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東京リバースギフテッド  作者: 黄原凛斗
厭世者たちの狂想曲
16/33

最初の転機




 吉田さんの部屋は2階の角部屋だったはずだ。

 一緒に行くか聞かれたがさすがにその間に何かあっても困るし、確かそろそろ仮眠から目覚めるはずだからトラブルも起こらないだろう。


 軽く部屋をノックするが返事がない。いるはずだからまだ寝ている?

 勝手に入って大丈夫かと悩んでいると部屋の扉が開いて眠そうな吉田さんが顔を覗かせた。


「なに?」


 寝起きだからかメガネをかけておらず、上着も肩に羽織っているだけで完全に今起きたような様子だ。


「す、すいません。ちょっと話したいことが……」


「あー……どうした? 降りてからでもいい?」


 そのまま下に行こうとするのを立ちふさがって止める。その行動が意外だったのか眠そうな目がちゃんと開いた。


「その……俺の異能に関することなんでちょっと他の人がいるところは困ります」


「……あー……?」


 眠気に打ち勝とうと頭をガシガシとしながらふと、視線だけを窓のある方へと向ける。

 外には何もないが……。


「んー、おっけ。んじゃあっちの部屋で話すか」


 なぜか自室ではなく2階の別の部屋を示される。何の部屋だったか、多分空き部屋で物置化しているとかだった気がする。

 一瞬、扉が閉まる前に吉田さんの部屋を盗み見るとやけに物が少ない部屋だという印象だがそれ以外はよく見ることが出来ずに部屋を移動する。


 物置化しているとは言うがダンボールに物が詰まっていたり、多分日用品とかの予備が仕舞われているようで、人が座るくらいのスペースはあった。

 そこに、吉田さんはあぐらをかいて俺を見上げる。


「で、わざわざ俺だけにってことはそれなりの理由があるんだろ?」


「――俺の言う事を信じてください」


 俺の言葉に吉田さんはしばしの逡巡が見えた。が、目を閉じて息を吐く。


「昨日の今日でまだ互いに信用もねぇのにすげぇ度胸だな」


「俺は吉田さんは信じられる人だと思っていますよ」


 前回の吉田さんを思い出す。今目の前にいるこの人は知らないことだろうが、俺を助けてくれたり、駆けつけてくれたときの様子が嘘だとは思えなかった。

 結依よりも先に話しをすることに若干の迷いはあるが、状況が状況なだけにうだうだ悩んでもいられない。


 俺の言葉に吉田さんは無感情でこちらを見上げてくる。まだ信用されないのはわかっている。それでも、あんな惨劇をまた起こしたくない。


「で、さぞ大事な話なんだろうな?」


 俺の話を促すように言葉を待っている。


「あ、あの……俺の異能、実は言ってなかったことがあって……」


 吉田さんは何も言わずに見上げたままだ。

 意を決して口を開く。


「俺、死んだら死ぬ前の時間に戻れるはず、なんです」


 俺の言葉に驚いたように目を丸くしたかと思うと、吉田さんは顎に手をやって言葉の意味を理解しようとするかのように「あー、あー……?」という呟きだけど発していた。


「死ぬ前にってのは死ぬ直前?」


 確認するように言った吉田さんの目は半信半疑ではあるが読み取れないほど様々な感情が含まれているような気がした。


「いや、まだその条件ははっきりはしてないんですけど……多分、寝て起きたらそこが再開地点になっているはず」


 俺自身も眠り、意識がなくなったときがループの開始地点だと踏んでいるが俺自身、自分の能力についてまだ知らないことがあるせいではっきりとしたことが言えない。

 ただ、美沙杜がわざわざ眠らせたりしていることから重要な要素ではあると思う。


「ふーん……」


 思考を整理するかのように俺から視線を外して黙った吉田さんは「うっし」と気合を入れるように立ち上がった。


「とりあえず信じる信じないは別にして魔眼持ちに鑑定してもらうまではそのことは誰にも言わないよーに。あ、結依ちゃん知ってたりする?」


「いえ……今の結依は知らないです」


「あー……っていうと俺に相談したのは『もうループしてるから助けてほしい』ってコトだな?」


 何か考えるようにしているが吉田さんは茶化す様子はない。ただ色々と迷っている様子はあった。


