あははっ、気分がいいや。誰かあーそーぼー」
キマった目でボロボロの体にも関わらず、いつの間にか起き上がって近づいてこようとする識文さん。赤ずきんも鈴檎も眠っている以上、優先度は下がっていると思うので俺たちの方に注意がいっているはずだ。
ああなった識文さんは止まらないのはもうわかっている。吉田さんに策はあるのか?
「やっべ眠り香使っちまった」
あっ、終わりでーす。再走の気配がしてきた。
嘘だろ吉田さん!?
いや、ちょっと待て。
眠らせるっていうなら俺はもっと他の手段を知ってるじゃないか。
(美沙杜! 美沙杜、美沙杜……美沙杜!)
心の中で何度も名前を呼ぶと不機嫌そうな美沙杜の返事があった。
『なぁに? わたしはまだ怒っているのよ?』
(頼む! 識文さんを眠らせてくれ!)
俺が他人に聞こえないやり取りをしている間に結依が吉田さんに言われて識文さんを一度縛ってみたが秒で引きちぎられた。やばい、マジで止まらないぞあれ。
『うーん……そもそもわたしの術も効くか怪しいわ。あの状態はあらゆる耐性も高くなってるし。あ、でも意識を逸したり、別の注意を引けば成功しやすくなる、かも』
「吉田さん! 識文さんの気を引けたりとかできませんか!?」
「なんか策あんの?」
「成功率上げるためにも識文さんが別のことに気を取られてないとダメで……!」
俺にはできないというか下手にやっても死ぬだけだ。
何か、何かないのか。
「……和泉。もう一つの異能で識文抑えてくれ」
吉田さんが和泉さんに強めの声で言う。
極めて冷静に和泉さんに声をかけているが、その横顔は焦りが伺えた。
「い、嫌だ!」
「頼む。あれくらいしか多分被害を抑えながら識文の気を引けねぇ。うまく行けば止まるし」
「いやだいやだ! 嫌だ!」
「和泉!!」
え、なに? なんでそんなに嫌がるんだ? そんなに危険な異能なんだろうか。
でも現状他に手がなさそうだし……。
「和泉さん! お願いします!」
「和泉さん! 識文さんを止めて!」
俺と結依の頼みに「うっ」と眉をしかめて歯ぎしりすると識文さんに向かい合う。
「ああもうわかったけど後で文句言わないでよ! あと、からかったら許さないからな!」
意を決して髪をかき上げた和泉さんと目が合った識文さんは楽しそうだった顔が無表情になる。警戒しているのだろうか。
「おい、識文……先輩」
しん……と空気が静まり返る。あの暴走していた識文さんすらピタリと硬直した。
そして、今まで聞いたことないくらい優しい声音で語りかける。
「な、悩みあるなら聞きます、よ……?」
何そのセリフ。
混乱しているとやけにそわそわと落ち着かない気分になっていることに気づく。
和泉さんから目が離せない。
和泉さんが識文さんを見ているが俺の方を向いてほしいという気持ちに駆られる。
手を伸ばしかけると脇腹に強めの一撃が入った。
「ぐえっ」
「あばっ」
俺だけでなく結依も同じだったのか揃ってひしゃげた声が出た。
悶絶していると吉田さんがメガネだけでなくマスクとイヤホンをつけて完全装備であることに気づく。
ハッとして2人の方を見るとなぜか2人してその場に膝をついていた。
「おぇぇぇぇぇぇ……」
「うげぇぇぇぇ……」
二人揃って崩れ落ちてる……。
吉田さんに小突かれたおかげで俺も正気を取り戻すが和泉さんのこれはいったい……?
「あれは……まあ……説明はあとだ。今のうちになんとかしろ」
イヤホンを外しながら俺に声をかけるとそういえばそうだったと頭の中で美沙杜を呼ぶ。
『も~。わたし以外に見惚れるなんて許せないけどすぐ呼んでくれたから今回は許してあげる』
美沙杜は膝をついて吐きそうになっているところに術をかけ、識文さんはフッと眠りに落ちてその場に倒れた。
今度こそ……なんとかなった……のか?
吉田さんがとても困ったような表情で俺たちに言う。
「まあ……和泉のあれは……基本的には自分を見た相手をコントロールできる異能……【魅了】やつ」
言いづらそうに口ごもるが要するにこうだ。
和泉さん自身を見た者、あるいは声を聞いたもの、匂いを嗅いだ者などを魅了し、その精神に干渉する能力。小難しく言うとそうなるが、手っ取り早く言うと「和泉さんを見ると魅了されてしまう」ということらしい。なんなら見る以外でも発動する。
もちろん、魅了も無条件ではなく、できるだけ魅了しやすくするには言動や仕草も重要とのことで、さっきみたいな意味不明な行動になったんだろう。
おかげで俺もどう反応したらいいのかわからない。
■■和泉――異能【水使い】&【魅了】
「だから嫌だったんだ! だから嫌だったんだ!!」
床を殴り続けている和泉さんは今にも吐きそうな顔をしており、よっぽど識文さんに優しい声で語りかけるのが苦痛だったらしい。
当の識文さんは美沙杜の催眠が効いたのか眠っている。しかし、その寝顔は魘されているように真っ青だ。
どんだけ2人はお互いのことが嫌なんだ……。
「悪ぃ……いや、でもおかげでなんとかなったから、な?」
「僕の気持ちは癒やされないぃぃぃぃ……」
結構本気で落ち込んでいるみたいでなんか申し訳ないが吉田さんがするしかないとあんなに決め打ったほどなのだから和泉さんのメンタルの犠牲には……目を瞑ろう。ごめんね。
「和泉さん……全部終わったら俺、なんか和泉さんが食べたいものとか作るんで元気だしてください……」
「うぅ……パエリア……」
しれっとめんどいものを! 実は結構余裕あるだろこの人。
「ま、見ることが必須の魔眼や炯眼に対して見たら危ない和泉みたいな異能は天敵だし、本当はさっさと使ってればもっと優位なんだけど……本人が嫌がるから緊急時以外は使わないんだよね」
「嫌だ……よく知りもしない相手口説くのも気持ち悪いし、勝手に惚れられたりするのもどうせ異能のせいだから全然嬉しくない……それなのにみんな【魅了】を使えって言うんだ……僕の気も知らないで……」
完全にいじけモードに入ってる。
俺も強要した側なので何も言えなくなってしまった。
「とりあえず和泉は識文治療してくれ。三発くらい撃たれてたけど異能のおかげで識文本人がだいぶタフだし治る範囲のはず」
あの異能、暴走することを除けばかなり強いんだな……。
逃げた響介は仕方ないが、識文さんのことも解決したし、これで本当に――
「あ、どうして――!」
忘れていた頃に、鈴檎の怯える声がする。
振り返ってみれば鈴檎の周囲に異変が起きていた。床がじわじわと腐っていき、鈴檎を中心に広がっていく。
「と、止まらないっ!」
目覚めた鈴檎は自分の腕を抱きながら悲痛な声を上げた。
“白雪姫”改め”毒リンゴ”雪平鈴檎――異能【腐蝕融域】