「先に言っとくけどもし、万が一またループしたら、そのときの俺にまた同じ説明する必要があったらこう言いな。俺から『朝を迎えに行け』って言われたって」


「朝……?」


「言えばわかる。どんなタイミングの俺でも俺ならわかる。それを俺に伝えたらお前の異能については今の俺より信じるから。あ、俺以外にはこれ言うなよ?」


 信用してもらうための合言葉のようなものだろうか。吉田さんにしか知らない暗号とかなのかもしれない。


「で、俺に異能をバラしてまで相談したってことは厄介そうなことなんだろ? とりあえず説明してみろよ」


 そのまま前々回と前回の出来事について説明した。

 俺と吉田さんが俺の家に行ったら家が爆発したり、赤ずきんに襲われたり、アジトに戻ったら識文さんの手で結依や和泉さん、鈴檎が死んでいたり。

 俺がアジトに残ったら鈴檎が異能を使ったのか、識文さんが怪我をして、そのあとおかしくなって和泉さんを殺したり、俺も殺されたり。


 改めて説明すると倉庫のときと比べてわからないことや色んな要因が多すぎる。


「識文が、ねぇ……」


 一通り聞いてから吉田さんは渋い顔で腕を組む。


「聞いた感じ深度肆(しんどよん)か……いや()はいってそうだな」


「しんど?」


「そうか。お前あいつの異能知らないもんな」


 思い出したように手を叩くと頭を掻いて困ったように言う。


「なあ、聞いても識文を怖がってやんなよ? あと、必要以上に責めてやるな」


「え?」


「あいつは呪われた異能者だから」


 識文さんは呪われている? それはいったい――


「あいつの異能は自己強化。それだけなら異能としては珍しくない。あいつが特別なのは『異能が発動する条件』だ」


 異能の発動条件。


 魔眼が相手を見ることで発動するように様々な条件がある。

 俺の場合は暫定「死んだとき」となっているが結依のように特に制限なく異能を扱える場合もある。

 吉田さん曰く、こういった条件がついた能力は癖が強すぎて扱いづらいか、制限がある分強力か、どうしようもないのどれか。

 識文さんはこの全てだという。


「あいつの異能の発動条件は自分が怪我したり、肉体に負荷がかかったときだ。そして、その怪我や負荷の度合いに応じて『強くなる倍率は上がるがその分深く狂気に侵される』」


 怪我が重ければ重いほど、暴力的、猟奇的に変貌し、あまりにも重傷であれば敵味方の区別すらつかなくなるほど危険な異能。別の人格ではなく、あくまで本人の欲求が反映された理性なき姿。

 その強化倍率は人間の限界を超えており、魔物を凌駕することもある。


 そんなの勝てるわけないじゃないか――!


 前回あっさり殺されたり、前々回でひどい目にあったのは狂気が深かったから。

 そして、その分強さも増すから手に負えない。


「……お前、今識文のことどう思ってるよ」


「え、あ……」


 理不尽で、最悪だ。確かに一瞬そう思った。

 だが……識文さんが怪我したのは――


「あいつは自分の異能嫌いだから本人が無駄な怪我しないように努力してんだよ。それでも事故は起こる。だからあいつはここに逃げてきた」


 ここならまだ迷惑かけても責められることは少ないから。

 暴走した識文さんは確かに恐ろしかった。正直今でも怖いと思う。

 だが、本人も望んでいないことだとすれば……。


「和泉のことがムカつく。これくらいならまあかわいいもんだよ。でも殺そうとは思わない。でも深度ぶっちぎったあいつなら躊躇なく殺すくらいはするんだろうな。わかるか? どんだけ普段理性的にしていても、暴走すれば自分が少し抱えた不満や感情のままに暴れることがどれだけ怖いか」


「……嫌、ですね」


「そ。だからあんまり嫌ってやるな。俺もなんとかすっから」


 やっぱり吉田さんは優しい人なんだな。

 俺が識文さんに抱える恐怖は識文さんをいずれ悲しませる。それを今防いでくれたのだろう。


「んでどうすっかな。まず鈴檎って子を識文と同じ場にしないのはするとして……あーでも深度伍くらいってことは相当なダメージだよな……?」


「そういえば深度ってだいたいどれくらいのことなんですか?」


「いやー、俺もあいつもだいたい感覚なんだよね。というか軽めならある程度理性もあるんだよ。だからあいつ、異能使うときはちょこっと指先切ったりするくらいで発動させてんのね」


 そう言いながら識文さんの深度について説明してくれる。

 まとめるとこうだ。



深度壱:軽い躁状態となる。能力の上昇は+80%

深度弐:最も使われる深度。躁状態に加えて暴力的な思考と言動がにじみ出るようになる。能力の上昇は+100~120%

深度参:躁状態が悪化し、加虐嗜好が目立つようになる。能力上昇は+150%

深度肆:躁状態が深刻化し、会話も成立しなくなる。一人で話し続けたり、相手の意思を無視したり暴力を振るったり、暴走手前の精神状態となる。ギリギリするべきことなど異能発動前の考えは維持しているため、その目的は果たすものの、遊びなどが出る。能力上昇は+200~250%

深度伍:思考が自身の欲や快楽に支配される。加虐と暴、欲のみで行動するが言葉は発することができる。その発言も狂気染みており、会話が成立するとは言えない。能力上昇は+300%



「指先切ったくらいなら深度壱、それより大きめなら深度弐くらい。参より上は相当だから普段あんまり使わねーの。つーか識文の強化倍率、えぐいらしいし」


「そうなんですか?」


「うん。なんか一般的な自己強化の平均倍率は平均70。高くて120。あいつ二段階目でそれだからね。つか深度(ろく)まであるらしいし。俺も見たことないけど」


 とりあえず識文さんのことはわかったが、肝心の鈴檎の方はまだ詳しいことがわからないんだよな。


「そのトラブル起こったのってこのあとだろ? 常に注意して状況観察しろ。俺は……一瞬外出てくる」


「えっ、なんでですか!?」


 吉田さんがいれば最悪の事態は防げると思って説明したのに外に行かれたらまた対応できないことが起こるかもしれない。


「まあとりあえず今は言う事聞け。ただ鈴檎ちゃんが識文と接触しないようにお前部屋に行け。それについては俺があいつらに説明しとくし」


 確かに鈴檎と一対一なら識文さんに万が一のことはないはずだ。


 だが……なんか一つ忘れている気が……。


「んじゃ降りんぞ」


 短時間に色々ありすぎて何か忘れている気がするが思い出せない。なんだっけ、なんだ……?


「おーい」


「あ、はい!」


 とりあえず気にするべきことがはっきりしたのと、吉田さんが協力的なのは大収穫だ。

 吉田さんが説明しにリビングに行くところで別れ、鈴檎のいる部屋にノックをしてから入った。


「あ、えっと……綜真、くん」


「おう。具合はどうよ」


「だ、大丈夫です」


 恥ずかしそうに布団で顔の下半分を隠しながら目線をそらしている。仕草はかわいいのだが彼女の異能もよくわからない。

 識文さんが吹っ飛んだと思ったらそのまま更に追い打ちをかけるような攻撃もしていた。

 ただ鈴檎自身は特別なことはしていなかったはずだ。見ていただけで――



 ん?



「あ、あのさ。鈴檎って異能者、だよな?」


「えっ!? ど、どうしてわかったんですか……?」


「いやぁ、ほらなんとなく? 異能者ってそういうオーラみたいなの、あるじゃん?」


 ほとんどでまかせだが、あの傘女も一目で見抜いたりしてたしわかる人にはわかるはずだ。

 もし、予想が当たっているとすれば――


「もしかして、よく目をそらしてるのって魔眼とか炯眼とか……そういうやつ?」


「は、はい……」


 さすがに内容までは答えないようだが肯定したのち、ちらりと俺を見た。

 異変はない。そもそも見ただけで発動するなら何もなしで生活なんてできないだろうし、発動のオンオフは普通ならできるだろう。


 あれ? いや待てよ?


 異能の発動条件……もしそれを満たした時点で勝手に発動するのだとしたら?


「あ、あの綜真くん……」


「おっと、どうした?」


 鈴檎の異能のことを考えていたら一瞬反応が遅れてしまった。

 考え事の邪魔をしたと思ったのか、鈴檎は申し訳なさそうに顔を俯向けながら言う。


「そ、その……ちょっとお水が欲しいのですが……お願いしてもいいですか?」


 あ! そういえば前回鈴檎は水を取りに来てたんだった。

 会いに来る前に持ってくればよかったな。


「ああ、悪い。今取ってくるよ」


 部屋を出て水と、ついでに何か果物でも持ってこようと思っていると部屋の前に結依が立っていた。


「あれ? どうし――」


「ねえ、なんでそんなにその子に構うの?」


 不機嫌を露わにした様子で結依は俺と、部屋の中にいる結依を睨む。

 なんか少し機嫌が悪いな、と前回も思ったがおかしい(・・・・)


「その子、異能者なんでしょ? 優しくするんじゃなくてもっと聞くことあるんじゃないの?」


「い、いやそうだけどそんなせっつかなくても」


「いい子みたいな顔して私達を騙してるかもしれないのに!?」


「結依、お前ちょっとおかしいぞ。落ち着けって」


 一応言っていることはわかるが、妙に感情的だ。トゲがあるし、ここまで露骨な敵対心を見せるのはおかしい。




「ご……」



 鈴檎が何か言おうとしていたので振り返る。ぷるぷると震えながら、伏せていた顔を上げた。


「ご、ごめんなさい……」


 謝罪の言葉とともに衝撃を感じる。

 ――すぐそばの結依が吹き飛ばされた。

 前回、識文さんが受けていたのと同じもの。壁に叩きつけられたかと思うと追い打ちするように強い衝撃が結依を殴打している。


「結依!?」


「あ、あ……ごめんなさい……」


 謝りながら顔を俯かせて嗚咽をもらすと結依を襲う攻撃は止まった。しかし、壁はボロボロで結依も傷を負っている。


「ダメなんです……私、怖い人はダメなんです……!」


 音や振動に気づいたのか、識文さんや和泉さんが来る音がする。結依の治療は俺には無理だ。和泉さんに任せるしかない。

 思わず鈴檎に掴みかかってしまったのは衝動だった。


「何をした!?」


「あ、う……」


 見ることが鍵の異能であることはほぼ間違いない。だが結局どんな異能なのかがわからない。


「や……やめてください……」


 鈴檎が涙目で俺を見上げる。ここで俺は一つ、思い違いをしていた。


 別に、俺が異能の対象にならないとは限らないのだ。



 気づいたときには床に叩き伏せられていた。

 その瞬間、内臓がひしゃげるのを感じ取り、血を吐く。

 そんな衝撃を何度も食らう。五体満足とはいえ内臓がズタズタだ。

 識文さんがこれを食らっていたとしたらそれだけの重傷になれば深度がそれだけ跳ねがるのも理解できる。


 しくじったなぁ。


 耳も聞こえなくなってきたし、目もほとんど見えない。

 ただ、俺を抱えようとする誰かの感触だけを最後に、意識が途切れた。






――――――――――



 4回目。覚醒してすぐ吉田さんのところへ向かった。

 前回は俺がしくじっていたので吉田さんに文句はつけられない。だけど、やっぱりあの人がいればなんとかなったんじゃないか?



「なに?」


 前回も見た、寝起きの姿。


「折り入って話があります」


「んだよ……降りてからじゃダメか――」


「俺の異能。実は言ってなかったことがあるんです」


 できる限り時間の無駄は省きたい。吉田さんには説明することも、教えてもらうことも山ほどある。


「俺は、死んだら死ぬ前に戻ることができるループの能力があります」


 俺の言葉に吉田さんは曖昧な顔を浮かべる。信じていないわけではないが鵜呑みにするわけにもいかないという半信半疑。既に一度通った道だ。

 だが――


「俺がもしまたループしたらあなたからあなたに伝えるよう言われています。『朝を迎えに行け』と言えと」



 その瞬間、吉田さんの空気が一変した。



 思わず緊張してしまうほど、吉田さんの目が見開いて、そのまま俺に問いかける。


俺が(・・)……そう言ったのか?」


「は、はい。俺の能力について説明するとき、前の吉田さんに言われたんですけど、どんなタイミングの吉田さんでも言えばわかるって……」


 確実に何か動揺、あるいは驚愕という感情が揺れ動いている。しかし、それはやがて吉田さんが今まで見せたことない喜色へと変わった。


「ははっ」


 思わずこぼれたという笑い声はなぜだろう。嬉しそうなのにどこか怖い。


「そ、そうか……そうか……!」


 何かに納得したように自分の口を抑えると、吉田さんは完全に目を覚ましたのか俺を引きずるように前回も使った倉庫へと向かう。


「時葛綜真。お前の能力の話、信じるぜ。その能力、絶対他のやつに言うなよ」


 吉田さんの表情は見えない。


「じゃないと、悪いやつに利用されちまうからさ」


 吉田さんは、悪い人ではないはずだ。

 だから、大丈夫。





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